「あの双子、隣の砂漠の神聖帝国の聖帝と、縁談が持ち上がっているらしいぜ」
王宮別棟の宿舎まで、馬車を護衛しながら騎馬で並走するロッチ。その横に、何処からか合流したジークの騎馬が、手綱を寄せて話し掛けて来た。
「ついさっき入った情報だ。
砂漠の聖帝のハーレムは、南ヲ国とは比べ物にならないほど規模が大きく、小都を築けるほど女性がひしめいてるってさ。
嫌だったんだろ、そんな
「はあ……」
自分たちの事は棚に上げて、自分だけを愛してくれる純粋な王子様の方がいいってコト? ムシが良過ぎると思う。
王国と海を挟んだこの乾燥地帯の大陸は、また勢力図が違って、『砂漠の神聖帝国』が、大陸の三分の二を占めている。
南ヲ国からすれば、どうしたって太刀打ちの出来ない強大国。
我が王国とは、大きな式典に招き招かれる程度の間柄で、まだ深い国交は結んでいない。結ぶにしても注意深く進めねばならぬと警戒している相手。
「しかしやっぱり第四王子、タヌキだったなぁ」
「どういう経緯なんです? 双子はともかく、第四王子の思惑が分かりません。まさか砂漠の神聖帝国とうちの国を仲違いさせたいんじゃないでしょうね」
「ああ、そっちは大丈夫だ。神聖帝国は双子に固執していない。南ヲ国にそこそこ価値のある王女を差し出させ、目に見える従属の姿勢を示させたいだけだ」
「はい……」
ロッチは、他の王女たちの困惑した顔を思い出した。政略で縁談を組まれるのは承知しているが、妹の我が儘を優先されるのは御免なのだろう。
「
「そうか?」
「だって二人一緒に引き取って貰えて、大勢いる中の一部なら、ベタベタくっ付いててもヒンシュクを買わず、何だったら余興感覚で周囲を楽しませるでしょう」
縁談を組む側は、双子の希望に沿ってくれていると思う。
ジークは苦笑いして後、眉をしかめた。
「ロッチが見た限り、その双子、王女の序列も何も無視して、我れが我れがってタイプなんだろ?」
「はい……」
「そんなの、序列厳しいハーレムになんて、とても放り込めないぞ」
「彼女たちみたいなのでも磨り潰されますか?」
「潰されるだけならともかく、あんな
「あ、ああ」
気楽に考えていたロッチはビビった。
「ハーレムは、女性たちの立派な外交の場だ」
「はい……」
外交沼深い……
縁談を組んだ人たちは、どこまで予測出来ているのだろう? 双子の綺麗で見映えが良い所しか見ていなかったら大変だ。
「あっそうか、第四王子、そこを心配したんですね」
ロッチはポンと手を打った。
人数が多すぎて下の方が見えない上層部より、彼ぐらいの立ち位置の方が、兄弟たちの欠点を把握出来ているのだろう。
「やっぱりキレ者ですよね、第四王子。特別っていうか、他と一線を画しているというか」
「おいおい、そうじゃないだろ。奴が他より頭が回るのは確かだろうが…… まともな考えの持ち主なら、第一に来るのは、嫁ぎ先の変更じゃなくて、双子の教育だろうが」
「ぇ……はい……」
確かにそうだけれど。
「お前、ちょっと変なフィルター掛かってないか? ロッチ」
「い、いいえ、そう、そこで我が殿下を利用しようとしたのは、許せませんよ、許せません」
「そうじゃなくて……ロッチよぉ、他所の国の『出来る癖に爪を隠している奴』は、要注意だ、覚えておけ」
「はい……」
「基本、敵だ」
「えっ、は、はいっ」
敵……
ジークは「ふん」と息を吐いて、カーテンの閉まった王太子の馬車を見やって、肩を竦めた。
「殿下だって、いつでも万全でいらっしゃる訳ではない。その為に俺らが居るんだろうが」
「……はい」
