「うん、見えてたよ」
そう返すと、
マンハッタンカフェは驚いたように目を泳がせた。
夜のライトに照らされて、彼女の動揺が淡く浮かび上がる。
「最近、僕の周りにいたからね」
その一言に、カフェの耳がピクリと動く。
まるで“図星”を突かれた子供のように。
「こ、怖く……なかったのですか?」
おずおずとした声。
おそらく、今まで誰に言っても否定されたのだろう。
“視える”という事実を、素直に受け止めてくれる者など――
この学園にはほとんどいない。
「うん。昔から、こういう子は見えてたから」
そう言うと、
彼女の黄色い瞳がまっすぐこちらを見つめてきた。
夜気の中でゆらゆら揺れるその瞳は、驚きと安堵の色が混ざっている。
耳は、興味深そうに小刻みに動いている。
まるで、“もっと話してほしい”とでも言っているかのように。
「……あなたも、“視えている人”なんですね」
その言葉は、震えてはいるのに、
どこか嬉しさを必死に隠しているようにも聞こえた。
「そうだね。
世界が少しだけ、普通と違って見えるタイプなんだと思う」
カフェは数秒だけ黙り、
それからゆっくりと頷いた。
「……なんだか、安心しました」
「安心?」
「はい。だって……初めてです。私のお友達を……“怖がらない人”は」
ターフの隅で、ふわりと影が揺れた。
風のない夜なのに、あの影だけは自由に揺れる。
その揺れ方は――
まるで“嬉しそうに跳ねている”ようだった。
カフェもそれを感じたのか、
ほんの少しだけ、微笑んだように見えた。
「……お友達、今日はあなたに……用があったみたいです」
「用が?」
「はい。“この人と話したほうがいい”……って」
胸の奥で、また直感が小さく震えた。
(……やっぱり、この娘だ)
彼女の影も、
彼女自身も、
僕を――どこかへ導こうとしている。
夜のターフは深い静けさに包まれ、
二人とひとつの“影”だけが、その場に残されていた。
ターフへ降りる階段に、二人並んで腰を下ろした。
夜の風が冷たく、しかしどこか心地よい。
マンハッタンカフェは、さっきからちらりとこちらを伺っている。
前髪の影から覗く黄色い瞳は興味深そうに揺れ、
ウマ耳は横を向いて、小さな音も逃さないように動いていた。
「君が夜走るのは、その子がよく見えるから?」
問いかけると、カフェはこくりと頷く。
「はい。夜のほうが……お友達が、よく視えるので」
「そっか」
返すと、カフェの瞳がまたこちらに向く。
その表情は、どこかほっとした色があった。
そして、もうひとつ気になることが。
さっきから彼女の鼻が、小さくスンスンと動いている。
「……何か匂う?」
カフェは一瞬肩を震わせ、視線を伏せた。
ライトに照らされた頬が、ほんのりと赤い。
「あ、いえ……コーヒーの香りがしたので……」
(……カフェテリアにいたからか)
僕の衣服に残った香りだろう。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
「コーヒー、好きなの?」
カフェの耳がぴょこんと跳ねる。
「……はい。香りが、落ち着くので……」
風に消えそうな声なのに、
確かに“嬉しさ”が含まれていた。
影が、二人の足元でふわりと揺れる。
まるで、会話を聞いて喜んでいるかのようだった。
「じゃあ……明日、コーヒー淹れるよ。よければ飲みに来る?」
カフェの目が驚きで少し大きくなる。
「……はい。飲みたい……です」
耳がまた小さく、嬉しそうに動いた。
そのとき、背後で空気が揺れた。
影が僕らの後ろにすっと立つ。
言葉ではない。
でも確かに聞こえた気がした。
――彼女を、よろしくね。
僕はそっと振り返り、
再びカフェを見る。
「……あなただったのでしょうか」
カフェは影を見つめ、
それから僕へと視線を戻した。
「お友達が言っていたんです。“共に進める人がいる”って。今日、その人に……ようやく会えるかもしれないと」
胸の奥に、深く染み込むように響いた。
(……今まで担当が決まらなかったのは、この娘に出会うためだったのかもしれない)
「どう、だろうね?」
そう返すと、影がふわりと揺れた。
“それでいいよ”とでも言うように。
僕は息を整え、静かに言った。
「ねえ……もし君がよければ、僕の担当にならないかい?」
マンハッタンカフェは驚いたように目を開き、
胸の前で手をぎゅっと握る。
そして――
「はい」
考える素振りもなく、即答した。
その声は、夜の静けさを震わせるほど真っ直ぐだった。
「……よかった。じゃあ明日、僕のトレーナー室に来て契約書を」
「はい……伺います」
そして、もうひとつ。
「コーヒーを一杯淹れるよ」
カフェの耳がぴくりと跳ね、
前髪の隙間から見える瞳が柔らかく揺れた。
「……楽しみにしています」
夜のターフで、
確かに距離がひとつ縮まった。