ありふれない本当の勇者は世界最強 作:マサヒロ (旧名デイブレイク)
「グルァァァァァアアアアア!!」
咆哮する魔獣、ベヒモスに生徒達は怯える。
しかし、逃げようにも脱出するための上層に続く道は骸骨の魔物『トラウムソルジャー』の群れが塞いでおり、逃げるのは容易ではなかった。
「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
ベヒモスの咆哮でようやく正気に戻ってきたメルドが矢継ぎ早に指示を飛ばすが、メルドに待ったをかけた大バカ者がいた。
天之河だ。
「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も…」
「馬鹿野郎!」
メルドの怒声が橋に響き渡る。
「あれが本当にベヒモスなら今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、『最強』と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むものの、天之河は持ち前の正義感から踏み止まる。
天之河の強すぎる正義感が悪い方向に働いてしまった瞬間だった。
どうにか撤退させようと、再度メルドが天之河に語りかける。
「グルァァァァァアアアアア!!」
ベヒモスが再び咆哮を上げながら突進してきた。
その巨体がクラスメイト達を薙ぎ払えば、全員が轢き殺される。
それだけは、絶対にさせない。
「今だ!張れ!!」
ハイリヒ王国最高戦力が、同時に詠唱を開始する。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」
二メートル四方の最高級の紙と最高品質の魔石を用いて描かれた魔法陣。
四節からなる詠唱を人類最高クラスの実力者が三人同時に発動する。
一回だけ、一分だけの防御であるが、何者にも破らせない絶対の護りが顕現する。
純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生しベヒモスの足元が粉砕される。
石造りにもかかわらず橋全体が大きく揺れる。
撤退中のクラスメイト達が悲鳴を上げ、転倒する者が相次ぐ。
クラスメイト達は、隊列など完全に無視して我先にと階段を目指して我武者羅に走っていた。
橋は激しく揺れ、足元は不安定。
誰かが転べば、後ろから押し寄せる者たちに踏みつけられかねない。
「落ち着け!押すな!」
騎士団員のアランが必死に声を張り上げるが、誰も耳を貸さなかった。
目前に迫る“死”の恐怖が、理性を簡単に吹き飛ばしていた。
その時一人の女子生徒が、後ろから押されて転倒した。
「きゃっ!」
石の床に肩を打ちつけ、「うっ」と呻きながら顔を上げる。
その視界に映ったのは、骸骨の魔物――トラウムソルジャー。
無機質な眼窩に赤い光を灯し、剣を振りかぶっていた。
「……あ」
短く漏れた声。
その刹那、彼女は“死”を確信した。
だが――
ダァン!!
炸裂音が、空気を裂いた。
トラウムソルジャーの頭部が爆ぜた。
骨片が飛び散り、魔物の体が崩れ落ちる。
女子生徒は呆然とその場に座り込んだまま、何が起きたのか理解できずにいた。
「な、南雲?」
呆然と顔を上げた彼女の視界に、青いロングコートの少年が映る。
リボルバーを片手に、鋭い視線をこちらに向けていた。
「ぼさっとするな!死にたいのか!?早く立って!!」
その声は鋭く、冷たい。
だが、確かに彼女の命を救ったのは――その一発だった。
「っ……はい!」
女子生徒は震える足で立ち上がり、再び走り出す。
「その……ありがとう!」
女子生徒は、走り去りながらも、振り返ってそう叫んだ。
声は震えていたが、確かに届いた。
ハジメは一瞬だけ、目を細めた。
だが、すぐに視線を前へ戻す。
ハジメはリボルバーを傾け、シリンダーを開く。
空の薬莢がカランと乾いた音を立てて足元に転がった。
「……残り、三発」
シリンダーを指先で回し、残った弾の位置を確認する。
その動きはまるで儀式のように静かで、無駄がなかった。
予備を作る時間はなかった。
この三発で、どれだけの間命を繋げるか――それが、今のハジメに課された現実だった。
「グルァァァァアアア!!」
ベヒモスの咆哮が再び響く。
“聖絶”の障壁はまだ持ちこたえているが、残された時間は恐らく僅かだろう。
その間にも、トラウムソルジャーたちが次々と橋を埋め尽くしていく。
「チッ……!」
ハジメは駆け出した。
その動きはまるで風のように滑らかで、鋭い。
一体のトラウムソルジャーが、生徒に剣を振り下ろそうとした瞬間――
ダァン!
