燃え盛る家の中、血溜まりの中に倒れている両親。
「おとうさん」
「おかあさん」
震える腕の中で泣きじゃくる妹をあやしながら、こちらへと歩み寄ってくる『怪物』を睨み付ける。
妹を庇った時に斬られた腕からは止めどなく血が流れ、泣き出したいくらいの痛みが伝わってくる。
『ゴラゲグガ ギゴンゲロボザ』
『デラゾ バベガゲスバ』
怪物が何かを喋る。日本語かどうかどころか、意味がある言葉なのすら分からない。
ただ少年に分かることは一つ。
あの怪物は俺を殺すつもりだ。
せめて妹だけは──そう思って、妹を庇うように怪物に背を向けて、歯を食いしばって目を閉じて、やってくるであろう衝撃と苦痛、そして……『死』に備える。
『……ハァッ!』
『ガ……!?』
衝撃も苦痛も、『死』も訪れない。その代わりに、強い殴打音と共に怪物の怒り混じりの苦悶の声が聞こえてくる。
恐る恐る目を開いて、振り返る。そこに写った光景は、殴られ吹き飛ばされた痛みで悶える怪物と……
『……!』
構えを取り闘志を込めて怪物と対峙する、クワガタのような赤い戦士。
────────────
「4号……!」
一人の少年がベッドの上で勢いよく起き上がらせる。
目の前の状況を把握しようとあたりを見渡せば、窓から差し込む光が部屋の中を優しく照らしだす。
参考書よりも格闘漫画やヒーロー漫画の多くある本棚。
シンプルな木製のタンス。
教科書や筆記具が散らばる机。
壁に張られた賞状。
そこには『怪物』も『赤い戦士』もいない、見知った自分の部屋があるのみ。
それを確認して、ベッドの上の少年はほっと息を吐く。
「……またあの時の夢かよ」
頭を振って眠気を飛ばし、ベッドから降りる。
姿見の前で着ていた寝間着を脱ぎ捨て、パーカーにズボンというラフな格好に着替える。
身長が高めで引き締まった体付きに無造作に切られた黒髪に鋭い目つき。今風の不良漫画の主人公ですと言われれば納得されそうな鏡に写る自分。それを一瞥してから少年は部屋を出た。
部屋を出てリビングに入ると、リビングと繋がったキッチンから少女の鼻歌が聞こえてくる。
キッチンの方を覗けば、敬助とどこか近しい雰囲気を持つ、エプロン姿の小柄な少女がいた。鍋をかき混ぜながら顔を上げ、少年の姿を認めると目鼻立ちの整った可愛らしい顔立ちに陽だまりのような優しい笑みを浮かべて少年を迎える。
「おはようございます、兄さん」
「おう、遥香。おはよう」
少年、 『
敬助は17歳の高校二年生、遥香は14歳の中学三年生の兄弟であり、二人ともう一人、保護者である祖父と共にこの家で暮らしている。
鍋の様子を見て満足げに頷いた遥香は鍋の火を止め、食器棚から茶碗を取り出して料理を盛り付けていく。
「ちょうど朝ごはん出来たところですよ」
「おお、いつもありがとうな」
敬助が手伝ったこともあって、すぐに料理が準備され、二人が食卓を囲んだ。
テーブルの上には茶碗に盛り付けられまだ湯気を放っている白飯、豆腐とワカメの味噌汁、卵焼きにサラダという比較的オーソドックスなメニューの朝食が並べられている。
「「いただきます」」
食卓を囲んだ二人が手を合わせ合唱する。
そして卵焼きを口に運んだ敬助の顔には満面の笑みが浮かんだ。
「はー……幸せだ。朝からかわいい妹が作ってくれたご機嫌な朝食を味わえちゃうなんて……俺は幸せもんだなぁ」
「もう……からかわないでください、兄さん」
「いやいや!特にこの卵焼きとかマジでうまいんだよ、多分大通りで店とか出せるって!毎日食いたいレベル!」
ガツガツとご飯をかきこみながら、料理をべた褒めする敬助。頬を赤く染めつつも笑顔を見せる遥香を見て敬助も笑みを見せる。
敬助と遥香、十代の少年少女である二人だけの食卓には会話が絶えない。会話の内容はそれこそくだらない学校での出来事等、年齢相応の内容である。
会話に花を咲かせていると……付けていたテレビからキャスターの声が聞こえてくる。
『……連日続いている不可能犯罪について、警察からの発表によりますと『未確認生命体』が関与しているとの報告があり、市民からの不安の声が……』
『未確認生命体』。
世界中を照らした謎の『光』の後に現れた、謎の怪物達。種類や容姿、その生い立ちも様々で、思惑も一致しない。ただ、そのどれもが人間の常識を越える力を持ち人間の命すら容易く奪ってしまう存在。