神妙に返事をするロッチに、ジークはもう一度「ふふん」と息を吐いた。
アーサーたちの探りによると、南ヲ国側は、こちらが思うより、王国の今後に注視していたらしい。
万が一、双子が殿下を連れ込んだ応接室で、誤解を招くような口実を作ってしまえば、強引に話を固めに来られたかもしれない。
「もしかして、危機一髪だったんですか?」
「殿下は上手くかわされたろ?」
「ヒヤッとするじゃないですか、教えといてくださいよ」
「その点だけは大丈夫だ、我々は、殿下の『真実の愛』の拗らせ具合に、全幅の信頼を置いている」
「…………」
木立の間の月を見上げながら、馬上のジークは更に話を続ける。
「あの双子、第四王子にかなり懐いていて、言いなりらしい。他の兄弟に対するのと全然態度が違ったろ」
「ああ、そういえば」
『明らかに他と一線を画した美しく賢い兄』に特別扱いされたら、自惚れてしまうのかもしれない。
「手駒として育ててたのかもなぁ」
「?? マジですか」
「今回の殿下相手でなくても、需要あるだろ、アイドル性のある神秘的な双子少女。何処の国へ出しても大衆の人気を得られる。
その裏で、兄が頼めば何でもペラペラ喋り、兄の言う事なら悪い事とも思わず平気でやらかすお人形……陰でそんな風に噂されていたな。
下の方に目が行き届かない王室で、ありがちな勢力争い」
「…………」
そんなの、どう転んでも不幸にしかならない末路を辿るだろう。途端、あんなに憎たらしかった双子が、憐れに思えて来た。
「双子を操って、功績を上げて兄弟間で這い登る事を狙っていたんだろな、第四王子」
「よ、四番目から、玉座へ、ですか?」
さすがに話が飛んで、ロッチは声を上げそうになって、慌てて抑えた。馬車の中の殿下に聞こえちゃう。
ジークはひと睨みして、続けて教えてくれた。
「玉座は分からんが、四番目辺りは、たった一つの順位の違いで待遇が雲泥の差だろ。もう一個上がれば、王の傍に侍れるんだ。
キッパリ諦めの付く下の方と違って、その気になれば狙って行ける。上が遠いのは分かっているが、でも下の方の十把一絡げにも混ざりたくない。プライドも高いんだろうな、知恵が回るだけに」
「はい……」
「それを目論んで双子を育てていたのに、嫁ぎ先が神聖帝国のハーレムじゃ、それまでの苦労が水の泡だ。あんなデカイ国相手じゃ何も出来やしない。下手したら自分の首が絞まる」
「はい……」
「だから、都合よく目の前に来た、『父王が注視している王国』の、ローザリンド殿下に白羽の矢を立てた。折角育てたんだから元手を回収しなきゃって」
「…………」
外交沼深い、溺れそう……
***
表面は兄弟仲良く見せていても、水面下では、母親の序列やら出身国やら、冠は被らなくても頭の押さえ合いはあるらしい。
一クラス程の人数がいて皆仲良くなんて、よく考えたら幻だよな。
「ロッチ、割りと騙されてただろ」
「正直言うと……はい、騙されてました。うちが兄弟多くて仲が良いから、親近感を覚えちゃってました」
「お前んちは、上がしっかりしてんのと、環境が特殊だ。仲違いなんかしている暇のない国境警備隊一族なんだから」
「はい……」
その一族の足りていない部分を補う為、自分は騎士を諦めて外交役人を目指したんだった。でも自分を手駒だとか思った事は無い。
「この国の王族兄弟とお前ン所を一緒にするなや。ラツェット閣下にシバかれるぞ」
「うちの
騎士でなく文官になるって言った時も、やりたいようにやれって言ってくれたもん。
……ああ、俺って、家族に恵まれていたんだな。
外に出てみて分かるコト、一杯ある。
