シャインポスト〜光を作る影   作:Kabash

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ReLUCE

「はーいっ! 今日は私たちのオフの日を、みんなにちょ〜っとだけ見せちゃいますっ!」

 

 スタジオ内の休憩エリアでカメラを持つ七海が画面にドアップで迫る。

 元気いっぱいの声と表情に他のメンバーが「近い近い!」と笑っている。

 

「七海さん、レンズに指紋がつきますわよ? 落ち着きなさって?」

 ナターリャがハンカチでレンズを拭きながら注意する。カメラから離れ際にぱちりとウインクを決めていた。

 

「えっへへ〜ありがとナタ! 

 あ、春! 服に毛糸がついてる!」

 

「へ? どこ?」

 

「ここ!」そう言いながら脇腹をつつく七海。

 

「ひゃわ〜!」と七海の手をおさえながらくねくねしている春。

 一向に離れる気配のない七海に春は顔真っ赤のまま、今度は七海をくすぐりはじめる。思わぬ反撃に七海はすぐに崩れ落ちて春のされるがままになっている。

 全員分の飲み物を持って戻ってきた響季が慌ててフォローに入る。

 

「な、七海と春、その辺で……っ。

 あ、ここにお茶置いとくね。落ち着いて……」

 

「ひ、響季ちゃん……ありがと……」

 

 そんな風に全員がわちゃわちゃしているだけで画面が賑やかだ。

 その横で、愛莉がふわっと笑う。

 

「みんな可愛い〜。私は見てるだけで幸せ〜」

 

 目をきらりと光らせて復活した七海が今度は愛莉に狙いを定めるが、ナターリャに頭をぽふぽふされて止められるとまた笑いが広がる。

 

 カメラには映っていないけれど、少し離れたソファで天知は書類を読んでいる。表情は静かで、あくまで仕事中。

 けれどメンバーがどれだけはしゃいでいても、穏やかな雰囲気は変わらない。

 

「天知さーん! 見て見て、みんなでお菓子作ったの!」

 七海がカメラを向ける。

 

「それは結構なことです。配信の視聴継続者数も上がっていますよ」

 

「それだけ!? 食べてみてほしいっていうアピールだよ!」

 

「……私が食べても数字には反映されませんので」

 

 そんなつれなさに、春はなぜか胸がきゅっとなる。

 わがままじゃないけれど、見てほしいような、何か言ってほしいような。

 

 愛莉がこっそり春の耳元で囁く。

 

「ね、春ちゃん。天知さん、ああ見えてちゃんとみんなのこと目で追ってるよ?」

 

「えっ……う、うそ……」

 

「ふふっ。私は嘘つかないよ〜」

 

 また照れる春。その様子を見て、響季がそっと笑う。

 

 七海はテンションが上がりすぎて、カメラがぶれる。

 

「あっ、おっとっとっと……!」

 

「七海さん、危ないですわ!」

 ナターリャが急いで支えようとするが——

 

「失礼。こちらを使ってください」

 天知が素早く七海の腰を支えた。

 それも一瞬のことでスッと離れた天知はいつの間にか用意していた軽量の三脚を差し出した。

 

「えっ、天知さん、それ……いつ用意してたの?」

 

「最初からここに置いてありました。七海さんの性格を考えれば、必要になると思いましたので」

 

「……えへへ、ありがと〜……」

 

「礼は結構です。壊れたら経費がかさみますので」

 

 あくまで淡々と。でも、やさしい。

 春はその背中を見るたびに、胸の奥がほんのり熱くなる。

 配信のラスト、七海がメンバーをぐるっと写しながら言う。

 

「みんな〜今日はありがと! これからも5人で頑張るから、応援よろしくね!」

 

「よろしくお願いしますわ!」

「やーっ!」

「が、頑張ります……!」

「ええと……その……本日はありがとうございました!」

 

 五人の声が重なり、配信は終了する。

 ふと春が振り返ると、天知が静かに資料を閉じるところだった。

 

「……楽しそうでしたね、皆さん」

 

「うん……すっごく」

 

「なら良かった。あなたの笑顔は、特に視聴者に好評でしたよ」

 

 春の心臓が“どくん”と跳ねる。

 

「そ、そうかな……?」

 

「事実です。配信の分析結果も後で共有しておきます」

 

 ただ仕事として言っているだけ。

 ──なのに、春は嬉しくてたまらなくなる。

 淡々としたその声に、なぜか心が晴れる。

 

 

 レッスン帰りの夜、事務所の廊下。

 まだ汗の残る春の頬がほんのり赤い。

 

「……天知さん」

 

「はい。何か?」

 

 書類をまとめていた天知が、動作を止めずに視線だけ向ける。

 春は一度だけ深呼吸して、ぎゅっと拳を握った。

 

「あの……今日、ちょっと……がんばりすぎちゃったかもで……」

 

「ええ。見ていました。限界のギリギリ手前でしたね」

 

「う……やっぱり、見られてた……」

 

「仕事ですので」

 

