ありふれない本当の勇者は世界最強 作:マサヒロ (旧名デイブレイク)
「ガアアアァァァァァァ!!!!!!!!」
ベヒモスが咆哮を上げた。
その咆哮は空気を震わせ、橋全体を軋ませる。
石畳がひび割れ、瓦礫が転がり落ちる。
ハジメはその咆哮を正面から受け止めながら、足を止めなかった。
風圧に逆らい前傾姿勢のまま、ただ一歩また一歩と進む。
ハジメの紅く染まった虹彩が、視界の端に二本のゲージを映し出す。
一つは、ハジメ自身の命。
もう一つは、ベヒモスの命。
ベヒモスの頭上には、4本の緑色のゲージが並んでいた。
一方でハジメのゲージは、すでに黄色の中ほどまで落ちている。
「グルァァァァァアアアアア!!」
ベヒモスが地を蹴った。
轟音とともに、巨体が突進を開始する。
その速度は、まるで山が落ちてくるかのような圧力を伴っていた。
「錬成!」
ハジメとベヒモスの間に空色の光が浮かび上がる。
地面が隆起し、分厚い石壁が何重にも立ち上がる。
「グォォォォアアア!!」
だが、それすらもベヒモスの角が石壁を貫き、粉砕する。
破片が嵐のように飛び散り、爆風が橋を揺らす。
ハジメはその中を、跳ねるように駆け抜けた。
その次の瞬間、小石の嵐の中に水色の光が輝く。
小石が額を削るが構わず、ハジメの身体が風を裂き、ベヒモスの眼前へと一閃駆け抜ける。
「ッらあああっ!!」
水色に輝く剣が閃き、ハジメの身体がベヒモスの眼前へと一閃駆け抜ける。
ソードスキル《バーチカル・アーク》。
二連撃のその一撃目――真上からの斬り下ろしが、ベヒモスの角に直撃する。
「喰らえっ!!」
刃が角の根元に深く食い込む。
だが異変が起きた。
「……っ!?」
剣が、止まった。
角の異様な硬さに、刃がめり込んだまま動かない
《バーチカル・アーク》の二撃目――斬り上げが発動しない。
「…スキルが、止まった……!」
ハジメの身体が空中で硬直する。
一瞬。
だが、命を懸けた戦場では致命的な時間。
「グルァァァァァアアアアア!!」
ベヒモスが咆哮を上げ、前脚を振り上げる。
その爪が、ハジメの頭上に迫る。
(……動け、動け、動け!)
だが、身体は応えない。
空中で止まったまま、時間だけが無情に流れていく。
視界の端、自分の体力ゲージはまだ半分近く残ってる。
だが、今攻撃を喰らえば確実に、危険域まで持っていかれる。
「グルァァァァァアアアアア!!」
ベヒモスの前脚が振り下ろされる。
その爪は、まるで断罪の刃。
逃げられない。
防げない。
間に合わない。
そのとき、ハジメの脳裏にある選択が浮かぶ。
ただそれは、同時にハジメから戦うすべを捨てる事と同義だった。
だが、迷っている時間はない。
ハジメは剣を手から放す。
だが、どうしようもなく――一手、遅かった。
「――ッ、ァッ!」
ベヒモスの前脚が振り下ろされ、その爪がハジメの左肩から胸元を裂いた。
衝撃が全身を貫き、身体が吹き飛ぶ。
橋の床に赤間から石畳が砕け、血が飛び散る。
だが、ハジメの身体は痛みを感じない。
ハジメの視界の端で数ドットだけ残して、体力ゲージが削られる。
(……やばい。あと一撃で、終わる)
呼吸は浅く、肺がうまく動かない。
だが、意識はまだある、まだ生きている。
ハジメは震える手で石橋を押さえ、身体を起こす。
額から流れ落ちた血が目に入り、まるでレッドアラートが点灯しているかのように視界を真っ赤に染め上げていた。
ハジメの掌に、ハジメの血がまとわりつく。
赤黒く濡れた感覚のある掌。
それを感じてハジメは何かに気が付いた。
今、ハジメが触れているのは自信が流した血液。
そして、血液には鉄分が含まれる。
鉄分――つまりは鉄。
ハジメの思考がそこで一瞬止まった。
だが次の瞬間、脳裏に閃光が走る。
(……僕の血も、“素材”になる……!)
