傭兵ギルド:死線踏破が異世界にログインしました   作:全智一皆

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第六話 死線の長と死の支配者

■  ■

「おー、居るわ居るわ。あれ炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)か? となると、噂に聞く法国の奴かね? あれならさっきの奴等よりマシ……でもマシ程度かぁ。物足りねぇなー」

 

 村長の家に入り込み、小窓から覗く様に遠くの敵を捉えた侍Destr!は、がくりと肩を落とす。

 侍Destr!と部下の言葉を受け、ガゼフは騎士達と共に村長の家へと一旦身を潜め、敵の数と配置を確認する行動を取った。

 敵は村全体を円状に囲む様に陣取っており、その数は数十を超えている。それに加えて、周囲に天使と思わしき存在を侍らせていた。

 侍Destr!とアインズの二人が、あの天使がユグドラシルのものであると気付くのは、そう遅くはなかった。

 しかし、だからこその気掛かりが生まれる―――ユグドラシルの世界ではない筈の世界に、何故ユグドラシルのエネミーが居るのか、という事だ。

 

『天使を召喚する魔法は確かにあった…けど、それはユグドラシルの魔法であって……』

『この世界には、ユグドラシルの魔法があるって事だろ。いや、普及してるって言うべきか』

『どうしてです? まだそこまで断定するには、早いと思うんですけど』

『だって、モっさんの魔法詠唱者(マジックキャスター)って単語に何の疑問も抱かなかったじゃんか』

『え、あ…! た、確かに…』

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)―――それは、ユグドラシルにおける魔法使いの総称だ。

 と言っても、それは魔法職のプレイヤーだけには留まらず、精神系や信仰系といった職業のものも、総じてその様に呼ばれる。

 魔力系魔法詠唱者、精神系魔法詠唱者、信仰系魔法詠唱者といった具合にだ。これらは全てユグドラシルの単語でこそあって、何処にでも通じる様な単語ではない筈だ。

 他のゲームでは、普通に魔法使いとか、メイジとか、キャスターとか、そんなものばかりだった。ここが普通のファンタジー世界ならば、そのどちらかで通る筈だ。少なくとも、侍Destr!がこれまで見てきたファンタジー系の作品の中で、魔法詠唱者(マジックキャスター)という単語が出てきたのは《ユグドラシル》だけだった。

 だが―――ガゼフと騎士達、ひいては村の住民達も、その単語に何の疑問も抱かなかった。

 

『アレってユグドラシルの魔法使いを表す単語だろ? メイジとかキャスターとかに言い換えるとか聞き返すでもなく、普通に魔法詠唱者(マジックキャスター)で通った。それって、ユグドラシルの魔法概念が定着してるって事だろ』

『な、なるほど……☆ミラクル☆さんも言ってましたけど、侍Destr!さんってなんでそんな急に頭良くなるんですか?』

『それ質問の様に見えて普通に貶しですぜ、旦那。いやいや、何も難しいこたぁないってモっさん。戦いが絡んでる―――ただそれだけのことだって。つかサムで良いって言ったじゃんか。フルネーム長いっしょ』

『あれ本気だったんですか…!?』

『あんな嘘吐かねぇよ…なんだと思われてんの俺?』

 

 流石に不満だぞ、その評価。

 じとっとした目線を向けられ、アインズはつい頭を下げてしまう。先程の戦闘が戦闘故、どうしても先入観が邪魔してしまう。

 いや、別に彼は間違ってはいないのだ。寧ろ彼の反応こそが正しいのだ。なんせ戦った身だ、斬られた身なのだから。

 だが、その相手側はまるでそれを気にしていない。完全に分別して、割り切ってしまっている。些細な喧嘩をいちいち気にして、引っ張るだけ無駄だ―――言外にそう言われている様な気すらした。 

 