 淡々とした返事。

 だけど、春は——少しだけ寄りかかるように天知の袖を指先でつまんだ。

 ほんの、糸みたいに弱い接触。

 天知はぴたりと動きを止めた。

 

「……春さん?」

 

「……ちょっとだけ。褒めてくれたら……もっとがんばれるかもって……思ったりして……」

 

 自分でも何を言ってるのかわからない。

 急に甘えたくなってしまった。

 天知は短い沈黙のあと、そっと視線を落とした。

 

「……今日のあなたは、とても良かったですよ。

 安定感のある春さんですが、他のメンバーを引っ張るようなパフォーマンスは目を見張るものがあります」

 

 ただの評価。……なのに。春の胸は高鳴る。

 

「ありがと……」

 

 袖から指を放した春に、天知は静かに告げる。

 

「甘えるのは悪いことではありません。

 ただ、疲れたときは、きちんと休んでください」

 

 その一言に、春はにこりと笑う。

 

 —

 

 レッスン終わりの夜。

 メンバー5人は順番に帰り支度をして、事務所のソファで休んでいた。

 

「今日の春、すごかったですわね」

「うん! 特にあのフォーメーションの入り、完璧!」

「やーっ! 春ちゃんかっこよかったー!」

 

 わいわいと賑やかな声が広がる中——事務室の奥では、天知がひとり書類を整理していた。

 いつも通り、整然と冷静に。けれど、今日はほんの少し疲れているように見えた。

 

「……天知さん、今日なんだか無理してません?」

 春がそっと近寄って声をかける。

 

「いえ。いつも通りです。すこし作業が立て込んでいるだけですので」

 

 淡々とした答え。

 しかし、その直後だった。

 

 別室から、“カチッ”と蛍光灯の点滅するような小さな音が鳴る。

 

 パチッ……パチッ……。

 それは古いスイッチの故障音。普段誰も気に止めないような、弱い電気音。

 

 けれどその瞬間、天知の肩がびくりと揺れた。

 

 落としそうになるほど強く、握っていたペンを持ち直す。

 指がかすかに震え、深く、わずかに息が乱れる。

 

「……っ……」

 

「天知さん!?」

 

 春だけでなく、近くにいた響季も七海も、驚いて駆け寄る。

 天知はすぐに姿勢を整えようとするが、わずかに青ざめているのは隠せなかった。

 

「失礼。少し……耳障りな音でした」

 

 低い声。

 いつもの彼とは違う、どこか苦しげな気配。

 ナターリャが心配そうに眉を寄せる。

 

「天知さん、その音……お嫌いなのですの?」

 

 天知は数秒だけ沈黙する。

 やがて、小さく告げた。

 

「……あまり好ましい記憶がありません。

 昔、少し……良くない出来事があったときの音です」

 

 その言葉には、わずかな震えがあった。

 愛莉がそっと声を落とす。

 

「天知さん……怖かったの?」

 

 その問いに、天知は目を伏せる。

 

「怖い、というより……ほんの少し反応してしまうだけです。

 過敏になっているだけで、問題はありません」

 

 また、淡々と整えようとする。

 でもその手はまだ、ほんの少しだけ震えていた。

 春は勇気を出して、そっと言った。

 

「……私たちが、隣にいたら……ちょっとだけマシになったり、しますか?」

 

 天知は驚いたように春を見る。

 春だけじゃない。

 響季も、愛莉も、七海も、ナターリャも、みんなが少しだけ寄り添うように立っていた。

 天知は初めて、視線を逸らせなかった。

 

「……ええ。

 少し、助かりました」

 

 その言葉は、天知の口から出たものとは思えないほど柔らかかった。

 春の胸がじんと熱くなる。

 

(天知さんにも……ちゃんと弱いところ、あるんだ……)

 

 誰も言わなかったけれど。

 その場の空気は、ふわりと、優しくあたたかく満ちていった。

 

 —

 

 収録前、控室。

 愛莉が鏡の前でじっくりとリップカラーを確認していた。

 

「ん〜……やっぱこっちの色、薄いかな……?」

 

 そこへ、書類を片手に通りかかった天知が立ち止まる。

 

「愛莉さん、そのリップですが」

 

「ひゃっ……!? あ、天知さん!?」

 

 愛莉は慌てて落としそうになったリップを握り、ほっと息をつく。

 そんな彼女に、天知は落ち着いた声で続けた。

 

「スタジオの照明下では、もう少し彩度があったほうが映えます。

 こちらの色は、あなたの表情を柔らかく見せますよ」

 

 そう言って、机に置かれていた別の色を手渡す。

 

「……っ、あ、ありがと……。そんな、ちゃんと見てくれてたんだ……」

 

「仕事ですので」

 

 淡々と返す天知。

 でも愛莉は、頬をふわっと赤くする。

 

「ねぇ天知さん……。私、今日もかわいい?」

 

「かわいいかどうかは……視聴者が判断します。

 ただ、あなたの努力は十分伝わるでしょう」

 

「……やーっ! 当然じゃないですか〜!」

 

 愛莉は胸を押さえ、こっそり顔を隠した。

 

 

