005
そういった矢先に僕は少し影の中からお呼びがかかったので、少し、席を外すことにした。
「あ、申し訳ないけど、出る前に少し手洗い行って来てもいいか。」
「了解しました。あまり時間はありませんので、10分ほどで戻って来てください。」
連邦生徒会のフロアを出て、廊下の突き当たりにあるトイレへと向かう。 幸いトイレには誰もいなくて助かった。ようやく周囲の気配が完全に断たれた。
「……忍。出てきてくれ」
呼びかけると、俺の影がふるりと揺れ、そこから忍がゆっくり姿を現した。 いつもと違って、妙に目が冴えている。
「ふぁあ……。呼ぶのが遅いぞ、主よ。儂、今日は昼間から起きておるのじゃぞ?」
「いや、むしろ昼間から起きてる方が異常なんだけど」
忍はちょこんと洗面台の上に座る。
「この世界……空気の流れが変じゃ。あの北白蛇神社の“よくないものの吹き溜まり”に似ておる。似ておるが、まあ……少しだけ距離を置いて薄めたような、そんな感覚じゃ」
「……やっぱり、そう感じるか」
俺も薄々気づいていた。 身体の芯がどこか重いのに、力だけはやたらと冴え渡っている奇妙な感覚。
忍が俺の顔を覗き込む。
「お前様よ。おぬし、気づいとるじゃろ。人ならざるものとしての“力”が強まっておる。じゃが、変なのじゃ。吸血鬼化が進んでいる訳ではないのじゃよ。……」
「……そうか。」
現に通りかかった時にあった、窓や鏡にも僕の姿は写っていた。
それなのに、この世界に来てからどこか自分の力がいつもより大きくなってる気がする。
「多分、俺の身体……人間寄りのまま、吸血鬼としての異能部分だけが強化されてる」
「うむ。儂の感覚でもそうじゃ。だが……」
忍は一度目を伏せ、ため息をついた。
「おぬし、あの子らには言わぬつもりか?」
「……まあ、見せるわけにはいかないだろ。銃弾を食らった男が平然としてたら、普通に怖いからさ」
ここにいる少女たちは、年相応に繊細で、普通に心配してくる子たちばかりだ。 そんな子たちに、俺が“化物”だなんて誤解させるのは嫌だった。
「俺が異常だって悟られるのは……まあ仕方ないにしても、怖がらせたいわけじゃないしな」
「ふん。優しいのぅ。そこがお前様の、実にお前様らしいところじゃが」
忍は笑うでもなく、怒るでもなく、少しだけ困ったように口角を上げた。
「……しかし主よ。ひとつ言っておくぞ。 儂は昼でも動けるようになったが、身体が本調子であるわけではない。今まで通り、影には引きこもらせよ。夜行性なのは変わらんのじゃからな」
「わかってるよ。無理はさせないさ」
忍は腕を組んで、じろりと俺を見上げる。
「絶対にじゃぞ。儂が眠っておる時に、勝手に危ない戦いに首を突っ込んで……後から『忍ぅ助けてー』では困るのじゃ」
「しないって。……たぶん」
「たぶんとか言うな、たわけ」
ぺし、と俺の額を小突く。
だけどその仕草はどこか不安を隠すようでもあった。
「……主よ。本当に、気をつけるのじゃ。 この世界、儂らにとって“都合が良すぎる”。 力が増すというのは……良いことばかりではないぞ?」
「分かってる。だから、こうやって話してるんだよ」
忍は少しだけ安心した表情になり、影へ戻ろうとする。
「ではお前様、必要な時は呼ぶのじゃ」
まあ、この状況は去年の夏休みのあの日、タイムスリップという名の世界線移動をした時と同じ緊急事態に近いからな、忍の力も借りれる時は借りよう。
忍は影に沈みながら、一言だけ残した。
「……頼られるのは嫌いではないがの」
影が静かに元の形に戻った。
俺は深呼吸を一つして、元の場所に戻る事にする。
……行くか。