特殊能力”超分析”で客寄せパンダの女子投手を救ってみた   作:うぱるぱん

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投稿が大幅に遅れてしまい大変申し訳ございません。以後このようなことがないよう気を付けます。


第三話 魔球

 

 一回表をなんとか三者凡退で終え、ベンチへ歩いて戻る。

 腰を下ろしてドリンクを一口含むと、冷たさが喉をすべっていき、弾んでいた呼吸が少し落ち着く。

 

 そこへ、キャッチャーマスクを外した駒形くんがこちらへ歩いてきて声をかけてきた。

 

「綾瀬さんナイスピー!」

「うん、ありがとう! ほんと、駒形くんのリードのおかげだよ……でも、三球連続で同じサインはさすがにびっくりしたなー。正直、首振ろうか迷ったもん」

「ごめんごめん、いきなりだったしね。でも、綾瀬さんが何回首振ってたとしても、全部無視して同じサイン出し続ける気だったから大丈夫だよ」

「それ、さらっとだいぶ酷いこと言ってない?」

「うそうそ、冗談」

 

 いたずらな笑みを浮かべながら、顔の前で手をひらひらと振る駒形くん。

 なにそれ、と半分呆れつつも、思わず頬がゆるんでしまう——そんな気持ちが胸に広がる。

 

 駒形くんはタオルで顔の汗を拭うと、人が一人座れるくらいのスペースを空けて私の隣に腰を下ろした。そして、自慢げな眼差しをこちらへと向ける。

 

「まあでも、これで分かったでしょ? 綾瀬さんのストレートはすごいんだって」

 

 まるで『ほら、俺の言ったとおりだったでしょ?』とでも言いたげな口ぶりだった。

 その瞬間、私は駒形くんの意図を少しだけ掴めた気がした。ずっと同じコースにストレートを要求し続けていた理由の一つは――“私に自信を持たせるため”。

 

「……うん。ほんの少しだけど、駒形くんのおかげで自信持てた気がする」 

 

 私の素直な気持ちをそのまま伝える。まだ、色々と不安はある。私なんかという気持ちだって私の中から消えたわけじゃない。それでも、ほんの少しだけ、ずっと忘れていた感情を思い出せたような気がしていた。

 

 そんな私の言葉に対して、駒形くんは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「そっか、ならよかった」

 

 短く返されたその声が、私の中で優しく響いた。

 私は思わず、駒形くんの顔を見つめる。

 最初は少し怖い人なのかと思ってたけど、実際にはよく笑う人だったし、こんな私にも優しく寄り添ってくれる。それに、私が卑屈なことを言ってしまった時も、ちゃんと正面から受け止めた上で自信を持っていいんだと伝えてくれた。

 

 ——駒形くんって、なんかかっこいいな。

 

 けれど、その次の瞬間――駒形くんはその表情を再び悪戯っぽく変えた。

 

「……でも、俺の予定だと、今頃の綾瀬さんはベンチで足組んでふんぞり返りながら、『私以外のピッチャーのストレートなんて、実質全部チェンジアップだから!』って言ってるはずだったんだけどな」

「駒形くんの中の私、自信持つどころか慢心しちゃってるじゃん」

「とりあえず今から足だけでも組んでみない? めっちゃ偉そうな感じで」

「なんで?」

 

***

 

 時間は少し遡り、視点は三塁側の広島ホワイトキャッツベンチへと移る。

 

 一打席目を三球三振で終えてしまった福田は、その端正な顔にいつになく険しい影を落としていた。その手にはタブレットが握られており、一打席目のリプレイ映像を食い入るように追っている。

 

 彼は普段、感情をほとんど表に出さない。しかしこの時ばかりは、表情や背中から隠し切れない悔しさが滲み出ていた。

 その静かな圧に、周囲のチームメイトたちは言葉をかけることをためらう。誰もが、そっとしておくのが最善だと察していた。

 

 ――ただ、一人を除いて。

 

「おい、福田! なーにやっちゃってんのよ!!」

「ッ!?」 

 

 福田の肩を、逞しい手が無遠慮に叩く。

 鬱陶しそうに背後を振り返った福田の目に、短く逆立った赤髪と、意地の悪い笑みを浮かべた顔が映る。

 

