卒業後、諸国を外遊するローザリンド殿下ご一行、
海を渡った南ヲ国、建国パーティーでの一幕。
短編に切り取った「お待ち下さい、殿下、誤解です、殿下あぁ――っっ!!」の、元々書いていたストーリーです。全七話、二万文字ぐらい。
********
「そ、そなたたち、そういう・・いや、
わ、わたしはそちら方面の理解は、ある、つもり、だっ・・邪魔をして、済まなかったっっ!」
「お待ち下さい、殿下、誤解です、殿下あぁ――っっ!!」
***
南ヲ国、建国記念パーティー会場、外庭、噴水前。
海の向こうの王国より来賓として招かれているローザリンド王太子が、白い大理石の淵に手を掛けて息を弾ませている。
慌てた感じで駆け寄る、同行の新米外交役人ロッチ。
「殿下、急に駆け出さないで下さいよ。外交役人とはいえ護衛も兼ねているんだから、目視から切れられるとビビるんです」
「済まなかった、ロッチ……」
「どうかされたんですか、お顔の色が真っ青ですよ?」
「い、今しがた、あちらのバルコニーの柱の陰で……」
「ああ、行き掛けて戻られましたね。誰かいたんですか?」
「いや…… す、少し驚いて……」
「ああ、はい」
ここ南ヲ国は、開けっ広げな情熱の国。
きっとこの国の男女の大胆なシーンでも目撃してしまわれたのだろうと、察してロッチは唇を
「ロ、ロッチも、あちらへは、行かぬ方が良い……」
耳を染め動揺される殿下は、一点の曇りもない清廉であらせられる。気まぐれな水の精霊ウンディーネも虜になったか、 噴水のきらめきが白絹の
南ヲ国王室主催の宴の出し物は、わが国では考えられぬような大胆な衣装と振り付けで、殿下は、王族スマイルを保つのがやっとなご様子で、恥ずかし気に目を逸らされていた。
まったく、バラエティに富んだ催しでもてなしてくれようという意気込みは有難いのだが、文化の違いもちょっとは気にして欲しいと思う。
なんて思考を巡らせている
「時にロッチ、これは私の友人に相談された話なのだが……」
「はい」
ロッチはにこやかに聞く体制に入った。
「その友人は責任ある役職に付いていて……至らぬ未熟者ながらも、日々の仕事を滞る事なくこなせるのは、周囲に恵まれているお陰だと思っている。身を粉にして仕えてくれる部下たちに、常に感謝の気持ちを持っている……とも、言っていた」
「はい」
「ロ、ロッチの知らない人物だぞ、南ヲ国の外遊中に、最近出来た友人で……」
「はい了解です、お優しい方ですよね、そのご友人」
ロッチは変わらずニコニコと目を細める。
殿下は髪と同じプラチナブロンドの睫毛を伏せられ、一度 言い淀んだあと、思い定めたように顔を上げて切り出された。
「ぶ、部下の二人が……同性の、部下の二人が、プライベートな空間で……その、一般人の道徳的に許容されがたい密接な行為を取っていて……
それでその、現場に鉢合わせて目が合ってしまった場合、何と言ってやればよいのか?
