ありふれない本当の勇者は世界最強   作:マサヒロ (旧名デイブレイク)

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「……また、あの夢か…」
彼が目を覚ますと、天井があった。
よく知った、見慣れた天井。
僅かに空いているカーテンの隙間から一筋の朝日が彼の方に目掛けて降り注いでいる。
彼は腕で顔を抑えるとベッドの上で再び丸くなった。



一話 日常の崩壊

 

月曜日

それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。

きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

ただ、彼――南雲ハジメはベッドの魔力を振り払い、制服に袖を通しながらは窓の外を見つめた。

朝日が街全体を優しく照らしている。

かつてSAOの中では毎日が命懸けだった。

しかし今では当たり前の、命の危険なんて微塵も無い平和な日常が流れていく。

ハジメはネクタイを緩く締め、鞄を肩にかけた。

鏡の前に立ち、ぼんやりと自分の姿を見つめる。

整えたはずの髪は、どこか寝癖が残っていたが、直す気にはなれなかった。

 

「……ま、いっか」

 

そう呟いて、玄関のドアを開け学校へ向かっていった。

背中に剣の重みを感じないことへの違和感を抱えながら。

 

 

 

 

 

学校に登校したハジメが教室のドアを開けたその瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら、睨みやらを頂戴する。

女子生徒も友好的な表情をする者はいない。

無関心ならまだいい方で、あからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

だが、ハジメは気にする素振りを見せなかった。

むしろ、どこか慣れたような足取りで自分の席へと向かっていく。

そんな中、微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとに歩み寄った。

それがクラスメイトのほとんどがハジメへの敵対心を向けられている原因なのだが。

 

「南雲君、おはよう!」

 

彼女の名前は白崎香織。

学校内で『二大女神』と崇められるほどの容姿を持つ美少女でハジメのクラスメイトである。

そんな香織はなぜかよくハジメを構うのだ。

香織の声はいつもと変わらず明るかった。

その笑顔は、まるで朝の光のようにまっすぐで、曇りがない。

 

「…あ……ああ、おはよう白崎さん」

 

ハジメは若干歯切れが悪く、短く挨拶を返す。

ハジメにさらに激しい視線が突き刺さるが、香織はソレに気付く様子もなく嬉しそうに微笑んだ。

まるで、それだけで十分だと言わんばかりに。

 

(……気づいてない訳が無い)

 

ハジメは心の中で静かに息を吐いた。

香織がハジメにお節介を焼いているのは生来の面倒見のよさからだけじゃない事。

香織がハジメに向けられる視線には特別な感情が乗っている事。

それは日々の些細なやりとりの中で、嫌でも伝わってきていた。

しかし――

 

(僕は、それを受け取っても、向けられてもいい人間じゃあない)

 

ハジメが香織と接すると必ず脳裏によぎる、あの砂浜。

夕暮れの中、砕けたピアスと、届かなかった手。

コハルの笑顔とその身体が、ガラス片となって消えていく。

 

(守れなかった。たった一人の、大切なパートナーすら)

 

そんな自分が、誰かに想われる資格なんてあるはずがない。

それを受け取ることは、あの時の自分を許すことになる。

それだけは、まだできなかった。

ハジメは香織の眩し過ぎる笑顔から顔をそらして、窓の外へと視線を逸らした。

蒼穹の空が、どこまでも澄んでいる。

 

 

 

その時、ハジメの背後から三人の男女が近寄って来た。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

 

「全く、本当に香織は優しいな」

 

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

唯一ハジメに朝の挨拶をしたのは八重樫雫。

香織の親友兼幼馴染で実家が剣術道場で、剣道の大会では負けなしのサムライガール。

ほんのりクサい台詞を吐きながら香織に声をかけたのは天之河光輝。

いかにも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人で正義感が強く(思い込みが激しい)、香織と雫の幼馴染。

最後の投げやり気な言動は坂上龍太郎。

天之河の親友で脳筋。

 

「おはよう八重樫さん、天之河君に坂上君」

 

