支配のデンジ 作:実験者
マキマは夜の街路を歩いていた。
赤みがかった髪が街灯の光に映え、シンプルな上着とズボンのポケットに通帳を入れている。
足音が静かに響き、周囲の建物が影を落とす。彼女は借金返済のためにデビルハンターの仕事に向かっていた。
道の脇で立ち止まり、通帳を開く。残りの借金は38040120円と表示されている。彼女は数字をじっと見つめ、心の中で思う。
(デビルハンターの仕事が一番儲かる)
近くの車には借金返済相手のオジサンがいる。中年の眼鏡をかけた男性だ。
彼はマキマを見て口を開く
「あんな奴にデビルハンターが務まるんですかね」
という言葉に続けて、ヤクザの長は言う。
「マキマの良いところは逆らわないところだ」
マキマは返事せず、通帳を閉じて歩き続ける。小さな部屋に戻り、テーブルに座る。ポチタが近くにいる。
小さな犬のような悪魔で、チェンソーの部分がある。マキマは食パンを取り出し、ポチタと分ける。パンをかじり、ポチタも食べる。
部屋は静かで、外の音が少し聞こえる。パンを食べながら、マキマは静かに言う。
「夢が叶うなら、男性に抱かれてみたかったな」
声は小さく、普通の生活を想像している。ポチタはそれを聞いて元気に鳴く。ワン。尻尾を振る。マキマの口元が少し緩む。
ヤクザから連絡が入る。黒いスーツの中年男性だ。デビルハンターの仕事で工場に来いと言う。
マキマはポチタを連れて街外れの工場へ向かう。夜の闇が深く、大きな建物が立つ。工場内でヤクザが待っている。機械が並び、暗い部屋だ。
ヤクザは笑いながら言う。
「俺たちヤクザもよ、お前みたいに悪魔と契約することにしたんだ」
マキマは警戒する。振り返ろうとした瞬間、背後からナイフが刺さる。胸に深く入り、血が出る。痛みで倒れる。ヤクザは興奮した様子で言う。
「俺たちが望むのは悪魔の力」
暗闇からゾンビの悪魔が現れる。腐った体で目が光る。
「僕が望むのはデビルハンターの死」
と言う。工場内にゾンビがたくさん溢れ出した。
うめき声を上げて歩く。床が血で汚れる。マキマは床に倒れ、心の中で思う。
(普通の生活を夢見たのに、それすら叶えられないの)
ゾンビが襲い、ヤクザが体を切る。バラバラになり、部品が工場に捨てられた。血が広がっていく。
ポチタはバラバラの体近くにいる。
よく分からない白い空間に、マキマとポチタがいた。
ポチタは言う。
「これは契約だ、私の心臓をマキマにやる。だからマキマの夢を私に見せてくれ」
捨てられた体が集まり、再生し、変質し、復活する。傷が治り、立つ。ゾンビは復活を察知し、襲ってくる。たくさん走ってくる。それを見ながらマキマは胸のスターターロープと、ポチタの言葉を思い返す。
「ありがとう、ポチタ」
胸の中央、ちょうど心臓の位置に埋め込まれたスターターロープを掴む。赤い紐は皮膚に食い込み、血の滴る肉の隙間から覗いている。
指が絡まり、息を吸い込むと同時に、ぐいっと引く。最初は小さな音だ。カチッ、という金属の噛み合う音。
次に、ブシュッと湿った噴射音が胸腔から響く。心臓が弾けるように膨張し、肋骨が内側から押し広げられる。皮膚が裂け、血と肉片が飛び散る。だがそれは痛みではなく、快楽に似た痺れだ。
ポチタの鼓動がマキマの鼓動と重なり、融合する。頭蓋骨が軋む。脳が溶けるような感覚。視界が歪み、耳の奥でチェンソーのエンジン音が始まる。
「私たちの邪魔をするなら、死んでくれる?」
と怒りを滲ませながら静かに叫ぶ。体が変化していく。
ブオオオオオン。低く、獣のような唸り。両腕が痙攣し、皮膚が剥がれ落ちる。代わりに現れるのは、鋸歯の刃。肘から先が巨大なチェンソーに変形し、回転を始める。
ガリガリガリ。骨が削れる音、肉が千切れる音。顔面が崩壊する。顎が外れ、頭部全体がチェンソーの刃に置き換わる。
額からチェンソーが突き出し、鼻と口は消滅。目だけが残り、狂気の光を宿す。
変身は一瞬で終わった。だがその過程は異様だ。人間の体が機械の悪魔に食い荒らされ、再構築される。