……そんな相談をされたのだ。
日頃感謝しているだけに、偏見を排し受け入れてあげたいのだが、向こうは後ろめたくもあるだろうし、今まで通り接して貰えなくなるのも寂しい……と、
その友人は、とても悩んでいるのだ」
「あ――――」
ロッチはソバカスの上の大きな瞳をクリクリと動かした。
「『道徳的に許容されがたい』って、盗みとかの犯罪じゃなく、他人に迷惑を掛けない系の奴ですか?」
「そうだ。……そうなのだが……」
「じゃあ簡単です。一切触れないで今まで通りに接してあげればいいだけですよ」
「それでいいのか?」
「大局からしたら、どうって事ないんです、そんな事」
「……そうなのか」
「こちらからは話題にしないのが一番です。放っておいてもどうせ向こうから言い訳して来ますよ。『逆まつ毛を直してやろうとしていた』とか」
「…………」
「そしたら、『そうか』と、ホッとした顔をして、素直に信じた振りをすればいいんです。向こうもホッとしますよ」
「なるほど、そうしてみる。ロッチは物知りで頼りになる」
「なんのなんの、です」
『友人に教えてあげて来る』と、殿下がわざとらしく会場内の南ヲ国の若者たちの所へ行ったあと、壁際で警護しているロッチの所へ、焦った感じの男性二人が駆け寄って来た。
「殿下は?」
息を弾ませた、護衛騎士ジーク。
「あそこで、南ヲ国の有力者の子息たちと歓談中です」
二人の出で立ちに眉をひそめながらも、ロッチはシレっと答える。
「何か言っておられたか?」
こちらも珍しく焦った感じの、外交団責任者アーサー。
「はい、随分と傷付いた感じで悩んでおられました」
「はあ~~」
二人の長身の男性は、額に手を当てて首を横に振った。
「アーサーの首筋についた汚れを拭ってやっていたんだ」
「まぁそんな所だろうなとは思いましたが…… ご自身の専属近衛とお目付け役筆頭が、『一般人の道徳的に許容されがたい密接な行為をしていた』と、本気で苦悩されておられましたよ」
「あれしきの事で誤解してしまわれるとは、純粋が過ぎるのも困り物である」
「だってそもそもアーサー様、何でそんなしどけないシャツ姿なんですか。上衣は何処へやりました?」
「南ヲ国の半裸に近い女性が近付いて来たので、上衣を脱いで掛けてあげたのだ。紳士として当たり前だろう?」
自国の当たり前をこの国のコンパニオン相手に押し通していたら、上衣が何枚あっても足りませんよ。
「その際、タイを引っ張り取られ、汚れを付けられてしまった」
と、紅を拭き取ったばかりの首筋をさらす。動じない人だな。
「それは災難でしたね。で、ジーク先輩は何で上半身裸なんです?」
「曲技団の連中と意気投合して、リンボーダンスの手解きを受けていたんだ」
「平役人に護衛押し付けて何やってんですか」
「うるさいな、あいつら剣舞もするから、内輪に入り込んでしっかり調査しておかにゃならんだろうが」
「その挙げ句 物凄い絵面になって、殿下の誤解に拍車を掛けていたら世話ないじゃないですか」
「むぅ……」
「とりま、殿下からは話題を振らないよう進言しておきましたので、早い目に誤解を解いて差し上げて下さい」
離れた所の、若者たちの中の殿下を見ると、こちらの二人の姿を見て、情けない顔をされている。
本当に後ろめたかったらこんな姿で追い掛けては来ないだろうと、解して下さればよいのだが。
***
王国より海を隔てた、陽気で賑やかな古い土地、南ヲ国。
建国記念祭に招かれたローザリンド王太子に同行した新米外交役人ロッチには、息付く暇もない一週間だった。
何回目かの外遊同行で、任される仕事が増えた。
(それは嬉しいけれど)
各地への視察、催し、食事会、それらに伴う交通宿泊下準備、スピーチ挨拶草稿チェック、調査報告根回しと、目が回るような忙しさ。
しかもなまじ腕が立つロッチは、当たり前のように護衛も割り振られる。
(もうヨレヨレ)
本日やっと最終日、王宮でのパーティーを無事に乗りきれば明日は帰国の船の上。
ここまで体調を崩す事なく立派に役目を果たされた殿下に内心で万歳しながら、ホッと肩を下ろしている所である。
南国気質というか、肌の露出だけでなく色々と開けっ広げなこの国。
大らかな空気のお陰か、人見知りのローザリンド殿下にも話を出来る友人が出来たようだ。
同年代の輪の中で微笑まれている様子を見ると、ロッチも心が和む。
(でも、王族のあんな近くで芸人に剣舞をさせるなんて、我が国では考えられない。思いも寄らない所に常識の隔たりがあるんだよなぁ)
個人的にはこの国は好きなのだが、大らかなりの無神経が殿下を害さぬよう、最後の一時まで気を張って見張っていなければならない。
今、殿下がいらっしゃるのは、上位王族でなく、『その他』に与する気楽な輪。そのせいか入れ替わりが頻繁で、会場のグループの中で一番大きくなっている。
(ちょっと囲み人数多いな。殿下が見えなくなっちゃう)
壁際を離れて人垣の外周に近寄ると、歓談の声も聞こえて来た。
***
「ローザリンド殿下はどうして婚約しないんだい? もしかして女性に興味が無いの?」
いきなり何聞いてんだよこいつは! と思ったら、この国の第四王子だった。
悪い顔はしていない、屈託のない笑顔。南ヲ国では挨拶程度のジョークなのか?