一発。
トラウムソルジャーの頭部が砕け、崩れ落ちる。
「残り二発」
呟きながら、橋の縁を蹴って跳躍。
宙を舞いながら背後から迫るトラウムソルジャーの頭上に着地し、即座に剣を抜く。
「――ッ!」
振り下ろされた刃が、トラウムソルジャーの首を断ち切る。
骨の破片が宙に舞い、ハジメはそのまま前転して着地。
すぐさま振り返り、迫りくるトラウムソルジャーに向けて銃を構える。
ダァン!
二発目。
トラウムソルジャーの胸を撃ち抜き、勢いを殺して転倒させる。
「残り一つ」
その瞬間。
背後から迫る気配。
振り返ると、別のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「……チッ」
ハジメは銃を逆手に持ち替え、振り返りざまにトラウムソルジャーの顔面に叩きつけた。
そのまま小指で引き金を引く。
銃声とともに、トラウムソルジャーの頭部が砕け散る。
骨片が飛び、トラウムソルジャーの体が崩れ落ちた。
銃声が消え、静寂が一瞬だけ橋に満ちた。
ハジメはリボルバーを見下ろし、無言でシリンダーを開く。
空になった薬莢が、カラン、と乾いた音を立てて転がった。
「……終わりか」
ハジメは逆手のままリボルバーを次に迫るトラウムソルジャーの顔面に叩きつけた。
金属の鈍い音と共に銃が砕け、トラウムソルジャーの頭部がひしゃげる。
そのまま崩れ落ちたトラウムソルジャーの体を蹴り飛ばし、背後にいたもう一体を巻き込んで奈落へと突き落とす。
「次は、こっちだ」
背中に吊るされた剣を引き抜き、構えを取る。
その動きに一切の迷いはなかった。
トラウムソルジャーの群れが、橋の上を埋め尽くしつつある。
ハジメが地を蹴った瞬間、空気が裂けた。
その加速はまるで弾丸のようで一体のトラウムソルジャーが反応する間もなく喉元に剣が突き立てられ、乾いた破砕音とともに崩れ落ちる。
すぐさま、背後から斬撃が迫る。
ハジメは体をひねって回避しつつ、腰を低く落として足払い。
バランスを崩したトラウムソルジャーの膝を蹴り砕き、倒れた瞬間に剣を振り下ろして粉砕する。
「遅い」
右からの突きを剣の柄で受け流しながら、左手でピックを抜く。
一歩踏み込んで、至近距離から相手の眼窩へ突き刺す。
ピックを抜く間も惜しまず、足で蹴り飛ばして次の敵へ。
三体目が斬りかかってくる。
ハジメは橋の縁を蹴って跳躍。
空中で身体をひねりながら、ピックを肩の上でぴたりと構える。
「――ッ!」
ピックが水色に輝きソードスキル《シングルシュート》を発動させる。
水色に輝くピックを投げ放つと一直線に飛び、トラウムソルジャーの首の付け根に突き刺さる。
そのまま勢いでバランスを崩した魔物が、橋の外へと落下していく。
着地と同時に、ハジメの脇腹を斬撃がかすめる。
服が裂け、鈍い衝撃が走る。
だがハジメは怯まない。
自動回復が作動し、傷口がじわじわと塞がっていく。
痛みは感じない。
ハジメは斬られた脇腹を一瞥することもなく、ちらりとベヒモスの方を横目で見る。
未だに聖絶の障壁の前で天之河がメルドに駄々をこねていた。
「あのバカ何やってるんだ……!?」
ハジメの声が低く、鋭く漏れた。
その目は、未だに障壁の前で動かずメルドと論争をする天之河を睨みつけていた。
そうする間にもトラウムソルジャーが切りかかってくる。
剣を逆手に持ち替え、トラウムソルジャーの懐に滑り込む。
ハジメが更なる一歩を踏み込むと、剣が閃いた。
トラウムソルジャーの膝を斬り払い、崩れ落ちたところを踏み台にして跳躍。
ハジメは跳躍の勢いをそのままに、橋を駆ける。
天之河達のいるベヒモスの方へと向かって。
ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。
衝突の度に壮絶な衝撃波が撒き散らされ、頑丈な筈の石造りの橋が悲鳴を上げて亀裂が深くなる。
障壁も既に全体に亀裂が広がっており、砕けるのは既に時間の問題だろう。
メルドも障壁の展開に加わっているが、焼け石に水だった。
「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」
「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時に我儘を……」
メルドは苦虫を噛み潰したような表情になる。
この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。
それ故に逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。
しかし、その微妙な匙加減は戦闘のベテランだからこそ出来るもの。
素人の天之河には難しい注文だ。
その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、天之河は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしい。
目の輝きが攻撃色を放っていて、明らかに自分の力を過信している。