『同盟組むんだろ? だったら仲良くやろーぜ。依頼次第じゃ()るけど』

『その台詞で全部台無しですよ……でも、そこまで言うなら……えっと、じゃあ…サムさんで』

『うん、良き良き。で、さっきの続きだけどな。ユグドラシルの魔法……要するに位階魔法だな。あれが定着してんだよ、この世界に。多分、俺たちより前の奴等が広めたんだ』

『広めたって言うと、俺達が転移する前のプレイヤー……ですかね?』

『多分な。なんでも、六大神とか十三英雄とか八欲王とか、なんか色々と御伽噺みたいなのが沢山あるっぽいんだわ。そのどっちかが広めたんだろ。方法までは分かんねぇけどな』

 

 村の子供達や大人から聞いた話の中に、そんな単語が出てきた。

 スレイン法国では、六大神という六柱の神を信仰しているとの事だ。彼等は大昔に姿を表し、この世界において最強とされる種族である竜種(ドラゴン)、その中でも最も古く長い時を生きたとされる『真なる竜王』とやらと交流し、平和にやっていたと言う。

 十三英雄は、かつて世界を荒らさんとした魔神を倒す為に旅をし、魔神を討ち滅ぼした十三人の英雄達。その物語らしい。

 八欲王についてはあまり知らなかったらしいが、なんでも最後はお互いの欲望の為に争って自滅した、というのが事の顛末らしい。

 このどちらかが過去のプレイヤーで、この世界にユグドラシルの魔法を広めたのではないか? というのが、侍Destr!の考察だった。

 

『まぁ、今ん所、大した根拠がないからアレだけどな』

『でも、警戒はしておくべきですね。もし熾天使とか出されたら面倒ですし』

『そだな。まぁ、一旦ここらで会話切るか。ガゼフのおっさんが話したそうにしてるし』

『了解です』

 

 《伝言(メッセージ)》による会話を切り、こほんと分かりやすく咳払いをして、アインズは切り出した。

 

「敵は如何ですか、戦士長殿」

「動きません。敵はおそらく、スレイン法国の者でしょう。そして狙いは私かと」

「敵が多いねぇ、戦士長ってのは」

「王国を狙う輩にとって、私の存在は邪魔ですから。必然と敵が多くなってしまうのです」

「そら羨ましい限りなこって。んで、どうするよ?」

「どう、とは?」

()()()()()()()()()。考えてんのはそれだろ? 分かりやすいぜ、視線がよ」

「……全く、サム殿には敵いませんな。王国戦士長の名が泣いてしまいそうだ」

「国家単位じゃ小せぇなー。俺はそう、まさに世界最強の男よ!」

(実際その通りなんだよなぁ……)

 

 大言壮語で胸を張る侍Destr!を、ガゼフは違いないと冗談交じりに笑い、それに釣られて騎士達も面白い御方だと笑みを浮かべている。

 だが、彼がワールドチャンピオンである事を知っているアインズとしては、大言壮語でも誇張でもなんでもないその事実の重さに、無い胃が凭れそうになっていた。

 ワールドチャンピオン・ミズガルズ。九つある世界の内、人間の世界であるミズガルズにおいて最強のプレイヤーとして君臨し、その称号をほしいままにした男。

 ユグドラシル全体プレイヤーランキングはたっち・みーに次ぐ4位、彼が退いてからは2位にまで上り詰めた侍Destr!の言葉には、その冗談交じりな声色とは裏腹に絶対的な自信が籠っていた。

 

「んで、どーなん?」

「サム殿、ゴウン殿。私に雇われてはくれないだろうか? 望むだけの額を払おう」

 

「お断りさせて頂きます」

「悪いんだけど無理だわ」

 

 はっきりと、口にして告げる。

 答えは肯定でも歓喜でもなく、拒絶だった。

 侍Destr!が依頼を受けようとしなかった事に、アインズは声を漏らさない様に驚愕する。すぅ……と、沈静化された精神のお陰で、それもすぐに収まった。

 

「そうか……残念だ。だが、元々関わりのない身だ。巻き込む訳にもいかない…か」

 

 ガゼフは少しだけ肩を落として見せるが、それもすぐに戻して気張ってみせる。

 この村を守ってくれただけでも、彼にしてみれば十分過ぎた。それに加えて、暴徒の鎮圧に協力してくれ……なんて、それこそ虫がいい話だろう。

 そもそも、それは自分達の仕事だ。彼等を巻き込んでいい理由にはならない。

 