(アーサー様は、殿下の異文化トーク訓練も兼ねての外遊だと仰っていたけれど……)
先程の出来事もあるし、殿下、無駄に傷付いていらっしゃらないかと、ハラハラしながら見守るロッチ。
「わたしは子供の頃は病気がちで、将来が固まっていなかった為、婚約の機会を失してしまいました」
普通に受け答えされる殿下に、ホッとした。しかし、
「じゃあ今は?」
「王太子になったという事は健康面の不安はなくなったんだよね?」
突っ込む王子たち。
「はい、今はもう丈夫になり、お付き合いしていた女性もおりました。しかし彼女は真実の愛に目覚め、いなくなってしまいました」
(殿下、それは
確かに殿下は学生時代、生徒会の上級生イサドラ様と、一時期交際されていた。
しかしあれは牽制し合っていた周囲の令嬢たちに見切りを付けさせる為の、お互いが了解したフェイクだった。(フェイクでも我慢できなくなったジークが、イサドラの所へ指輪を持って特攻しに行ったオマケ付き)
それをここで説明するのは確かにややこしい、だからと言って間を飛ばし過ぎだ。
「サラっと凄い体験を暴露したな」
と食い付いて来たのは第五王子。
「公開婚約破棄でもやらかされちまったか?」
ズケズケ聞くのは第六王子。
「まだお試し付き合いの段階で婚約はしていませんでしたので、
真実の愛のお相手は、彼女の前にいきなり飛び出して雪の上にひざまずき、指輪を差し出すような勇敢な人物で、彼女はとても幸せそうでした。
わたしもいつかお相手にあのような表情をさせてみたい物だと、深く感銘した次第です」
殿下ぁ、そんな事まで語らなくていいんですって。ほら、王子様方は呆れてドン引きしてるけど、王女様方の目が輝き出したじゃありませんか、知りませんよ。
「そこ、もう少し詳しく!」
ほらぁ、第四王女様が食い付いて来た。
「わたしは建物内の廊下の窓からたまたま見掛けただけなので、あまり詳しくは」
「あ、さすがに、隣に居らした時ではなかったのですね」
「でもなに? 付き合ってる彼女が他の男にかっさらわれるのを目撃したのに、指を咥えて見ていたのか?」
「俺だったら相手の男を殴りに行くぞ!」
「はあ、雪が降っていたので」
「へ?」
「雪って、あの白くて冷たい奴だよね?」
南ヲ国は常夏の国。
「はい。その雪が沢山降っていたので、外に出たら寒そうだなぁと」
「…………」
「…………」
「……………………」
王子にも王女にも黙られてしまった。
「それに滑るじゃないですか、降り始めの雪は」
殿下、違う次元でスベってるスベってる!
