梅の視界が切り替わる。一面の花畑は消え、無事現世に来れたようだ。
(まずは悪魔を探そう)
どうやってデビルハンターになろうかと考えた結果、まずは悪魔を殺し、その手柄を認めさせ、デビルハンターとして雇わせようという結論に至った。
梅が普通の人間であれば、就職活動をすればよいのであろうが、梅には身分証も親族もない。正面突破では厳しいと考えた。
(しかし、どうやって悪魔を探そうか)
梅には索敵の能力はない。
辺りを見渡してみると、どうやらここは海辺の松原のようだ。
「ん?」
浜辺を見渡してみると、大柄な悪魔が一人のスーツを着た女性と戦っている姿が見える。そして、その傍ではこちらもスーツを着た男性が血を流して倒れていた。
戦闘場所から離れた浜辺では人間の死体と思しきものがいくつか散乱している。
なんという幸運。
現世に到着してすぐに悪魔を見つけることができ、更にはその近くには(おそらくだが)デビルハンターがいる。
すぐにでも手柄を立てることができ、かつそれを上司に報告してくれることだろう。
そのためにも、今悪魔と戦っている女性に死んでもらうわけにはいかない。
梅は全速力で駆け出した。
数秒ともせずに、梅は悪魔のもとへたどり着いた。
「えっ!?」
「ヴェア!?」
死闘を演じていた二人は、一瞬で現れた梅に驚き、動きを止める。
梅はフリーズしている悪魔を殴り殺そうとし―――それをやめる。
(殴って殺すと肉片が飛び散ってしまうな…肉片なんぞ浴びたくはないし、それはこの女性もそうだろう)
今の梅にとってこの女性に嫌われるわけにはいかない。
さらに言うと、自分の手柄をアピールするためには悪魔の死体はできるだけ綺麗な状態で、元の悪魔の姿が分かった方がよいと考えた。
なにかないかと梅は辺りを見渡し、地に伏せている男性の傍にある刀を発見した。
「すいません、お借りします。」
一応の断りを入れ、梅は刀を拾い上げる。刀身を鞘から抜き、悪魔の方に向きなおる。
悪魔も段々フリーズから解放されてきたようで、戦闘に割り込んできた梅に激昂する。
「ナンダテメェ!邪魔スンジャ―――」
言い終わるよりも早く、悪魔の体は2つに分かれた。
「ハ?」
状況を理解できていない間抜けな声で、悪魔はそうつぶやく。
2つに分かれた体が地面に落下していく中で、悪魔は自分が斬られたことを理解し、何も言えずに死んでいった。
(無事心臓を両断できたようだな)
適当に心臓がありそうな位置を斬りつけたが、どうやら場所はあっていたようだ。
梅は刀を鞘にしまい、未だフリーズしている女性に向き合って、優しく声をかける。
「大丈夫ですか?」
「え……あ……大丈夫…」
女性はなんとか言葉をひねり出す。
急に謎の女が現れ、一瞬のうちに苦戦していた悪魔を一刀両断したのだ。混乱して当然だろう。
女性のとりあえずの安否を確認した梅は、次に倒れ伏している男性の方にしゃがんで話しかける。
「大丈夫ですか?」
大丈夫ですかとは聞いたものの、とてもそうには思えない。梅に人間の医学の知識はほとんどないが、素人目に見ても出血がひどい。
「………あ…」
男性は消えゆくような小さな声で言葉を発する。
その言葉を聞き逃さないために、梅は耳を男性の口に近づける。
「あ……ありがとう……ござ……い…ます………先輩を……助けてく…れて」
「佐川くん……」
いつの間にか梅と一緒にしゃがみ込み、頭を耳に近づけていたその女性も泣きそうな声で言葉を紡ぐ。
どうやらこの男性は佐川という名で、この女性の後輩のようだ。
佐川と呼ばれた男性は女性の方に目を動かし、言葉を発する。
「今まで……本当に……ありがとう…ございました………」
「先輩の……お陰で…俺はここまで生き永らえることが……できたんです。」
「俺が弱かったせいで……迷惑ばっか…かけて……ごめんなさい。」
「そんなこと……ないよ…」
男性は少し微笑んで言葉を続ける。
「手を握って……くれませんか。」
「怖くて……今から……死ぬのが…」
「……」
差し出された男性の右手を女性は何も言わず、固く両手で握りしめた。
その光景を見た梅は自身の右手を伸ばし、男性の左頬に触れる。
男性は少し怪訝な顔をし、その後驚いたような顔をする。
「これは…」
「………私に触れた人は苦痛を感じなくなるんです。」
これは正確な表現ではない。梅の能力は触れた人の感じている苦痛を消すのではなく、その人の代わりに自分が苦痛を請け負う能力である。
だが、それをそのまま伝えるべきではないだろう。余計な罪悪感を抱かせるべきではない。
(……良い苦痛だ…)
頬に触れた腕から梅にもたらされる苦痛は実に甘美な味だった。
男性は自分は今から死ぬと言っているが、それは間違いないのであろう。男性の苦痛の味は死ぬ直前に特有のものだ。
死ぬ直前の悪魔の苦痛を何回も味わったことがあるが、人間のそれは初めて味わう。悪魔の苦痛よりも少し心地よいように感じる。
死とは苦痛からの解放であり、苦痛の悪魔である梅にとって最も忌むべきもの。
この男性は死ぬ確率が非常に高いことを理解しながらもデビルハンターになったのだろう。それは梅にはできないことだ。
梅が現世に来れたのは、超越者である自分が死ぬことはないと思っているからだ。
梅がチェンソーマンに会おうと思い、それを実行に移せているのは自分がチェンソーマンに殺されることはないと思っているからだ。
