【爆アド】生まれた直後から最強悪霊と脳内バトルしてたら魔力量が測定可能域を超えてました〜悪憑の子の謙虚な覇道〜   作:広路なゆる

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58.問題

 ヨハンは革のアタッシュケースに手を伸ばす。

 

「あと二体……」

 

 ヨハンの奮闘により、担当分のガイストは残り二体のところまで来ていた。

 

 ヨハンはアタッシュケースから瓶を取り出すと速やかに解呪を行う。

 

 呪印が解かれ、瓶が甲高い音を立てて砕け散る。

 

 中から現れたのは、甘く香ばしい匂い。

 そして、光と共に実体化したのは、なんとも奇妙な姿をしたガイストだった。

 

 つぶらなレーズンの瞳に、飴で作られた飾りが口元に添えられている。

 それは人の形をしたパン菓子である。

 7体目のガイスト、〝ヴェックマン〟だ。

 

「……パン?」

 

 リーゼが思わず呟く。

 

 その見た目からは、これまでのガイストのような凶暴さは感じられない。

 しかし、ヨハンは油断なく拳銃を構える。

 

 と、

 

「フフフフフ……」

 

 ヴェックマンは奇妙な笑い声をあげながら、その体をぐにゃりと歪ませた。

 パン生地のような体が、ありえない角度に曲がり、そして伸びる。

 

 次の瞬間、ヴェックマンの腕が鞭のようにしなり、ヨハンに襲いかかった。

 

「くっ!」

 

 ヨハンはサイドステップでそれを回避する。

 腕が叩きつけられた地面には、甘い匂いと共に亀裂が走っていた。

 

「やぁやぁ、甘い香りに誘われて、愛の蝶がやってきたよ」

 

 愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)がヴェックマンの前に立ちはだかる。

 

「君のその姿……まるで恋する乙女の頬のように、柔らかく、そして甘い……」

 

「フフフフフ……」

 

 ヴェックマンは応えることなく、今度は両腕を伸ばして愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)を絡めとろうとする。

 

「無駄だよ! 愛は、何ものにも縛られない!」

 

 愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)は長剣でその腕を切り払う。

 しかし、切り落とされた腕は、地面に落ちるとすぐに小さなヴェックマンとなって再生する。

 そして、ぴょこぴょこと跳ねながらヨハンたちに襲いかかってきた。

 

「なんてトリッキーな……!」

 

 ヨハンは小型のヴェックマンを霊晶砲(エーテル・グランヴィル)で撃ち抜く。

 だが、その隙に本体のヴェックマンが背後に回り込んでいた。

 

「ヨハン、後ろ!」

 

 リーゼの叫びと同時に、愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)がヨハンを突き飛ばす。

 直後、ヴェックマンの硬化した拳が、先ほどまでヨハンがいた場所を粉砕した。

 その拳は、まるでラスクのように硬く変質していた。

 

「柔らかいかと思えば硬くなり、分裂までするとは……。君は実に気まぐれな美女のようだねぇ……」

 

 愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)は体勢を立て直し、剣を構える。

 ヨハンもまた、息を整えながらヴェックマンを睨みつける。

 

愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)! ヴェックマンはあの飴の口が弱点と聞いたことがある! そこを狙うぞ!」

 

「了解したよ、愛しのヨハン! 君との共同作業……まるで初めてのダンスのようだね!」

 

 ヨハンは連続で霊晶砲(エーテル・グランヴィル)を放ち、ヴェックマンの注意を引きつける。

 ヴェックマンはその体を巧みに変形させて弾丸を回避し、時には吸収してしまう。

 その隙に、愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)が懐に潜り込んだ。

 

「愛は音よりも速い。概念だからねー。薔薇色の口づけ(ローゼン・クース)!」

 

 愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)の剣閃が、ヴェックマンの飴の飾りを正確に捉える。

 

「ギィイイイ!!」

 

 甲高い悲鳴をあげ、ヴェックマンが大きくのけぞった。

 その体には大きな亀裂が走り、全身が崩れ始める。

 

「今だ!」

 

 ヨハンは最大出力の霊晶砲(エーテル・グランヴィル)を構える。

 青白い光が銃口に収束する。

 その時だった。

 

 フッ、と銃口から光が失われる。

 

「っっ……!」

 

 そして膝から力が抜ける。

 

「ヨハン……!?」

 

「くっ……、ここまで来て……」

 

 ヨハンを突如襲った現象。

 それは〝魔力切れ〟であった。

 

 7回もの連続した戦闘、愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)の使用によりヨハンの魔力は限界を迎えていた。

 破魔師や霊の審判者(ガイストリヒター)であれば誰しもが抱えている大きな問題であった。

 魔力の供給が途絶え、ヨハンの隣で輝いていた愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)の体が、足元から光の粒子となって薄れ始めていた。

 

「おっと……残念、愛の詩はまだクライマックスじゃなかったのに……」

 

 愛の詩の騎士(ミンネゼンガー)は、消えゆく体で悲しげに微笑む。

 

「ヨハン、君の物語は、まだ……終わらせちゃ、だめだ……よ……」

 

 その言葉を最後に、守護霊体は完全に消滅した。

 