錬成は鉱物を操り、武器や道具を生み出す魔法。
ならば――この血も、鉄を含む限り、錬成の対象になるはずだ。
ハジメの遠く、だが、直ぐ傍で聞きなれた声が聞こえる。
もういい、諦めろ。
このまま意識を闇に落とせばいい、そうすれば楽になれる。
(…もう、いい……?)
その言葉にハジメは力を抜いて全身が重く、意識を沈めていく。
まるで、深い水の底に引きずられるように。
(……これで、楽になれる……)
だが――その時
本物の勇者になって。
絶対、大丈夫だって心から言える。
だって、私は貴方のパートナーだから
コハルの声がふと、耳の奥で揺れた。
まるで、風に乗って届いた懐かしい香りのように。
優しくて、あたたかくて、けれどハジメの胸の奥を締めつける。
(……コハル……)
その名を心の中で呼んだ瞬間、沈みかけていた意識がわずかに浮上する。
水底に差し込む光のように彼女の声が、確かにそこにあった。
その言葉に胸の奥が、じわりと熱くなる。
痛覚は遮断されているはずなのに、その言葉だけが、痛みを連れてくる。
彼女はもういない。
あの世界で、あの瞬間にハジメの目の前で消えていった。
それでも、その言葉だけはずっとハジメの中に残っていた。
忘れたことなんて、一度もなかった。
思い出すたびに、前に進まなきゃいけない気がして息が詰まった。
(僕が立ち止まったら、あの言葉が、意味を失う気がして……)
指が、ぴくりと動く。
その手には、まだ血がまとわりついていた。
赤黒く、温かく、確かに“生きている”証。
「……錬成ッ………!」
かすれた声が、空気を震わせる。
掌の血が、ふわりと浮かび上がる。
水色の光が、血を包み、構造を変えていく。
細く、細く、さらに細く。
まるで針金のように、極限まで引き伸ばされた血の線。
目を凝らさなければ見えないほどの、極細の刃。
その血の刃が、空中で静かに揺れる。
血の刃が石畳に触れた瞬間熱したバターを切るかのように石が裂けた。
紅い虹彩が、再びベヒモスを睨み据える。
その瞳には、もう迷いはなかった。
コハルの声が今も胸の奥で灯っている。
消えないまま、ずっと。
(……僕は、まだ行けない。でも――)
その想いを胸に、ハジメは血の刃を構えた。
ベヒモスが咆哮を上げる。
その巨体が再び前脚を振り上げた。
空気が震え、橋が軋むが、ハジメは動じなかった。
「行っけぇっ……!」
その一言とともに、血の刃が、音もなく走った。
空気を裂く音すらない。
ただ、赤い光の軌跡だけが一直線にベヒモスの角を貫いた。
ベヒモスが気づいたときには、もう遅い。
「グォ……!?」
次の瞬間、角が落ちた。
鈍い音と共にベヒモスの角が根元から切断され、宙を舞う。
巨体がのけ反り、咆哮が橋を震わせる。
「グアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
だが、ハジメはもう見ていなかった。
その場に膝をつき、肩で息をしていた。
(……視界が、揺れる……)
体力ゲージは、赤く染まっている。
残りは、ほんのわずか。
だが、まだ
「……まだ、終わってない」
ハジメは、ベヒモスの足元に転がる自分の剣を見つけた。
角にめり込んだまま、斬り上げられなかったあの剣がまだそこにある。
「……最後の一撃、絶対に行く……!」
ハジメは、ふらつく身体を引きずりながら走り出す。
血の気が引いていき、視界の端が暗くなっていく。
それでも、足は止まらない。
ベヒモスが、怒りと痛みに満ちた瞳でこちらを睨みつける。
ハジメは振り下ろされるベヒモスの足元に転がり込むとそのまま愛剣の柄を掴む。
「……ッ!」
ハジメは、血に濡れた手で剣の柄を握りしめた。
指が震え、感覚はほとんどない。
それでもその刃だけは、絶対に手放さなかった。
(これで、終わらせる……!)