チェンソーマンに嫌われる覚悟はなんとかできたものの、チェンソーマンの為に死ぬ覚悟はできていないし、それはこれからも変わらないだろう。
だからこそ、梅は死者や、これから死のうとする者、死を覚悟する者には最大限の敬意を払う。
苦痛に快感を覚えるのは自分だけだと理解している。それならば、この男性は苦痛なく安らかに眠るべきだ。
「……ありがとう…ござい…ます」
男性は梅に感謝の言葉を述べてから、目をつぶる。
右手に女性の両手、左頬に梅の右手を感じながら、段々と男性の意識は深い闇の中に落ちていった。
頬に触れていた右手から送られてくる苦痛がピタリと止む。それが意味するところはこの男性の死だ。
「……お眠りになられたようです。」
それを聞いた女性は頷きながらも、なかなか右手から手を放そうとはしない。
その女性の様子を見た梅も、男性の頬から手を放そうとはしない。
2人は動くことなく、しばらくの間静寂が訪れた。
何十秒かその静寂は続いたが、やがて女性が男性の手を放し、静寂は終わりを告げた。
「……ありがとう。君のおかげで佐川くん、ぐっすり眠れてるみたい。」
「礼にはおよびません。」
梅も男性の左頬から手を放し、女性の方を見る。
女性はゆっくりと立ち上がり、梅もそれに続いて立ち上がった。
そこからも若干の静寂が訪れるが、女性は意を決したように、一転して明るい声で梅に話しかける。
「いやあ~~ありがとね、ホントに!君が来てくれなかったら私も死んでたよ。マジ助かった。」
無理矢理明るく振舞わなくてもいいのに、と梅は思うが、女性は言葉を続ける。
「私、公安でデビルハンターやってる姫野っていうの。」
「助けられた側がデビルハンター名乗るのは可笑しな話だけど……」
「君の名前を教えてよ!」
そう言って、女性―――姫野は右手を差し出し、握手を求めてくる。
当然梅も握手に応じ、考えてきた名前を披露する。
「梅です。
「梅ちゃんかあ。いい名前だね!」
「ありがとうございます。」
「ところで、梅はどうして裸なの?」
(馬鹿かな、私は……)
そういえばそうだった。人間世界では服を着ていない奴は異常者なんだった。
地獄で生きる悪魔たちにその発想はない。何千万年も地獄で過ごしてきた梅は、自分が裸であることに何の違和感も抱けなかった。
名前なんぞを呑気に考えるより前に、まず先に服を準備すべきだった。
恋は盲目というが、本当にそうかもしれない。
梅はなんとか都合の良いバックボーンを考えようと、頭を必死で動かす。
「……実は、先ほどあちらの松原の中で目が覚めて……目が覚めたときには裸だったんです。」
「ええ、マジで!?酒癖悪いとかのレベルじゃなくない?」
どうやら酔いつぶれて裸になったと思われたようだ。もしくは、嘘だと思ってはいるが、信じたふりをしてくれているだけかもしれない。
「とりあえず上はこれ着なよ。」
そう言って姫野は自身が着ていたジャケットを脱いで、梅に渡す。
「ありがとうございます。」
梅は礼を述べ、姫野のジャケットを受け取り、羽織る。
「下はどうしようかなあ。私のスラックスを貸すわけにもいかないし。」
そう言った姫野は自身の下半身を見た後、辺りを見渡し―――安らかに眠る佐川の下半身に目が行く。
「………佐川くんのスラックスでも履く?」
「……死者を辱めるような真似はできません。」
「全裸にコート羽織ってる変質者がまともなこと言わないでよ。」
「………」
正論がすぎる。梅は何も言えなくなってしまった。
「うーん、じゃあ近くのお店で下履けるもの買ってくるよ。梅ちゃんはここで待ってて。」
「よろしいのですか。ありがとうございます。」
願ってもない申し出をしてくれた姫野に、梅は深く頭を下げる。
「……とは言っても、買って来るまでの間下半身露出させとくのもあれだしなあ……」
「いえ、お気になさらないでください。」
「ダメだよ、梅ちゃんかわいいんだから。」
「……まあ、とりあえず私のパンツでも履いとく?」
「え?」
予想外の申し出に梅は驚く。
「流石に他人のパンツ履くのは嫌?」
「いえ、そういうわけではないのですが……姫野さんはよろしいのですか?」
「それについてはダイジョーブ!!私ノーパン結構好きだから!!」
「………」
右手でピースサインをつくりながら高らかに宣言する姫野。梅は、そんなことは聞いてないです、と言いたかったが、そこはぐっと抑えた。
パンツを脱いだ姫野は、スラックスを履きなおし、パンツを梅に手渡す。
「これを履いて私の温もりを感じてて!」
「あ……はい」
梅はそのパンツを受け取るが、ジャケットのときとは違い、若干の躊躇が感じられる。とはいえ何も履いていないよりは遥かにマシであるから、梅は大人しくそのパンツを履いた。
「うん!似合ってるよ!」
「……ありがとうございます。」
右手でグッドマークをつくりながら褒めてくれた姫野に、梅は一応礼を言う。
「私の方もスースーしてイイ感じ!!」
「そんなことは聞いてないです。」
梅は今度こそ言ってしまった。
「じゃあ、私買って来るから、ここで待っててね。」
「はい、よろしくお願いします。」
姫野はそう言って街の方へ走り出していった。
梅は姫野の背中を見送った後、浜辺に体育座りをして姫野の帰りを待つことにした。
人と悪魔の死体に挟まれながら……
これは姫野先輩キャラ崩壊しているんでしょうか。
割と言いそうだなと思って書いたのですが……