「フ……フフフ……」

 

 時を同じくして、崩れかけていたヴェックマンの体が、不気味な音を立てて再生を始める。

 飴は砕かれかけたままだが、そのレーズンの瞳は、憎悪に満ちた赤黒い光を宿していた。

 

「くっ……!」

 

 ヨハンは拳銃を構え直すが、もはや霊素を弾丸に変えるだけの魔力は残っていない。

 再生したヴェックマンが、怒りのままに硬化した拳を振り上げる。

 

「ヨハン!!」

 

 リーゼの悲鳴が響く中、ヴェックマンの拳がヨハンへと迫る。

 

「ッッ……?」

 

 ヴェックマンは自身の拳の進行を妨害する攻撃を受け、首を傾げる。

 そして、その攻撃が来た方向に視線を向ける。

 

「……霊核弾(クリスタ・ヴァント)

 

 そこにいたのは拳銃の銃口をヴェックマンに向ける少女であった。

 

「り、リーゼ……!」

 

 ヨハンが自分を助けた少女の名を呼ぶ。

 

「こっちよ……お菓子くん」

 

 リーゼはヴェックマンを挑発するように、手招きする。

 

「フフフ……」

 

 ヴェックマンは嬉しそうにリーゼへと向きを変える。

 

「っ……」

 

 ヨハンは悔しそうに唇を噛みしめる。

 本来であれば、自分だけでなんとかしたかった。

 己の無力により、妹が戦わざるを得ない状況となってしまった。

 

 そんなヨハンの思いなど知る由もなしヴェックマンは、まるでスキップでもするかのように軽やかに跳ね、リーゼに襲いかかった。

 

 だが、リーゼは冷静に引き金を引き続ける。

 放たれる霊核弾(クリスタ・ヴァント)は、ヨハンの霊晶砲(エーテル・グランヴィル)ほどの破壊力はない。

 しかし、着弾した箇所を瞬時に結晶化させ、動きを鈍らせる特性を持っていた。

 

 パン生地の体に弾丸がめり込み、その周囲が砂糖菓子のように白く結晶化していく。

 

 しかし、分裂した小型のヴェックマンが左右から襲いかかってくる。

 リーゼは寸前で身を翻し、すれ違いざまに二体の眉間に正確に弾丸を撃ち込んだ。

 小型ヴェックマンは結晶化し、砕け散る。

 

 だが、

 

「ンーー……フフフ……」

 

 ヴェックマンは少し考えるように視線を向けた後、不気味に微笑む。

 

 そして、

 

 ぶちっ

 

「えっ!?」

 

 ヴェックマンは結晶化させられた部分を自ら引きちぎる。

 すると新たな腕を生やしてくる。

 

 さらに……、

 

 ぶちっ……ぶちっ……ぶちっ……

 

 ヴァックマンは次々に再生した腕を引きちぎり、放り投げる。

 

 引きちぎられた腕から、また新たな小型ヴェックマンが生成され、そしてリーゼに襲い掛かる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 リーゼの呼吸が乱れ始める。

 

「あいつにだって……魔力の限界はあるはずだ……」

 

 リーゼは自分に言い聞かせるように、絶え間なく動き、射撃を続ける。

 しかし、魔力、そして体力の限界があるのはリーゼもまた同じであった。

 照準がぶれ、これまで的確に捉えていた攻撃が僅かに逸れ始める。

 

 ヴェックマンはその隙を見逃さなかった。

 

「フフフフフ!」

 

 本体が大きく腕を振りかぶり、リーゼの注意を正面に引きつける。

 その裏で、数十体にまで増殖した小型のヴェックマンたちが、リーゼの足元に殺到していた。

 

「しまっ……!」

 

 小型ヴェックマンたちがリーゼの足にまとわりつき、その動きを封じる。

 パン生地でできた手足が、まるで蟻地獄のようにリーゼを地面に縫い付けた。

 

 そして、正面。

 リーゼの動きが止まったことを確認したヴェックマン本体は飛び跳ね、ラスクのように硬質化させた拳を振り上げる。

 

「リーゼ!!」

 

 ヨハンが力の入らない体で叫ぶ。

 

 飛翔の最中、ヴェックマンはリーゼと視線があう。

 

 

「……ッ」

 

 ヴェックマンは少々、不思議に思う。

 

 なぜならリーゼの目は死んでいなかったからだ。

 

 リーゼは銃口を上方に向ける。

 

 

霊核弾(クリスタ・ヴァント)!」

 

「ウギャッ!」

 

 リーゼの放った弾丸がヴェックマンのレーズンの目に命中した。

 ヴェックマンは視界を失い、うめき声をあげつつも、なんとか姿勢を保ち、地面に着地する。

 

 と、

 

「え……? なに……?」

 

 視界を失ったヴェックマンの耳に、リーゼの独り言が聞こえた。

 

 少々、気になりつつもヴェックマンは自ら硬化したレーズンを引きちぎる。

 幸い、敵からの追撃はないようだ。

 その間にも、次第に視界は回復し、再び敵を視認する。

 

「ギィ……?」

 

 その時、ヴェックマンの視線の先には、先ほどまではいなかったはずの幻想的な姿をした少女がいた。

 

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