ベヒモスが、咆哮とともに頭を振り下ろす。
ハジメの身体が宙を舞う。
砕けた石片が四方に飛び散り、空気が爆ぜるような音が響いた。
だがハジメは膝をつきながらも、自分の足で着地する。
そして、踏み込んだ。
石橋に亀裂が入るほど、力強く。
まるで沢山の誰かに背中を押されたかのように速く。
その一歩は、もはや限界を超えた身体が踏み出せるはずのものではなかった。
けれど――ハジメは、踏み込んだ。
ベヒモスの頭が、目前に迫る。
角を失ったその額は、わずかに傾きまるで“ここを狙え”と告げているかのように、無防備だった。
ハジメは空中で左手を前にかざし、右手の剣を肩の上に大きく引く。
その構えは、まるで槍兵の突撃前のように重く、鋭い。
単発重攻撃。
ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》
ベヒモスが、咆哮を上げる。
だが、もう遅い。
「――喰らえええええええええええっ!!」
ハジメの身体が、爆発的な加速とジェットエンジンのような轟音共に前へと突き出される。
黄色く輝く剣の刃が空間を貫き、刀身の倍以上の射程で突き抜ける。
ベヒモスの額。
角を失ったその急所に一直線に突き刺さる。
刃が、肉を裂き、骨を砕き、脳髄を貫いた。
その瞬間、世界が静止した。
ベヒモスの咆哮が、途切れる。
巨体がのけ反り、
そのまま音もなく、ゆっくりと崩れ落ちていった。
(……終わった、のか……?)
ハジメの足元が、ぐらりと揺れた。
崩れ落ちるベヒモスの巨体が、橋を震わせる。
その咆哮も、息遣いも、もう聞こえない。
ただ、風が吹き抜ける音だけが、空を渡っていく。
ハジメの体力も1ドットだけ残っている。
しばらくの沈黙の後、
「やった……! 倒した……!」
誰かの声が、震えながら漏れた。
それを皮切りに、次々と歓声が上がる。
「倒したぞ!」
「すごい……本当にやったんだ!」
歓喜の声が橋の上に響き渡る。
安堵と興奮が入り混じった叫びが、洞窟内に溶けていく。
だが、その喧騒の中でハジメの世界は別の色に染まり始めていた。
(……視界が、揺れる……?)
耳鳴りが、歓声をかき消す。
心臓の鼓動が、頭の中で爆音のように響く。
(…なんだ、これ……?)
次の瞬間、全身を焼き尽くすような激痛が津波のように押し寄せた。
「――ッ、あ……ッ……!」
喉が裂けるような悲鳴が、声にならずに漏れる。
だが、それすらも意識の端に追いやられる。
痛みが、すべてを塗り潰していく。
(……おかしい……こんな……)
焼ける。
裂ける。
砕ける。
潰れる。
引きちぎられる。
全身の神経が、同時に悲鳴を上げていた。
思考ができない。
言葉が浮かばない。
ただ、痛みだけがある。
(……なんだよ、こレ……)
時間の感覚が消える。
自分が誰なのかも、どこにいるのかも、わからない。
“痛い”という事実だけが、脳を支配していた。
目の前が、真っ白になる。
いや、違う。赤だ。
血の色、焼けた肉の匂い、砕けた骨の軋む音。
それらが混ざり合って、ハジメの精神を焼いていく。
(――ダれカ……!)
名前が出てこない。
なにも、思い出せない。
あの声も、あの笑顔も、痛みに押し流されていく。
身体が、重い。
まぶたが閉じていき世界が、遠ざかる。
意識が沈んでいく。
深く、深く、底の見えない闇の中へ。
「――ジメ君!」
その時、声がした。
遠く、遠く、まるで水の底から聞こえるような、微かな声。
「ハジメ君、お願い……!」
それは、現実の声だった。
(……シ、r……sん……?)
その名が、脳裏に浮かぶ前に意識は完全に闇へと沈んだ。
今回のサブタイトル『蒼の剣士』はSAOでのハジメの二つ名です。
それじゃ!
ハジメは……
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目を覚ます!
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目を覚まさない!