ありふれない本当の勇者は世界最強 作:マサヒロ (旧名デイブレイク)
どうして僕はもっと早く目を覚まさなかったのだろう。
どうしてもっと早くあの場所へ行かなかったのだろう。
どうして強引に彼女と一緒にあそこから離脱しなかったのだろう。
どうしてばかりが僕の中で渦巻いている。
そんな事を考えていたって彼女が返ってくる訳でも無いのに
ソードアート・オンライン 第61層 セルムブルグのプレイヤーホームの一室
同じ時を重ねてきた日々。
形のあるもの、ないもの。
本当は終わらせたくなんてない。
だけど、自分一人のために他人に犠牲を強いることはできない―
だから、自分一人の勇者ではなくみんなのために戦ってほしい。
新しいパートナーができても、忘れないで欲しい―
「…………………………」
彼は家から飛び出し、手紙を握りしめて走り始めた。
第1層から行動を共にした唯一のパートナーである『コハル』を探しに行くために。
コハルとのパーティは解消されている。
フレンドリストからも消えている。
彼はそれでもあきらめない。
「いない……」
セルムブルクの町中を裏道に至るまで探すが居ない。
商業区にも走っていくが居ない。
「どこ……」
商業区に繋がるNPCで賑わう噴水がある広場にも居ない。
「どこに居るの……」
二日前に二人だけの結婚式を行った教会にも彼女の姿はなかった。
太陽はもう既に高くなっている。
「ここにもいない……」
セルムブルクの町にも教会にも居ない。
その時、彼はふと思い出した。
彼がまだ探していなくて、二人の中で大切な場所。
最後の望みを賭けて、彼は再び走り出した。
そこは61層の海岸。
コハルが刻印を受け、PoHの襲撃に合い、結婚式クエストの時にコハルに指輪を渡した場所。
彼は砂を蹴り上げながら、海岸へと駆けた。
潮風が髪を揺らし、遠くで波が静かに打ち寄せている。
あの日と同じ、穏やかな海。
だけど、彼の心は嵐のように荒れていた。
「コハル……」
声に出すと、胸が痛んだ。
指輪を渡したあの瞬間、彼女が見せた微笑みが、まるで昨日のことのように蘇る。
海岸には誰もいない。
NPCも、プレイヤーも、彼女も。
ただ、異様な光景があった。
彼は息を呑んだ。
モンスターたちは、まるで何かに引き寄せられるように、円を描いて集まっていた。
その中心で、赤い光が断続的に弾けている。
まるで誰かが、孤独に消えようとしてるかのように。
「まさか……!」
彼は背中から剣を抜き、砂を蹴って駆け出した。
モンスターの群れに近づくにつれ、モンスター達の隙間からカーソルとHPバーが見えてくる。
カーソルの色はグリーン、HPは既にレッドゾーンに突入しかけている。
確信はない。
だが、彼は剣を振るながら、必死に手を伸ばした。
しかし、モンスターの大群が波のように押し寄せ、分厚い壁となって立ちはだかる。
指先が触れそうな距離まで近づいた瞬間、押し返すようにモンスターが押し寄せ後方に弾き飛ばさられる。
「コハル!!!!」
彼がその名を呼んだ時、コハルがこちらを見て口を開く。
そして、砂浜に一滴の雨粒が落ちた。
その雨粒は、まるで時間を止めるかのように、静かに砂に吸い込まれた。
そして次の瞬間、コハルの身体が淡い光に包まれ始める。
彼女の祈りは彼に確実に伝わった。
だが彼はそんな祈りなんていらない。
「やめろ…やめてくれ……!」
彼は再び立ち上がり、剣を振るって群れに突っ込む。
だが、モンスター達は壁のように動かず、またしても彼の手は届かない。
そして彼女が笑顔を浮かべた瞬間、コハルの姿が細かなガラス片となって空へと舞い上がる。
その瞬間、彼は直前までコハルが居た場所までたどり着いた。
彼の目の前で、彼女は消えた。
その場に残されたのは、ひとつの小さな光。
彼が手を伸ばすと、それは彼がプレゼントしたピアスだった。
震える指でそれを掴み取ろうとした瞬間、ピアスもまた、ガラス片となって砕けた。
彼はその場に崩れ落ちた。
膝を砂に沈め、両手で顔を覆う。
「…っ……コハル……!」
声にならない嗚咽が、喉の奥から漏れ出す。
涙は止まらなかった。
それは、彼の心の奥底から溢れ出した、悔しさと、悲しみと、どうしようもない喪失の証。
「………っ…あああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
彼の叫びは、空に向かって響いた。
誰もいない海岸。
ただ、モンスターの群れだけが、彼の周囲を取り囲んでいた。
彼の身体は、攻撃を受け続ける。
だが、彼は動かない。
モンスター達の苛烈な攻撃でHPはどんどん削れていく。
それでも、彼はただ泣き続ける。
砂に沈んだ膝は震え、涙は止まらなかった。
彼のHPは、数ドットしか残されていない。
「……なんで……僕じゃなかったんだ……」
その言葉は、誰にも届かない。
波の音も、風の音も、彼の痛みに何も応えてくれない。
そして、最後の一撃が彼の背を貫こうとした瞬間、漆黒の剣がモンスターを切り裂き、ガラス片へと変えた。
あれから、五か月後の2024年11月7日 SAOがクリアされて生き残った僕達約6000人の人々はデスゲームから解放された。
SAOに囚われた学生は『帰還者学校』と呼ばれる学校に編入し、遅れた学生生活を取り戻すためにそこに通い始めた。
けど、僕はそこに通わずに編入試験を受けて普通の高校に入学した。
帰還者学校に通えば、きっと否応でも彼女の事を思い出して、辛くなるから