「なぁに、タルト? お菓子のお話?」
「私たちも入れて」
華やかに輪に入って来たのは、オレンジ色と空色の色違えの衣装を着た双子……確か第七、第八王女だ。
ロッチは目を見張った。彼女たちの外見が、見るからに他と一線を画していたからだ。
(双子の王女……確か、第三王妃の子供だったよな)
予習してきた脳内メモを引っ張り出す。
王の席を見ると、中心から二つ離れた席で、こちらの女性も異彩を放っている。
月の女神の異名を持つ三番目の王妃は、一言で言うと神秘的。肌の色がひときわ濃く、周囲の光をすべて吸い込むような漆黒の髪と衣装、その中に金色の瞳だけが月のように輝いている。
双子も母と同じ色を持ち、
殿下も興味深そうに凝視されている。
「お菓子の話じゃねぇよ。お前たちのようなお子ちゃまには関係ねぇよ」
「あっちで砂糖菓子でもかじってな」
男兄弟たちは面倒臭そうに揶揄る。
しかし王女の間には心なし緊張が走った。
「あら、私たちだってローザリンド殿下とお話がしたいわ」
「お兄様ばかりで独占しないでよ」
「ああもぉ、煩いのが来ちまった。すまないな、ローザリンド」
皆を代表するように謝る第四王子。
子供を多く作るのは、
役者になるんだ鍵職人になるんだと、除籍を希望して飛び出して行く者もいるという。
勿論、生まれに責任を持ち、国の柱となって働く者も多く、一本一本は心許なくとも束ねると心強いだろう。
多兄弟な自分の家もそんな感覚なので、ロッチは親しみを感じている。
「兄弟が多いのは賑やかで良いと思います」
殿下が穏やかに仰った。
「そうねぇ……」
「ええ――、そう?」
「何でも分けなきゃいけないんだよ」
「取り合いの喧嘩になるし」
「順番待たなきゃいけないし」
「一人っ子の方が羨ましいよ!」
王子王女たちは一斉に口を尖らせる。
「分け合うのは良いものばかりではなく、怖い事や将来への不安、責任なども分け合えると思いました。そういう所が羨ましくあります」
王子王女は顔を見合わせた。
「殿下は素敵な観点をお持ち……」
「あぁ――、そうね」
「それはあるかも」
「一人きりとか考えられない」
「ご飯も一人?」
「遊ぶのも一人?」
「学校も一人?」
「宿題も一人でやるの?」
「嫌だあ」
あ、違う。
よく見ると、双子が来てから王子は喋っているけれど、王女たちは喋れていない。
もっとよく見ると、双子は、他の王女に被せて声を上げる。男兄弟にはそんな事はしない。
(闇、深っ……)
思いを顔に出さないよう、ロッチは人の隙間から殿下を窺い見た。
相変わらず背筋を真っ直ぐに立たれ、プラチナブロンドの睫毛をフサフサと揺らしながら、双子を眺めていらっしゃる。
「あ、ローザリンド殿下、この二人がお気に召しました? よかったら、まとめてどうです?」
第四王子が軽い感じで言った。
「はい? まとめて?」
「そうそ、こいつら二人一緒に嫁げる先を探しているから」
「うん、そう。私、ナジャと離れたくない」
「私もカジャの居ない人生なんて考えられない」
殿下はまたパチパチと目をしばたいて、第四王子と双子を交互にご覧になっている。
「お二人は、海の向こうの遠くの国へ嫁ぐのは、嫌ではないのですか?」
「あら、王女だもの。どこの国へだって嫁ぐわ」
「二人一緒なら平気よ」
「私はナジャと一緒なら氷の国へだって行けるわ」
「私もカジャとなら溶岩の国へでも行くわ」
ニコニコとお互いの両手を併せる双子に、殿下は黙って宝石の瞳をキュッと
双子は殿下より三つ四つ下らしく、十分あり得る年齢差だ。
(こ、これは、放っておいたら不味いかもしれない……)
他の王女たちが真顔だ、冗談ではなさそう。
ロッチは会場内を見渡した。
(今の殿下は通常時と違う。うっかりな事を口走ってしまう前に……アーサー様、アーサー様は何処だ?)