「ご理解いただけて何よりです、戦士長殿」

「悪いね、ガゼフのおっさん。こっちも事情があるもんでさ」

「いや、そもそも無理を言っているのは私だ。応えようとしてくれただけでもありがたい。……サム殿、ゴウン殿。改めて、ありがとう! この村を暴虐の嵐から救ってくれた事、本当に感謝している!」

 

(うぉ……マジで真っ直ぐな人だねぇ、コイツ。ちよっと眩しく映るわ)

 

 あの現代において、こうも眩しく真っ直ぐな人間は、もはや存在しないと言ってもいい。世界はそれだけ荒廃し、それに伴って人類もまた精神的に摩耗を続けた。

 だからこそ、こういった人間の強さに対して、侍Destr!とアインズは弱かった。

 自分とは違う意志の強さ。

 そこに対する、ちょっとした憧れを。

 

「それに重ねて申し上げるのだが、どうかこの村をもう一度守ってはくれないか。今は何も差し上げられるものが無いが、このガゼフ・ストロノーフの名に誓い、望むものを渡すと約束しよう。だから、どうか」

「別にそこまでしなくてもいいって。それくらいの事はやってやるさ。な、アっさん?」

「……えぇ。この村と住人達は、必ず我々が守りましょう。アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」

「お、何それカッコイイじゃん。じゃあ俺も《死線踏破》の名にかけて」

「ありがたい。ならば、もう後顧の憂い無し。私は前のみを見て進ませて頂こう」

「あ、ちょい待ち」

 

 命を捨て去る覚悟を決めたガゼフに、侍Destr!は待ったを掛け、懐から一振の短刀を取り出した。

 

「ほい、これ。お守り代わりに持って行きな」

「これは……」

 

 手にした瞬間、その短刀の出来がどれ程素晴らしいものかを、ガゼフは戦士故に理解した。

 もはや恐ろしいとすら思える程に、完成された一振り。王国の名のある鍛冶師、ドワーフのルーン工廠の鍛冶師ですら、きっとこの一振りには届かないだろう。

 なんと重たい贈り物だろうか。ガゼフはそれをぐっと握り締めた。

 

「……素晴らしい品だ。死地に向かう私に渡していいのか?」

「死地に向かうからこそ贈るんだよ。俺は死地に赴く戦士全てに敬意と羨望を抱く。そこで果てようが、そこから生き抜こうが、俺は両方に賞賛を送ろう。死ねば戦の本望、生きれば力の糧だ。死地を乗り越えた先にこそ、戦士の頂が待ってんだよ」

「―――」

 

 …目に見えぬ狂気(戦意)が、ぞくりとガゼフの内にある()()()を奮い立たせる。

 今、自分はどんな顔をしている? 神妙な面持ちか? それとも、この狂気に対する疑念に満ちた顔か? それとも―――

 

「だから幸運を。ガゼフ・ストロノーフ戦士長。その命尽き果てる最期まで、ひたすら進み続けろよ。世界最強の傭兵様からのありがたーいお言葉だぜ?」

 

 自分よりも遥か高みに立つ男からの激励への、歓喜か。

 

「……では、私からもこれを。サム殿のものに比べれば、見劣りしてしまいますがね」

「そんな事はない。貴殿からの贈り物だ、ありがたく受け取ろう。……では、さらばだ、ゴウン殿、サム殿」

 

 ガゼフが部下達を率いて、夕日に照らされた村を背景に馬を走らせる様を、侍Destr!達は最後まで見送った。

 

「宜しかったのですか、主様?」

「ん? あぁ、ガゼフのおっさんの事?」

 

 ガゼフ達が村を立ってから間もなく、セツナはふとそう零した。

 正直に言えば、侍Destr!―――自分の主人は受けると思っていた。依頼相手は王国戦士長だ、この依頼を受ければ彼にコネを作る事が出来る。《死線踏破》を組織として活動させるのならば、現状これ以上のコネは存在し得ないだろう。

 にも関わらず―――彼は、依頼を断った。

 

