マスカレイド・サーガRe   作:バイン

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第三話 悪魔現る?絶対に守る! 前編

 悪魔との契約。

 それは古来より、破滅への道として知られている。

 煌くような金銀財宝、不愉快な存在を消す、追随を許さぬ圧倒的な力、永遠に失われた物を取り戻す。

 その甘い囁きに人が応じてしまった時から運命は決まる。結末は何時だろうと悲劇的な物だ。

 

 だが。

 それでも人はいつの世も悪魔の囁きに応じてしまうのだ。

 

 

 

 狭い路地裏。

 どこかに繋がるわけでもなく、好んで立ち寄る人間は滅多にいない場に、一人の少年がいた。

 

 どこか自信なさげで冴えない雰囲気のその少年は、忙しなく辺りを見渡し、時折自分のスマートフォンを開いて軽く操作し、何かを確かめている。

 少年が不安と苛立ちから、路地を離れようとしたその刹那。

 

 

「───『印鑑』をご注文の方でございますね?」

 

 

 突如として聞こえてきたその声。

 びくり、と驚きで身体を震わせた少年が振り向くと、そこにはスーツを着た男が一人。

 かっちりとスーツを着こなし、整った顔立ちにはにっこりと笑みを浮かべている。正に一流のビジネスマン、といった風貌の男だ。

 

 

「あっ……はっ、はい! 『ハンコ屋』さん、ですね?」

 

「お待たせしました。先ず、代金の方、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 促された少年が、肩にかけていたバッグから封筒を取り出し、それを差し出す。

 受け取った『ハンコ屋』と呼ばれた男が中身を確認すると、ニッコリと笑みを浮かべて、手にしていたアタッシュケースを開く。

 

 そこにあるのは、一つの奇妙な判子状の物体。

 既存の石材とは違った雰囲気のマーブル模様の土台。赤い胴体部の中央に、とある魚を模した青色の金属製のレリーフが表面に取り付けられている。

 

 

「『印鑑』……いえ、『バイスタンプ』の方、確かにお渡しいたします」

 

 

 少年はアタッシュケースの中のバイスタンプを手に取り、うっとりと眺める。

 

 

「や、やった……これさえあれば……あの人に……!」

 

 

 完全にバイスタンプの虜となった少年を見て、『ハンコ屋』は笑みを浮かべる。

 ……まるで、獲物を捕らえた悪魔のような邪悪な笑みを。

 

 

「ご契約、ありがとうございます」

 

 ────────────

 

 神多品市の中学校、『津ヶ浜中学校』の近く。

 校門近くに一台のバイクが止まって、後部から一人の少女が降りてくる。

 

 

「送ってくれてありがとうございます、兄さん」

 

「これくらい兄貴としちゃ当然だって!」

 

 

 降りてきた少女、遥香が一礼すれば、運転手の敬助は笑みを返す。

 

 敬助がトランスとなってから数日。ゴルゴムからの襲撃もなく、ゆっくりと結城家には平穏が戻っていった。

 遥香の通う中学と敬助の通う高校は方向が違い、いつものようにそれぞれが一人で学校に通う……には少し不安を感じた敬助の提案で、バイクでの送迎を行うこととなった。

 

 バイクから降りた遥香からヘルメットを受け取った敬助であったが、一人になってしまう妹に対して心配そうな表情を見せる。

 

 

「遥香、忘れ物とかないか? お弁当ちゃんと持ってるか? 何か不安なこととかあれば全然連絡してくれればいいし、迎えとかもすぐ行ってやるから遠慮せず……」

 

「もうっ。大丈夫ですってば、兄さんは心配性なんだから」

 

 

 心配そうにあれやこれやと尋ねてくる心配性の兄に対して、困ったように笑う妹。

 仲睦まじい兄妹といった様子の二人であったが、ふと思い出したように敬助が尋ねる。

 

 

「ところで……今日は『お兄ちゃん』呼びじゃないんだな?」

 

「……えっ?」

 

 

 その言葉に、遥香は不思議そうな表情を浮かべる。

 まるで知らない、と言った様子の遥香に対して、敬助がさらに深く問おうとするより先。遥香が何かに気づいたように慌てて遮る。

 

 

