シャインポスト〜光を作る影   作:Kabash

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その者、闇より出づる

 ある夜、全員のダンス練習を見た帰りに天知はスタジオの扉の前でふと足を止めた。

 

「……少しペースを上げる必要があるかもしれませんね」

 

 その声は、いつもの冷静さとは違った。

 不安、焦り、プレッシャーがほんのわずか、しかし確かに滲んでいた。

 その瞬間、スタジオの影からそっと顔を出した春が

 小さく声をかけた。

 

「……天知さん、だいじょうぶ?」

 

 天知は驚いたように目を瞬いたが、すぐに整える。

 

「心配はいりません。ただ……計画の進行に調整が必要なだけで」

 

「でも、いま……ちょっと疲れた顔してた」

 

 春の言葉に、背後から他のメンバーもそっと近づいてくる。

 

 響季が不安げに。

 愛莉がそっと袖をつまんで。

 ナターリャが真剣な瞳で。

 七海が、静かに手を後ろで組んで。

 そして全員で、ふわりと広がるように天知の前に並んだ。

 

「私たち、ちゃんとやるよ!」

「もっと可愛くなりますよ〜」

「歌もダンスも、必ず上達しますわ!」

「根性で頑張るからね!」

「だから……ひとりで全部抱えないでください」

 

 天知は静かに息をつき、ほんの一瞬だけ、あまり見せたことのない柔らかい表情を浮かべた。

 

「……ありがとうございます。

 皆さんがそう言ってくれるのなら私は、計画を成功させるためにさらに最適な道を探しましょう」

 

 春がふふっと微笑む。

 

「うん……頼りにしてるよ、天知さん」

 

 まるで彼を中心に、ひとつの光が集まるような静かな夜だった。

 

 

 

 深夜のオフィス。

 灯りがついているのは天知のデスクだけだった。

 白い蛍光灯が、彼の指先を鋭く照らしている。

 

 机の上にはメンバーのデータと、解析用のグラフ。

 ダンス、ボーカル、美意識、メンタル、体力、トーク、テンション。

 そこには彼女たちの様々なデータが並んでいた。

 

「……悪くありませんね。春さんの笑顔も以前より増えています」

 

 小さく満足気に呟く。だがその目には、一切の甘さがない。

 そこへ、偶然その時間まで残っていたナターリャが飲み物を持ってきてくれた。

 

「プロデューサー、夜遅くまで……。

 その、ファンのみなさまに喜んでもらうために、ですの?」

 

 天知は手元の資料を閉じ、すっと顔を上げる。

 

「ええ……私は何より、人の“心”を最も大切だと考えていますから」

 

 ナターリャはその言葉を聞いてふわっと微笑むが、天知の仕草を見て目を瞬いた。

「心」と言った天知は胸に手を置くのではなく、ゆっくりと自分のこめかみの辺り──大脳を指さしていた。

 

「本能レベルで“離れられなくなる”刺激。

 それを能動的に与えることで、アイドルが発揮する輝きにファンは魅入られます」

 

 一瞬。ナターリャは何かにぞくりとした。

 

「……プロデューサー……それは……“恋”みたいですわね」

 

「違いますよ。これは“仕組み”です。計算できることです。

 人は、感情よりも先に“反応”する生き物ですから」

 

 天知の声は優しい。だが、その優しさは理解している者の語り口であり、寄り添う人間の温度とは違った。

 

「あなた方の魅力も、ファンの反応も、正しく扱えば成果に変換できます」

 

 優しいのに。冷たい。

 そんな矛盾を同時に抱えた“闇”が、彼の目の奥で静かに光った。

 ナターリャは胸を押さえながら、なぜか逃げるどころか、もっと知りたくなってしまう。

 

「……プロデューサーはやはり、敵の参謀がぴったりですわ」

 

「なるほど……まあ、ラスボスが勝つ物語は滅多にありませんが私は勝ちますよ」

 