『俺もです。サムさんなら、即答で受けるものと思ってました』

『まぁ、組織としてはかなり有益な依頼ではあったわな。ギルド長としては組織の為に依頼を受けるべきだった。けど―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう。結局のところ、突き詰めれば其処に辿り着く。

 つまらない。ただそれだけ。あまりにも簡単な依頼過ぎて、動く気になんて早々なれない。寧ろ面倒とすら思えていたくらいだ。

 

「ごめんなー、セッちゃん。今回ばかりは俺の都合優先させてもらうね。やっぱつまらない依頼ってのはどうしてもさ」

「そんな、主様が謝罪する必要などございません! 主様の真意を察せられなかった、私の失態です!」

「失態とか大袈裟よー、セッちゃん。そんな自虐しないの。マジでつまらない依頼は受けたくないってだけだったんだよ、俺は」

 

 つまらない戦いなんて、それ以上も以下も無い。侍Destr!、ひいては《死線踏破》とは、傭兵としては非常に難儀な者達なのだ。

 例えどれだけ強かろうが、仕事に私情を挟み込む様な傭兵をプロとは言えないだろう。

 だが、

 

『……()()()()()()()()()()()

『―――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――それが計画の内であるのならば、例外である。

 

「おーい白鳥野郎ー、しっかり()()()()ー?」

『当たり前だろ。一部始終ぜーんぶ記録中だ、ばぁか』

 

 軽い罵倒を交わしながら、再び天使が返事を返した。

 無制限の観測距離と自在な視点変更を可能とする、熾天使が保有するスキルでもかなり有用なスキル『代行の神眼(メタトロンサーチ)』によって、侍Destr!達がガゼフと会話している最中も、☆ミラクル☆は周囲の情報を監視し続けていた。

 魔法によるスキル探知、妨害にも左右される事はない―――なんせ、そのスキル探知妨害の魔法の範囲から大きく逸れた、遥か上空からの監視なのだから。

 

『ガゼフ一行とスレイン法国の連中は交戦を開始した。ユグドラシルの天使なのは確定だね。とは言え、今のところは第三位階の天使だけど……まぁ、それでもかなりの数だし、この世界のレベルを考えるとかなりの負け戦だな』

「やっぱ相対的にレベル低いのねー。で? ガゼフのおっさん達どうしてる?」

『真っ向勝負。凄いよ、このガゼフってやつ。大剣一つで全部切り払ってる。あと、なんか興味深い技使ってるな。なんかのスキルか?』

 

 軽く見積っても10か20程度のレベルなのによくやるよ―――☆ミラクル☆は、大剣一つで炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を薙ぎ払う英雄へと賞賛を送った。

 王国戦士長というだけあり、ガゼフの身体能力、剣技は目を見張るものがあった。まさに豪剣と呼ぶべき剣閃は一振りにして天使の身体に食い込み、傷口から鮮血の如くに魔力を吹き出させたのだ。

 

「くはっ! 良いねェ、やっぱ俺的好感度持ってるよガゼフのおっさん! あとちょっとでガゼっちって呼んでやれるぜ、頑張れよ!」

『うぉ、すご。一振りで6個も斬撃出てきた。あー、でもこれは食ら…わないんだ。なんか妙に速く動いたな。なんかのスキルか?』

「解説役、もうちょい具体的に頼むわ」

『いや、そのまんまだっつの。一振りで斬撃が6個、その直後に行われた天使の攻撃に即座に反応して回避、そのまま流れる様に攻撃。流石は王国戦士系様って感じだね。でも……』

 

 見事ではある―――だが、それだけだ。

 ガゼフは明らかに疲弊してしまっていた。法国側がそれを見逃す訳もなく、次々と天使を召喚し、それら全てをガゼフへと集中させ、攻撃に移っている。

 紅蓮の剣が鎧を、肉を斬り裂く。吹き出た鮮血が草原を彩り、夕日に照らされてより鮮やかに映されている。

 絶対絶命の瞬間は、思ったよりも早く訪れた。いや、この場合は、あの人数でよくここまで粘った―――そう賞賛すべきなのだろうか。

 どちらにせよ、ガゼフ・ストロノーフは死線を踏み越えられそうにはなかった。

 