「あ……ご、ごめんなさい、そろそろ行かなきゃ! 行ってきます、兄さん!」

 

「おっと、もうこんな時間か……じゃあ、また帰る頃にな!」

 

 

 慌てて遥香が校舎に向けて走り出すのを見届けた敬助も、トランスポーターのハンドルを強く握り直して別の方向へと発進させる。

 ちらり、と兄が去っていくのを見届けた遥香は、先ほどの兄からの質問を改めて思い返す。

 

 

「……『お兄ちゃん』って呼んでたの、三年前のことなのに……何かと間違えてるのかなぁ」

 

 

 首を傾げ、不思議そうに呟いた言葉は、そのまま宙に溶けていく。

 

 そのまま校舎へと歩いて行こうとする遥香の隣に、何者かが小走りで滑り込む。

 

 

「お、おはよう……! 結城さん!」

 

 

 遥香がそちらへと視線を向ければ、少し小太りで冴えない雰囲気の少年がそこにはいた。

 何者か、と遥香が記憶の中を探ってみれば、クラスメイトの一人であった、とすぐに答えが見つかる。

 

 

「ああ、おはようございます、魚住さん」

 

 

 魚住、と呼ばれた少年は、遥香が会釈するのを見てぎこちなく笑いを返す。

 

 

「えへへ……あ、と、そういえば、さっきの男の人って、誰?」

 

「……兄です」

 

「え……お兄さんいたんだ、結城さんって」

 

「ええ、まあ……特に隠す理由もありませんし」

 

 

 兄と話す時よりも若干淡白さを感じさせる返答にもめげず、魚住は会話を続けようと必死で言葉を探す。

 ……遥香と魚住は、別段仲がよい、というわけではないと遥香の中では認識している。一応同じクラスということもあり関わることも無くはないし、席が近いこともあって班分けの際などには同じ班になることも多々ある。

 が、逆に言えばそのくらいの関わりでしかない。元々遥香自身があまり話すのが得意でないこともあって会話が中々続かない。

 

 

「……急ぎましょう、そろそろチャイム鳴っちゃいますし」

 

 

 そもそも今はのんびりと話し込んでる場合ではない、と考え直した遥香は、足早に校舎へと駆け込んでしまう。

 

 

「……大丈夫だよ……あんな奴からは、僕が守ってあげるから……」

 

 

 ……その背を見送った魚住が呟いた言葉に、遥香が気付くことはなかった。

 

 

 ────────────

 

 

「やっべぇ、ギリギリ……!」

 

 

 所変わって、神多品市にある高校『天田高校』。

 朝礼の時間に近くなったために人通りがかなり少なくなった廊下を慌ただしく走る敬助がいる。

 

 

「あの道通行止めになってるとか予想できるかっての! ……もしかして俺が倒した奴のところとかじゃねえよな」

 

 

 敬助が走っている理由。遥香を送り届け、そのまま真っすぐと自分の学校に向かおうとした敬助であったがいつも使っている道は通行止め。

 何でも未確認生命体の出没情報が出た、とか爆発音が聞こえた、とかで警察の方で通行止めが決まったとか。

 そのために敬助は別の道を探さざるを得ず、その結果遠回りから時間ギリギリの到着となってしまったわけだ。

 

 しかし、全力で走ったことが功を奏したか、階段を駆け上がった先にゴールが、教室が見える。

 急いで駆け込めば、チャイムが鳴る前に教室入りに成功である。

 

 

「あっぶねー……」

 

「あっぶねー……ではありませんが?」

 

 

 教室入り口で息を整えている敬助に対して、冷たい声がかかる。

 声の主に聞き覚えがある敬助が、ゆっくりと顔を上げると、そこには一人の少女が。

 黒髪を三つ編みにまとめたヘアスタイルに、大きな丸メガネと、そこから覗くキツイ目付き。そして何より、左肩の腕章。まさしく『風紀委員長』がそのまま飛び出してきたかのような少女が、そこにはいた。

 

 

「い、岩金……」

 

「確かに授業開始前、朝礼前に間に合ったことだけはセーフですが……廊下の全力疾走、勿論違反です。……わかっていますね?」

 

 

 そう。彼女こそが天田高校2年A組の学級委員長、『岩金レツ子』である。

 

 

