所持金6000億円の断罪聖女。〜転移先の近未来都市で魔道具を売ったら国家予算を超えたので、財力と聖女の力で美食革命を起こします!〜   作:エリス

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第12話 水際の攻防ですか? いいえ、水洗トイレ際の攻防です!

「壁から声が……もしかして覗き?!」

 

 まるでエリスがトイレにいることを知っているかのような男の口ぶりに、エリスは犯罪の匂いを嗅ぎ取った。

 

「違うわ! さっきからボタンをポンポン押してんじゃねえよ!」

「ボタンを何回も押してるって知ってるってことは、やっぱり覗きでしょ!」

「違うって言ってんだろ! 緊急事態でもないのにボタンを押すんじゃねえよ!」

「緊急事態……?」

 

 男の言葉にエリスは首を傾げて考え込む。エリスの常識からは考えられないが、男の言うことにも一理ある。

 

「なるほど、一刻も早く流さないと匂いが残るから、緊急事態ってことなのね……」

「なにブツブツ言ってんだ。分かったなら切るぞ!」

 

 ブツッ、という音と共にパネルが沈黙した。

 

「押すという方向性は間違いなさそう……。ということは、強くというところが足りていない?」

 

 エリスの脳裏に天啓のようなひらめきが舞い降りた。ボタンを押しても流れなかったのは、彼女が非力であるせいだったのだと。

 

「オーケーオーケー。要するに……私の指じゃ力不足だったってことね」

 

 エリスは拳を握り締めると、全体重を掛けてボタンを押した。

 

「いっけぇぇぇぇ!」

「だから押すんじゃねえって言ってんだろ! 何、また押してんだよ!」

「……?!」

 

 全力を込めたにも関わらず、またしてもパネルが 責してきた。今度こそ行けたと思ったエリスは、不意打ちのように怒鳴られて目を白黒させる。

 

「緊急事態なんだからしょうがないじゃない!」

「何があったんだよ!」

「トイレの水が流れないんだって!」

「はぁ?! そんなことで呼び出すんじゃねえよ!」

 

 男は怒鳴り散らした挙句、一方的に会話を終わらせてしまった。エリスは仕方なく、もう一度ボタンを押す。

 

「ふざけんじゃねえ! お前がボタンを押しまくるせいで警備ロボの召集命令が発動したじゃねえか!」

「そんなことより、水が流れないんだけど……」

「知るか! ボタンを押せば流れるだろうが!」

「ボタンは何回も押してるけど……」

「だったら、そのうち流れるだろう! さっさと出ていけ!」

 

 またしても一方的に通話を切られ、エリスは困惑する。しかし、エリスもバカではない。これまでの会話の中から、解決に導くヒントは無いか考えを巡らせる。

 

「そうか……何回も押せば、そのうち流れるってことだ!」

 

 エリスは『強く押す』という言葉にとらわれていた。足りていなかったのはパワーではなくスピードだということに、今さらながら気付く。

 

「そうと決まれば、気合を入れて行くわよ!」

 

 腕まくりをして、物凄いスピードでボタンを連打する。ほどなくして、パネルから悲鳴と怒声の入り混じった声が放たれた。

 

「ふざけんじゃねええええ! 何でボタン押しまくってんだよぉぉぉぉ!」

「え? 流すためだけど。そっちが何回も押せば流れるって言ったんでしょ!」

「言ってねえぇぇ! ボタンを押すのを止めろぉぉぉ!」

「ダメ! 水が流れるまで、押すことを止めない! うりゃぁぁぁ!」

 

 エリスと男の絶叫が響く中、パネルの向こうから新たに別の声が聞こえてきた。

 

「どういうことだ! 街中の警備ロボットが終結しているぞ! 警備が薄くなるんじゃなかったのか?!」

「知るかッ! こいつが悪いんだよ!」

「心外です。私は普通にトイレに来ただけですけど!」

 

 何でもかんでもエリスのせいにしようとする男に苛立ち交じりで答える。

 

「おい、警備の人間まで緊急招集されているぞ! 何とかならんのか!」

「知らねえよ! この女に言えよ!」

「また冤罪ですか? いい加減にしてください!」

 

 エリスは、冤罪の多い世界にうんざりしてため息を吐いた。もちろん、流れていないのでボタンを押す手はそのままだ。

 

「おい、これじゃあ厳戒態勢だぞ。どうやっても忍び込めねえよ!」

「ああ、もう終わりだよ! せっかく準備したのに、この女のせいで!」

「ちょっと、それは酷くない?!」

 

 エリスも断固として抗議するも、途中で相手が会話を終わらせてしまったせいで消化不良のまま終わってしまった。

 