「まぁ結果的に、その双子にとっても良かったんじゃないか?」
「ハーレムに嫁ぐのがですか?」
「確定すれば、第四王子も手を放すだろ」
甘やかす者を遠ざけ教育係をキチンと付ければ、まだ矯正出来る年齢だ。
それに……
「殿下は、彼女たちは一緒にいる限り、自分たちのお互いしか愛さないと見抜いておられました」
「さすが我らの殿下」
あの双子は一緒にいる限り自立せず、嫁ぎ先の相手や国や民を愛する事は無い。自分を肯定してくれる映し鏡が常に隣にあるせいだ。
それでも許される場所へ行き、幸せにやって行けるんなら、他がとやかく言う事はないんだろう。
(第四王子……)
肩越しの繊細な横顔を、また思い出してしまった。
まんまと惹かれていた自分が恥ずかしい……っていうか、悔しい。
「うちの国の
ジーク先輩は、不敬が一周回ってやっぱり不敬。
***
「そういえばジーク先輩は、今まで何処に行っていたんです?」
今回はやけに、ロッチ任せで外している時間が長かった。
聞かれてジークは、まだ夜空を照らすパーティー会場の灯を振り返った。
「剣舞のパフォーマーの中に、胡散臭いのがいると思ったら、やっぱり黒だったから、取り押さえていた」
「『ちょっと朝ごはん食べて来た』みたいに言わないで下さい!」
「狙われたのは第一王子で、捕らわれたのはおそらく第二王子派の、蜥蜴の尻尾」
「ふえぇ」
俺が下の方でアップアップしている間に……
「少なくとも、王と第一王子には恩を売れた」
「良かったです」
「ロッチが殿下をしっかり護ってくれるから、こちらも自由に動けて成果を上げられる」
「…………」
「これからも頼むな」
学園の卒業時、騎士ではなく文官になると言った時、それまで目に掛けてくれていたジーク先輩にメチャクチャ怒られた。
実家の為だと誠心誠意訴えたら、最後は許してくれたけれど、結局、役人の仕事に加えて護衛もやらされている。
それでも、ペーペーの身なのに、こうして殿下の外遊に同行できて、勉強させて貰えているのだから、文句なんて言えない。
思いを巡らせながら馬を進めていると、ジークが更に馬をくっ付けて、顔を寄せて来た。
「役人の仕事もフルでやって大変だったろ」
「そりゃ、片手間って訳には行かないですから」
「減らすよう計らってやろうか?」
「やめて下さい。何のために文官になったのか分かりゃしない」
「チッ」
お行儀が悪いです、ジーク先輩。
***
宿泊している別館の明かりが見え、玄関前に馬車が滑り込む。
ロッチは殿下に付き添うべく、馬を係りに渡して玄関へ走って行った。
その後ろ姿を見送りながら、ジークは夜の警護の段取りを采配して人員を散らす。
一段落した所で、別仕立ての無印の馬車が滑り込んで来た。
前哨灯に覆いを付けた馬車からは、唾のある深い帽子で金髪を隠したアーサーが降りて来た。
ジークが素早く駆け寄って顔を寄せる。
「お疲れさまです」
「ああ」
「王と話せました?」
「感謝の言葉を頂いた」
「良かった、働き甲斐がありました」
「ただ、第一王子が狙われたのは内々に収める方針となったので、公の誉れは授けられぬと」
「まぁそれは仕方がないな」
馬車が去っても二人はそこを動かず、暗がりで密談をする。
「代わりに、王女の何れかを側妃に贈ると」
「恩着せがましいな。っていうか、他に出せる物は無いのか、この国は」
「せっかくの『貸し』だ。王女より、『我が国へちょっかいを出したがる雛鳥を、巣から
「さすアーサー」
ジークも力を抜き、二人並んで玄関へ歩き始めた。
「第四王子は、よ?」
