ありふれない本当の勇者は世界最強   作:マサヒロ (旧名デイブレイク)

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二話 我の世界へようこそ

 

右腕で顔を庇っていたハジメは、ザワザワと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開けた。

そして、周囲を警戒するように鋭い目つきで見渡す。

まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。

縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

背景に描かれた草原や湖、山々を包み込むようにその人物は両手を広げている。

確かに美しい、だがハジメは薄気味悪さを感じて目を逸らした。

周囲には訳が分からず混乱するクラスメイトと、持ち前のカリスマで周りを落ち着かせている天之河の姿もあった。

どうやら、あの時に教室に居た全員がここにいるらしい。

現在、ハジメ達がいるのは巨大な広間。

光沢を放つ石造りの建造物はいくつもの柱に支えられたドーム状になっている。

そのデザインからハジメは教会やそれに準ずるものだろうとあたりをつけて、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。

ハジメ以外にも三十人近い人々が、士達の乗っている台座の前にいたのだ。

まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

その異様な一団から一人の老人が進み出てきた。

豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている。

顔には深い皺が刻まれていたが、その眼光は鋼のように鋭い。

 

「ようこそ、『トータス』へ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

イシュタルの案内で暫く歩いたハジメ達は10メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に案内される。

上座に近い方に愛子と光輝達三人組と取り巻き達が上座の近い方に、ハジメは最後方の席に腰を下ろした。

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。

ハジメは入ってきたメイド達が不自然なほど美女、美少女だけなのに眉を顰め、極力顔を合わせないように飲み物を受け取った。

全員に飲み物が行き渡った確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「それでは、説明させていただきます」

 

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、そしてどうしようもないくらい勝手なものだった。

要約するとこうだ。

この世界はトータスと呼ばれており、人間族、魔人族、亜人族の三つの種族が暮らしていて、人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている。

そして、人間族、魔人族が何百年と戦争を続けているそうだ。

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。

つまり人間の『数』VS魔人の『質』

戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしかったが、最近になってその拮抗が崩れ始めたらしい。

それは、魔人族による魔物の大量使役だ。

魔物とは通常の野生動物が魔力を取り込み変異した怪物のことらしい。

今まで魔物を使役できる者はほとんど居なかった。

使役できても、せいぜい一、二匹程度。

つまりは、魔人族の『質』に魔物の『数』が加わったことで人間族の物量を超えた戦力が手に入り、今人間族は滅亡のピンチを迎えているとのことだ。

 

 

「あなた方を召喚したのは『エヒト様』です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅びをまつばかりと」

 

だからこそ自分達が呼ばれた。

地球はどうやらトータスより上位にあたる世界であり、この世界に訪れることでハジメ達は例外なく強大な力を発動できるとのこと。

 

「召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という『救い』を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、『エヒト様』の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

イシュタルは少し、否、かなり引くような恍惚とした表情を浮かべている。

おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。

ハジメが『神の意思』を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、勢いよく立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!私達を早く帰して下さい!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子先生。

この先生は本当に先生の鏡というべき人だが、彼女の幼い容姿と相まって、生徒から『愛ちゃん先生』と親しまれている…というかその幼い容姿で実年齢より低く見られ、一生懸命なのに空回ることが多い。

ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし…あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

その言葉に、ハジメの背筋に冷たいものが走り、それ以外のクラスメイトは凍り付いた。

 

「ふ、不可能って…ど、どういうことですか!?召喚できたのならその逆もできるはずでしょう!?」

 

愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな…」

 

愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。

周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

だがハジメにはそんな喧噪なんて耳に入ってこなかった。

ハジメの脳裏に繰り返し蘇るのは、約三年半前のあの宣言。

システムアナウンスで真紅に染まった空。

身体の存在しない低く静かな声のゲームマスター(創造者)からの一方的な宣言。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

あの時と、同じだった。

選択肢など最初から存在しない。

ただ、与えられた舞台で踊れと――そう言われているようだった。

未だにパニックが収まらない中、テーブルを強く叩く音が聞こえて全員がそちらに注目する。

テーブルを叩き、注目を集めたのは天之河だった。

天之河は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。…俺は、俺は戦おうと思う」

 

その言葉に、クラスメイトたちの間にざわめきが広がった。

不安と戸惑い、そして一部には希望のようなものが混じった声が飛び交う。

 

「俺達には力があるって言われた。だったら、その力でこの世界を救えるかもしれない」

 

天之河の言葉は真っ直ぐだった。

その瞳には迷いがなく、ただ『正義』を信じる光が宿っていた。

 

「それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。…イシュタルさん?どうですか?」

 

天之河の問いにイシュタルが答える。

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

それを聞いた光輝は強く頷いた。

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

握り拳を作って宣言する天之河。

その姿に、絶望に染まったクラスメイト達には大きな希望になったのか、ほとんどが天之河にキラキラと輝いた眼で見ていて、女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。…俺もやるぜ!」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど…私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

