ありふれない本当の勇者は世界最強 作:マサヒロ (旧名デイブレイク)
ハジメが香織と話した翌朝、ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
ハジメとしては迷宮区の入り口のような薄暗い陰気な入口を想像していたのだがまるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。
制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。
なんでも、此処でステータスプレートをチェックすることで死者数を正確に把握するのだとか。
戦争を控え多大な死者を出さない措置だろう。
入り口付近の広場には所狭しと屋台や露店が並んでいて、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。
まるでお祭り騒ぎだ。
その大きな理由として魔物の魔石がある。
魔石は地球で言う電池や燃料のような扱いが出来るもので、資源であり消耗品だ。
それを目当てに冒険者達が集まり、その周りにもその冒険者達を狙った武器防具屋、道具屋、宿屋などが集まるのだ。
興味深げに周囲をキョロキョロと見回す姿はお上りさんそのもの。
メルドの後をカルガモのヒナのように付いて行くクラスメイト達。
ハジメはそんなクラスメイト達に呆れを感じながら付いていった。
迷宮内に入ると、外の騒がしさとは無縁の静かさだった。
縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。
緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく【オルクス大迷宮】はこの巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。
物珍しげに辺りを見渡しながら隊列を組みながら進む一行の前に壁の隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で動き出す。
赤黒く光る目が不気味に揺れ、二足歩行の筋肉質な体が素早く動き出す。
その名の通りネズミに似た外見だが、上半身はムキムキで腹筋と胸筋の部分だけ毛がないという、まさに筋肉モリモリマッチョマンの変態だった。
正面に立つ天之河達――特に前衛である雫の頬が引き攣っている。
やはり、筋肉モリモリラットマンの変態は生理的に受け入れ難いものなのだろう。
間合いに入ったラットマンを天之河、雫、龍太郎の三人が迎撃する。
その間で香織とメガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始して、魔法を発動する準備に入る。
訓練通りの堅実なフォーメーション。
この世界における定石中の定石に沿った戦術を迷いなく展開していく。
天之河がすさまじい速度で純白の剣――『聖剣』を振るって数体を纏めて葬る。
雫は刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の容量で抜き放ち、一体ずつ確実に敵を切り裂いていく。
クラスメイト達がその鮮やかな戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――“螺炎”」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を呑み込む。
気が付けば一階層の魔物は勇者パーティの6人で殲滅していた。
「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
召喚組の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド。
しかし、クラスメイト達は初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。
頬が緩むクラスメイト達に「しょうがねぇな」とメルドは肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も忘れるな。これは明らかにやりすぎだ」
メルドの指摘に魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめた。
それから何度かの戦闘を経て、メルドがハジメの名前を呼んだ。
ハジメの格好は他のクラスメイト達と同じ様な動きやすい服の上から青色のフード付きロングコートを羽織っていて、金属製の鎧の類は装備していない。
背には青色の剣を背負い、腰には例の“武器”が納められたホルスターが下がっている。
騎士団員は模擬戦でハジメが見せた動きを少しでも盗もうとハジメの一挙手一投足に注目している。
ハジメが前に出たその瞬間黒色の毛玉が壁の向こう側からものすごい勢いで飛び出してきた。
それは、狼の身体にイノシシの頭をくっつけたような異形の魔物。
黒い体毛が逆立ち、赤い目がギラついている。
「グルルルルッ!」という唸り声とともに、魔物が跳躍。
鋭い牙が、一直線にハジメの喉元を狙って迫る。
だがハジメは一切の焦りを見せなかった。
すっとホルスターに手を伸ばし、“武器”――リボルバー式の拳銃を引き抜く。