 男の名は五十嵐。年齢は福田よりも二つ年上の二十八歳。

 一軍経験も比較的豊富な彼は、ホワイトキャッツ二軍のボスのような存在だった。

 その性格を一言で表すなら、典型的な“お山の大将”気質。後輩を自分の勢力圏に取り込みたがり、懐いた者には面倒見よく世話を焼く一方、自分に靡かない者には、事あるごとに絡んでは嫌味を言うという悪癖があった。

 

 寡黙でマイペースな福田は、その後者に含まれる。

 それどころか、自分のアドバイスをほとんど聞き入れず、夜遊びの誘いも断って足早に帰宅してしまうこの”生意気な後輩”に対して、五十嵐は特に執拗に絡んでいた。

 

 特に何も言い返すことなく再びタブレットへと視線を落とそうとした福田に対して、五十嵐は一方的に言葉を続ける。

 

「さっきの三球、全部まっすぐだったろ。それなのにかーんたんにやられちまってよお。昨日何杯飲んだんだーおい!!」

「……ッ!?」

 

 不意に五十嵐の手が背中を叩いた。

 その一撃は思いのほか強く、福田は縮こめていた背筋を無理やり伸ばされるようにして、思わず顔を歪めた。

 

 それでも、福田は何も言い返さない。それがたとえどんな内容であったとしても、五十嵐相手に何か反応を返すこと自体が、その絡みを長引かせるだけの悪手になるということを、彼はよく知っていた。

 福田は画面の左端をタップし、動画を十秒巻き戻す。この時には、目の前の映像に注いでいた集中力のほとんどが削がれていた。しかしその中でも、なんとか先ほどの打席を冷静に検証しようと、無理やり意識を結び直す。

 

 だが、それを遮るように、いつの間にか背後のベンチに腰を下ろしていた五十嵐が、福田の耳元へと顔を寄せる。

 

「しかもよ、相手はあの”玲奈ちゃん”だぜ? 見た目と人気だけが取り柄のバッピも打てねえようじゃ、お前”も”今年でクビだろうな。てめぇら兄弟揃って才能ってもんがねぇんだよ、才能ってもんが」

 

 福田には一つ年下の弟がいる。彼の弟もクローレイブンズに所属するプロ選手だったが、昨年オフに戦力外通告を受け、野球を引退していた。

 

 自分に向けられた言葉なら、どれだけ理不尽なものでも耐えられる。どれだけ侮辱されようとも、それを聞き流すだけの胆力を福田は持っていた。

 

 だが、弟だけは別だった。

 弟の努力も挫折も、誰より近くで見てきた。だからこそ、それを踏みにじるような言葉を目の前で吐かれれば堪えようがなかった。

 

「……そこまで言うんですから、五十嵐さんは当然、打てるんですよね?」

 

 普段ではまず聞かない、鋭く刺すような声音だった。

 

「……あ?」

  

 五十嵐は、一瞬呆気にとられたように目を瞬かせる。

 低く威圧するように聞き返した五十嵐に対して、福田は小さく息を吐き、それから煽るような口調で言葉を続けた。

 

「聞こえなかったんですか? 『やいのやいの喚くのは結構ですけど、そういう自分はちゃんと打てるんですよね?』って言ったんですけど」

「……ハッ、珍しく口開けたと思ったらぬけぬけとアホ抜かしやがる。あんな雑魚、打てるに決まってんだろうが!」

 

 売り言葉に買い言葉。五十嵐の声音が一段と荒くなる。

 しかし福田は、どこ吹く風といった調子で、あくまで淡々と言葉を続ける。

 

「……一応忠告しときますけど、今日の綾瀬をこれまでと同じピッチャーだと思わない方がいいです。あまり舐めてかかると、痛い目見ますよ」

「なんだそりゃ。てめぇが打てなかったらって言い訳か? つくづく情けねえやつだなーてめぇはよお!」

 

 五十嵐が鼻で笑い飛ばすと、福田は小さく首を振り、半ば諦めたような表情で口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「まあ俺の言葉をどう受け取ろうが勝手ですけど……五十嵐さんの方こそ、後になって『こんなのはまぐれだ』とか、そういうみっともない言い訳はしないよう気をつけてくださいね」

 