そのことを敬助も遥香も知っている。
『
敬助と遥香の両親であるその二人は、既にこの世にいない。
未確認生命体によって殺されたからだ。
食べる手を止め、テレビへと顔を向けていた敬助と遥香であったが、遥香の表情が曇っていくのに気付いて敬助は手元のリモコンに手を伸ばす。
リモコンを操作してテレビを切り、嫌なことを忘れるためにも努めて明るい口調で遥香へ話しかけた。
「遥香、今日休みだしさ、じいさんへの弁当用意したらどっか行かねえか?買い物の荷物持ちでもどっかに遊びに行く足でもお兄ちゃんがやってやるぞ!」
「あ……そう、ですね……そうだ、洗剤とか切らしてましたし、買い物に行くのでお願いしてもいいですか?」
「おうとも!お兄ちゃんに任せときな!」
ぐっ、と力こぶを作ってみせる兄の様子に笑みをこぼせば、二人の間に笑いが起きる。
テレビの音が消えた後も、二人の食卓には会話は途切れることはなかった。
春が来たばかりでまだ肌寒い朝。外で朝日を浴びながら我が家に目を向れば、一家が住むのには十二分な一戸建てがそこにある。
敬助の生家は未確認生命体の襲来の際に火災で燃え落ち既にない。両親の遺産と引き取ってくれた祖父の助けで三年前に街の外れに建てたのがこの家だ。
老人と中高生の三人で住むのには少しオーバーすぎるよなぁ、などと考えながら、家の近くにあるプレハブ小屋へ足を向ける。
扉に備え付けられたインターホンを押して反応を待つ。
しかし、反応は全く帰ってこない。
「じいさーん、朝飯出来たぞ……ったく、また夜通しなんか作ってたのかよ……?」
呼び掛けにも何も帰ってこないことに呆れた様子の敬助が、中へ入ろうとドアノブに手をかけた瞬間、中からボン!という小さな爆発音と、老人の悲鳴が聞こえてくる。
中のただならぬ様子を聞いて、それでも敬助に焦りや動揺はない。ただはぁ、とため息をついてそのままドアノブをひねって扉を開け、中へ入った。
小屋の中には物々しい装置や謎のスイッチが無数についた機械等で埋め尽くされている。先程の爆発によって地面には何かをまとめたレポート等が散らばっているのもあり歩くのも一苦労、といった様相である。
乱雑に物が散らかる中、埋もれるようにひっくり返っている老人が一人。敬助はその老人の元に歩み寄ってあきれた様子で呼び掛ける。
「大丈夫かよ、じいさん?」
敬助の呼び声が聞こえたかのように、ひっくりかえって目を回していた老人がひょい、と上体のみを起き上がらせる。
「ん……おお、敬助か」
起き上がってきた白髪に白い口髭を蓄えた老人は『
三年前に未確認生命体により両親を亡くした二人を引き取り、育てているのが健三であり、彼等の学費や生活費等は健三の資産から支払われている。
健三の研究や仕事内容を敬助達は知らない。そのため引き取られて早々聞こえてきた爆発音を聞いて慌てて駆けつけ、そこで倒れている健三を見つけた時には卒倒しそうになったこともあった。
しかし数年共に暮らし慣れた敬助はもう驚くこともなく、健三を助け起こす。
「朝から爆発音なんか聞こえてきたら人間ビビるぜ、マジで。慣れてなかったら飛んでくるところだった」
「すまんすまん、起こしてしもうたかの?」
「そういうわけじゃねえけど、遥香はまた心配するぜ?大怪我しねえかって」
「大丈夫じゃよ、事故は実験には付き物じゃからの。今回は放射線も出ないタイプじゃったからの」
「付き物じゃ駄目だろ!?てか放射線って言わなかったか今!?」
のんびりとした様子で恐ろしいことを言い出す健三に敬助は頭を抱えた。
健三は温厚で好々爺然とした性格であると同時に、仕事や発明に関してはどこか常識から外れた部分がある。流石に敬助や遥香に害が出るようなことは無いものの、会話をしていると敬助の常識とかけ離れた発想が出てくることがあるのだ。
「まあともかく……朝飯出来てるから冷めないうちに食いに来いよ、」
気を取り直し、伝言を残して敬助が部屋から出ていく。それを手を振って見送った健三は、部屋の真ん中の装置へと向き直った。
「充電にはまだまだ時間がかかるかの?……『トラスト』の調整もせねばならんしな……スーツの強度テストやラーニングパッケージの確認もせねばならぬ」
モニターの中で目まぐるしく変わるさまざまな数値をじっと見て、首を捻る。