その動きは、まるで呼吸のように自然で淀みがなかった。
「……っ」
そして引き金が静かに絞られた。
ダァン!という軽く短い銃声が迷宮の静寂を切り裂いて、弾丸が一直線に魔物の額を貫く。
驚くほど、あっけなく。
断末魔すら上げることなく、魔物の額から鮮血が吹き上がる。
巨体が空中で仰け反り、地面に叩きつけられた。
「何だ今の…?」
「あれって、銃だよな…?」
ざわめきが、徐々に広がっていく。
だが、ハジメはそれに一切反応せずただ静かに銃をホルスターへ戻した。
メルドも未知の兵器の破壊力に驚きを隠せない。
「なんでそんな危険なものを持っているんだ! 今すぐ捨てろ!」
天之河の声が迷宮の冷たい空気を切り裂く。
怒りに満ちた瞳は銃を持つハジメを射抜いている。
その声に呼応するように檜山率いる小悪党組が顔を真っ青にしながら騒ぎ始める。
「そ、そうだ!そんな危ないモン今すぐ捨てろ!南雲!お前何考えてんだ!」
「お前、何考えてんだよ!? 俺たちを巻き込む気か!?」
檜山のその言葉を皮切りに口々に浴びせられる非難と恐怖の声。
それは、まるで“異物”を排除しようとする本能のようだった。
だがハジメはそれらすべてを聞き流し、無言のまま自分の位置へと戻っていった。
その背中に、誰も声をかける者はいなかった。
なおも続いた罵声だが、それもメルドの一喝でようやく収まる。
「いい加減にしろ!!!ハジメは自分なりの戦い方を身に着けただけだ!!」
その声に、ようやく一行は黙り込み再び隊列を整える。
そして、誰も口を開かぬまま次の層へと歩を進めた。
現在ハジメ達は目的地である20階層で探索を進めていた。
迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層を完全にマッピングするには数十人規模で半月から一ヶ月はかかるのが常識とされている。
オルクス大迷宮は、すでに47階層までのマッピングが完了しており、トラップの位置も『フェアスコープ』と呼ばれる探知機によって把握されている。
そのため、トラップに引っかかる心配はない――はずだった。
20階層の最奥部は鍾乳洞のように氷柱状の壁がせり出し、溶けかけたような複雑な地形をしている。
その先にある階段を下れば、21階層。
今回の実戦訓練はそこに到達すれば終了となり、あとは地上へと地道に戻るだけだ。
どこか緩んだ空気の中、一行はせり出す壁のせいで横列を組めず縦列で進んでいた。
すると、先頭を行く天之河達やメルドが立ち止まる。
訝しそうなクラスメイト達を尻目に戦闘態勢に入る。
どうやら魔物のようだ。
「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」
メルドの忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が変色しながら起き上がる。
壁と同化していた体は褐色となり、人間のような二本足で立ち上がる。
胸を叩きドラミングする姿はまさにゴリラそのもの。
「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」
メルドの警告が響く。
天之河達が相手にするようだ。
飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。
天之河と雫が挟み撃ちを狙うが、鍾乳洞のような地形が邪魔をして思うように動けない。
足場が悪く、囲むことすらままならなかった。
龍太郎の肉壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
直後、部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられる。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
耳をつんざくような音圧とともに、全身にビリビリとした衝撃が走る。
ダメージこそないものの、全員の体が一瞬硬直した。
咆哮で相手を一時的に麻痺させるのがロックマウントの固有魔法なのだろう。
もろに喰らってしまった天之河達前衛組は動きが止まる。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップで横に跳び、傍らの岩を持ち上げた。
そして、香織達後衛組に向かって見事な砲丸投げのフォームで放り投げる
咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。
「……っ!?」
香織達が、準備していた魔法で迎撃しようとと魔法陣が施された杖を向けた。
しかし発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず顔を真っ青にし硬直してしまう。
投げられた岩もロックマウントだったのだ。
ロックマウントが空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。
「「「ひぃっ!?」」」
しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。
完全に性犯罪者のそれである。
あまりの衝撃と気持ち悪さで思わず悲鳴を上げてしまい、魔法の発動が中断してしまう。
その次の瞬間
ダァン!