 ボーカルブース。響季は曲に合わせた表現がつかめず、悔しげに眉を寄せていた。

 

「……やはり、難しいです……。

 曲のイメージと違ってしまっているような……」

 

 録音室内で作業をしていた天知が、控えめに声をかける。

 

「響季さん。あなたの歌声は芯が通った唯一無二のものです」

 

「えっ……?」

 

「もっと自分らしさ全開で、エゴを押し出して構いません。

 あなたの歌は、綺麗に収めようとしなくていいんです」

 

 響季の瞳が揺れた。

 

「……自分らしさを出して、いいんでしょうか……?」

 

「あなたはどこにいても、誰と何を歌っていても、あなたの歌声はすぐにわかる。それは誰かの救いになりますから」

 

 静かな一言。まっすぐで、嘘がなくて。

 響季は思わず胸に手を当てた。

 

(救い……なんて……。そんなふうに言われたの、初めてです……)

 

「……ありがとうございます……!!!」

 

 響季はいつになく強い声でお辞儀をする。

 天知は驚いたように瞬きした。

 

「少し驚きましたが……良い変化だと思いますよ」

 

 響季の心は、もう完全に射抜かれていた。

 

 

 レッスン終わり。

 天知は、資料を片手にスタジオで次のスケジュールを整理していた。

 そこへ軽い足音と共に、ナターリャがスキップ気味に近づいてくる。

 

「アマチ・プロデューサー♪」

 

「……天知で結構ですよ。どうかされましたか、ナターリャさん」

 

「今日も、プロデューサーのお姿……すごく“絵”になりますわ。

 まるでアニメのクールな敵参謀キャラみたいですもの!」

 

 指でカメラの画角のようにしているナターリャに、天知は黒革の手帳を閉じてゆっくり首を傾ける。

 

「褒めていただけるのは光栄ですが、なぜ敵なんでしょうか……」

 

「その闇を背負っている感がまた……いいんですのよ〜っ!」

 ナターリャがきらきらした目でぐいっと距離を詰める。

 

「わたくし、日本の文化が好きで日本のアニメも千本以上観てきましたの。

 中でも……敵ながら支えてくれるクールな男性って、すっごく憧れますわ」

 

 天知は苦笑に近い柔らかな表情を見せる。

 

「やはり敵キャラなんですね……なるほど。ですが、私はそういう役を演じているわけではありませんので。

 あくまで、皆さんの活動を効率的に成功へ導くために動いているだけです」

 

「それがステキなんです〜っ!」

 ナターリャは思わず手を握ろうとするが……途中でふっと止まり、胸の前でぎゅっと手を合わせる。

 

「……触れてはいけませんのよね。知ってますわ。

 でも、つい……ヒロインみたいに、こう……ぐいって行きたくなるんですの」

 

「熱いお気持ちは理解しました。

 ただ、私は不必要な接触は避けておりますので……ご了承を」

 

 天知がほんの少しだけ目線を下げる。

 その視線が “拒絶ではなく、きちんと相手を見ての言葉” だからこそナターリャは一瞬で顔を赤らめた。

 

「……っ、やっぱり……アニメよりドキドキしますわ……」

 

「それは困りましたね。私は普通に話したつもりでしたが」

 

「普通ですのに、あんな眼差しは反則ですの! 

 そんなの、ヒロインはみんな落ちてしまいますわ……!」

 

 ナターリャは両頬を押さえてぶんぶん首を振りながら、

 スタジオをくるくる回ってから、急にぴたりと止まり、

 天知に深々とお辞儀をした。

 

「わたくし、もっとステキなヒロインになりますわ! 

 プロデューサーが胸を張れるような、最高のアイドルに!」

 

「……期待してますよ」

 

 淡い笑みひとつ。

 それだけで、ナターリャのテンションは天井を突き抜ける。

 

「きゃ──っ! やっぱり反則ですわ──っ!!」

 

 その声は、控室にいた他のメンバー全員が

「何かあったの?」と顔を出すほどだった。

 

 

 ダンスレッスン中、七海はターンの勢いあまって転びかける。

 

「うわっ、おっと……!」

 

「七海さん」

 

 レッスン鏡越しに、天知が低く呼びかけた。

 普段と変わらず丁寧なのに……どこか鋭い。

 七海はびくっとする。

 

「は、はいっ」

 

「危険です。無茶は控えてください。

 メンバーが怪我をしたら……誰かが悲しみます」

 

 七海の胸がドクンと跳ねる。

 

「……悲しむ……?」

 

「ええ。あなたが思っている以上に、あなたは周囲に必要とされています」

 

 やさしくない。甘くもない。

 でも──確かに心に落ちる言葉。

 

 七海は耳まで真っ赤になった。

 

「な、なんか……そういうの……反則なんだけど……っ」

 

「指導の一環です」

 

 そう言って歩き去る天知。

 七海はその背中を見つめながらぼーっとしていたが、ふと我に帰ると高鳴る胸の音に気づかないふりをしながら声を上げる。

 

「さ、さぁ! ほどほどに頑張るぞぉー!」

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