「いつ『奴等』がここを嗅ぎ付けてくるかもわからん」
「じいさーん、朝飯冷めるぞー」
しばらく計器とにらめっこをしていた健三であったが、小屋の外から敬助の声が聞こえてくると慌ててモニターの電源を落とした。
そのまま足早に小屋から出ようとして……部屋の中央にある物体へと目を向けた。
「……譲二、お前は……厄介な物を遺したもんじゃのう」
健三の視線の先。様々なコードや機器に繋がれているのは、『SYSTEM TRANS』とタグが付けられた一台のスマートフォン。
────────────────
神多品市は人口約30万人の内陸都市である。山に囲まれた盆地に広がり、中心部には駅直結の大型ショッピングモールや再開発ビルが並び、北側には大学や学校が存在。郊外には住宅地があり、人が生活するのに不自由がない中流都市、といった雰囲気である。
他の都市にない特徴として、数年前に未確認生命体が発生した際に出没した事例が最も多く報告されたのが神多品市である。
被害が多く出て町を出る者も多くいたが、今では無事に復興し人々も日常を取り戻しつつあった。
その神多品市の駅前にあるショッピングモールに、敬助と遥香はいた。
メモ書きを見ながら歩いて先導する遥香に、買い物カゴを乗せたカートを押す敬助が付き添う形である。
棚からよく使う洗剤をカートに入れ、メモに書いてきた生活必需品を全て見繕うと、遥香が少し思案する様子を見せた。
「夜ご飯、何にしましょう……兄さんはリクエストとかありますか?」
「んー……あ、朝見たチラシだと野菜安かったし、米余ってたよな?カレー食いたい気分なんだよな」
「ならカレーにしましょうか、ルーと……あとカフェオレも追加で買って帰りましょう」
「カフェオレ?」
「隠し味に使うといいってこの間見たんです、ちょっと試したくなっちゃって」
「マジで?なんかおもろそうだし買って帰ろうぜ……っと」
献立も決まり、買うべきものも定まっていざ買い物再開……といったタイミングで、敬助が声をあげた。
視線の先にいるのは透き通るようなダークブラウンの髪に怜悧な雰囲気の整った顔つき。クールで人を惹きつける容姿の少女。
「氷月じゃん、奇遇だな」
「……結城くん?」
少女『
彼女と敬助は高校二年生であり、同じクラスのクラスメイトで接する機会も多い。
「何か用?」
「いや、用ってわけじゃないんだけど……クラスメイトに会うのって奇遇だなーってさ」
おそらく買い物中であった買い物カゴを手に持ったまま敬助に対して無表情のまま視線を向けてくる。少し冷たさを感じる対応だが、敬助が気にした様子はない。
そんな二人のやりとりを見て、遥香が首を傾げる。
「兄さんのお知り合いですか?」
「ああ、クラスメイトなんだよ。あ、こっちは俺の妹の遥香」
敬助に紹介された遥香が会釈する。
その様子を見ても理亜の表情は変わらず、軽く会釈を返して、淡々とした口調で話す。
「……もういいかしら?買い物の続きがあるの」
「ああ、悪いな、急に呼び止めて」
「別に大丈夫」
そう言って二人とは別の方向に歩き去って行く……途中で、思い出したかのように振り向いた。
そして、敬助の顔をじっと見据える。
「……最近は物騒だから、気を付けて帰るのよ」
「え?あ、おう……」
突然の忠告に戸惑う敬助を他所に、理亜はそのまま離れていった。
その背を可愛らしく首を傾げる遥香と、少し困った様子の敬助が見送る。
「……その、ちょっと……変わった人ですね?」
「ま、まあ……あんま喋る感じの奴ではないんだけど、悪いやつでもないしさ……っと、そろそろタイムセール始まっちまうって!急ごう!」
気を取り直し、買い物へと戻る。チラシに目を向ければタイムセールがそろそろ始まる頃合いだ。二人は慌てて動き出す。
歩を進め食料品のコーナーへと向かう。それを理亜がこっそりと見ていたことを二人は知らなかった。
────────────────
「ふむ……」
時刻は昼前。
健三のプレハブ小屋での作業が佳境を迎えようとしていた。
作業をしていたと思わしきスマートフォンに繋がれた装置のモニターを見て、安心した様子で頷く。
「これからが重要じゃな、誰にこれを託すか……」
「失礼」
作業を終えて外に出ようとした健三は聞こえてきた声にびくり、と身体を強張らせた。
