ありふれない本当の勇者は世界最強   作:マサヒロ (旧名デイブレイク)

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あけおめ
前回に豆知識を追加しました


追記
無理やり過ぎたかも、すまぬ



九話 代償

 

オルクス大迷宮でのハジメ達の実戦訓練から2か月後。

あの戦いの記憶は今では世界中で伝説のように語り継がれていた。

勇者一行が絶望的な状況を覆し、“最強”でも太刀打ちができなかったベヒモスを討伐したと。

ただ、世の中で語られる話と事実には決定的な齟齬が意図的に生まれていた。

一般の民達は知らない。

誰よりも傷つき、戦い抜いた蒼い錬成師の彼の存在を。

貴族達は讃える。

 

「やはり、我らの神は救いをもたらしたのだ!」

 

神の威光を誇示するために都合の悪い真実はなかったことにされた。

 

「勇者の剣が魔獣を貫き、聖女のごとし治癒師が全てを癒した」

 

吟遊詩人達はそう歌う。

何も知らぬまま、上からの言葉を鵜吞みにして。

そして、気持ち悪いくらいに気持ちよく晴れた空の下。

ハイヒリ王国にヘルシャー帝国の使節がやってきた。

ヘルシャー帝国というのはとある名を馳せた傭兵が建国した国である。

血と鉄で築かれた、完全なる実力主義の国家。

そのため、いきなり異世界から現れた“勇者”が人間族を率いると聞いても帝国は動かなかった。

だが、“ベヒモス討伐”の報せが世界を駆け巡った。

それは、帝国にとっても無視できない出来事だった。

その為、帝国は勇者一行に是非会いたいという親書を送り王国側も聖教教会もそれを了承したのである。

そして現在、天之河達勇者パーティと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいした。

レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド国王と向かい合っている。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

 

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 

「はい」

 

エリヒドと使者の定型的な挨拶のあと早速、天之河達のお披露目となった。

天之河がエリヒドに促され一歩、レッドカーペットの上に進み出る。

その姿は、確かに“勇者”と呼ぶにふさわしいものだった。

背筋は伸び、瞳には迷いがない。

鍛えられた身体に纏う礼装は、勇者であることをを象徴する白金の装飾が施されている。

召喚されてから3か月しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっていた。

そして、天之河を筆頭に勇者パーティのメンバーや共に迷宮に潜っているパーティメンバーが次々と紹介される。

だが、香織はその場にいなかった。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当にベヒモスを討伐したのですか?」

 

使者は天之河を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの若干、疑わしそうな眼差しを向けた。

使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、天之河が答える。

 

「ではお話しましょうか? どのように倒したかとか。ベヒモスの角や皮を見せるとかどうでしょう?」

 

天之河がまるで決められていたかのように色々提案をする。

だが、使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

 

謁見の間に、ぴんと張り詰めた空気が走った。

使者の言葉はまるで礼儀を保ったまま王国の、聖教教会の“物語”に疑念の楔を打ち込むようだった。

 

「えっと、模擬戦……ですか?」

 

天之河が若干戸惑ったようにエリヒドに振り返る。

エリヒドは天之河の視線を受けてイシュタルに確認を取り、イシュタルは頷いた。

神威をもって帝国に天之河を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だ。

しかし、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには実際に戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ、光輝殿。その実力、存分に示されよ」

 

「決まりですな。では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

使者達と共に移動していた天之河は、訓練施設へと向かう廊下の先に見覚えのある背中を見つけた。

 

「香織!!」

 

天之河の声が廊下に響く。

その名を呼ばれた少女はゆっくりと振り返った。

白い裾がふわりと揺れ、一台の車いすを押しながら。

 

「……光輝君」

 

香織の声はどこか遠く、けれど確かに届くものだった。

天之河の視線は、香織の前の車いすへと吸い寄せられる。

そこに座っていたのは毛布を纏い虚ろな瞳で前を、どことも言えない場所を見つめる少年――南雲ハジメ。

その瞬間、天之河の胸の奥で何かが軋んだ。

 

「……南雲…」

 

思わず漏れたその名に、ハジメは一切の反応を見せなかった。

まるで、風の音すら届かない深い水底にいるかのように。

その瞳はただ、虚空を彷徨っていた。

 

「どうして、ここに……」

 

天之河の問いに、香織はゆっくりと微笑み静かに答える。

 

「今日は天気がいいから、ハジメ君にお日様の光を浴びさせようと思って。それだけ」

 

これが、香織が城にいる間の日課でもある。

勇者パーティの回復役としてとして迷宮に潜っていない間はこうしてハジメと共に居る。

これが香織の祈りであり、香織が自分自身に科した贖罪だった。

 

