ありふれない本当の勇者は世界最強   作:マサヒロ (旧名デイブレイク)

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五話 心の壁

 

 

 

 

【オルクス大迷宮】

 

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。

『七大迷宮』と呼ばれる大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

ハジメ達は、メルド率いる騎士団員複数名と共に【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。

オルクス大迷宮は新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

久しぶりの豪勢では無い質素な部屋にハジメはすっかり気を緩くする。

他のクラスメイトが最低でも二人部屋なのにハジメだけ一人部屋だった。

 

「まぁ、気楽でいいさ。それに、一人ならちょっかいを掛けられる心配もないし」

 

そう、朝食の時からみみっちい嫌がらせを連続して受け続けていた。

バランスを崩したと嘯きながら、頭から水をかけてくる者。

パンの中に唐辛子モドキを仕込んで、平然とした顔で「それ、うまいよ」と勧めてくる者。

椅子の脚に細工をして、座った瞬間にガタンと転ばせて笑いを取ろうとする者

他にも細々とした嫌がらせを受けていたが上げたらキリがないのでここでは割愛する。

ため息を吐くと同時に剣ととある“武器”を取り出してメンテナンスを行う。

机の上に道具を並べ、静かに“武器”の分解を始める。

金属の軋む音と、細かな部品が触れ合う音だけが、部屋に響いた。

ドアの隙間から漏れる空色の光が、床に淡く揺れている。

まるでオーロラのように、静かに、幻想的に揺らめいていた。

 

 

 

メンテナンスを終えたハジメがベッドに横たわると、質素な布団が身体を包み込む。

豪華さはないが誰にも邪魔されないこの空間が、今は何よりもありがたかった。

ハジメの意識が途切れ、ゆっくりと意識が沈んでいく――

その次の瞬間。

 

「……っ!」

 

ハジメは反射的に目を見開き、ベッドから跳ね起きた。

身体が先に動いていた。

机の上に置いてあった剣を掴み、左手で鞘を握ると居合の構えを取る。

そして、控えめなノックの音が静寂を破った。

 

「……誰ですか」

 

低く、鋭い声が口をついて出る。

まるで、敵を迎え撃つ直前のような緊張感が部屋の空気を支配していた。

ドアの向こうの人物は、そんなハジメの警戒など露知らず少し間を置いてから答えた。

 

「南雲君、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

その声にハジメの眉がわずかに動いた。

剣を構えたまま、しばしの沈黙する。

ドアの向こう側の気配からは敵意は感じなかった。

けれど、完全に気を許すにはあまりにも“タイミングが悪すぎる”

ハジメは剣を壁に立てかけながら、ドアに歩み寄り、 お互いの顔が見える程度にほんのわずかだけドアを開けた。

廊下には純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの少々過激な格好で香織が立っていた。

 

「………」

 

ハジメは一瞬言葉を失う。

そして目を逸らすようにして、わずかにドアを閉める。

 

「……そんな恰好でよくきたね、白崎さん」

 

「へっ?…あ……ああっ!?ち、違うの!これしか手近になくて……!」

 

香織は顔を真っ赤にしながら、カーディガンの裾をぎゅっと握りしめる。

どうやら、自分の格好がどれだけ無防備か今になって気づいたらしい。

 

「……まぁ、いいけど。で、何か連絡事項でも?」

 

ハジメの声は淡々としていた。

まるで、感情を押し殺すように。

香織はその冷たさに、ほんの少しだけ肩をすくめた。

 

「ううん、そうじゃなくて…その……」

 

香織は言葉を探すように視線を泳がせ、やがて意を決したようにハジメを見上げた。

 

「……南雲君に、話したいことがあって来たの」

 

ハジメは無言のまま、ドアに手をかけたまま立ち尽くす。

その目は香織の顔ではなく、どこか遠くを見ていた。

ハジメはしばらく沈黙した後、ため息をついてドアを開けた。

 

「……わかった。入って」

 

「うん!」

 

なんの警戒心もなく嬉しそうに部屋に入り、香織は窓際に設置されたテーブルセットに座った。

蝋燭の光が机の上で揺れ、彼女の髪と頬を淡く照らす。

ハジメは扉を静かに閉め、香織の向かいの壁に寄り掛かるように立った。

けっして、座ろうとはしなかった。

 

「……で、話って?」

 

香織は一瞬だけ戸惑ったように目を伏せ、そして再び顔を上げた。

 

「明日の迷宮だけど……南雲君には町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから!お願い!」

 

話している内に興奮したのか身を乗り出して懇願する香織。

それを無表情で聞いていたハジメはため息を一つこぼした。

 

「あのさぁ、それってまずメルド団長に相談すべきことだよね?大体、勇者パーティのメンバーとはいえそんな勝手は許されないんじゃない?」

 

ハジメの声は淡々としていた。

けれど、その言葉の一つ一つが香織の胸に突き刺さる。

 

「そ、それは……わかってる。でも、でも……!」

 