「い、いやぁ……ちょっとこっちも色々あって……」

 

「言い訳無用。急いでいたとしても、誰かにぶつかってしまっては怪我やもっと大変なことになる可能性だってあるでしょう、今回は注意で済ませますけど次やったら反省文ですからね」

 

「アッハイ……スイマセン……」

 

「分かればよろしい。そろそろ先生がいらっしゃるので、席に着いてください」

 

 

 キラリと丸メガネのレンズを輝かせながらのレツ子の圧に完全に圧された敬助は、小さくなってしょんぼりと謝る他ない。

 背後に突き刺さるレツ子からの冷たい視線に耐えながら、自分の席に座る。

 カバンを置いて一息ついたところで、ふとある事が思い浮かぶ。

 

 

「トラストの奴、大人しくしてんのかな……」

 

 

 思い浮かんだこと。それは、トランスモバイル、つまりトラストを家に置いてきたことである。

 

 

「あいつ、着いてきたがったけどなんだったんだ? 流石に学校に持ってくわけには行かなかったから置いてったけど……」

 

 

 思い返すのは今朝の光景。

 学校に着いていきたいと騒ぐトラストを無理やりに充電器に繋いで置いていったことを思い出して、思わずため息が出る。

 

 そんな考えの中、

 

 

 チャイムが鳴り終えた刹那。

 

 

『おー、ここが学校って奴か!』

 

 

 静まったはずの教室内に響き渡る声。

 その声の発生源。……結城敬助の席に、クラス中からの視線が集まる。

 視線に曝された敬助は、玉のような汗を額に浮かべながら恐る恐る、カバンの中に手を突っ込んで、『それ』を取り出す。

 

 

『お、敬助』

 

「……お前……どうやって着いてきた……!」

 

 

 震える敬助の手元。そこには呑気に挨拶をするトランスモバイルが、トラストがそこにいた。

 なんと言ってやろうか、と震えていた敬助であったが、すぐに今の状況を思い出す。

 

 そして。彼女からの声が、かかる。

 

 

「結城くん」

 

「はい」

 

「スマートフォンの持ち込みは禁止はされていません。……ですが。授業中や朝礼中のスマートフォンの使用は明確に禁じられている、というのは覚えていますか?」

 

「……はい」

 

「違反ですね」

 

「…………はい」

 

 

 敬助は、再度滅茶苦茶縮こまった。

 

 

 ────────────

 

「……何書けばいいんだよこれ」

 

 

 その日の昼休み。クラス中の人間がそれぞれ思い思いに休み時間を過ごしている平和な時間の中。敬助は机の上に広げた原稿用紙と対峙していた。

 題名と名前だけを書いて、あとはまっさら。かなり悪い進捗を知らずに、トラストが呑気に話しかけてくる。

 

 

『敬助? 何書いてんだ?』

 

「反省文。300字詰め3枚で許してもらえた」

 

『お前……悪いことしたなら反省しねえと駄目だろ』

 

「誰のせいだと思ってんだ……!」

 

 

 トラストを恨めしげに睨むが、すぐに意味がないと思い直して、ため息と共に再度原稿用紙に向かい合う。

 

 何を書いたものか、というか書き出しから何を書いたら……と悩む敬助が顔を上げると。

 

 

「……大丈夫?」

 

『おっ! こないだの嬢ちゃんじゃ……おわっ!? おい! 何すんだ敬助! 暗い! 見えねえ!』

 

 

 そこには先日も会った少女、理亜がいた。

 手にした小さな弁当箱を手に、悩み苦しんでいる様子の敬助を心配した様子で眺めている。

 彼女の姿を認めて話し出そうとしたトラストを画面をひっかり返してて黙らせる。

 

 

「いやー……自業自得なのは分かってんだけど……中々進まねえんだこれが」

 

 

 頭をかきながら、参ったといった様子で苦笑する敬助を見て、理亜も安心したように小さく笑う。

 

 

「彼女、真面目だから。悪気があるとかではないのよ」

 

 

 レツ子は去年、一年生の終わり際にこの天田高校に転校してきた。それから一月も経たずに風紀委員に参加、精力的に活動して二年生になるなり最速で委員長へと推薦されたことからその手腕は伺える。