『ヤバいね、動きがどんどん鈍くなってる。兵士の士気も落ちてきてるな…こりゃ、くたばるのに大した時間は掛からないぞ』

「死なねぇよ、バーカ。助けるっつったろ」

『それは分かって……ん? おぉ、マジか。立ち上がったよ。なんか衝撃波的な魔法食らったのに。結構速い…あ、一人殺った』

「おぉ、マジか! 良いねぇ、やっぱ気に入ったわガゼっち! こりゃ仲良くやれそうだ」

『そろそろギブだね。交代の時間だよ、二人共』

「よっしゃ来た!」

 

 戦意が溢れ、眼光が一気に鋭くなるに連れて口端が釣り上がる。

 結局のところ、相手に取って不足ばかりではあるが……それでも、少なくともあの兵士達よりは楽しめるだろう。

 数が多いのなら好都合。まだまだ試したい事は山程あるのだ、数は多いに越した事はない。それこそが望ましい。

 

「行こうぜ、モっさん。準備OK?」

「勿論―――では、行くとしよう」

 

 《アインズ・ウール・ゴウン》と《死線踏破》のギルド長による―――蹂躙だ。

 

 

 

 

 苛烈な戦闘―――というよりは、一方的な狩りと表現した方が正しい戦場には、つい先程まであった血腥い空気がまるで凍りついて砕けたかの様な静寂があった。

 夕日が落ち、徐々に徐々にと這い寄る様に伸びていく影に包まれながら、スレイン法国が誇る特殊部隊『六色聖典』が一つ『陽光聖典』の隊長―――ニグン・グリッド・ルーインは、ガゼフ・ストロノーフと入れ替わる様に現れた4人の存在に対して、えも言えぬ奇妙な感情を抱いた。

 

 ハーフアップの若干灰色がかった黒髪と銀色の瞳、桔梗色の羽織と黒色の袴に手甲、両手に握られた二振りの刀を下げ、狂気を宿した様に嗤う青年。

 その隣に侍る様に、灰の様な銀髪をローポニーテールで結び、ガーネットの様な真紅の眼を持った美人が立っている。彼女もまた剣士の装いで、その両手には二刀が下がっていた。

 

 青年の隣に並ぶ様に立つその大男は、如何にも魔法詠唱者(マジックキャスター)と言わんばからの装いだった。謎の仮面にガントレット、黒いコートに身を包んだ男の後ろに侍る様に、漆黒の全身鎧(フルプレート)に巨大な斧槍(ハルバード)を握る騎士が居た。

 

「勢揃いだなァ、オイ。出来ればもうちょっと数が欲しかった所なんだがなァ…」

 

 二刀を下げた青年―――侍Destr!が、裂けた様な笑みのままに一歩踏み出せば、まるで気圧された様にニグン達は無意識に一歩退いた。

 心臓の鼓動が加速している。足が小刻みに震えている。この身体の奥底にある本能が、大声で叫んでいる―――コイツは危険だと。

 

「おいおい退()がんなよ。こっちのテンションも下がっちまうだろうが―――なァッ!!!」

「ちょ、サムさ」

 

 制止の声など振り切って、侍Destr!は異常な程の前頭姿勢から、眼前の獲物を斬る為に疾駆を開始した。

 『魁・前走り』によって速力を得た肉体は、もはや英雄の域すらも超えていた。人間の動体視力では、到底捉え切る事の出来ない―――まさに神速と表現すべき領域だ。

 スレイン法国に二人しか存在しない切り札『神人』―――それをも遥かに超えた、もはや『神』そのものと表現する他にない神速が、陽光聖典との距離を一気に咬み殺す。

 

「ひっ―――」

「安心しろよ、お前らは後回しだ。まず先に実験済ませたいんでな。なぁに、そう焦んなって。天使で実験終わらせたら、しっかりお前らとも戦ってやるからよッ!」

 

