【爆アド】生まれた直後から最強悪霊と脳内バトルしてたら魔力量が測定可能域を超えてました〜悪憑の子の謙虚な覇道〜 作:広路なゆる
「「……っっ……」」
界と雨の二人は絶句する。
静寂の間の中央付近で、血まみれの兵藤が倒れていた。
(え……? う、嘘だろ……)
「お、おい……! 大丈夫か!?」
界はそう叫びながら兵藤に駆け寄る。
しかし、胸の辺りを貫かれた兵藤の目からはすでに生気が失われていた。
(っ……)
「……うぷっ……」
それを見た界は吐き気を催す。
界は、生と死が隣り合わせの今世においても、これまで一度も人間の
だから、冷静でいられるはずがなかった。
だが、
「界くん……、大人に報告に行かなきゃ……!」
幸いにも頼りになるお姉さんがいた。
雨は界よりは遥かに冷静であった。
雨は界よりも遥かに修羅場をくぐり抜けていたのだ。
「あ、あい」
おかげで界も少し冷静さを取り戻す。
そして、二人は急ぎ、大人を探しに静寂の間から出る。
と、静寂の間を出てすぐの通路に、教官の後ろ姿があった。
(あ、あの人は……)
その教官はいつもメインの教官二人の後ろに佇んでいた名前不明の教官であった。
(……人となりがわからず、少し不安だが、大人には違いない……)
「教官……!」
界は教官を呼ぶ。
「教官……! 事件です! 静寂の間で……!」
と、教官は振り返り、そして、界達に尋ねる。
「死ンデタ?」
「「っっ……!?」」
界と雨の二人は驚く。
振り返った教官は血まみれになっていた。
そして、何より、
赤黒く膨らんだ顔には無数の体毛が生えていた。
鋭い牙が覗き、黄色い瞳がぎょろりと光っている。
それはまるで猿のような顔であった。
(れ、
実のところ、界はこれまで死体を見たこともなかったし、実物の霊魔を見たこともなかった。
それでも
振り返ると同時に、猿の教官服が裂け、巨体へと姿を変貌させていく。
太く逞しい四肢に覆われた灰褐色の毛は、まるで岩肌のように荒々しい。
「こいつ……
界の隣で雨がそう零す。
「……
「人に化けて、人を襲う大猿の霊魔だって聞いたことがある……」
(やっぱり霊魔か……)
「私が寂護院でずっと感じていた視線の正体はこいつだったんだ……」
(こいつ……教官でもなんでもなくて、霊魔だったってことかよ……! ……だとすると、相当やばいんじゃないか……? クラス3の教官二人にこれまで一切気づかれることなく潜伏していた? 恐らく単純に人間に姿を変えて、化けるだけじゃない。そこにいることを不思議に思わせないように、認知そのものを歪ませて、化けていたんだ……。そして、クラス3の破魔師である兵藤を殺害した……)
(「ドウマ……、ドウマは
【ん……? 気づいてるわけなかろう……】
ドウマはさも当然のようにそう言う。
(「わ、わかった」)
真意は不明であったが、今はそれをゆっくりと聞いている余裕はなかった。
と、
「アサネぇ……オデト交尾……オデト交尾……」
(っ……!)
狒々が雨に向かってそう
「っ……! 私はアサネじゃない……!」
雨は唇を噛みしめながら、吐き捨てるように言う。
「アサネぇ……アサネぇ……」
雨の言葉を聞き入れる様子なく、狒々は二人の方向にゆっくりと接近してくる。
(雪女アサネはその美貌から他の霊魔を呼び寄せる。雨さんが言ってたことだ。雨さんからアサネが抜けてからも、執拗に追ってくる霊魔がいるってことかよ……)
「くっ……、界くん、逃げるよ……!」
「あ、あい……!」
界と雨は今来た道を引き返し、一旦、静寂の間へ戻る。
狒々も二人を追って、静寂の間に入ってくる。
そして、
「アサネ……アサネぇ……交尾ぃ……」
(っ……!)