その時だった。
「天之河君!!」
鋭い声が、風を切って飛んできた。
天之河が振り返るとそこには白く霞む骨の粉塵をまとい、ところどころ破けたロングコートを翻しながら剣を構えたハジメの姿があった。
「「なっ、南雲!?」」
「ハジメ君!?」
驚く一同にハジメは必死の形相で捲し立てる。
「今すぐ撤退を!皆のところに!お前がいないと!早く!」
「いきなりなんだ?それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は」
ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした天之河の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。
「状況に酔ってんじゃない!この馬鹿野郎!!」
ドゴッ!!
鈍い音が響いた。
次の瞬間天之河の顔が大きく跳ね、体ごと吹き飛ぶようによろけて後退――
そのまま石橋に背中から倒れ込んだ。
「ぐっ……!」
地面に叩きつけられた衝撃に、天之河が息を詰まらせる。
頬にはくっきりと拳の跡。
口元からは、うっすらと血が滲んでいた。
「南雲……っ、なに……」
「ふざけるな……!」
ハジメが天之河に馬乗りになって、鎧の襟を掴み上げる。
その目は怒りに燃え、そしてどこか――哀しげだった。
「あれが見えないのか!?皆パニックになってる!先頭に立つ人間がいないからだ!」
天之河の鎧の襟を掴み上げながら指を刺すハジメ。
その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。
訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。
効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。
スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。
「一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河君だけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」
混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイト達。
呆然としていた天之河はぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。
「ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ――」
「下がれぇぇぇ!」
「すいません、先に撤退します」そう言おうとしてメルドを振り返る――
その瞬間、メルドの悲鳴と同時に遂に障壁が砕け散る。
暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達に襲いかかる。
咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すが数秒も立たずに砕かれ、吹き飛ばされる。
それでもかなりの威力を殺せたようだが……
「ガァァァァァァァァアア!!!!」
ベヒモスの咆哮が空気を裂いた。
その咆哮だけで舞い上がった粉塵が一気に吹き飛ばされ、視界が開ける。
そこにはメルドと三人の騎士は倒れ伏し呻き声を上げていた。
「メルド団長!!」
天之河が叫ぶが、メルドは応えられない。
三人の騎士も同様に倒れ込み、もはや立ち上がる気配もない。
「八重樫さん、坂上君はメルド団長達の救助を!白崎さんは一緒に行ってメルド団長達の治療を!僕が援護する。天之河君は早く皆のところに!!」
ハジメの声が戦場に響き渡る。
その言葉に、雫がすぐに頷いた。
「了解。香織、行くわよ!」
「うん、任せて!」
雫と香織が駆け出し、倒れたメルドたちのもとへと向かう。
龍太郎も無言で頷き、二人の後を追った。
「南雲……」
天之河がハジメを見つめる。
その目には、ようやくほんの少し“現実”が映っていた。
「早く行け!!……過ちは、繰り返すな……!」
その言葉に、天之河の目が見開かれる。
ハジメの声は怒りに満ちていた。
だが、その奥にあるのは確かに――悔しさと、願いだった。
「あ、ああ!!」
天之河は立ち上がった。
「皆、俺に続け!!ここを切り抜ける!!」
その声は、戦場に響き渡った。
クラスメイト達が振り返り、驚きと共にその背中を見つめる。
「光輝……!」
「光輝だ!!」
「皆、遅れてすまない。まずは出口を確保する!まずは前衛組でトラウムソルジャーを蹴散らし、魔法陣を破壊!魔法組は後方に下がって詠唱準備!!」
天之河の声が戦場に鋭く響いた。
その瞬間、混乱していたクラスメイトたちの動きが止まり、
次の瞬間には――一斉に動き出した。
「了解、光輝!」
「前衛、展開するぞ!