 ……少々真面目過ぎて色々と顰蹙を買っているところはあるが。

 

 

「ま、風紀委員ならそれくらい真面目な方が安心なのかもな」

 

 

 肩を竦めた敬助であったが、ふと思い出したように理亜へと切り出す。

 

 

「そういやこないだ、あの後大丈夫だったか? 一人にしちまったけど、無事帰れたか?」

 

「ええ、警察の人がよくしてくれたし、体調も特に変化ないわ」

 

「おう、それなら何よりだな」

 

 

 ほっ、と安心したように息を吐く敬助を見て、理亜は小さく微笑んだ。

 話を続けようと、敬助が口をひらこうとした刹那。

 

 

「おい! なんだあれ!?」

 

 

 窓の方を向いていた生徒が、驚愕の声をあげる。

 その声に反応した敬助が、窓の外を眺めれば、校舎よりももっと先、街の方角から一筋の黒煙が立ちのぼる光景が目に入る。

 何事か、と呆然と眺めていた敬助に、いつの間にか起き上がっていたトラストが低く声を上げる。

 

 

『……敬助』

 

「なんだよ……?」

 

『あの煙が上がってる方向……おめえの妹ちゃんの学校があった方角じゃねえのか……?』

 

「……え?」

 

 

 その言葉に呆ける敬助の眼前で、煙は途切れずに登り続けている。

 

 ────────────

 

 敬助が煙を眺める数分前。

 津ヶ浜中学校の屋上、魚住がそこであるものを眺めている。

 

 

「ああ……結城さん……」

 

 

 恍惚とした様子で魚住が眺めているもの。それは、隠し撮りのようなアングルで撮られた遥香の横顔の写真だ。

 

 遥香と魚住の出会いは二年前に遡る。

 中学進学で大きく環境が変わり、引っ込み思案な魚住はうまく馴染めず友人を作れないままでいた。

 そんな中で、隣の席になった遥香は、魚住に対して優しく接してくれた。物を忘れた際には快く私物を貸してくれ、怪我をした際にも助けてくれた。

 

 ある時、彼女に何故優しくしてくれるのかを尋ねたことがある。

 その時の答えは、こうだった。

 

 

「私、いつも色々助けてもらってる側ですから」

 

「逆に助ける側になりたいな、って思って」

 

 

 ……それはまるで聖女のような言葉だった。

 その時から彼女から目を離せないままでいる。眺めているこの写真も、彼女への想いを抑えられず、思わずこっそりと撮ってしまったものだ。

 

 そんなことを考えていた矢先、屋上の入り口が開く。

 この屋上に好んで立ち入る人間はあまりいない。

 来るとすれば、誰かに呼ばれた人間くらいだ。

 

 

「すみません、遅くなりました……」

 

「う、ううん、全然。むしろごめんね、急に呼んだりして」

 

 

 開いた入り口から、おずおずといった調子で遥香が屋上へとやってくる。

 

 

「それで、お話というのは?」

 

「え、ええと……その……」

 

 

 魚住は来る前にシミュレーションを脳内でしていたつもりであったが、いざ本人を前にすると、緊張からか上手く話せない。

 そんな魚住を見て、遥香は可愛らしく首を傾げる。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「ゆ、結城さんって……その、付き合ってる人、とかって……いる?」

 

「……はぁ?」

 

 

 思わず、遥香の口から気の抜けたような声が漏れる。

 急に何を言い出すのか、と訝しむ視線を向けられた魚住の様子がしどろもどろといった調子に変わる。

 

 

「や、あの、その、他意はないんだよ? ほら、その……今朝のあいつに何か変なことされてたりしたりしてないよね? 朝バイクに乗ってたあのチンピラみたいな……」

 

「……兄さんを悪く言わないでください。見た目のことはあの人も気にしてますけれど、良い人なんです」

 

 

 魚住の言葉に、思わず遥香の語気が強まる。 

 しかし。魚住は止まらない。

 

 

「い、いやでも……本当に? 脅されたり、何か弱みを握られたりしてない……?」

 

「しつこいですっ!」

 

 

 ついに、遥香は強い言葉で否定する。

 すぐにハッとした表情になって顔をうつむかせるが、その目には明確な怒りが浮かんでいる。

 