相も変わらず己の欲求を吐き出しながら、その巨体の両腕を広げ、雨に抱きつこうとする。
と、
「……氷術〝氷環〟!」
「グベェ……!」
雨が円状の氷を発生させ、狒々にぶつけることで、
そして、凛と言い放つ。
「私は雪女アサネじゃない……! 私の名前は雨……、銀山家が長女……、銀山雨……!」
が、
「ンダぁ? ソノ氷……、ヤッパリ、アサネダデぇ…………アサネぇ……オデノ子、作ロ……ナ?」
狒々には全く通じていなかった。
「氷術〝大氷環〟……!」
「グベェ……」
雨は大型のリングを狒々の周囲に発生させ、そして、瞬間的に凍結させる。
狒々はリングの中で拘束される。
「グベェ……冷テェダぁ……」
狒々は動きを封じられるが、どこか余力がありそうだ。
その間に、
「界くん、ここは任せて……!」
「え……?」
雨が界にそう告げるので、界は驚く。
「だって、
「……!」
「だ、だったら、雨さん! 僕と一緒に
「ダメよ……。もしもそこまで辿り着くまでの間に他の子ども達がいたら?」
(っ……)
「私とアサネの問題に他の子供達を巻き込むわけにはいかない。界くん……
「っ……、そんなこと……」
「とにかく界くん、ここから離れて……!」
「…………嫌だ!」
(…………雨さん一人、置いていくなんて……そんなこと……)
「界くん……、栗田先生が何かあれば
「っ……! い、言ってたけど……」
「界くん……私の方が少しお姉さんなんだよ? …………私と栗田先生を
「っ……!」
その時、界の頭の中を生まれ変わってから、これまでの出来事がフラッシュバックする。
父や母、妹のこと。鏡美のこと。雨と栗田のこと。そしてドウマのこと。
(…………死ぬ前……、あっちの世界では独りだった。でも、この世界では独りじゃない。信じるべき人がいる)
「っっっ……、わかったよ……雨さん」
「……ありがとう、界くん」
「うん…………だけど、その前に……」
「えっ……?」
界は雨の背中に軽く触れる。
「……か、界くん……なに?」
雨はちょっとだけ恥ずかしそうに界に尋ねる。
「……うーん、おまじないかな」
「……そう、よく効きそうね」
「ははは……、それじゃあ、雨さん、必ず
「えぇ……」
雨の相槌を確認し、界は意を決して走り出す。
(……ここから院長室は少し遠い……、急がないと……!)
界はペース配分なんか考えずに全力疾走する。
「界くん、行ったわね……」
雨は界が静寂の間から立ち去るのを確認する。
「アサネぇ……!!」
狒々は自身を拘束していた氷のリングを力づくで破壊し、雨に向かって接近してくる。
「っ……、もう外したの? 結構、力強いのね?」
「ソウ、オデ、力強イ……強イ子デキル。 交尾スル」
「…………さっきから交尾、交尾って…………それって動物だけがするものでしょ?」
雨は不思議そうな顔をする。
雨はふと、家で飼育されていたカブトムシのメスがオスをおんぶしていた時のことを思い出す。
◆
『ねぇ……お父さん……この昆虫は何をしているの?』
『え……えーと、……それは交尾……だね』
『交尾……? なにそれ……』
『ど、動物は交尾をすることでな……子孫を残すんだ』
『ふーん』
◆
「…………あ、そうか、猿は動物だから、別に変なことじゃないのかな?」
などと、雨は自分なりの解釈をする。
「でも、そもそも霊魔って子孫なんて残せるのかしら? ……それ以前に、私は動物でも霊魔でもなくて、人間なんだけど……!」
人間も動物に含まれることに気付いていない七歳児は、その言葉と同時に、狒々に向けて、大きな氷の
「グベェ……!」
氷の礫が直撃した狒々は大きく
「氷術〝
「グゲ……、グガっ……、ガゲ……!」
雨は追い打ちで氷の礫を何度も狒々にぶつける。
狒々はバランスを崩し、後方に派手に倒れる。
「…………界くん、もしかしたら
雨は凍てつく視線を狒々に送る。
「だって、私がこいつを倒しちゃうかもしれないから」
◇
雨が狒々と交戦している頃――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
(……着いた)
界は薄暗い寂護院を全力で駆け抜け、院長室の前に辿り着いていた。
(……ここにクラス5〝力級〟の
「急がなきゃ……!」
界は息を呑むこともせず、急いで扉を開けた。