「エリスちゃん。大丈夫?!」

「成瀬さん!」

 

 一向に流れない状況に困り果てていたエリスの元にタイミング良く成瀬がやってきた。

 

「えっと、トイレが流れなくて困ってるんですけど……」

「分かった、扉は開けられる?」

 

 エリスが扉を開けると、成瀬が入ってきてパネルに付いていた飾りを――押した。

 

 ――ジャー。

 

 先ほどまで全く流れる気配が無かったのが嘘のように、あっさりと水が流れた。

 

「普通に流れるじゃない」

「ええええ……それ、ボタンなんですか?」

「そうだけど、今まで何をやってたのよ……」

「隣のボタンを……」

 

 エリスの言葉の意味を理解した成瀬が「あちゃー」と言いながら右手で目元を覆って天を仰いだ。

 

「だから、博物館が厳戒態勢になったのね……とりあえず戻りましょう」

 

 成瀬に連れられて博物館のホールで待っている久我の下へと戻る。ホールは大量の警備ロボットと警備員が周囲を警戒していて、ネズミ一匹入る隙間が無いほどだ。

 

「これは一体……」

「何度も緊急ボタンが押されたらしくてな。押される度に警戒レベルが上がるようになっているんだが、その結果がこれだ」

「そ、そうなんだ……それは大変だね」

 

 エリスが気まずそうな表情を浮かべながら、チラリと成瀬を見ると口の前で人差し指を立てていた。

 

「さ、あらかた見終わったし、帰りましょ」

「うむ、そうだな。この分だと出るのも厳しそうだが……」

 

 三人で博物館の外へと向かう。案の定、入り口で警備員に止められた。

 

「その子供は先ほどまで館内にいなかったようですが?」

 

 エリスをにらみながら訊ねてくる警備員に、久我と成瀬が手帳を取り出して提示する。

 

「俺たちはこういう者だ。エリスは極秘の任務で俺たちの指揮を執ってもらっている」

「それじゃあ、その子の手帳は?」

「極秘だって言ってるだろ!」

 

 しつこくエリスを疑ってくる警備員に、久我が苛立ち紛れに凄んで見せる。しかし、警備員にもプライドがあるのか、おどおどしながらも一歩も譲る気配はない。

 

「ですが、手帳を見せて貰わないことには……」

「はあ……ちょっと待ってろ」

 

 久我は端末を取り出して電話を掛ける。少し言葉を交わして、端末を警備員に手渡した。

 

「この人と話をしてくれ」

「いいですけど、僕も仕事なんで――もしもし。えっ、ほ、本部長?!」

 

 端末で話をした瞬間、飛び上がりそうな勢いで警備員の体がピンと伸びた。

 

「はい、はい……えっ? テロ対策部隊のリーダー? マジですか……わかりました……はい」

 

 通話を終え、端末を久我に返した警備員はピシッとした姿勢のまま敬礼する。

 

「失礼いたしました! 肝煎りのテロ対策部隊のリーダーとはつゆ知らず!」

「何の話?!」

「エリスは、俺たちのリーダーということになっているんだ……」

 

 久我の話自体、エリスにとっては初耳だった。久我は動揺する彼女をなだめながら話を続ける。

 

「あくまで書類上の話だ。エリスが主体的に動く必要はない――はずだ」

「それじゃあ、のんびり生活してもいいってこと?」

「ああ、あの物件が元々エリスのモノだからというだけの話だしな」

「そうそう、テロリストとの戦いは私たちに任せて、美味しい料理を作ってくれればいいから!」

 

 テロ対策部隊のリーダーという肩書はあるものの、戦う必要は無いと聞いてエリスは安堵する。聖女として生きてきた彼女にとって、戦うことは専門ではないため、その話が本当ならありがたいことだった。

 

 この日は疲れていたこともあって、オリーブオイルと唐辛子だけ購入して部屋に帰ることにした。夕食は余っているパスタとニンニクと塩コショウを合わせて作ったペペロンチーノ。

 

「お、美味しいぃぃぃ!」

「こんなシンプルなのに、何で美味いんだ!」

 

 エリスにとっては超が付くほどの手抜き料理。しかし、成瀬と久我は感激しながら美味しそうに完食した。

 

 

 翌日、まだ日も高く昇る前――。

 

「エリスちゃん。大変! 博物館から展示品が盗まれたわ!」

「ふぇ? あんな指輪、別にどうでも――」

「違うわ! 盗まれたのは、人型の巨大兵器の方よ!」

 

 成瀬の言葉を聞いたエリスの眠気が一気に吹き飛んだ。

 

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