ハジメは静かに、けれど丁寧に挨拶を返した。

ただその声には感情の起伏がほとんどなく、まるで決まり文句のようだった。

 

「南雲はいつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

天之河がハジメに忠告する。

天之河の目には、ハジメは香織の厚意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。

ハジメ側としては甘えた事は一度たりと香織に甘えた事はないし、放っておいてほしいと考えているのだが、天之河の思い込みの激しさから話しても無駄であろうと考える。

天之河の忠告に曖昧な笑みで答え、ハジメは香織の横を抜けて窓際の自分の席に腰を下ろした。

そしていつも通りハジメは窓の外へと視線を向けた。

朝の光が差し込む教室の中で、彼だけがどこか別の場所にいるようだった。

 

「……」

 

香織は、ハジメの背中を見つめていた。

何かを言いたげに唇を開きかけるが結局、言葉にはならなかった。

そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。

生徒達はそれぞれの席に着き、教室はいつもの朝の風景を取り戻していく。

だが、ハジメの胸の奥にはまだ冷たい波が静かに打ち寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室から静寂が消え、ざわめきが大きくなってきた頃ハジメは椅子の背もたれに身を任せていた。

午前中の授業が終わり、昼休みになり購買組はすでに教室を飛び出して姿はない。

教壇には社会科兼担任の畑山愛子が数人の生徒と談笑していた。

軽く背筋を伸ばしたハジメはロッカーにノートと教科書をしまい、自分の席に戻るとカバンからマグネシウムを補給できるエネルギーチャージのゼリー飲料とオレンジが入った小さなタッパーを取り出した。

ハジメはゼリー飲料のキャップを静かにひねると、ゆっくりと口元に運んだ。

少しづつ、絞り出すようにゼリー飲料を飲む。

ゼリー飲料を飲み終えたハジメはタッパーの蓋を開けてオレンジを一房つまんだ。

口に含むとわずかな酸味と甘さが広がる。

だが、その味わいもどこか遠く感じられた。

その時、ハジメに声がかけられその声で意識が一気に教室に引き戻される。

 

「南雲君。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」

 

ハジメが振り返るとそこには香織がニコニコ笑顔で立っていた。

普段ならば、胃が驚かない程度に昼食を早く済ませ香織達と関わる前に教室を出て人気が少ない図書室で読書するのだが、今日は少しのんびりし過ぎたらしい。

ハジメは一瞬だけ目を伏せる。

そして、断りを入れようと顔を上げた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

ハジメは椅子を飛ばす勢いで立ち上がり、辺りを見渡す。

視界が一瞬白く霞み、心臓が早鐘のように打ち始め、手は震え、呼吸も浅くなる。

だがハジメは僅かに腰を落とし、右手を肩越しに背中に伸ばす。

そして空気を、SAOでは愛剣の柄があった場所を掴んだ。

空を切るだけの右手は、何も掴めなかった。

当然だ、ここは戦場ではない。

背中に剣など、あるはずもない。

それでも、ハジメの本能というべきものは警笛を激しく鳴らしている。

その姿に香織は驚きと戸惑いを隠せずに立ち尽くしていた。

 

「……南雲君?」

 

彼女の声が、遠くから聞こえる。

だが、ハジメはそんなことを気にせず今までにないほど真剣な表情で声を張り上げた。

 

「今すぐこの教室から出て!!早く!!」

 

教室の空気が一変した。

ざわめきは一瞬で消え、全員の視線がハジメに集中する。

 

「えっ……?」

 

香織が戸惑いの声を漏らす。

その手にはまだ手付かずの弁当箱が握られていた。

 

「早く!!」

 

ハジメの声は今までの学校生活で誰も聞いたことのないほど鋭く、強かった。

次の瞬間、恐らくハジメを諫めようと立ち上がった天之河の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れ空気が凍り付いた。

幾何学的な模様――魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大していった。

未だに教室にいた愛子が咄嗟に

 

「南雲君の言う通りに!皆!教室から出て!」

 

と叫んだのと、ハジメが咄嗟にバックを掴んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

光が収まった後、その教室から人はいなくなっていた。

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