【爆アド】生まれた直後から最強悪霊と脳内バトルしてたら魔力量が測定可能域を超えてました〜悪憑の子の謙虚な覇道〜   作:広路なゆる

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59.やらないでもない

「ギィ……?」

 

 ヴェックマンの視線の先には、先ほどまではいなかったはずの幻想的な姿をした少女がいた。

 

 長い銀藍の髪。

 瞳は全てを見透かした水底のようだ。

 半透明のローブは波のように揺らめき、生地の端は(もや)が掛かっている。

 

 ◆

 

 先刻、ヴェックマンはリーゼを地面に固定し、襲撃を図った。

 しかし、リーゼは気持ちを切らすことなく、ヴェックマンに抵抗し、ヴェックマンの両目に霊核弾(クリスタ・ヴァント)を命中させた。

 

 そうして、ヴェックマンが視界を失っていた僅かな時間のことであった。

 

【……なんで?】

 

「え……?」

 

 リーゼの脳内に微かな声が響いた。

 

「なに……?」

 

【……なんで……我に頼らない?】

 

「……!?」

 

 リーゼは気づく。

 それが自身の中に宿る精霊の声であると。

 

【……以前の君は何か問題があると、いつも我を頼ろうとしていたように思うけど?】

 

(「……そうかもね」)

 

【自覚があるというわけだね……。なら、どうして今はそうしない? 我に期待するのはやめたということかい?】

 

(「……違うかな」)

 

【……ふーん。なら、なぜかな?】

 

(「…………言わない」)

 

【えっ……!? な、なぜだい?】

 

(「だって恥ずかしいんだもん」)

 

【は、恥ずかしい? そ、そうか……。……べ、別に……その……気になったりは……】

 

(「…………」)

 

【な、なんだ……?】

 

 リーゼの口角が少し上がる。

 

【な、なぜ笑う!? 我を愚弄する気か……?】

 

(「ご、ごめん。そんなつもりは……」)

 

【ならなぜ……】

 

(「ローレライってもっとひんやりしてるのかと思ってた……」)

 

【……ひんやり?】

 

(「心配してくれてありがとう……、でも、私、集中しなきゃ……」)

 

 リーゼは意識を目の前のヴェックマンへと向ける。

 

 と……、

 

【…………やらないでもない】

 

(「……え?」)

 

【……協力して…………やらないでもない】

 

(「……!」)

 

 ◆

 

「ギィ……?」

 

 ヴェックマンは、突如現れた少女、ローレライに警戒するように後ずさる。

 

 リーゼはゆっくりと息を吸い込む。

 そして、その口から音を放つ。

 

「ラァ……」

 

 リーゼはローレライがどのような精霊であるかは知っていた。

 しかし、具体的な力の扱い方は知らなかった。

 

 だから、発声するというその行動はほとんど闇雲であった。

 

 だが、その闇雲は大きく外れた行動でもなかった。

 

 声が魔力を纏い、響き渡る。

 空気を伝わる振動が清らかな水の波紋のように広がり、リーゼの足元にまとわりついていた小型のヴェックマンたちに触れた。

 

「ギ……!?」

 

 次の瞬間、小型のヴェックマンたちは、ひび割れ、サラサラと粉になって崩れ落ちていく。

 

「フフフ……フ!?」

 

 本体のヴェックマンは慌てたかのように、その体をラスクのように硬質化させて突進してくる。

 同時に、再び体を引きちぎり、分裂体を生成しようと試みる。

 しかし、歌声が魔力に干渉しているのか分裂がうまくいかない。

 

 リーゼはただ、静かに歌い続ける。

 

「ラァ……アア……」

 

 旋律が、一段と高くなる。

 リーゼを中心に魔力がドーム状に形成され、突進してきたヴェックマンの拳がその壁に阻まれる。

 

「ギィイイイイイ!!」

 

 ヴェックマンは焦燥に駆られ、めちゃくちゃに腕を振り回す。

 だが、その攻撃はリーゼには届かない。

 

 ローレライがリーゼの背後にそっと手を重ねる。

 

 すると、歌声が収束するように力強いユニゾンとなる。

 

「ラァアアア」

 

 超高音のソプラノ。

 やがて声は青白い光を放つ。

 

 青い閃光は、ヴェックマンの頭部に突き刺さり、そして激しく振動する。

 

「ギ…………」

 

 ヴェックマンの動きが停止した。

 断末魔の叫びはない。

 ただ、その体中に無数の亀裂が走り、内側から漏れ出す光が鼓動するように明滅する。

 

 そして、砂糖菓子が溶けるように、その巨体は静かに崩れていく。

 

 戦場には静寂が戻った。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 リーゼはその場に膝をつく。

 

「リーゼ……」

 

 ヨハンが、信じられないものを見るような目で妹の名を呼ぶ。

 

「……ローレライを……」

 

「う、うん……なんかよくわからないけど協力してくれた……」

 

「すごいじゃないかっ! すごいっ! すごいすごいぞ! リーゼ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 突然、語彙力を失くした兄に少々、動揺しつつリーゼは感謝を告げる。

 

「でも、ヨハン、これで終わりじゃないんでしょ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 リーゼは革のアタッシュケースに目を向けていた。

 ヨハンらが任されている8体の最後の1体が残っていた。

 

 ヨハンはゆっくりと立ち上がる。

 