 自らを守れと命令したのか、天使達は召喚者である魔法詠唱者の盾となる様に前進し、侍Destr!へと一斉に攻撃を行った。

 計40体という大群が、紅蓮の剣の全てをたかが一人の人間へと突き立てるべく腕を振り翳す。

 必死。そう言う他ない行動だった。40体にもなる天使達の攻撃を同時に受けるなど、人間には到底不可能であり、それは古今東西のあらゆる英雄ですら耐え切れぬものだった。

 ……その、筈だった。

 

「『天稟皆断』」

 

 一振りだった。

 上段に振り抜かれた二刀の剣閃が、縦一直線に刻み込まれる様が脳裏に焼き付けられたのと全く同時に、それを中心として斬撃が伝播する。

 頭から股下までを真っ二つに両断された天使達は、あまりにも呆気なくその身体を霧散させ、跡形もなく消え失せた。

 

「はっ??」

 

 ニグン達は呆気に取られ、情けない声を上げるばかりだった。

 何が起きた? 奴はいったい何をした? そんな事に思考を費やして、しかし結論が出ずにショートを続けている。

 瞬きをする一瞬すらも無く姿を消してから、体感に換算しても全く時間の経過を感じなかった刹那に起きた出来事は、あまりにも現実離れしていた。

 天使40体が、ものの数秒で全滅? それも、ただの剣技で?

 

 勿論、それは彼等から見たもの。それは武技でも剣技でもなく、侍Destr!が有する職業(クラス)の一つである《ケンセイ》の特殊技能(スキル)である。

 『天稟皆断』―――《ケンセイ》が有する広範囲攻撃スキルの一つであり、広範囲攻撃スキルの中でも最も範囲が大きいスキルだ。

 一直線に武器を振り下ろし、それを中心として周囲の敵へと斬撃を伝播させる高火力なスキルだが、発動前と後の両方においても隙が大きく、尚且つ再使用制限時間(リキャストタイム)が長い故に、連続での使用は不可能で、他のスキルとの繋ぎにもなり難いものだった。

 だが、それはあくまでも《ユグドラシル》―――つまりは、ゲームだからこその話ではないか? 侍Destr!はそう考え、実行に移した。

 

「―――うぉぉぉぉぉぉらァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 雄叫びは興奮と狂気に満ち溢れ、大気を揺るがすかの様に。

 ()()()()()()と定められた硬直は、しかし狂人の自我と膂力によって打ち破られ、前へ前へと大きく踏み出した。

 

「おっしゃ行けたァァァァ!!!!!! セッちゃん見てくれた!? 行けた行けた、『天稟皆断』の後にスキル無しで動き出せたわ!!!! 凄くね!? これマジ凄くね!?」

「はい! 流石です、主様!」

「うっしゃセッちゃんに褒められたぜよっしゃあァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」

『なんだこの緊張感の無さ……お前本当にやる気あるか???』

「ありまくりだっつーのバァカ! なぁ、アっさんも見てたよな!? マジ凄くね!? スキルの硬直とか普通に無視出来るぞこの世界!!!」

「スキルの内容にも変化が現れるのか……素晴らしい! いきなり飛び出したのは驚きましたが、凄い発見ですよサムさん!」

 

「あ―――あ、ありえ、ないっ。ありえない、ありえないありえないッッッ!!!!! あってたまるか、有り得て堪るものかッッッ!!!! 天使だぞ!? 神に仕える存在が、あんな一瞬で屠るなぞ…!?」

 

 楽しげな会話を切って捨てる様に、ニグンの絶叫が劈く。

 あの数の天使が一気に屠られたのだ。この世界の常識に囚われている彼等からすれば、それはあまりにも異常極まる光景であり、受け入れ難い現実だろう。

 だが、そんな事など知るかと吐き捨てる様に、

 

「うるせぇよ」

 

 侍Destr!はそう一蹴した。

 

「いちいち喚くなよ。大袈裟なんだよなぁ、お前ら揃いも揃って……」

「なん、だ……誰だ、何者なのだ、貴様らは!? いったい何処から来た!?」

「アー、そういや自己紹介してなかったか。どーも、スレイン法国の皆々様―――傭兵組織《死線踏破》の長、サムでーす」

「《死線踏破》の全権代理人にして主様の専属メイドを務めております、セツナと申します。以後お見知り置きを」

「これは遅れて失礼を。私はアインズ・・ウール・ゴウンと申します。親しみを込めてアインズとでも呼んで頂ければ幸いです―――とでも、友好的に進められたのなら良かったんだがな」