何でこんな時に見えないのか、また女性に絡まれているのか? ちょっと焦る。
あの双子は本当に美しく可憐だ。二人の仕草がシンクロしているのが、更に目を引く。
でも、そういうのに隠して、ヤバい本質がチラチラ見えている。
いつもの殿下なら見抜いておられるだろうが、今日の殿下はあてにならない。
(ったくもう、アーサー様何処だ?)
ここを離れて探しに行くか? それとも俺が乱入する? いや、相手は全員王族だ。
しかしロッチが逡巡している間に、殿下が声を発してしまった。
「配色的には良いかもしれません」
――殿下!?
王子たちは、拍子抜けするようにガクリと揺れた。
「はいしょく?」
「配色って何だよ!」
「わたしはイメージ戦略で白しか着させて貰えませんので、カラフルな衣装が似合うお二人に両脇を挟んで頂けたら、ひと味違う色目となって素敵です」
穏やかな微笑みを絶やさずに
「……いろめ……」
「……そ、そうね……」
「た、確かに、色目は……合うわよね……うふふ」
「そう……ね……うふふ」
双子の勢いが弱まった。
殿下はさすがであらせられる……
***
「オセロだと負けちまうだろ」
後ろからいきなり耳元でささやかれ、ロッチは飛び上がった。
ジークだ。ちゃんと服を着ている。
殿下のお側にはもうアーサーが寄っていて(こちらも上衣を着ている)
「殿下、あちらで……」
と、耳打ちをしている。
「そうか、承知した。ご苦労、アーサー」
顔を上げ、にこやかに一同に向き直られる殿下。
「呼び出しを受けてしまいました。名残惜しいけれど、これにて失礼致します。皆様よい夜を」
「え、あ……」
焦る双子を尻目に、他の王女たちはスカートを広げ、しっかりと南ヲ国式の淑女礼をした。
「行くぞロッチ」
「は、はい」
アーサーを先導に、殿下を挟んで後ろにジーク。ロッチも慌ててジークの横に付いた。
「挟み返してやらにゃ勝てないだろうが。ああいう時は出鱈目でも、耳打ちで呼び出しを掛けるの」
「すみません、判断が遅れました」
「まぁいい。今の呼び出しは本当だ。タイミングが良かったな」
「そうだったんですか」
ジークは視線で、ダンスホールの方を指した。
「東ア国の王妹殿下が、純白の王太子にダンスをご所望だ。ご自分ではなく、同行の幼い息女と一曲踊ってやって欲しいと。
ベアリング開発の技術提供で大層 世話になったからな。今後の事を考えても関係を深めて置くに越した事は無い」
「殿下、人気者ですね」
「また尾ひれが付いて噂が広まっているようだぜ。『殿下と踊ると知恵の神ミネルヴァの祝福を授かる』とか」
「うへえ」
「殿下の
ジーク先輩、相変わらずゲス不敬。
「聞こえているぞ、ジーク」
前を歩く殿下から低い声が響いて来た。
***
ロッチの住む王国のある大陸で、二番目に力のある東ア国は、他の追随を許さぬ様々な技術が発展していて、小さな息女様がお召しのペビーピンクの衣装は、信じられないほど軽くて薄くてひるがえる。
(あんな綺麗な布、見た事ないぞ、相変わらず凄い技術だなぁ)
純白の王子様にエスコートされ、小さい鼻の穴を広げてご満悦な少女はおそらく年齢一桁で、本来なら公の場で踊るのはまだ早い。南ヲ国の緩い無礼講な空気だから許されているのだろう。
目を細めて見守る母親は、紋章付きの髪留めでアッシュブロンドをきりりと結いあげた、東ア国の王妹殿下。母娘とも薄い継承権を持つ準王族。
傍らにいる大物に緊張しながら、ロッチはアーサーに、先程の展開を耳打ちした。
「双子の第七、第八王女、か……」
筆頭お目付け役は、感情のこもらない平坦な声で呟いた。
確かに国力的に、今踊っている東ア国の公女様の方が大事ですよね。
「南ヲ国王サイドからの打診が無いから、ただの戯れ言かもしれないが……あそこの第四王子もタヌキだからなぁ」