「第一王子襲撃の件に関しては、尻尾を掴ませなかったようだから、今回は無傷だ。関わっている匂いはプンプンしたが」
「タヌキめ」
「下位グループの輪でアリバイ作りをしていたのも、小賢しい」
「殿下を隠れ蓑に使いやがって」
「ああ、こちらとしては物凄く面白くない。だから・・」
王と別れた後、性懲りもなく廊下で話し掛けて来たので、耳元で、
『神聖帝国の聖帝は大変
と囁いてやったら、怯えた顔で黙ったと。
「はははは」
「嫁ぎ先を勝手に弄られて困っていた王女たちと同じ身になって、思い知ればよいのだ」
「ていうか、アーサーの氷結の瞳で一睨みされたら、後ろめたい事がなくてもビビるわ。
ま、こちらの怒りは十二分に伝わったろう。二度と殿下に近付かせん」
二人が玄関の石段を上がると、明日の段取りで忙しく立ち働くロッチとすれ違った。
「殿下は?」
「湯あみ中です。船旅では入れませんから」
「そうか、今回は苦手を克服して、多くの者との交流を頑張っておられた。今日はもう終礼は省略して、ゆっくりお休み頂こう」
「相変わらずアーサーは殿下にだけ甘いな」
ジークにからかわれ、アーサーは取り繕うようにロッチに向いた。
「ところでロッチ、あの双子以外に、殿下が気に止められたような王女はいらっしゃらなかったのか?」
アーサーのいつもの問いに、ロッチは少し考えた後、フルフルと首を横に振り、礼をして、また荷物を抱えて駆けて行った。
「ふむ……」
「珍しく王族の若いのと話の輪が弾んでいたから、期待したんだがなぁ」
「そうだな……あとでもう一度、『ロッチとしての感想』を聞いてみよう」
「ああ」
アーサーは少し鼻梁にシワを入れながら、「どうせまた鶏と卵になりそうだがな・・」と呟いた。
ローザリンド王太子殿下は、己の直感でピンと来た出逢いを求めているが、そんなお伽噺ばかりを言っていられない事も分かっていらっしゃる。
政略による結婚も、勿論受け入れるお覚悟ではあるのだ。
ただ、一つだけ条件を出されている。
『ロッチの嫌がる相手は駄目』
『何なんですかそれは』と突っ込むと、
『ロッチの審美眼の方があてになる。彼は如何なる時も濁りなく公平で、ラツェットに流れる国への想いを常に心底に抱いているから』と、瞳を煌めかせて答えられた。
何だその絶対的な信頼は……と思ったが、ロッチの交遊関係を思い浮かべると、確かに
二人が『う――む・・』と考え込むと、殿下は更にニッコリと、笑顔の光を撒き散らしながらこう仰った。
『だって出会って速攻、ルカと親友になったのだ、ロッチは』
お相手検知器になっている事を本人にバラす訳には行かず、この先もずっと、『鶏が先か卵が先か』に悩まされ続けるであろうと、遠い目になるアーサーとジークであった。
***
バタバタと駆けずり回りながら、さっきアーサーに聞かれた事を思い出すロッチ。
(いない訳じゃないんだよな……)
双子の王女が駆け去った方向よりも、第四王子の消えた暗闇をじっと見据えていらした殿下。
投げ付けられた悪態よりも、無言で礼をして去られた事に、心痛い瞳をされていた。
無防備に信用してはならない相手だと、俺よりも正確に、きちんと分かっていらっしゃった筈なのに。
けれど
分かっていて尚、あんな瞳をされる。
宮廷の廊下で、ルカに距離を置かれた時に似た、光を失くした色。
(言える訳ないじゃん……)
ロッチは、殿下が気に入って選ばれた方なら、どんな人物でも、無条件で受け入れて尊重するつもりだ。
例え『世間一般の道徳的に許容されがたい、深淵に住まわせているしかない相手』でも。
~南の国の夢の夜・了~