 

「……ごめんなさい、怒鳴ったりして。でも、兄さんは貴方の心配するような人なんかじゃありません」

 

「でも、僕は君のことを心配して……!」

 

「話はもう終わりですか? なら、私はこれで……」

 

 

 冷たく言い放ち、踵を返す。

 最悪、と内心毒づきながらその場を去ろうとする遥香の耳に、低い声が聞こえてくる。

 

 

「なんだよ」

 

「僕が心配してやってるのに……あんなチンピラに誑かされて……!」

 

 

 わなわなと震え、拳を強く握りしめる魚住。

 まるで爆発寸前の爆弾のような異様な様子に、遥香の背筋へと薄ら寒いものが走った。

 

 

「な、なんですか……?」

 

 

 その様子に遥香は危険を感じ、ゆっくりと出入り口の方に後ずさる。

 しかし。次の瞬間、魚住が取り出した物に、思わず目を奪われ足を止める。

 遥香は知らない。その判子のような物品のことを。

 

 それが『バイスタンプ』と呼ばれること。

 そして。

『悪魔』を呼び起こすものであることを。

 

 

『アーチャーフィッシュ!』

 

 

 バイスタンプ上部のスイッチを押すと、くぐもった電子音声が響く。

 魚住が自らの身体へとスタンプを『押印』し、それは現れた。

 

 

「ぎ、あああ……!」

 

 

 苦しみ悶える魚住の身体から、紙に包まれたような何かが飛び出す。

 そしてそれは、まるで卵から孵るように姿を違った物に変えた。

 シルエットこそ人間と同じ二足歩行であるが、その見た目は違う。上半身は東南アジアに生息する魚である『テッポウウオ』を模した、黒と銀の折り紙のようなアーマーに覆われ、下半身は獣のように毛むくじゃら。

 上半身の魚の口にあたる部分に、金色の髑髏を模した仮面のような部位が存在する。

 

 その異形の容姿は、まさしく悪魔。

 テッポウウオのような、容姿をしたその悪魔の名は『アーチャーフィッシュデッドマン』。

 

 

『グル……!』

 

「ひっ!」

 

 

 アーチャーフィッシュデッドマンの頭部が獲物を見つけ、唸り声をあげる。

 三年前に結城家に現れた未確認と同じ目をしている。瞳に宿る意志は一つ。獲物を狩ること。その獲物は……遥香のことだ。

 

 

「……捕まえろ」

 

 

 魚住が低い声で命じれば、生みの親からの命に従いアーチャーフィッシュデッドマンが遥香へ突進してくる。

 その腕が遥香を捉えるよりも速く、遥香は出入り口に飛び込む。

 せめての抵抗に、と急いで出入り口を閉めた直後、金属のぶつかり合う轟音が響き、扉が大きく変形する。

 

 

「ひ……に、逃げないと……!」

 

 

 怖気で強張りそうになる身体を無理やり動かし、階段を駆け下りる。

 警察に通報しないと、先生達に連絡してみんなを避難させなきゃ、兄さんならどうにかしてくれるかも、どうして私を狙ってるの? 

 遥香の脳裏が雑多な思考で埋め尽くされようとした時、階下の校舎内から騒がしく声が聞こえてくる。

 昼休みゆえの騒がしさとは違う。聞こえてくるのは絹を裂くような悲鳴に、何かが壊れるような音。

 そのまま階段を降りて、その光景を見た遥香の口から言葉は失われた。

 

 

「そん、な……」

 

 

 

 目の前には、逃げ惑う同じ制服の生徒達。

 その逃げ惑う生徒達を追っているのは、異形の怪人達。

 黒い胴体に白い紙くずがまとわりついたゾンビのような怪人が、跋扈している。

 上半分のない髑髏のような顔をした存在『ギフジュニア』達は、ある者は逃げ惑う人間に掴みかかり、ある者は手にした骨のような武器で壁を切り裂き、廊下を地獄のような状況へと変えている。

 

 階下も安全ではない。遥香の脳内を、絶望が占める。

 そして、今遥香の降りてきた屋上への階段からアーチャーフィッシュデッドマンが降りてくる。

 絶望的な状況。遥香は、祈るように呟いた。

 

 

「……兄さん……!」

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