「俺が思うだけですけれど、あの双子、持て余されてるんじゃないでしょか。特に王女様たちの間で」
「ほぉ?」
「あの二人が登場するまで王子も王女も和やかだったのに、現れた後は、はっきり反応が分かれて」
ロッチの推測に、アーサーは興味深げに顎に手をやった。
「南ヲ国は近年付き合いを始めたばかりで、先方は我が国と関係を深めたがっているから、殿下が気に入られたのなら進んでしまいそうな話ではあるが……
仮に、そのお二方が嫁いで来られたとして、ロッチは嬉しいか?」
「えっ? 何で俺に聞くんですか? 殿下が気に入られたお相手なら、下っ端役人の俺に口を挟む隙間なんか無いですよ」
「ロッチの個人的な直感でいいから教えて欲しい」
「え――? 俺の直感なんか……んん、そうですね、んんん――うん、嬉しくはないです」
遠慮がちに、でもきっぱり言ったロッチに、アーサーは目を
「理由を述べてみてくれ」
「均整が壊れます」
「ほお?」
「『ローザリンド王太子殿下』って、殿下一人では成り立たないじゃないですか。ピラミッドみたいに積み上がった複雑なパズルの頂点が殿下。
アーサー様やジーク先輩、古参の侍従の人や近衛さん、色んな人々が支えて『清廉純白の王子様』を作り上げている。
俺、そのパズルが凄くカッコイイと思っているんです。俺もその下っ端の方に組み込んで貰えて、緊張するけれど、メッチャやりがいがあります」
アーサーは更に目を見開いてロッチを見る。
「そこへ入って来るのは、『自分が主役になりたいお姫様』じゃ、ダメですよね」
「なるほど」
アーサーは一人頷いて、ホールの殿下に目を移した。
ピンクのフリルドレスの小さな公女様に合わせ、殿下はゆっくり踊ってあげている。優しく話し掛けながらリードする様子に、周囲も微笑ましく見守っている。
「実は、東ア国からも売り込まれているのだ。あの小さなご令嬢」
「え?」
「国の大きさからいうと、東ア国との縁結びの方が遥かに魅力的ではある。ロッチはどう思う?」
「いやだから何で俺に聞くんですか。っていうか、あの公女様、幾つなんです?」
「今年七つになるそうだ」
「ハーフスコア割ってるじゃありませんか」
「二十年三十年先には違和感は無くなるだろう、と言われた」
「それまでロリコンの後ろ指を刺され続けろと?」
「まぁ、そうなるなぁ」
アーサーは下を向いて苦笑した。
「ロッチ的には、やはり嬉しくないか?」
「七歳児の将来なんか俺には分かりませんよ。でも今の殿下に、あまり長期計画は、ちょっとお気の毒では」
「ああ、それはそうかもしれぬ」
「さっき言った通り、殿下のお相手は、ピラミッドの一員になれる方……それこそ内側の見えない所から、殿下の上げ底部分をガッツリ支えられるような方が理想です」
『上げ底部分』……アーサーは素で吹き出した。
「影のように目立たず誰にも注目されず、でも殿下と対等に議論出来て、何だったらアーサー様とも化かし合えるような」
「ロッチの理想は高いな」
「爵位と容姿は問いませんよ」
「そんなのルカしかいないじゃないか」
「流石に性別は問わなきゃ」
「はは……」
「まぁ俺が勝手に言っているだけですからね。殿下が気に入られたお相手なら、どんな方でも全力でお仕えします」
「ふぅむ」
アーサーは顎に指を当てて、意味ありげに唸った。
「鶏と卵だな……」
「はい?」
「いや、何でもない」
その時丁度音楽が終わって、殿下が公女様をエスコートして戻って来られた。
***
「「あの!」」
パーティーも散会し、停車場で馬車を誘導していたロッチは、再びあの双子の声を聞いた。
振り返ると、相変わらず二人並んで、なんと殿下の真ん前に立ちはだかっている。
(無礼だってば!)