慌てて声の方へと振り向けば、そこにいたのは黒い服の男。驚いた表情の健三に、張り付けたような笑みを浮かべた男。二人の男が小屋の中で対峙する。
「鍵が開いていましたよ。今の御時世、戸締まりはしっかりとしておいた方がよろしいかと思います」
「き、貴様……『ゴルゴム』の人間か!?」
「ええ。結城健三博士ですね?お迎えにあがりました」
トレンチコートの人物は口調こそ柔らかく声色も人を安心させるような物であり、聞いているだけで心地良さを感じさせる。まるで人間が喋っていると思えないほどのそれに、健三は恐怖を感じた。
「我々の勧誘をずっと拒否しておられるようですね。提示した条件に不足がおありでしょうか?」
「何度も言ったはずじゃ……貴様らの仲間になるつもりはない!帰れ!」
男からの誘いに対して、震えつつも健三は毅然とした態度で言い返す。
健三は既に男の言う組織から幾度となく誘いを受け、それを全て断っている。何故なら……健三はその『組織』のやっていたことを知っている。
暴力団やマフィア等の反社会組織のような単なる犯罪組織ならばまだ良かった。しかし彼らは、まるで子供のような目標を掲げている。そのためには文字通りなんだろうとする。
「……どうしても、我々には協力したくない、と…そういうのですね?」
「くどい!貴様らのような悪魔に魂を売るほど耄碌しちゃおらんわい!」
返答を聞いた男は残念そうにため息を吐いた。
そして。懐から、一本のUSBメモリのような何かを取り出した。
「残念です。博士」
【Leopard】
──────────────
健三が男と出会ってからすぐ。
敬助と遥香も結城家へと戻ってきていた。
両手にぎっしりと詰め込まれた持ったマイバッグを持った敬助の姿に、小さな袋一つだけの遥香は少し申し訳なさそうにしている。
「お疲れ様です、兄さん」
「平気平気、これくらい楽勝だって」
結城家は健三が様々な研究を行うこともあってか、中心街から少し離れた場所に位置している。今日行ったモールからも少しばかり距離があり、荷物を持ち運ぶには少し負担が大きくなる。
そこは遥香にとっては少し罪悪感を感じる部分ではあるが、敬助は全く苦にしていない様子である。
「帰ったらすぐご飯用意しますね……あら?」
ふと、遥香が異変に気づいて声をあげる。
空いている手で、家の前に止まっている一台の車を指さした。
「お客さんですかね……?ウチの前に車が来てます」
「お、ホントだ…まあ爺さんの知り合いとかじゃねぇか?よく知り合い呼んで将棋とか囲碁したりするしさ」
「そう、でしょうか…?だとしたらお昼も食べていかれるのかしら……?」
「まぁ足りなかったらまた俺が何か買ってくるし、深く考えすぎるなって」
家の前に止まっている黒いバンを見て思案する遥香であったが、敬助はあまり気にした様子もなく買い物袋を持って家へと足を向ける。
そこで、バンから数人の人間が降りてくる。
黒いスーツにサングラス、ドラマでしか見ないような怪しい組織の人間、といった風貌の男達だ。
男達は少しあたりを見渡していたが、敬助と遥香の姿を認めるなり、二人の方へとやってくる。
「結城敬助さんに結城遥香さんですね」
「……どちらさんですか?」
男達の一人が抑揚のない声で話しかけてくる。
その様子に不信感を抱いた敬助は遥香を背に隠して男達に向き合う。
ちらりとバイクまでの距離を確かめていると、先程話しかけてきた男が代表するように言葉を発した。
「我々と一緒に来ていただきます」
人が発する言葉というより、録音していた音声を再生しているような無機質な言葉。
こちらをゆっくりと包囲しようと歩み寄ってくる男達に敬助は警戒心を強めて
「敬助!遥香を連れて逃げるんじゃ!」
「!?じいさん!?」
プレハブ小屋から健三が慌てて出てきて、敬助と遥香の元へと小屋の扉が吹き飛ばされた。まるで爆発したかのように扉が吹き飛ぶ光景を唖然と見つめていた敬助は、『それ』を目にしてしまった。
『逃げられては困りますね』
皮膚は人間のそれと全く違う、生物ですら怪しいような硬質なものに。指の先には鉤爪のような長い爪が生え、頭頂部にはネコ科の動物のような耳、口元には鋭い牙。
現れた人型のヒョウの怪物を目撃した敬助は、目を見開いた。
その異形の姿はまるで……
「未確認生命体……ッ!?」