「それだけ、って……」

 

天之河は思わず言葉を繰り返す。

その声には戸惑いが滲んでいた。

そんな天之河を横目に香織の手が、ハジメの肩を優しく撫でる。

その仕草はまるで壊れ物を扱うように、けれど、どこまでも愛おしげだった。

 

「もう、行くね。それじゃ、また後でね光輝君」

 

「あ、ああ……」

 

天之河が中途半端に手を伸ばすが、香織の背中が静かに遠ざかっていく。

その歩みはゆるやかで、けれど決して振り返らない。

 

「ごめんね、ハジメ君。寒かったでしょ」

 

香織の声は春の風のように優しく、けれど、どこか切なさを含んでいる。

ただ、その香織の顔色はほんの少し良くなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

香織は廊下を静かに歩いていた。

手には温かい湯気を立てる木製のトレーを持ち、その上にはハジメのために用意したシチュー。

具材はすべて細かく刻まれ、スプーン一つで食べられるようにしてある。

 

(少しでも多く、食べてくれるといいな)

 

そう思いながら角を曲がった時、メイド達のひそひそ話が耳に入った。

 

「……聞いた?模擬戦の話」

 

「ええ。まさか、勇者様が……しかも、相手はあの皇帝陛下だったなんて……」

 

「メルド団長でも皇帝陛下相手だと負ける事もあるらしいって、話だったけど勇者様もなんて……」

 

香織の足が、ふと止まった。

トレイの上のスプーンが、かすかに揺れてカチャリと音を立てる。

メイド達は香織に気が付く様子もなく、なおも小声で続けていた。

香織はそっと深呼吸をして、再び歩き出した。

 

(光輝君、負けたんだ……)

 

香織の胸の奥に、静かな波紋が広がっていく。

それは驚きではなく、痛みでもなく。

ただ、ひとつの事実として心に沈んでいった。

 

 

廊下の先に、ハジメの部屋の扉が見えてくる。

香織はトレーを持ち直した時、扉の前に人影があるのに気が付いた。

その人影は香織の目の前に立つと、深く一礼した。

その所作は完璧で、まるで感情のない人形のようだ。

香織の目の前に立つのは、見慣れない顔の女性だった。

年の頃は香織達と大して変わらないだろう。

恰好は香織もよく見慣れた、城内のメイド服を着用している。

程よく整った顔立ちに、腰まで伸ばした長い銀髪。

その銀髪はまるで冷たい月光を思わせるように艶やかで、どこか現実離れした雰囲気を纏っていた。

だが、その瞳は澄んでいながらも感情の色が無く香織は本能的に違和感を覚えた。

 

「……あなたは誰?」

 

メイドは再び、完璧な角度で頭を下げた。

 

「白崎香織様。本日は私が南雲ハジメの介護と健康管理を担当いたします。本日はもう、部屋に戻ってお休みになってください」

 

香織はその言葉に思わず眉をひそめた。

その言葉はまるで、香織の行動すら管理下に置こうとするような物言いだった。

 

「……それは、誰の指示?」

 

問いかける声は静かだったが、内側には確かな怒りがあった。

メイドは香織から目を逸らす事なく、淡々と続ける。

 

「これは聖教教会ひいては王国全体における決定事項です。それに、最近はお休みになられてはないのですか?」

 

「……どうして貴女がそれを?」

 

事実だった。

ハジメが眠るまで、ずっと傍に居る。

ハジメが目を閉じて、呼吸が落ち着くのを確認してからでないと、香織は不安で眠ることができなかった。

目の前のメイドは眉一つ動かさず、香織に一歩近寄る。

香織は、トレイを持つ手に力を込めた。

何かを言い返そうと口を開きかけた、次の瞬間。

 

「……お願いします」

 

その言葉が、口をついて出た。

そして、トレーを差し出す。

メイドは静かにそれを受け取り、再び一礼する。

 

「承知いたしました。丁寧に対応いたします、香織様」

 

そして、何事もなかったかのようにハジメの部屋の扉を開け、静かに中へと入っていく。

香織はその背中をただ見送り、自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

部屋の中には月の明かりが差し込んでいた。

メイドは香織の足音が遠ざかっていくのを確認して、トレーを手放した。

皿がひっくり返り、白いシチューが絨毯にシミを作っていく。

メイドは一瞥もくれずに皿を踏みつぶし、一直線にハジメに向かっていく。

 

「……南雲ハジメ」

 