 二人のあいだに、一触即発の張り詰めた空気が走る。

 その異様な雰囲気に気づいた周囲の選手たちが、そっと視線を向けて様子をうかがっていた。

 

「おい五十嵐、福田! おめぇらなにしてんだ、はよ守備に行かんか!」

 

 そんな張り詰めた空気を断ち切ったのは、ベンチの反対側に座っていた監督の怒鳴り声だった。もっとも監督自身は二人が言い合っていることに気づいていたわけではなく、単にチームの攻撃が終わったというのにいつまでもベンチから動こうとしない二人に対して、声を荒げただけだった。 

 

「はい、すみません」

「はーい、さーせんさーせん」

 

 福田は急いで、五十嵐は気だるそうにグラブを手に取る。

 互いに一瞬だけ鋭い視線を交わすが、言葉は特に発せられないまま、先に視線を逸らした福田の方がさっさとベンチを出て行ってしまった。

 

 

***

 

「五番サード、五十嵐。背番号52」

 

 ウグイス嬢の場内アナウンスと共に、バットの重りを外した五十嵐が右打席に入る。

 マウンドに立つのは、”玲奈ちゃん”の愛称で親しまれる銀髪の少女。

 

 身長は五十嵐が190センチを超えるのに対し、綾瀬は150センチ弱。さらに、筋骨隆々な五十嵐と引き締まった体つきの綾瀬という体格の対比も加わり、まるでプロレスラーとアイドルが対戦しているかのような異様な光景が広がっていた。

 

 五十嵐はこれまでにも彼女と十数度対戦した経験があったが、その通算打率は五割を超えている。言ってしまえば、五十嵐にとっての綾瀬は格好の“カモ”だった。

 

(あの野郎、なにが『舐めてると痛い目見ますよ』だ。こんな雑魚さっさと片づけて、二度と生意気な口が聞けないようにしてやる)

 

 心の中で、生意気な後輩に対する苛立ちを噛み締めながら、五十嵐はバットを握る手に力を込めた。

 

 サインにうなずいた綾瀬は、両腕を高く振りかぶりワインドアップの構えに入る。

 このモーションには、体を大きく見せてバッターに威圧感を与える効果があるとされる。しかし、元々小柄な綾瀬を前に、五十嵐は(チビがやっても、全然恰好つかねぇな)と心の中で密かに毒づく。

 

 全体的にゆったりと溜めを作る綾瀬。しかし、軸足で地面を蹴った瞬間、その動きが一気に加速する。素早い並進運動の推進力を活かし、スリークォーターの角度で腕を振りぬく。

 

 低いリリースポイントから放たれたのは、130㎞後半のストレート。

 インハイのコースに迫ってくるボールを見て、五十嵐は思う。

 

(……なんだよ、やっぱクソヘボじゃねえか)

 

 スピードもキレも感じない、全てにおいて並以下の球。どう見ても警戒すべき点が見当たらない、長打を打ってくださいと言わんばかりのチャンスボールだった。

 

 ――引っ張りこんで、レフトスタンドにかち込む。

 

 そんなイメージを頭に浮かべた五十嵐は、少し早めに始動する。

 上げていた左足で力強く地面を蹴り、角度のある豪快なアッパースイングを繰り出す。

 

(もらった!)

 

 五十嵐は長打を確信する。

 狙いすました一撃が、威力のない棒球を完膚なきまでに粉砕した――はずだった。

 

 空を切る手応えが五十嵐の体に伝わり、ミットにボールが収まる音が響く。

 

 空振り。

 予想外の結果に五十嵐の目が見開かれる。

 

(……なッ!?)

 

 間違いなく捉えたはずだった。

 その確信があったからこそ、五十嵐は動揺する。

 

 頭の中で何度も映像を巻き戻すようにボールの軌道を思い返す。スピードも変化も、全て予想の範囲内だったはずだ――それなのに、バットには全く当たらなかった。

 

 考えた末、五十嵐は一つの結論にたどり着く。

 あれはチャンスボール過ぎたのだ。簡単に見えたことで、逆に力が入ってしまったのだ。と五十嵐は自分を納得させた。

 

 少し落ち着きを取り戻した五十嵐が、再びバットを高く構える。

 

(たかだか一球仕留めそこなったくらいで慌てるこたあねぇ。球自体は大したことねぇんだ、チャンスならいくらでもある)

 

 五十嵐は自分にそう言い聞かせながら、次のボールを待った。

 

 やがて、ワインドアップモーションに入った綾瀬が、再び白球を放つ。

 コース、球速ともに先ほどのボールとよく似た高めのストレート。

 

(舐めやがって!)