そういえばこの方はこんな調子で、在学中二年生から四年生までの三年間、あらゆる国の令嬢にフラれまくったんだった。最近きちんと王太子をやれていらっしゃるから忘れていたが。
「ローザリンド様は、学生時代からそういうお
我が国に留学経験のある第三王女が、冷えた空気を引き戻してくれた。ありがとうございます。
「
殿下は臣下の幸せを第一に考え、すぐに彼の家へ取り成しに行かれたんですってね。女子生徒の間でたいそう噂になった物ですわ」
ナ、ナイスフォロー! ありがとうございます、ありがとうございますぅ。
「何それ、何それ」
「胸熱ですわ」
食い付く王女たち。かしましい事で何より。
殿下はちょっと動揺して俯かれる。
ダメですよ、そこで『ジークがいなくなる方が嫌だし』なんて、あの後 生徒会でこぼしてイサドラ様を無表情にさせた台詞を吐いたら。
「お姉様も、ローザリンド殿下のエスコートを受けた事があるのよね?」
上手く話題を変えてくれた第四王女。ありがとうございまっす。
「ええ。学園の四季祭の折りに。流れというか順番というか……女子留学生の間で、一度は殿下にエスコートして頂くのがステータスみたいになっていましたので」
(へえ?)
そこはロッチは知らなかった。殿下が学生時代、令嬢を取っ替え引っ替えしていたのは、気が多い訳じゃなかったのか。
「しかしイシュレヌ王女殿下には、続けての誘いを断られて残念でした」
上目使いの殿下。
「だって順番が詰まっていましたもの。女子留学生の間で話し合って、アミダくじで決めていたのです。ローザリンド殿下のエスコートは一人一回。破ったら女子の輪から閉め出されてしまいます。国際交流をしに行ったのに、それはまずいですから」
「…………」
(マジ?)
それって本人が知らなかったら、けっこうショックな奴じゃん? 殿下は……うわぁ、微笑みが凍りついてる、ご存じなかったんだ、どんまい、殿下どんまい!
「あー―あ」
「気の毒だな、ローザリンド殿下」
「王子の宿命だ」
第四~第七王子が口々に慰めてくれている。すみません、皆様。
「わ、わたしだって、女性と普通にお付き合いをして普通に恋愛をしてみたいですよ。国内ではもう、年齢の会う未婚約令嬢がいないのです」
殿下、それじゃ他国へ嫁漁りに出ているみたいですよ。いや実際そうなんだけれど……口に出しちゃダメです。
「いないって事はないだろう? 人口の半分は女性だぜ」
口を挟んだのは第……幾つだっけか? 八番目か九番目くらいの王子。
「どこの令嬢でもいい訳ではないでしょ? 王国だと、せめて老舗の伯爵家以上の身分が必要、でしたっけ?」
第三王女が解説してくれる。
「うわ、王族めんどい」
「うちも王族だろ」
「キャハハハ」
「じゃ、うちの大勢いる中からどれか持ってっていいぞ」
「失礼しちゃうわね」
いつの間にか殿下の周りは全員王族……王子王女に囲まれている。他の者は遠慮して離れたのだろう。ロッチは更に気を付けながら、目立たぬ範囲で輪に近寄った。
***
南ヲ国王族特有の、艶のある褐色の肌の彼 彼女らは、皆 現王の子。母親が違うので髪や目の色は様々で、殿下と歳が近い者が多い。
この国は王妃が複数いて、側妃も合わせると十人近い女性が、あちらの席で一人の王に侍っている。
王太子や、二番目三番目の王子も、そちら側。
『その他』の王子王女はここに居るだけで十一人。結婚して別の輪に居る者や、パーティーに出られない幼年の者を併せると、学園の一クラス分にもなるという。
とにかく皆よく喋る。継承から遠いのもあるだろうが、ワチャワチャと睦まじい。
「ローザリンド殿下の普通って、どんな普通だよ」
茶化して来たのは第四王子。
「そりゃ、えっと、お、お忍びで城下町に下って串焼きを食べさせあったり……」
んん? 殿下、心なし声が高い、照れていらっしゃるの? 珍しい。
「うっひょお」
王子たちは面白がって合いの手をいれる。
「お洒落なカフェでタルトを半分こしたり……」
「ハッハ!」
「ローザリンド殿下の普通って、随分乙女だな」
「タルト半分で愛が育めるのか?」
「あら、お菓子を半分こしてくれる男性なんてそうそういないわよ」
「ね~~」
殿下、自分も初耳ですよ、そんな可愛らしい願望あったんですか。
それにしても殿下、いつになく喋り過ぎだよなあ? いつもは何があっても冷静で、お手本みたいに無難な返ししかされないんだけれど…… そう思いながら輪の中心を見ていて・・
第四王子が身体をこちらに向けた。
(あっ!)