 

 再び、ゾクリと背筋が凍りつく。

 仮面越しに放たれる眼光が、狂気に満ちた笑みが、陽光聖典を覆い尽くし、加速した心の臓をさらに早めていく。

 

「貴様らは、私達が手ずから救った村の住民達を殺すと公言していたな。この私達が、自ら動いて救った村をだ。これが不快でなくて何だと言うのだ」

「俺としちゃ、ぶっちゃけそこはどうでもいいんだが……まぁ、そういう訳だ。取り敢えずお前ら全員、此処で鏖殺(みなごろ)しなんで、よろしく」

 

「っ!! ぷ! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! かかれ!」

 

 恐怖を振りほどく様に、ニグンは掠れた声で吠える。それに応える様に、後方でじっと不動を貫いていた一体の天使が動き出した。

  監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は全身を鎧で包んだ天使だ。片手には柄頭が大きいメイスを、もう片方には円状の盾を持っている。

 上位天使(アークエンジェル)よりも強い力を持ったその天使が不動であったのは、その名前―――『監視』という名前に、それ相応の意味があったからだ。

 その名が指し示す様に、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)には自らが監視している間、自軍構成員の防御力を若干ながら引き上げるという特殊能力があった。

 それは自らが動いてしまえば、効力を失うというデメリットがあった。だからこそ、この天使は動かないままにしていた方がより効果的だった。

 だが、それにも関わらずニグンは動かした。それは、今のこの状況を今すぐにでも変えたいと、何をしてでも止めたいという、藁にも縋る思いによるものだった。

 

「先程はサムさんに活躍されてしまったのでね……私も、良い所を見せなくては」

「おー良いねぇ良いねぇ! 派手にやっちまえよアっさん!」

「勿論ですとも」

 

 ゴッ! と、振り抜かれたメイスを片手で受け止め、平然とした態度のままにアインズは答えた。

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗っている以上、大した活躍が出来ませんでした等という失態を晒す事など出来る訳がない。

 自分達に立ち向かうというそれが、あまりにも愚かな行為であった事を知らしめ、絶望を与えてやってこそ、魔王に相応しい。

 

「では反撃といこうか―――《獄炎(ヘルフレイム)》」

 

 アインズの伸ばした右手の指先から、まるで零れ落ちる様に放たれた小さな黒い炎。

 微かに揺らめき、フッと息を吹き掛けてしまえば直ぐにでも消えてしまいそうなそれは、光り輝く天使からしてみれば、失笑を禁じ得ない程の小さなものだった。

 

 だが―――ゴウッ、と。

 光り輝く権天使の肉体は、その小さな炎によって包み込まれ、悶え苦しむ様な仕草のままに尽くを燃やし尽くされ、灰にもならず消滅した。

 まるでこの世界をまるごと燃やし尽くさんとする勢いの炎は、まさに地獄から生じた死の炎と言うに他ならない。遠く離れたニグン達にすらその熱量は伝わり、目を開けてはいられない程だった。

 天使の消滅に伴い、地獄の炎もまたその姿を消し―――後に残るのは、何も無かった。

 

「おー、流石は第十位階魔法。やっぱ一撃か。これバフ無しだろ? 魔法最強化(マキシマイズマジック)したらどうなんだよコレ」

「少なとも智天使くらいはやれるんじゃないですかね? 流石に熾天使となると厳しいでしょうね。《現断(リアリティスラッシュ)》でも行けるかどうか……」

「ヲッさんは確かやってたと思うけどなぁ。あ、違うわ。ヲっさん《ワールド・ディザスター》だから常に魔法威力上昇してんのか」

「えっ、あ、そっか。ヲズワルドさんは《死線踏破》でしたね」

「そうよー? てか知ってんのね、ヲッさん。そういやウルベルト(ラムちん)と仲良かっ」

 

