吾輩は猫である。名前はまだない──。
なんていう語りはどうでも良く、だからと言って自分の出生を語るほど何かがあるわけではないが、一度の人生で野生動物に育てられた
「
獣児である人物がオレだとして、人間らしい生活を求められているという場合。何十年と脳に刻まれた野生の生活を、“たったの11年でどうにかなることはなかった”というのが答えである。
上手く扱えない箸とかいう細長い二本の棒きれを、これでもかという強さで食卓に叩きつけた。ただの棒きれで、飯が食えるとは到底思うことはできないし、現に飯は食えていない。飯の器は宙を舞い、飯が散らばる。こんな物で食べるくらいなら、床に落ちた飯を食っていた方が何倍にもマシだ。
目の前の「オレの母親」だという女が、今にも暴れそうなオレを宥めるが、まずこの女を未だに親だとは認めてはいない。色々と諦めたオレは、箸を拾うということは無く自分の周りに散らばった飯を鷲掴んで口に運ぶ。行儀が悪いとか何とかでこの食い方を咎められたことは何度かあるが、使えないのだから仕方がない。女も諦めたのか、最近は何も言ってこなくなった。
チラリと右上に視線をやった女は、何かを思い出したかのようにオレに言ってきた。
「……あらヤダ、そろそろ時間だわ。片付けは私の方でするから、鎧くんは小学校に行ってらっしゃい」
「……チッ」
女にそう促されたオレは、舌打ちをしながらも乱暴に鞄を担いで家を出る。
学校という概念がオレにも関係するということを、この世界で初めて知った。端的に言ってオレは『前世の記憶を持つ転生者』である。何が理由で転生したのかなど、自分の前世の話を語る必要は無いし、語ったところで何かがあるわけでも無いから長々と語ることはしないが、学校に通う理由は理解できなかった。
(義務教育がどーとか言ってたけどよぉ……)
義務教育だからという理由で学校に行かなければならないのなら、前世では学校に通うように促されなかった意味が分からない。母親も父親も居らず、野良猫たちと生活をしていた前世より、“神の妥協”で転生させられたこの世界では人間らしい生活を求められるとは何の皮肉だろうか。
自分の身体に合ったサイズの制服は息苦しいし、教科書だとかが入っている鞄はこれ以上ない程度には重く感じる。人間という枠に詰められ、同調性を求められる。こんなにも宗教的で恐怖を感じるものはあるとは思わなかった。
「……あ゙? あ゙ー、飯なら向こうのうどん屋がいいぜ。店主がお前ら好きなんだよ」
数回しか通ったことなく、まだ慣れない学校までの通学路。
飯を探しているらしい猫に遭遇したオレは、そううどん屋を指す。あそこの店主が猫好きだと知ったのは少し前の話で、店主の身体から猫の匂いや毛を見つけたのがきっかけだった。猫の話をしてみれば、猫でも食えるようなうどんを与えていることも知れたオレは、猫の情報源に昇格した。
何を求めているだとか、親が猫だと話が伝わらなくとも意思伝達は鍛えられることが分かるまで成長するんだな。
「――転入早々、遅刻すんのも流石にやべーか」
学校に行くのは面倒で、行きたいとも思わないが転入初日で遅刻をして虐めの的だとか説教だとかの方が色々と面倒だと思ったオレは、塀を上り学校までショートカットをすることにした。
その学校でオレの全てが変わるなんてことを、知らずに。
***
ーー
ーー君子、数多の不条理が蔓延るこの世界で人となれ。
神世紀286年。
野良猫に育てられ、極度の疲労と衰弱から低体温症――凍死した元獣児の青年・ガイは、不条理で成立する生き地獄とも言える世界に転生を遂げた。
家族を知らず、友人を知らず。愛も知らなければ、悲しみも知らない。
人間として産まれたにも関わらず、人間としての一生を送ることは無かった哀れな一人の男が、この世界を通して
人間に成るための、誰も知らない物語