 淡々と言い切る声に、ナターリャは思わず息を飲む。

 だが、彼の背中は決して陰湿ではない。

 利用ではなく、必ず成功させるための冷徹さ。

 だからこそ──怖いのに、惹かれてしまう。

 

 その“闇”を、春も、響季も、愛莉も、七海もどこかで感じ取りながら、それでも付いていきたくなるのだった。

 

 

 

 まだ天知が二十代前半だった頃。

 巨大プロダクションの影の下で、無名の制作進行として走り回っていた。

 その頃、彼には特に目をかけていた少女がいた。

 16歳の新人アイドル。歌は並以下、ダンスも平均。

 だけど、人の心を惹きつける不器用な笑顔だけは、本当に綺麗だった。

 天知はまだ芸能は夢を売る仕事だと信じていたから、彼女の才能よりも努力の方を信じていた。

 

「あなたなら大丈夫ですよ。もっと上を目指せます」

 

 そう言って夜遅くまで練習に付き合い、空いた時間で資料をまとめ、取引先にも何度も頭を下げて回った。

 彼の行動は、「若い進行が新人に入れ込んでいる」と陰口を叩かれてもおかしくないくらいだった。

 それでも天知は信じていた。

 努力は報われる。夢はきっと叶う。

 この業界にも、ちゃんと光がある。

 

 ……そう、信じていた。

 彼女は少しずつ数字を伸ばしていった。

 歌も努力で上達した。ダンスも筋力がついてきた。

 でも、どれだけ努力しても“才能ある子たち”は次々と現れる。

 ファンの数も、配信の数字も、検索トレンドも。彼女は仕事をもらえるギリギリのラインをずっと漂い続けていた。

 

 そして事務所に、話題性重視の新人が加入する。

 炎上した過去もあり、誰がどう見ても“数字が出るだろう”と分かってしまう子だった。

 ある会議で、幹部は口を揃えて言う。

 

「あいつは愛嬌だけはあるけど、数字がとれない。新しい子の売り出しに枠を移すぞ」

 

 天知は思わず立ち上がった。

 

「……努力している子を、数字だけで切り捨てるんですか?」

 

「当たり前だろ。芸能はな、慈善事業じゃない。

 “金にならない子”に時間を割く意味がどこにある?」

 

 幹部は笑いながら、天知の肩を叩いた。

 

「お前、優しいのはいいがな。

 優しさで飯は食えないし、数字で負けたら誰にも見向きもされずに消えていくんだよ」

 

 その日の夕方、彼女は誰もいないレッスン場の鏡の前で一人泣いていた。

 

「……頑張ってるのに、なんで……なんであの子に勝てないの……?」

 

 通りすがりに見かけた天知は思わず声をかけた。

「……あなたは悪くない。本当に努力して──」

 

 彼女は泣きながら首を振った。

 

「……もう、歌えない。

 こんなに頑張っても、数字が伸びないなら意味ないじゃん……」

 

 天知は更に励ますつもりで隣に座った。

「努力は報われますよ」そう言おうとした──その瞬間。

 

 ドアが荒々しく開き、ディレクターが入ってくる。

 

「この子、もう切るわ。数字出ないし。

 例のプロジェクトは全部“あの子”にやらせることにするからな」

 

 彼女は泣き崩れた。天知は言葉を失った。

 そしてディレクターは、天知の肩を軽く叩いた。

 

「お前も覚えとけ。“感動”とか“努力”とか、業界では何の価値もねぇよ。

 価値があるのは、金を生むための数字だけだ」

 

 それがあまりにも乾いた声で、あまりにも当然のように語られて。

 天知の胸の中の、何かがすっと冷えていった。 

 

 ──感動は価値にならない。

 ──涙も汗も、金を生まないものは切り捨てられる。

 

「芸能はアートの場じゃねえんだ。

 売れること以外は無価値のビジネスだ」

 

 彼女はあの日を境に休業した。

 天知はまだ若く不器用で、“壊れかけている子”にどう触れたらいいか分からなかった。

 