既視感。
他の逞しい王子たちに比べて、彼だけ身体の厚みが薄く、襟足から肩甲骨にかけてのシルエットが王女に紛れるほど華奢でしなやかだ。おそらく母親の人種が違うのだろう。
(似てる……?)
あの細い首と繊細なウェーブの髪、小さく尖った唇、ちょっと生意気な口の聞き方……
(ああ、そうか)
人見知りの殿下が珍しく、初対面の彼に饒舌になっていた理由。
――ルカに似ているんだ。
勿論 色も顔立ちも違って、血縁を疑うような似方では無い。
何より会話の語彙がまったく違う。ルカは、殿下に対して下品な冗談なんか絶対に言わない。似ているというより、パッと見の雰囲気でほんのり思い出す程度。
それでも殿下には十分だ。
おそらく、ご自分で気付いていない内に、意識している……と、ロッチは思った。
それほどルカという学友を、殿下は身の内の深い淵に住まわせていらっしゃる。
ルカはロッチの親友。一年生の初対面で意気投合し、学生時代の四年間ずっと一緒に過ごした。
外見は線が細くて女の子みたいなのに、びっくりするほど芯が強くて負けず嫌いで頑固。弱音を吐いたのなんか数えるほど。
殿下とはいつも首席を分け合って、途中から役人を目指したロッチに、熱心に勉強を教えてくれた。
いつも殿下とルカが隣にいた、ロッチにとっては光の中の日々だった。
学年途中、ルカの実家の侯爵家は、罪を犯して解体された。そんなゴタゴタに巻き込まれ、保護者も身分も失くしたのに、歯を喰いしぱって特待生を獲得し、トップ卒業して宮廷文官に採用された。
そして、配属の直後から……殿下に対して、ルカは思いっきり距離を置いた。
当たり前といえば当たり前。
実家を失くした彼はただの平民。学生でなくなれば、王族に直接話し掛けるなんて有り得ないのだ。
身分無しで文官に採用されたのだって、奇跡と言われた。
ロッチは、ルカが飛び抜けて優秀だったからだと思っている。事実、彼の語学力は、たまに政務の中心に必要とされて呼ばれる。
だけれど『犯罪者の親族が宮廷文官に採用されるなんておかしい』の揶揄は、当然のように沸いて出る。
そこに『王太子と親しかった』という事実を絡めると、まことしやかな噂話はとても作りやすくて、貴族連中には大好物だった。
『これから売り出す「清廉純白の王太子」の滲みになる事を避けたいのだろうね、ルカは』
アーサーは静かに推測した。
ロッチも悔しかったけれど、ルカの気持ちを汲んで、遠ざかって行く彼を無理に追い掛けたりしなかった。
通訳などで、殿下のいらっしゃる場所で仕事をする時もあるが、間に必ずアーサーか他の役人を挟む。
彼らしい見事なけじめの付け方だった。
学生時代の生徒会メンバー、ロッチやアーサー、ジークも理解して、彼に沿った。
取り残されたのは殿下だった。
普通に会話も出来なくなるなんて、殿下は思っていらっしゃらなかったんだ……
「それでローザリンドはさ、」
第四王子の声。いつの間にか敬称が略されて。
ルカの声とはまったく違うのだが、語尾が軽く裏返るニュアンスは似ている。
殿下は、睫毛の下の瞳を輝かせて、感情のこもった表情で彼を見上げておられる。
(ああ)
ロッチは確信した。
自分でさえ感じるのだ、殿下は確実に影響されていらっしゃる。
(だからいつもの殿下らしくない、物凄く隙を見せてしまっている)
チリチリと不安を覚えた。
ただの雑談ならいいのだが、第四王子の絡み方は、ただの雑談で済まさない匂いがする。