「あ、ありえるかぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

「だからうるせぇって言ってんだろうがよォ!? いちいち叫ぶな鬱陶しい!!!!!!」

 

 ニグンの怒鳴り声を、侍Destr!はそれ以上の怒号で掻き消す。

 だが、ニグンはそれに全く意に返さない。いや、そんな怒号すら、今の彼には届かなかったのだ。それ程までに、衝撃的だったのだ。

 寧ろ、己の怒号すらも自覚してはいなかった。彼はただ己が感情に従うままに、その言葉を発したというだけなのだから。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は高位の天使であり、その攻防能力は三:七に別れている。権天使の中では防御能力において最も優れている天使だ。

 それに加えて、ニグンには『召喚モンスターの強力化』という生まれながらの異能(タレント)が備わっていた。

 この世界の人間は、極希に職業(クラス)や種族のスキル(それ)とは全く異なる特殊能力を持って生まれる事があるという。その特殊能力を『生まれながらの異能(タレント)』と言い、ニグンのは自らが召喚したモンスターの能力を向上させるというものだった。

 

 ニグンの知る人間の中で、それをたった一つの魔法で倒せる者など存在しない。それは、彼ら『陽光聖典』にとっての上位にして法国最強の『漆黒聖典』ですら不可能だ。

 では、それが何を意味するのか―――つまりは、このアインズ・ウール・ゴウンという人間は、もはや人類という領域から逸脱した力を有する存在だという事だ。

 

「あ、ありえない! ふざけるな、こんな馬鹿げた事が有り得てなるものか! 40体もの天使を一掃し、さらには権天使をたった一つの魔法で消し去るだとっ!? お前達は何者だ!? そんな事が出来る奴が無名である筈がない! お前達の本当の名はなんだ!?」

 

 ただただ、信じたくない。認めたくない。そんな感情ばかりが、ニグンの心を支配していた。

 日が沈み、さらに闇が伸びていくその光景は、まさに今の彼等の心を表しているかの様だった。今こうしている間にも、自分達には絶対的な死が近付いているのだと、本能が悲鳴をあげていた。

 

「本当もクソもあるかよ。なぁ、アっさん?」

「ふっ……あぁ、全くその通りだ。偽りだと何故思う? それは貴様らが無知であるだけだとは思わないのか?」

 

「私はアインズ・ウール・ゴウンであり」

「俺はサムだ。偽名じゃねぇよ、バーカ」

 

 片や大切なギルドの名を。

 片や大切な友からの名を。

 それが偽名である? 断じてそんな事はない。今この瞬間、今この時より、この世界において彼等の名はそれによって定義される。

 アインズ・ウール・ゴウンとサム。そこには一切の偽りなどはなく、彼等の答えには自慢と喜悦のみがあり、そしてニグンにはそれを理解する余裕などありはしなかった。




・最大殿
通称は『バカ殿』。異名は『不死将軍』。作製NPCは『弐葉屋作刀斎(ふたばやさっとうさい)』。
《死線踏破》の初期メンの一人にして、《死線踏破:前衛本拠基地》の名付け親兼コーディネイター。アスク・エンブラの内装、各NPC達のイラスト・デザインは全て彼が創ったもの。
《死線踏破》の中でもかなりの良識派で、戦闘意欲も薄めな前衛タンクにして武器作成の達人。侍Destr!を除いた《死線踏破》のメンバーの主要武器や防具は、その殆どが彼の作品である。
しかし《死線踏破》の初期メンという事もあってやはり彼も十分にイカれており、他に比べると薄いというだけで彼も戦闘狂である。純粋なHPの多さで言えば《死線踏破》随一で、その上、ぺっぷんと同じく《ワールド・ガーディアン》を習得している為、防御力も非常に高い。
圧倒的な防御力によるダメージ軽減と莫大なHPにより、☆ミラクル☆のバフが合わされば単独でレイドボスの攻撃全てを受け切る事を可能としており、これが『アスク・エンブラ』攻略の要となった。

実は、ユグドラシルがサービス終了するその直前にログインしており、彼も異世界に転移()()
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