憤るが、相手も王女殿下だ。兄弟が多すぎて末端まで作法教育の行き届かないハーレム王族、めんどい。
「先程はお話しし足りませんでした」
「応接室を用意しておりますので、お茶をご一緒しましょう」
うわっ、こっちは帰ろうとしているのに。
「お誘いありがとうございます。しかし、この時間から未成年の方と席を持つ訳には参りません」
やんわりと拒否る殿下。
「そんなの、この国で気にする人はいないわ」
「じゃ、じゃあ、明日、帰国なさる前に、時間を作って貰えればいいわ」
めげない双子。
「申し訳ありません。今から明日の乗船まで、わたしの周りでは予定がびっしり詰まっているのです。何か一つでもずらすと、多くの者に迷惑を掛けてしまいます」
「殿下が一番偉いんだから、そんなの気にしなくてもいいのに」
「一番偉いから気にせねばならぬのですよ」
ああもう殿下、声に穏やかを被せられなくなっていらっしゃる。
そうだよね、本来は苦手なコミュニケーションを、今日はいつもの何倍もこなされたんだ。
(早く独りにして休ませてさしあげたい~~)
ヒヤヒヤしながら、背後を警護する為に立っていると、殿下がチラと振り向かれた。
宝石の瞳に輝きが無い。本当に限界が来ている色だ。
ロッチは慌てて、足置きを準備して馬車の扉を開いた。
殿下はスイと双子を避け、そちらへ行かれる。
双子は焦った様子で手を伸ばした。
「わ、私たち、どこがいけませんか?」
「まだ子供だから? 魅力が足りないですか?」
無言で去られても食い下がるのが凄い。
確かに、可愛い二人がこうやって健気に振る舞えば、大概の大人は折れてしまうだろう。
厳しく
殿下は数秒止まってから、踵を返して、二人にきちんと正面を向かれた。
「ナジャ様もカジャ様も、とても魅力的です」
「なら、お帰りになるまでにお話を進めて下さい」
「どうか父に私たちを求めて下さい」
殿下は更に真顔になられた。
「わたしは、ナジャ様はナジャ様、カジャ様はカジャ様、としか見られないのです」
「「はい??」」
双子の王女は疑問の顔を、鏡のように見合わせた。
「例えばカジャ様が、『ローザリンドとなら氷の国へでも行ける』と仰って下されば、わたしはとても感動したでしょう」
「い、言ったじゃない……どこの国へだって嫁ぐって……」
「例えばナジャ様が、その手をわたしの手に併せて、カジャ様に向けていたような熱い眼差しでわたしだけを見つめて下されば、魂を射抜かれたかもしれません」
「それは、だって……」
「ナジャ様カジャ様がこの世で一番愛しているのは貴女たちのお互いで、それは二人一緒にいる限り変わらないでしょう。
この世には色んな愛の形があって、なるべく偏らぬ心で受け入れたいとは思っています。それでも」
双子は口をパクパクさせ、目を真ん丸にして、瞬きもしないで殿下を凝視している。
「わたしはとても嫉妬深いので、貴女たちのどちらかを好いてしまうと、きっと苦しい日々となりましょう」
双子は、金星のような目玉を転がり落としそうな程 見開いて、そして眉をギュっと歪めた。
「こ、心が狭い!」
「そうよ、心が狭いです。お、王は、心広くあらないと!」
王太子は、双子に睨まれたまま、哀しそうに睫毛を伏せられた。
「そうです。わたしは狭量で我が儘で、ありきたりなつまらない者です。貴女たちのお役には立てそうにありません」
「わ、私たちがこんなに言っているのに、何よ何よ!」
「「こちらからお断りよ!」」
可愛い声をハモらせて、双子は踵を返した。
二人が駆け去ってから、
「貴方のお役にも立てません、申し訳ありません」
殿下が呟くと、柱の陰から第四皇子が一歩出て、丁寧な礼をして去って行った。