 

 再びのチャンスボールに、五十嵐は若干の苛立ちを覚えながらバットを振りぬく。

 一球目とは違い、体に力みはない。

 

 今度こそ、間違いなく捉えた。

 そう確信した五十嵐だったが――また、当たらない。

 

(うそ、だろ……)

 

 この時、五十嵐の脳内は軽いパニックを起こしていた。絶対に打てるはずのボールが打てない。それも、芯には当たらなかったという話ではなく、バットにかすりすらもしていないのだ。

 

(こんなショボいボール、この俺が打てないはずがねぇ、打てないはずがねぇんだ!)

 

 半ばやけくそのような心持ちで、五十嵐は再びバットを構えた。

 

 綾瀬が両腕を上げる。 

 投げ込まれたのは、またしても同じ、”高めのストレート”。

 

 五十嵐のバットが三度空を切った。

 

 ***

 

「……綾瀬さんのストレートには一つ、他のピッチャーには絶対に真似できない"絶対的な強み"がある」

「絶対的な……強み?」

「うん。だって綾瀬さんってさ――”信じられないくらい身長低い”じゃん」

 

 ……え、今、完全に褒められる流れじゃなかった? なんで急にディスられたの? 

 しかもよりによって身長って。そこ、私が一番気にしてるところなのに……。

 

「……それ、私のこと貶してない?」

「いや、めっちゃ褒めてるよ。だって、そこがかわい……じゃなくて、身長が低い分、リリースポイントも他のピッチャーより低くなるでしょ?

 しかも、綾瀬さんの場合はただ低いんじゃなくて、“信じられないくらい低い”から、バッターが想定できないレベルで”ボールが浮き上がる”んだよね。これは本当に、綾瀬さんにしかない天性の才能だと思う」

「褒めてくれてるのは分かったけど、その”信じられないくらい低い”って言い方はやめてほしいかな」

 

 というか、最初なんか言いかけてなかった?

 ……まぁそれはいいとして、低身長が武器になる……か。今まで考えたこともなかったな。

 

 身長の高いピッチャーは“投げ下ろす”角度があるから打ちづらい、という話はよく聞く。

 駒形くんが言いたいのはその逆で、身長が低いと今度は“投げ上げる”形になるから打ちづらい、ということなのだろう。

 初めて聞く考え方ではあったけれど、そう言われるとたしかに納得できるような気がした。

 

 それでも、完全に納得しきれたわけじゃない。『ストレート中心のピッチングに変える』と言われた瞬間からずっと、私の中で引っかかっていることがあった。

 

「駒形くんの言ってることは分かったんだけど……でも、そもそも私のストレートってかなり打たれてるんだよね。だから、本当にストレートを増やして抑えられるのかな、ってやっぱり不安で」

「うん、たしかに綾瀬さんのストレートの被打率はお世辞にも良いとは言えない。でも、それは投げてる高さが良くないからだと思ってる」

「高さ?」

「さっきさ、綾瀬さんのストレートの投球割合は15%って言ったけど、このうちの12%は”低め”のコースに投げてるんだよね」

 

 ――ストレートも変化球も、基本は低め。

 コーチもキャッチャーの先輩も、何度もそう教えてくれたし、私自身も低めが良いと思っていた。だから、駒形くんが出した数字は私の体感とも合っていた。

 でも、なんで低めだと”良くない”んだろう。そんな私の疑問に答えるように、駒形くんは説明を続ける。 

 

「いくらリリースポイントが低いとは言っても、低めに向かって投げる時はどうしても上から下に投げ下ろすような形になるから、浮き上がるような軌道にはならない。要するに、低めに投げちゃうと綾瀬さんの長所が活きてこないんだよね」

 

 

 

「だから、綾瀬さんがストレートを投げるべきコースは"高め"。

 このことさえ意識してれば、綾瀬さんのストレートは、タイミングが合ったとしても当たらない――正真正銘の”魔球”に化ける」

 

 




次回で第一章が完結予定です。
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