いつもの三人も天之河に賛同している。

それにつられたクラスメイトが次々に参戦の意見が広がっていく。

その光景に教皇イシュタルは満足げに頷き、周囲の神官たちも拍手を送る。

愛子はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが天之河の作った流れの前では無力だった。

 

 

 

 

 

 

愛子の抵抗むなしく全員で戦争に参加することになったハジメ達は召喚された聖教教会本山がある【神山】の麓にある【ハイヒリ王国】に受け入られることになった。

プロバガンダじみた幻想的な魔法を使って下山したハジメ達は麓に聳え立つ王城に入城すると、真っすぐに王族との謁見のため玉座の間に案内された。

イシュタルを先頭に玉座の間へと入ると、一段高いところに初老の男とその家族思わしき人達が待っていた。

玉座の前で立ち、胸に手を当てながら(・・・・・・・ ・・・・・・・・・)

玉座の手前に着くとイシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

そこでイシュタルおもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。

どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。

そこからはただの自己紹介だ。

国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

その後に、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がされ、謁見は終了した。

 

 

 

 

 

 

その後、晩餐会が開かれ異世界料理を出された。

また、晩餐会の最中にこの国の有力貴族や、訓練における教官達の紹介もなされた。

教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。

いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

出てきた料理の見た目だが、地球の洋食とほとんど変わらなかった。

たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが、ハジメはそれらに手を付けることなくパン一つとスープを半分飲んだところで立ち上がり、バルコニーに出た。

バルコニーから見下ろす王都の街並みは、灯りに照らされて幻想的に輝いている。

だが、その美しさもハジメの心には何の慰めにもならなかった。

以前のハジメはあそこまで小食ではなかった。

むしろ、大食いと呼ばれるくらいには食べる量が多かった。

ただ、SAOから戻ってきた直後はもっと酷かった。

リハビリのために入院していた病院で出された病院食をスプーンでかき混ぜるばかりで口に運ばず、点滴で命をつないでいる状態が続いたのだから。

あの頃のハジメは、生きているのか死んでいるのかもわからなかった。

それに比べればだいぶ回復した方ではある。

夜風がハジメの髪を優しく揺らす。

ハジメがフゥーと、息を吐きだしたその時小さな足音が近づいてきた。

振り返るとそこには王女リリアーナが立っていた。

リリアーナは礼儀正しく一礼し、そっと口を開く。

 

「お一人で、風に当たっておられるのですね。……お食事、お口に合いませんでしたか?」

 

「……いえ、そういうわけではありませんリリアーナ王女殿下。ただ、食欲がなかっただけです」

 

ハジメは背筋を伸ばし、記憶の片隅にあった敬語を引っ張り出してきて対応した。

リリアーナは微笑みながら、ハジメの隣にそっと立つ。

彼女のドレスが夜風に揺れ、上品な淡い香りがふわりと漂う。

 

「お気遣いありがとうございます。いきなり異世界に召喚されて戸惑うのも当然だと思います。それに、私のことはリリアーナでいいですよ」

 

「……いえ、それはさすがに恐れ多いです。王女殿下に対して、そんな気安く……」

 

ハジメが戸惑いながら言うと、リリアーナはくすりと笑った。

 

「ふふ、真面目な人ですね貴方は。それに、貴方のご学友からは『リリィ』というあだ名まで貰ったのです。いいんじゃないんですか?」

 

「いえ、私にはそういう風にだれかと接する資格などないので…失礼します」

 

そういってハジメは静かに一礼してバルコニーを後にした。

リリアーナは、ハジメの背中を見送ったまま、しばらくその場を動かなかった。

夜風が彼女の金の髪を揺らし、静かな沈黙がバルコニーを包む。

 

「……資格、ですか」

 

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いたその声は、どこか寂しげだった。

一方、ハジメは静かな廊下を歩いていた。

足音が絨毯に吸い込まれていくたびに、胸の奥に沈んでいた記憶が、じわじわと浮かび上がってくる。

 

(“リリィ”か……)

 

その呼び名に、ほんの一瞬だけ、かつての仲間たちの笑い声が脳裏をよぎった。

だがすぐに、心の奥にしまい込む。

ハジメは自分にはもう関係ないと言い聞かせながら、与えられた客室の扉を開ける。

中は豪奢な調度品に囲まれていたが、ハジメの目にはただの檻にしか映らなかった。

ベッドに腰を下ろし、深く息を吐く。

窓の外には、まだ王都の灯りがちらちらと瞬いていた。

 

(明日から、訓練か……)

 

その言葉を最後にハジメはゆっくりと目を閉じた。

眠りに落ちる直前、ハジメの脳裏には、あの赤く染まった空と、あの声が――

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

――再び、蘇っていた。

 





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