ベッドの上には、毛布に包まれたハジメの姿。

彼は目を開けていた。

けれど、その瞳は焦点を結ばず、ただ虚空を見つめている。

メイドは一歩、また一歩と近づく。

その足取りは音もなく、まるで影のようだった。

 

「わが主の盤上から消えなさい。イレギュラー」

 

その次の瞬間、ハジメの部屋が青白い光に包まれる。

そして、誰もいなくなった。






その頃の地球。
ハジメ達の異世界召喚――地球においては不可思議な集団失踪事件から約3ヶ月。
全国規模で報道され、SNSでは陰謀論や都市伝説が飛び交い、一部では

「仮想世界に閉じ込められたのでは」

とかつての《SAO事件》や、《ALO事件》を引き合いに出す声もあった。
そんな中、ハジメの両親――南雲愁と南雲菫は疲れ切っていた。
その理由は明白だ。
ハジメの失踪だ。
ただでさえ、SAOに2年間囚われていて廃人寸前まで傷ついて帰ってきたハジメに心を痛めていたのに、そこから約一年半で姿を消したのだ。
無理はない。
チクタクと時計の音がやけに明瞭に響くリビング。
そこで愁がパソコンのディスプレイを見たまま、マウスをカチカチと鳴らす手を止めずに口を開いた。

「菫、そろそろ寝たらどうだ? 昨日も遅かっただろう?」

「平気よ。そういうあなたこそ、寝た方がいいんじゃない?昨日は、仕事のほうも大変だったんでしょう?殆ど寝る時間なんてなかったじゃない」

深夜なのも関わらず心労ですっかり痩せてしまった愁と菫が、まるでプログラムされた機械のように作業じみた動きで情報提供を呼びかけるビラの作製や、SNSのチェックをしながら、お互い顔も上げずに言葉を交し合う。
しばらくの間、なんとも空虚な会話を続けていた愁と菫。
だが、SNSに有力な情報がないどころか明らかにガセと分かる情報や、心無い書き込みがなされているのを見て愁は遂にディスプレイから視線を外した。
そして、大きく溜息を吐きながらテーブルに両肘をついて、両手で目元を覆いながら項垂れた。

「……ハジメ。どこにいるんだ……」

「あなた……」

まだ四十代前半だというのにまるで疲れ切った老人のような有様の愁を見て、菫もまた、作業の手を止めて顔を上げた。
その時、

ガッシャァァァァン!!

とてつもない衝撃音が、夜の静寂を引き裂いた。
窓ガラスが震え、家全体がわずかに揺れる。
まるですぐ隣で何かが爆発したかのような音だった。

「今の、何?」

「……どうせ、酔っ払いが事故っただけだ」

愁はそう言いながらのそりと、重い腰を上げて玄関へ向かう。
夜の冷気が、玄関の隙間から一気に流れ込んできた。
愁は眉をひそめながら、外の様子をうかがう。
そして

「……っ、菫!」

その声に菫もすぐさま立ち上がり、玄関へと駆け寄った。
愁の視線の先、駐車場のカーポートが崩れていた。
屋根の一部が真っ二つに割れ、その下に停めていた車の屋根が無残にへこんでいる。
そして、その上に――

「……人?」

菫が息を呑んだ。
車の上に、ひとりの少年が倒れていた。
埃と血にまみれ、服は破れ、身体はぐったりとしている。

「……まさか」

愁は言葉を失ったまま、駆け寄った。
車の横に手をかけよじ登るようにして少年の顔を覗き込む。
その顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。

「……ハジメ……?」

震える声が漏れた。
菫も車の反対側からのぞき込み、愁と同じように息を呑む。
泥と血に覆われ、やつれた顔。
けれど、間違いようがなかった。
それは、確かに二人の息子――南雲ハジメだった。
最後に見たのは、制服姿で「行ってきます」と言った朝。
その記憶と、今目の前にいるハジメの姿があまりにもかけ離れていて現実感が追いつかない。

「……ハジメ……!」

菫が震える声で呼びかけた。
その瞬間、少年のまぶたが微かに動き唇がわずかに開く。

「……あ、あーー」

それだけだった。
言葉にはならない。
目は虚ろで、焦点はどこにも合っていない。
けれど、確かに、生きていた。
菫の目から、ぽろりと泪が零れた。
愁もまた、何も言えずただその背を支える。
その身体はあまりにも軽く、まるで魂の抜け殻のようだった。

「……帰ってきた……」

愁の声は、掠れていた。
それは喜びではなく、痛みと安堵と信じられないという想いが混ざった、祈りのような呟きだった。
そして、ハジメの瞼から微かな雫が零れた。

ハジメは……

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