重い金属的な衝撃音が迷宮内に響き渡る。
「……え?」
香織の目の前でロックマウントの巨体が血走った目のまま額から血を吹き上げて落下する。
その巨体が地面に激突し、鈍い音を立てて崩れ落ちた。
香織は、ただ立ち尽くしていた。
とっくに魔法の詠唱は止まり、杖を握る手がかすかに震えている。
そのとき、視界の端に映った。
青いロングコート。
静かに銃を構えたままの、ひとりの少年の姿。
南雲ハジメ。
ハジメは、何も言わなかった。
誰の視線も気にせず、ただ、一先ずは香織達の無事を確認するように銃を下ろした。
香織とハジメの目が合う。
香織の目には感謝と親愛が、ハジメの目には呆れが浮かんでいた。
(……気持ち悪いってだけで魔法止めるとか、死にたいの?そんな判断してるようじゃ、いずれ本当に死ぬよ)
それを見ていてキレたのが天之河。
正義感と思い込みを擬人化したような彼は聖剣を握る手に力を加える。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
気持ち悪さで青ざめていたのを死の恐怖と勘違いした天之河は、場所など無視して必殺の一撃を放たんと動き出す。
それだけでは、なさそうだが。
「万翔羽ばたき、天へと至れ―――『天翔閃』!!」
「あ、馬鹿者!!」
メルドが止めようとするが時すでに遅し。
天之河は大上段に振りかぶった聖剣を勢いよく振り下ろすと、聖剣が纏っていた巨大な光が斬撃へと変化して周囲の壁ごとロックマウント達を殲滅していく。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。
天之河が爽やかなイケメンスマイルで香織達に「もう大丈夫!」と声をかけようとしたところでメルドから拳骨を頂戴する。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」
メルドのお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する天之河。
そんな中、香織がふと崩れた壁の中から何かを見つけた。
「……あれ?」
彼女が指差した先には、淡く涼やかな輝きを放つ青い鉱石があった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
メルドが目を細めて言う。
グランツ鉱石はいわば、宝石の原石だ。
その澄んだ青色の輝きは高く評価され、求婚の際に贈られる宝石としても人気が高い。
香織は、そっとその輝きに目を奪われていた。
「綺麗……」
けれど、その瞳の奥にはどこか寂しげな色が混じっていた。
(……こんな石を、いつか――誰かから、贈ってもらえる日が来るのかな)
ふと、視線の先には居ない青いロングコートの背中がよぎる。
けれど、その背中はもう遠くて――手を伸ばしても、届かない場所にあるように思えた。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。
グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。
それに慌てたのはメルドだ。
「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」
しかし、檜山は聞こえないふりをしてとうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
慌ててメルドが檜山を止めようと追いかける。
それと同時にハジメが鉱物鑑定を使って鉱石とその周りを確認して………青ざめた。
「皆!!トラップだ!!今すぐ逃げろ!!」
ハジメの鋭い声が、空気を切り裂くように響く。
けれど、警告は一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に赤黒い魔法陣が広がる。
グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップ。
美味い話には裏がある――この世の常だ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。
まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」
メルドの言葉にクラスメイト達が急いで部屋の外に向かうが…間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
空気が変わった。
ドスン、と重い音を立ててハジメは地面に叩きつけられた。
すぐさま身を起こし、周囲を見渡す。
クラスメイトのほとんどが尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員たち、天之河ら前衛職の生徒たちはすでに立ち上がり、警戒態勢に入っていた。
景色は先程とは一変している。
先の魔法陣は転移させるものだったようで、転移した先は巨大な石造りの橋の上。
長さは100メートル程、天井も高く20メートルはあるだろう。
橋の下には川などなく、何も見えない深淵の如き闇だけが広がっている。
――奈落の底。
落ちれば命はないだろう。
橋の横幅も10メートルくらいはあるが、手摺どころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。
その巨大な橋の中間に、ハジメ達の姿はある。
橋の両サイドには、それぞれ奥に続く通路と上階への階段が見える。
それらを確認したメルドが険しい表情のまま指示を飛ばした。
「お前達!直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと慌てて動き出すクラスメイト達。
しかし迷宮のトラップがこの程度なはずが無く、撤退はかなわない。
階段側の橋の入口に魔法陣が出現し、大量の骸骨型の魔物が這い出してくる。
更には、通路側にも魔法陣が出現する。
その内から一体の巨大な魔物が出現する。
「まさか…」
その魔物を目にした瞬間、メルドは呆然とした表情を浮かべた。
そして、彼の呻くような呟きがやけに明瞭に響き渡った。
「ベヒモス、なのか…」