香織は言葉を詰まらせながらも、必死に続けた。

 

「なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて…南雲君が居たんだけど……」

 

香織の声は震えていた。

その目はまるで夢の続きを思い出すように、どこか遠くを見つめている。

 

「声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

 

言葉が詰まり、喉が震える。

香織は唇を噛みしめ、必死に涙をこらえていた。

 

「最後は…消えてしまうの……」

 

香織の声は、かすれていた。

その目にはもう涙が溜まっていたけれど、彼女は必死にこらえていた。

だがハジメには――呆れとも、諦めともつかない表情が浮かんでいた。

 

「……だったら、なおさらメルド団長に相談すべき事案だよね?」

 

ぽつりと落とされたその言葉は、あまりにも冷たく響いた。

香織の胸に、鋭く突き刺さる。

 

「……それに、今回潜るのは20階層までって話だし。そこまでならどんな不慮の事故が起きてもカバーできるからって、そう言ってたでしょ」

 

「……っ」

 

香織は、言葉を失う。

ハジメの言葉は正論だった。

でも、それが余計にハジメとの距離を感じさせた。

 

「それに……白崎さんはこれ以上僕の立場を悪くしたいわけ?」

 

その言葉に、香織の目が見開かれた。

香織にとってはまるで、胸の奥を鋭く抉られたような衝撃だった。

 

「私っ、そんなつもりじゃ……!」

 

「でも、結果的にはそうなる。白崎さんが僕と関われば関わるほど、周囲の目は冷たくなる。“また白崎さんが南雲に肩入れしてる”って、そう思われるだけだ」

 

「そんなの、どうでもいいよ……!」

 

香織は、思わず声を荒げた。

涙が頬を伝い、ぽたりと膝の上に落ちる。

 

「私がどう思われたっていい!でも……南雲君が、いなくなるのは嫌なの!夢の中の南雲君は、私の声を聞こうともしなかった……!それがすごく、すごく怖かったの……!」

 

「……()は僕が思っていた以上に自分の立場っていうのをわかってなかったみたいだね」

 

「えっ?」

 

香織は、涙を拭うのも忘れてハジメを見つめた。

その声は、あまりにも冷たく突き放すようだった。

 

「いい?君はクラス全体のアイドルなんだ。そんなアイドルが日陰者と関わればどうなると思う?日陰者は当然、周りからいじめられる」

 

「そ、そんな……!」

 

「悪いけど、これは現実だよ。それがわからないなら、君はただの“お姫様”だ」

 

ハジメの言葉は、まるで氷の刃のようだった。

香織の胸の奥に、深く突き刺さる。

 

「……っ」

 

香織は、ぎゅっと唇を噛みしめた。

けれど、目を逸らさなかった。

涙に濡れた瞳で、まっすぐにハジメを見つめ返す。

 

「それが分かったのなら、早く自分の部屋に戻ってくれない?君がこの部屋に入るのを誰かに見られていたら、明日僕は後ろから誰かに刺されるかもしれないし」

 

ハジメの声は皮肉めいていた。

けれど、その奥にあるのはただの冗談ではなかった。

それは、実際に“そうなってもおかしくない”とハジメが本気で思っている証だった。

香織はしばらく黙っていた。

その言葉の重さに、息を呑んでいた。

 

「……そんなふうに、自分のことを言わないで」

 

「事実だよ。僕は、クラスの中で“いない方がいい存在”なんだ。君がここにいるだけで、僕への敵対心は強くなる。君が優しくすればするほど、僕は孤立する」

 

ハジメの声は静かだった。

まるで、自分自身に言い聞かせるように。

香織は拳をぎゅっと握りしめた。

その指先が白くなるほどに、強く。

 

「もう、これ以上議論をするつもりはもうないから早く自分の部屋に戻って」

 

ハジメのその言葉は、とてつもなく大きい鋼の大扉を閉めるようだった。

その冷たさに、香織の胸がきゅっと締めつけられる。

 

「……っ」

 

それでも、涙に濡れた瞳でハジメを見つめ続けていた。

けれど――その視線も、もうハジメには届かない。

 

「……わかった」

 

香織はポツリと、どこか乾いた声で呟いた。

 

「ごめんね、しつこくして……迷惑だったよね」

 

ハジメは何も言わなかった。

ただ、蝋燭の炎が揺れる音だけが部屋に静かに響いていた。

香織はゆっくりと立ち上がり、椅子をそっと戻す。

その動作ひとつひとつが、まるで何かを諦める儀式のようだった。

 

「……じゃあ、おやすみなさい。南雲君」

 

そう言って、香織はドアに手をかけた。

けれど、振り返ることはなかった。

ドアが静かに閉まり、足音が遠ざかっていく。

ハジメは一人残された部屋で、しばらく動かなかった。

蝋燭の炎がふたりの間に残された沈黙を照らすように、静かに揺れていた。

そして――香織の残り香がふっと消えた瞬間、ハジメは誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。

 

「……ごめん」

 

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