 そして半年後、彼女は芸能界から静かにいなくなった。

 

 天知は何も守れなかった。

 天知は無力さに潰れそうになりながらも、現実だけは正しく理解した。

 

 努力は価値にならない。心は金を生まない。

 夢は数字で切り捨てられる。

 そしてもう一つ。

 

「優しさは、人を救えない」

 

 むしろ──曖昧な希望を見せる優しさほど、残酷なものはないと悟った。

 

 彼女を救えなかったことが、天知の芸能観を徹底的に変えた。

 天知は心の奥底で誓った。

 “ならば俺は、誰よりも正確に“売れる価値”を見抜く”

 “情に流されず、嘘も希望も言わず、数字で勝ちにいく” 

 甘い嘘で人を燃やすくらいなら、冷たくても真実だけを言う。

 人に優しくするためじゃない。誰かを助けるためでもない。

 二度と、夢見て泣き崩れる子を見たくなかったから。

 そして──彼自身も二度と無力なまま立ち尽くしたくなかったから。 

 それがビジネスの場で“守銭奴”と蔑まれるきっかけになった。

 だが天知にとっては金のためではなく、守るために冷たさを選んだだけだった。

 業界の人間には嫌われているけれど、彼の起用したタレントやアイドルは必ず数字を出した。

 だから彼の評判は、悪名と同時に信頼にもなっていった。

 

 

 

 

 ある日の事務所の奥の会議室。

 天知が業界の古い友人と低い声で話していた。

 扉は少しだけ開いていて、春は知らずにそこを通りがかる。

 

「……あの時、俺は未熟で、優しすぎた。

 だから、彼女を救えなかった」

 

 その場を離れようとしていた春の足が止まった。

 天知の声は静かで、淡々としていた。

 怒ってもいないし、悲しんでもいない。

 ただ──深く根を張った諦めのような響き。

 

「だから俺は今、数字しか信じない。

 どれだけ努力しても、どれだけ苦しんでも……売れなければ、彼女たちは消える。

 飾りでも、夢でもない。それが“現実”だ」

 

 春は胸を押さえた。少し痛むくらいに。

 天知の声は続く。

 

「俺はもう二度と……努力した子が泣き崩れるのを見たくない。

 俺は冷たくて構わない。嫌われても構わない。最後に勝てるのなら、それでいい」

 

 春は息を呑んだ。

 天知が、初めて“痛みのある人間”に見えた。

 そして同時に、その痛みに触れてしまった自分の心が

 じんわり熱くなるのを止められなかった。

 

 

 自分の部屋の窓は夜風を通すために少しだけ開けてあって、街のざわめきが遠くの波みたいに低く響いていた。

 テーブルの上には、今日天知から直近の仕事について説明してもらった時の資料が散らばったまま。

 たくさん質問してしまったが、全てに丁寧に答えてもらって嬉しかったのを覚えている。

 だけど、春はソファに座り込んでまったくページをめくれずにいた。

 

 頭の中から、あの“声”が離れなかった。

 

 ──芸能はアートじゃない。ビジネスだ。

 数字を操れなきゃ、誰の夢も守れない。

 

 昼間、扉の影に隠れるようにして聞こえてしまった天知の声。

 静かなのに、氷の刃のように鋭かった。

 

 ふと冷たい風がカーテンを揺らす。

 部屋の中の温度も一緒に下がったみたいで、春は両膝を抱え込んだ。

 

「……なんて声、かければいいんだろ……」

 

 つぶやきは小さくて、誰にも届かない。

 春自身にも、答えはまだない。

 天知は一見怪しくて悪そうだが、嘘をついたことは見たことがない。

 だからあの言葉も全部、本音なんだ。

 優しい人だけど、あの傷の深さは触れたら切れてしまいそうで──。

 

「励ます? 違うよね……。

 寄り添う? それも、なんか違う気がする……」

 

