所持金6000億円の断罪聖女。〜転移先の近未来都市で魔道具を売ったら国家予算を超えたので、財力と聖女の力で美食革命を起こします!〜 作:エリス
蒼く澄み切った空の色を映す鏡のような聖女の泉が、陽光に照らされて雲母のように輝いていた。
台車に乗ったまま、エリスは泉の縁に立ち静かに水面を見下ろしていた。
(もうすぐ、教会から、そして王国から解放される)
エリスの周りには、国王をはじめとして貴族や神官、聖女、騎士といった人々が取り囲むように立っていた。長閑な泉の景観を台無しにするほど騒々しい連中だ。
「その格好は何だと聞いている!」
「えっと、正装ですけど?」
国王の怒鳴り声に、エリスが顔を上げて正直に答える。集まった参列者たちは、その答えをダシにして彼女を一斉に責め立てた。
「まったく、これだから平民は常識がない!」
「あの銀色の髪と紅い瞳。やっぱり魔女にしか見えませんわ!」
「聖女と言ってたけど、雑用しかできなかったらしいじゃないか!」
実態を知らない彼らは、エリスのことを無能で不気味な平民聖女だと見下してきた。聖女の力を使っても、報酬は全て教会のものとなり、彼女には残飯のような食事が与えられるだけ。空いた時間には他の神官や聖女の身の回りの世話を押し付けられ、屋根裏部屋で寝泊まりする日々。それでも飽き足らず、他の聖女たちは彼女のことを目の敵にして、事あるごとに嫌がらせをしてきた。
(いつかは告発されるだろうと思ってたけど、意外と早かったな)
騒めきだした場を鎮めるように、国王は大きく咳払いをする。外野が静かになった頃合いを見計らって、彼は言葉を続けた。
「そのフルプレートの鎧を正装だと言うつもりか?」
「えっ、そうですよね? ほら……」
エリスは参列している騎士を指差す。彼らも同じフルプレートの鎧を着込んでいた。
「そやつらは騎士だ。鎧を着ていて当然だろうが!」
「じゃあ、私も騎士ってことにしてください。これで問題ないですよね?」
「いくら正装でも動けないなら認められるわけないだろうが!」
国王だけでなく、騎士たちもエリスの言葉に殺気立つ。一触即発の雰囲気となるも、国王が問い詰めたことで少し落ち着いた。
「ゆっくりとしか動けなかったので、こうして台車で運んできてもらっただけですよ」
ガシャン、という音を立ててエリスが泉に向かって一歩を踏み出した。
「ほら、もちろん動けますよ!」
ガシャン、ガシャン、と音を立てながら、エリスはゆっくりと進んでいく。その先には、魔女裁判の儀式の中で飛び込むはずの聖女の泉。儀式を始めようと準備をしていた大司教が慌てて声を張り上げた。
「いかん! 待つのじゃ!」
「いいじゃない。どうせ形だけの儀式なんだし――うわっ!」
エリスが進みながら大司教を煽っていると、足がもつれて転倒し、そのまま転がって泉の中へと真っ直ぐに落ちていった。
「神の神聖な儀式を侮辱するとは! 許せん、魔女め!」
魔女裁判の儀式を始める前に終わってしまったことで、面目を潰された大司教は唇を震わせ怒りを露わにする。
「でも、浮かんできませんね。これは神の下に行ったのでは?」
「バカモン! そんなこと認められるか!」
新人の神官のぼやきを聞いた大司教は地団駄を踏んで当たり散らした。だが、その言葉は元々教会が言っていたこと。あっさりと覆した大司教が、周囲から白い目で見られることになった。
無事、鎧のおかげで泉の底にたどり着いたエリスは神の国の入口を探して歩いていた。聖女の加護によって、周囲には空気が膜のように体を覆っている。長くは持たないが、呼吸の心配は不要だった。
「どこにあるのかな?」
しばらく歩き回ったエリスは、岩と水草の間に歪んだ空間を見つける。少しだけ青白い光を放ちながら揺らめいていた。
「これかな?」
さらに近づくと、歪みから重苦しい振動音が聞こえてくる。
(これでいいと思うんだけど、ちょっと怖いなぁ……でも、戻るわけにもいかないし、行くしかないか……)
エリスは意を決すると光の歪みに飛び込んだ。
「いざ往かん、自由の世界へ!」
エリスが目を開けると、そこは別世界だった。天に届きそうなほど巨大な建物が建ち並び、その先には夜空が広がっていた。
「夜? でも空が全体的に光っているせいか、暗くないのかも……」
エリスの見立て通り、黒い夜空の手前に光る骨組みのようなものがあって、地上が明るくなっていた。目を凝らせば、その骨組みの間に透明なガラスのような壁が張られているのが分かる。
「そうだ、鎧を脱いでおこう」
動こうとして鎧の重さに気付いたエリスは手際良くフルプレートの鎧を脱いでいく。
「さすがに重くて持っていけないか……しかたない、端の方にまとめて置いとくか」
鎧を隅の方に小分けにして移動させる。身軽になったエリスは細い通りの向こうから、雑多な音が聞こえてくるのに気付いた。
「あっちの方に誰かいるのかも」
細い通りに入るために道を渡ろうとする。道の半ばまで渡った辺りで、隣からドンという重い衝撃音が聞こえた。
「うん? あ、なんだろう、これ?」
エリスの体に宙に浮かぶ黒塗りの歪な箱のようなものが突き刺さっていた。もっとも、聖女の加護によってエリスの体の線に沿って前の部分がへこんでいるだけで、エリス自身は傷ひとつ負っていない。
「何これ? 突然突っ込んできた――」
突然の出来事に戸惑っていると、エリスの目の前で自動車が盛大に爆発した。