「魔法組、後方に下がって詠唱準備!」
それぞれが自分の役割を思い出し、動きに迷いがなくなっていく。
剣を構え直す者、魔法の詠唱を始める者、仲間を援護する者――
バラバラだった戦場が、少しずつ“秩序”を取り戻していった。
「……やっと、まともに動いたか」
ハジメはその様子を見届けながら、ふっと息を吐いた。
その目には、わずかに安堵の色が浮かんでいた。
「南雲君、メルド団長の救助完了したわ。次は?」
雫が駆け寄りながら報告する。
肩には血の滲んだメルドの腕がかかっており、その表情は冷静ながらも疲労の色が濃い。
香織もすぐ隣に立ち、回復魔法で光を帯びた手を握りしめていた。
「団長の容態は安定してる。だけど、長くはもたない。早くここを離れないと……!」
ハジメは二人の姿を確認し、短く頷いた。
「ありがとう、助かった。……八重樫さん、坂上君と一緒に前衛に回って」
「了解」
雫は即座に頷く。
「私も行く」
香織が一歩前に出る。
「でも……南雲君はどうするの?」
ハジメは一瞬だけ目を伏せ、そして静かに答えた。
「僕は、アイツを抑える。確実に脱出できるようになるまで、ここで時間を稼ぐ」
ハジメの言葉に雫と香織の顔色が変わった。
その視線の先には、蹄を鳴らしながら咆哮を上げるベヒモスの巨体。
空気が震え、地面が軋む。
まるで大地そのものが怒っているかのようだった。
「……南雲君、一人で行く気なの?」
雫の声は低く、だが鋭く詰め寄る。
その目は、冷静さの奥に怒りと焦りを宿していた。
「無茶だよ!」
香織が声を張り上げる。
「南雲君、もうボロボロじゃない!今度はベヒモスって……正気なの!?」
ハジメは剣を構えたまま、静かに答えた。
「正気だよ。だからこそ、僕がやる。今、この場でアイツを止められる可能性があるのは僕だけだ」
「そんなの、勝手に決めないで!」
香織が一歩踏み出し、声を張り上げる。
「私だって回復魔法で支援できる! 雫ちゃんだって一緒に戦える!なんで一人で背負おうとするの!?」
ハジメは剣を構えたまま、ゆっくりと振り返る。
その目は冷たく、感情の揺れを一切見せなかった。
「……邪魔だから、来るな」
その言葉は、刃のように鋭く、容赦がなかった。
香織の足が止まり、目を見開く。
「……え?」
「君たちが来たら、僕は“守る”ことを考えなきゃならなくなる。それじゃ、止められるものも止められない。足手まといになるだけだ」
「そんな……!」
香織の声が震える。
「私たちは……仲間でしょ……? それなのに……!」
ハジメは一瞬だけ目を細めた。
その瞳は冷たく、どこまでも遠かった。
「仲間? そんなもの、今の僕には関係ない。僕は、ここで死ぬかもしれない。でも、君たちを巻き込む気はない。それだけだ」
香織は唇を噛みしめ、拳を握る。
その目には、悔しさと悲しみが滲んでいた。
「……そんな言い方しなくたって……!」
「香織」
雫がそっと彼女の肩に手を置く。
その声は静かだったが、芯の強さがあった。
「今の南雲君は、誰の声も届かない。でも、それでも――私たちは信じてる。あなたが、戻ってくるって」
ハジメは何も言わず、ただ背を向けた。
その背中はどこまでも孤独で、どこまでも強かった。
「行って。時間は僕が稼ぐ。君達は、君達の役目を果たせ」
そして、地を蹴る。
風を裂き、剣を構え、ベヒモスの咆哮に向かって――ただ、進む。
ハジメの虹彩は、紅く染まっていた。