恐怖と驚愕の念と共に敬助が言葉を絞り出す。
かつて三年前、敬助と遥香の両親の命を奪った『未確認生命体』を思わせるような、人間の常識の範疇から外れたおぞましい異形。
前にして敬助の体を恐怖が支配する。かつて三年前、目の前で自分の家族を奪い去った時と同じ恐怖を感じ、脂汗を流し体が無意識のうちに震えてくる。
『博士。これが最後です。我々と共に来てください。……さもなければ』
異形、『レオパードドーパント』が一歩前に出る。
そして、敬助達を取り囲もうとしていた男達が懐から変わった形状のUSBメモリのようなデバイスを取り出す。
『Masquerade』
端子の根元に存在するボタンを押し、電子音声を鳴らした直後、男達はその体へとデバイス『ガイアメモリ』を突き刺す。
すると、男達の頭は骨とサソリを模した黒いマスクのような形状へと変わる。
レオパードドーパントとマスカレイドドーパント。二種の異形が、敬助達に向けゆっくりと歩み寄ってくる。
『お孫さんたちも含めて、手荒な真似をしなければなりません』
脅しではなく、通告。淡々とレオパードドーパントが告げれば、マスカレイドドーパント達もゆっくりと包囲を狭めてくる。
敬助の震えが全身に走る。
目の前には人間程度ならゴミのように潰せるだろう異形の怪物が迫ってくる。
ふと後ろを見れば、後ろで同じように震え、目に涙を浮かべる妹の姿がある。
(……あんときと同じじゃねえか)
脳裏に浮かぶのは今でも夢に見る、過去の景色。
怪物を前にして、守れるのは自分だけ。
敬助は勇気を振り絞り、『レオパードドーパント』の前に立ち塞がる。
「……遥香、じいさんを連れて逃げろ。俺が囮になる」
「えっ……で、でも兄さん……」
「通報すればすぐ警察が来るはずだ。……だから心配すんな、昔俺が空手やってたの覚えてるだろ?しかも全国で準優勝だってしてるんだぜ?」
額には脂汗を流しつつも、笑みを浮かべる兄。
恐怖と不安と心配で目に涙を貯める遥香の頭を撫でて安心させてやる。
「気を付けて、兄さん……健三さん、こっちです!」
「」
そう言って、健三の元に走っていく遥香の背中を見送る。
健三の元に辿り着き、手を引いてこの場から離れようとする遥香達の元にドーパント達が迫り……その前に敬助が立ちはだかる。
『無駄に命を捨てる必要はありません』
「そう言うなよ……ちょっと俺と付き合いなって」
レオパードドーパントからの無機質な警告。
自分を奮い立たせるように不敵な返しをしながら、近くに使えそうな物がないかと視線を左右に向ける。
左右に向けた視線が正面に向いた時。敬助は目を見開き驚愕した。
眼前、手を伸ばせそうな距離にまでレオパードドーパントが迫っていた。
『失礼』
聞こえたのは風を切る音。
それがレオパードドーパントが腕を振るったのだと気付いたのは、敬助の胸に三本の線が刻まれ、そこから血が流れてからであった。
「いつの間に……ッ!?」
「!兄さんっ!?」
「敬助!」
胸元の5本の線からどくどくと血が流れ出る。痛みと恐怖が敬助の脳裏を占める。
思わず膝をつきそうになる敬助。
下手人であるレオパードドーパントは敬助が痛みに震える様子を見て、終わったと確信を抱いた。
些事は終わった、仕事に戻らねば……と踏み出そうとした足に、何者かが縋り付いた。
「行かせねぇ…ってんだろ……!」
足を掴んでいたのは、痛みと流れる血を堪えつつそれでも押し止めようとする敬助。
自分の足にしがみついてきた敬助を、レオパードドーパントはまるで虫を捕まえるのように片手で持ち上げた。
『ナイスファイト』
「このっ!離せ……おわあっ!?」
もがく敬助の抵抗をものともせず、レオパードは首根っこを掴んだまま自分が出てきた小屋の方角へとまるでゴミ箱に投げ捨てるかのように片手で敬助を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた敬助はそのまま空を舞って、壊された入り口を通るようにして小屋の中へと叩き込まれた。
『良いガッツです。結城健三博士が「ゴルゴム」の一員となった際には貴方も組織の一員にしたいと思えるくらいです。殺すには惜しい、大人しくしていなさい』
レオパードは投げ捨てた敬助への興味を無くし、苛立った様子でいなくなった遥香と健三を探そうとその場を去っていった。