血と油が混ざり、エンジン音が絶叫に変わる。チェンソーマンは立つ。かつての少女の面影はどこにもない。
ただの殺戮の塊。
心臓のエンジンが唸りを上げ、獲物を求めていた。
「あなた達を倒せば借金はチャラです」
チェンソーマンは工場内の闇に蠢くゾンビの群れへ、エンジンの咆哮を撒き散らしながら突進する。
床のコンクリートが振動し、錆びた鉄骨が共鳴する。腕のチェンソーが高速回転を始め、ガリガリガリと空気を噛み千切る音が、腐った肉の臭いと混じり合う。
最初のゾンビの頭部に狙いを定める。腐敗した皮膚が剥がれ落ち、眼窩から蛆が這い出る顔面。チェンソーの刃が横薙ぎに振り下ろされ、頭蓋骨を紙のように裂く。
グチャリ、という湿った破壊音。脳漿が噴水のように噴き上がり、灰色の塊が壁に叩きつけられる。
首から下の胴体はまだ立ったまま、痙攣しながら二つに分離。内臓がドロリと零れ落ち、腸が床を這う蛇のようにうねる。
血は黒く粘つく。腐敗の酸っぱい臭気が爆発し、周囲の空気を毒する。だがゾンビは倒れても、次々が湧き出る。
無限の再生。腐った肉の壁が迫る。チェンソーマンは跳躍する。頭部のチェンソーが前方に突き出し、回転刃が弧を描く。空中で三体のゾンビの首を同時に薙ぎ払う
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
頭部が弾け飛び、眼球が宙を舞う。肉片が雨のように降り注ぎ、チェンソーの刃に絡みつく。
噛み千切られた舌が床に落ち、ピクピクと痙攣。工場内の床は血と体液でぬるぬると滑り、足を取られそうになる。
油と腐敗液が混ざり、虹色の膜を張る。踏み込むたび、プチプチと肉の袋が潰れる感触。
ゾンビの群れの奥、工場の奥深くに悪魔の本体が潜む。巨大な肉塊。腫れ上がった体は工場の天井を突き破り、血管がパイプのように這い回る。
腕を伸ばす――いや、腕ではない。触手だ。腐敗した肉の鞭が無数に伸び、チェンソーマンを絡め取ろうとする。
空気が腐臭で震える。触手の一本が床を叩き、コンクリートが粉砕。破片が飛び、皮膚を削る。
チェンソーマンは身を捩って回避。触手の隙間を縫い、地面を蹴る。接近戦。腕のチェンソーが触手を迎え撃つ。
刃が肉に食い込み、ズブズブと沈む。腐敗した脂肪が噴射し、黄色い膿が飛び散る。触手が千切れ、断面から黒い血が噴き出す。だが切断された触手は床に落ちても蠢き、再生を始める。
肉芽が膨張し、新たな鞭が生えようとする。本体が悲鳴を上げる。いや、悲鳴ではない。
工場の鉄骨が軋むような、肉の裂けるような絶叫。声帯のない喉から絞り出される、粘液の泡立つ咆哮。チェンソーマンは連続攻撃を叩き込む。
胸部へ。巨大な肉の塊の中心、悪魔の核が脈打つ場所。チェンソーの刃が何度も突き刺さる。
グチャ、グチャ、グチャ。肉が抉られ、骨が砕け、内臓が引きずり出される。心臓のような器官が露出。まだ鼓動するそれを、頭部のチェンソーで真っ二つに裂く。
臓器が爆発し、血と胆汁がチェンソーマンの体を浴びせる。熱い。酸っぱい。腐敗の極み。本体が崩御する
巨大な肉塊が内側から崩壊。皮膚が溶け、骨が折れ、液体となって床に広がる。連鎖反応。
頭が転がり、腕が千切れ、胴体が折れ曲がる。工場全体が死体の山。血の海。肉片の山。
空気は重く、息をするたび腐敗の粒子が肺に絡みつく。静寂が訪れる。
エンジン音だけが残り、チェンソーマンの体を震わせる。
血と油に塗れた刃が、ゆっくりと回転を止める。工場は墓場と化した。
ゾンビの悪魔の残骸が、微かに痙攣した。
朝になり、工場の入り口からデンジが現れる。
金色の髪の若い男性で、公安のジャケットを着ている。死体だらけの周囲を見回し、マキマに言う。
「おめーがこれやったのか?」
マキマの変身が解除される。チェンソーが消え、普通の体に戻る。
「抱いて」
と呟き、倒れそうになる。デンジは荒っぽく抱きしめる。腕に力が入る。
彼言う。
「俺はよ、公安のデビルハンターなんだぜ。お前の選択肢は二つ、悪魔として俺に殺されるか、人として俺に飼われるかだ」