 ソファの背もたれに頭を預けて天井を見上げる。

 シーリングライトの白い光がぼんやりして、涙がにじんでいることに春は気づいていなかった。

 

 初ライブが近い。練習も詰めてる。

 天知はスケジュールを調整して、ライブ前でも話題性が上がるように単発のお仕事を挟んでくれて、他にも裏で奔走してくれているのを知っている。

 忙しいのに、私たちひとりひとりの様子を見て気を配ってくれるのに、私はそれにただ喜んで甘えているだけ。

 

 ──私は。

 

「天知さんのこと、もっと知りたいのに……うまく言葉にできないや……」

 

 スマホが近くに転がっている。天知の名前を押せば、すぐ連絡ができる距離。

 でも指は動かない。

 

「……明日、話せるかな……

 ちゃんと顔を見て、笑顔で“春はここにいるよ! ”って言えるかな……」

 

 窓の外を見れば、街の明かりが無数に瞬いている。

 まるでボーダーライトみたいに遠くて、手が届くようで届かない。

 

 でも、胸の奥にはひとつ確かな灯りがあった。

 天知の過去を知ってもなお、いや……知ったからこそ、守りたいと思ってしまった温かな光。

 春はそっと胸に手を当てる。

 

「……大丈夫、明日になったら、きっと言える。

 天知さんに……ちゃんと届く言葉を探すんだ!」

 

 そう自分に言い聞かせると、やっと呼吸が落ち着いた。

 カーテン越しの夜風が優しく髪を撫で、疲れた心を少しずつほぐしていく。

 そして、春は目を閉じた。

 小さな決意を抱きながら、夜は静かに深まっていった。

 

 

 

 

 朝の空気はひんやりしていて、夜の悩みがまだ少し残っているみたいだった。

 春はいつもより早く事務所の前に立っていた。

 手はぎゅっと握られていて、深呼吸をしなきゃ胸の奥が落ち着かない。

 

 扉の向こうには天知がいる。

 昨日のあの声。冷たさと優しさの混ざった本音。

 全部、胸にしまってきた。

 

(大丈夫……言える。言わなきゃ)

 

 扉を押すと、朝の光が差し込んだロビーの奥で、天知が一人机に向かっていた。

 銀髪が光を反射して、輝いている。

 

「お、おはよう! プロデューサー!」

 

「おはようございます、春さん。今日は早いですね」

 

 いつもの、落ちついた丁寧な声。それが逆に胸を刺す。

 春はうまく笑えなかった。

 いつもなら話したいことがとめどなく溢れてくるのに、今日は喉につかえてしまう。

 

「……天知さん、実は昨日……その、聞いちゃって……ごめんなさい」

 

 天知は一度、言葉を失ったように目を瞬いた。

 春がぎゅっと胸に手を当てる。

 

「天知さんが、どんな思いで私たちをプロデュースしてくれているのか……ちょっとだけだけど分かった気がして……

 その……何て言えばいいか分からなくて……」

 

 息が震える。でも逃げなかった。

 

「でもね……天知さんが“数字がないと守れない”って思ったの、私……責めたりしないよ」

 

 天知の目がわずかに揺れる。

 

「……私は、あなたたちを守るために必要だと思ったことをしているだけです」

 

「うん。でも、それって……天知さん、ひとりですっごく頑張ってきたってことでしょ?」

 

 春は一歩近づく。

 

「ねぇ……春は、天知さんの前からいなくなったりしないよ」

 

 その言葉はやわらかくて、でもまっすぐで。

 天知は返事をしなかった。

 けれど──わずかに視線を逸らし、喉を鳴らした。

 それが、春には“心が揺れた”と分かった。

 

「……ありがとうございます。また今度、お話しましょう。

 今日は初ライブの全体打ち合わせがありますので」

 

 照れ隠しにも近い、そっけない言い方。

 でも耳たぶが少しだけ赤かった。

 

「……うん、わかった! 

 春ちゃんにお任せあれ!」

 

 春はどんと胸を張った。

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