「ヨハン……」

 

 リーゼが声をかける。

 兄の顔色はまだ悪かった。

 

「大丈夫だ。リーゼが戦ってくれている間に、少しだけ回復した」

 

 ヨハンは穏やかに微笑む。

 

「でも……」

 

「リーゼ。8体は僕達の担当だろ? ならば、最後までやり遂げなければならない」

 

 ヨハンの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

 リーゼはそれ以上、言葉を続けることはしなかった。

 それが霊の審判者(ガイストリヒター)の本懐であるから。

 

「……わかった。私も一緒に戦うから」

 

「……悪いな、リーゼ」

 

 二人は頷き合い、最後の一体が封印された瓶へと向き直る。

 

 ヨハンは最後の一体の解呪を始める。

 これまでで最も複雑な呪印が解かれ、瓶が鈍い光を放ちながら砕け散った。

 

「これは……?」

 

 ヨハンも、この8体目のガイストの情報は聞かされていなかった。

 光の中から現れたのは、地面を揺るがすほどの巨大な影。

 

 それは岩のような肌を持つ、山のような巨人だった。

 

「グルオオオオオオ!!」

 

 巨体から放たれる咆哮が大気を震わせる。

 

 その圧倒的な存在感に二人は息を呑む。

 

 だが、ヨハンが先陣を切る。

 

 回復したばかりの魔力で霊晶砲(エーテル・グランヴィル)を放つ。

 

 しかし、甲高い音を立てて弾丸は弾かれ、岩肌に僅かな焦げ跡を残すのみだった。

 

「グルル……」

 

 巨人はその巨大な腕を振り下ろす。

 轟音と共に大地が砕け、凄まじい衝撃波と土煙が二人を襲った。

 

「きゃっ!」

 

「くっ……!」

 

 ヨハンは咄嗟にリーゼを庇い、爆風に耐える。

 直撃は避けたものの、吹き飛ばされて地面を転がった。

 

「兄さん!」

 

「大丈夫だ……。だが、なんてパワーだ……」

 

 立ち上がった二人の目の前で、巨人はゆっくりと歩を進める。

 ただ歩くだけで地響きが起こり、地面に亀裂が走る。

 

「ラァ……アア……!」

 

 リーゼがローレライの力を借りて歌声を放つ。

 音の波紋が巨人の足元に広がるが、その巨体に対しては効果が薄く、動きを僅かに鈍らせることしかできない。

 

「くっ……、まだ私が全然、ローレライの力を引き出せてない……」

 

 リーゼは唇を噛みしめる。

 

「グルオオオオ!」

 

 巨人はリーゼの歌声に苛立ったように咆哮をあげる。

 その声量と魔力の圧はリーゼの歌声をかき消した。

 

「埒が明かない……! 何か、何か手立てはないか……」

 

 ヨハンは必死に活路を探す。

 しかし、魔力はまだ万全ではなく、霊晶砲(エーテル・グランヴィル)を数発撃っただけですでに息が上がっていた。

 巨人の攻撃を回避し、反撃の隙を窺う。

 その繰り返しに、二人の体力と魔力は着実に削られていった。

 

「グルアァ!」

 

 巨人が大きく腕を振りかぶり、今度はリーゼを狙って拳を振り下ろす。

 

「リーゼ!!」

 

 ヨハンは残りの魔力を振り絞り、巨人の足元、その膝の関節に向けて霊晶砲(エーテル・グランヴィル)を放った。

 

 炸裂音と共に、巨人の膝から岩の破片が飛び散る。

 致命傷には程遠いが、不意の一撃に巨人の体勢がわずかに崩れ、振り下ろされた拳がリーゼのすぐ横の地面を抉った。

 

「ローレライ……もう一度だけ……」

 

 リーゼはヨハンが攻撃した膝に狙いを定め、歌声を集中させる。

 これまで拡散していた音の波紋が、一本の束になり、巨人の関節を貫く。

 

「グォオオオオ!」

 

 巨人は確かに苦悶の表情を見せる。

 

 関節にはダメージが通る。

 

 僅かに見えた光明であった。

 

 だが、その時であった。

 

 

 ゴオオオオオオ……!

 

 

 不意に革のアタッシュケースから、どす黒いオーラが渦を巻いて噴き出し始めた。

 

「!?」

 

 アタッシュケースがひとりでに開き、中からこれまでとは比較にならないほど邪悪で強大な気配が溢れ出す。

 

「グル……?」

 

 巨人でさえも、その異様な気配に警戒し、動きを止めた。

 

「そ、そんな……まさか……」

 

 ヨハンはそれが何なのか気づく。

 

 アタッシュケースに残っているガイストはただ一体。

 

 その名は〝グリム・アスシュナーベル〟。

 

 どす黒いオーラはやがて巨大な翼を形成していく。

 

「グォオオオオ!」

 

 巨人は獲物を奪われることを嫌ったのか、そのオーラに向かって突進していく。

 

 と、次の瞬間……、

 

 ドゴォオオオンと轟音が鳴り響く。

 

「え……?」

 

 それは、巨人の上半身が地に落ちた音であった。

 

「う、嘘……でしょ……」

 

 リーゼは震える声で呟く。

 

 目の前に現れた怪鳥は、いともたやすく堅牢な巨人を真っ二つにした。

 

 

 

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