顔は荒っぽいが、目が鋭く格好良い。マキマはそれを見て心が動く。惚れる。デンジは続ける。
「飼われるなら餌はちゃんとあげるぜぇ〜? 」
マキマは抱かれたまま聞く。
「餌って、朝ごはんはどんなのですか?」
デンジは少し考える。顎に手を当てて、そうして言う。
「うーん、食パン、ジャムとバター、梅ジャム、オレンジジャムにぃ〜蜂蜜とシナモン塗った最強のパン!!」
と声を大きくする。マキマは薄く笑う。
「最高、ですね」
工場は血まみれで、死体がたくさん散らばる。ゾンビとヤクザの体が床に転がり、血の池ができている。
朝の光が工場に入る。しかしマキマにとっては人生の転換期だ。借金がなくなり、デンジと出会う。普通の生活に近づくかも知れない。
二人はそこで立っていた。
マキマはデンジの腕の中で体を預けていた。工場内の空気は重く、血と腐敗の臭いが強く鼻を突く。
床にはゾンビの残骸が散らばり、腕や足、頭が切断されたまま転がっている。ヤクザの死体も混じり、黒いスーツが血で染まり、顔が歪んでいる。
朝の薄い光が窓から入り、血の池を赤く反射させる。機械の影が壁に伸び、静かな工場が戦いの痕跡を残す。マキマの体は疲労で重く、服は血と泥で汚れていた。
彼女はこれまで生きてきて、臭いと言われ、汚い、邪魔だと言われ、否定され続けてきた。
借金のために逆らわず、デビルハンターとして戦うだけの存在だった。誰も優しくせず、ただ利用するだけ。
普通の生活を夢見たのに、いつも血と痛みばかり。だが今、デンジは荒っぽくても自分を抱きしめ、餌をやる約束をし、選択肢を与えた。
殺すか飼うか、という言葉だが、それは初めての優しさだ。心が温かくなる。胸の奥が熱い。
この感情が好きだ。
広がる安心感が体を包む。マキマはゆっくり顔を上げる。デンジの顔を間近で見つめる。
彼の髪は金色で、乱れているが、朝の光に輝く。目は鋭く、野性的だ。獣のような光が宿り、危険を感じさせる。顔立ちは荒っぽいが、整っている。鼻筋が通り、顎の線が鋭い。唇は少し厚く、笑うと牙のような印象を与える。
身なりは公安のジャケットを着て、ズボンは汚れているが、体にぴったりフィットし、筋肉のラインが見える。
肩幅が広く、腕の力が伝わる。抱きしめられる感触が強い。野性的な魅力が全身から溢れ、危ない男だと思う。殺人者かもしれない、公安のデビルハンターとして、悪魔だけではなくそれに与する人を殺す機会はあるだろう存在。
(格好良いな)
でも、それが惹きつける。
整った容姿が危険を強調し、心を掴む。マキマは目を離せない。この男に飼われるなら、怖いけど、興奮する。
血まみれの工場で、二人の息が混じった。
「貴方のお名前は?」
とマキマは静かに問いかける。声は弱いが、興味が強く込められている。デンジの目を見つめ、答えを待つ。
工場内の臭いがまだ残るが、デンジの体臭が少し混じる。汗と血の匂いだが、不快ではない。デンジはすぐに答える。
「デンジ」
短い言葉だが、力強い。野性的な声が響く。マキマは少し息を整え、続ける。
「好きなタイプはどんな人ですか?」
質問しながら、デンジの顔をさらに観察する。整った輪郭が光に浮かび、危なさが魅力になる。心臓の音が聞こえそう。デンジはマキマをじっと見つめる。血まみれの工場で、二人の距離はとても近い。
目が合う。彼は口を開く。にやり、と少年のような無邪気さを称えながら。
「マキマちゃんみてーなやつ」
「マキマちゃん?」
マキマの心の中で強く思う。
(私じゃん……!)
感情が一気に湧き上がる。胸が熱く、顔が少し赤くなる。薄い笑みが深くなり、目が潤む。
デンジの腕の中で、彼女はこれまでにない安心と興奮を感じる。野性的な魅力に引き込まれ、整った容姿に心を奪われる。
危ないけど、離れたくない。
人生の転換期がさらに深まる。借金がなくなり、この男と出会う。
普通の生活が、少しずつ近づくかも知れない。工場内の死体が周囲を囲むが、二人はただ見つめ合う。
朝の光が強くなり、影が薄れる。マキマの体がデンジに寄りかかり、未来を想像していた。