しばらく待っていると、梅に向かって姫野が走ってきた。予想よりかなり早い。
「梅ちゃーん!服持ってきたよー。」
息を切らして全速力で走って衣服を持ってきてくれた姫野に梅は好感を持つ。
「はいコレ!どうぞ!」
姫野から手渡されたのは姫野が来ている物と同じようなスーツの一式。まさかこれを買ってきたのだろうか。
「買って来るって言ったけどさ、車の中に着替え用のスーツ入れてたの忘れてて、それ持ってきたんだ。」
「なるほど、ありがとうございます。」
梅は姫野に礼を述べ、さっそく受け取った服を着始める。
姫野も自分が持ってきたパンツを履き始めた。
両者とも着替えが終わり、向かい合う。
「スタイルいいから似合うと思ってたけど、梅ちゃん想像以上にスーツ似合うね。」
「ありがとうございます。姫野さんもお似合いですよ。」
「うん、知ってる。」
両手を頬に当てながらかわい子ぶるようににこっと微笑み、姫野は梅を見つめる。
「まあ、梅ちゃんにはいろいろと聞きたいというか、聞かなきゃいけないことがあるんだけど……」
そう言った姫野は、目線を梅の方から死んだ悪魔の方に移す。
「ちょっとやらなきゃいけないことがあってね……少し待っててくれる?」
「何をするんですか?」
梅の質問に姫野は目線を梅に戻す。
「……一般の人にはあまり言うべきでないんだけど……まあ、いいか。梅ちゃんになら。助けてくれたし。」
「銃の悪魔の肉片を探すんだよ。」
「銃の悪魔?」
「え!?銃の悪魔知らないの?」
姫野はかなり驚いた様子で言う。
どうやら現世では銃の悪魔は相当有名らしい。また素性が怪しまれる要素が1つ増えてしまった。とはいえ、現世の常識の欠如は遅かれ早かれ表面化する問題ではあるので、しょうがないと割り切ることにする。
「すみません、無知なもので。教えてくださいませんか。」
「……梅ちゃんに聞きたいことが増えちゃったなあ。」
「まあいいや、銃の悪魔ってのはね、10年前に突然現れためちゃんこ強い悪魔なんだよ。」
「世界中で人を殺しまくって、日本でも何万人と死んだ。」
そう語る姫野の表情と声におちゃらけた様子は一切ない。更には、怒りの感情さえ感じとれた。
「銃の悪魔は人を殺しまくった後、さっぱり姿を消したんだけど、銃の悪魔が暴れる過程で銃の悪魔の肉片が世界中に散らばったんだ。」
「そして、その肉片を喰った悪魔は力を増しちゃう。」
「だからこの悪魔の体内にあるであろう銃の悪魔の肉片をこれから回収するんだ。他の悪魔に食べられないようにね。」
「……なるほど。」
銃の悪魔が相当強力な悪魔であることは分かったが、梅からすれば有象無象の悪魔の一体であることには変わりはない。だが、今得た情報は現世の一般常識として頭のメモリに入れておかねばならないだろう。
「どうやってこの巨体の中から肉片を探し出すのですか?肉片とは簡単に見つけられるほど大きいものなのですか?」
「それはこれを使う。」
そう言った姫野はジャケットの内ポケットから袋を取り出す。その袋の中には何か小さな金属のようなものが入っていた。
「これは銃の悪魔の肉片。肉片どうしは互いに引き付けあう性質があるんだ。」
「だからこれを探知機として使う。」
そう言って姫野は衣服と一緒に車から持ってきたのであろう鉈を右手に持ちながら、悪魔の死体の方へ向かっていく。
「………できるだけ丁重に扱っていただけると幸いです。」
梅の言葉に姫野の足が止まり、目線を再び梅に移す。
「え?何を?肉片を?」
「いえ、その悪魔の死体をです。」
「……なんで?」
「………私は死者に対しては敬意を払うべきだと思っています。例えそれが悪魔でも…」
「だからできるだけ丁重に扱ってほしいんです。」
「………ホントに……ホントに梅ちゃんって変わってるね。」
姫野は心底驚いたような、呆れたような顔で梅を見つめる。
「う~ん……まあいいけど、それなら梅ちゃんも手伝ってよ。1人でやるより2人で協力した方が死体に無駄な傷をつけずに済むしね。」
「もちろんです。微力ながらお手伝いします。」
そうして、2人は肉片の回収作業を始めた。
「よーし!あった!」
無事姫野たちは肉片を発見する。
「予想はしてたけど、やっぱり大きいね。この悪魔強かったし。」
姫野はそう言うが、肉片回収初の梅にはこれが大きいか、小さいか分からない。
「まあ、一撃でぶっ殺しちゃった梅ちゃんには分からない話か。」
姫野は笑いながらそう言うが、まさに図星である。
姫野は回収した肉片を袋の中に入れ、密閉する。
「さあ、梅ちゃん、ちょっと話そうか。」
そう言って姫野は浜辺に座る。
「隣座ってよ。」
姫野の言葉に従い、梅も姫野の左隣りに座る。
これからいろいろと事情聴取を受けるのだろうが、まだ梅の中でもどういう設定にするか正確には定まっていない。
「まあ、聞きたいことはいろいろあるんだけど……梅ちゃんって人間?」
いきなりの核心を突いた質問だが、それに対する答えは用意している。
「はい。勿論です。」
「じゃあ、あの嘘みたいな身体能力は何?」
これに対する回答は2択ある。素直に自分自身の身体能力だと言うか、何かしらの悪魔と契約を結んでいると嘘をつくか。
「……おそらくは悪魔との契約です。なんの悪魔なのかは分かりません。」
梅は後者を選んだ。だが、具体的な悪魔の名前は言わない。テキトーな悪魔な名前を出して、その悪魔が現世に多く干渉するタイプだった場合、嘘だとばれる可能性が高いからだ。
「おそらくってどういうこと?それになんの悪魔かも分からないって……」
「……実は、私記憶を喪失しているんです。あそこの松原で目覚めたんですけど、それ以前の記憶が全くなくて……」
「自分の名前や、悪魔という存在などの基本的なことは覚えているんですけれど………」
悪魔との契約をぼかした理由はもう1つあり、それは記憶喪失の設定と結びつけるためだ。かなり無理矢理な設定であることは自覚しているが、これにより銃の悪魔を知らない理由にもなると考えた。
「え~~~!!記憶喪失!?」
若干白々しい言い方で姫野は言う。まあもとより簡単に信じてくれるとは思っていない。
「まじかあ。お酒って怖いんだねえ。」
姫野は梅を、酔いつぶれて記憶も服も失った間抜けと設定するつもりらしい。それはそれで別に構わないが。
「じゃあ佐川くんの痛みを消したのも悪魔から借りた能力なのかな?」
「おそらくは……」
「ふーん、梅ちゃんってデビルハンター?」
「分からないです。そうなのかもしれません。」
「そうだよねえ。ちなみにデビルハンターじゃない人が悪魔と契約するのは違法だからね。」
(そうなのか………墓穴を掘りすぎているな)
梅は空を見上げたい気持ちを抑える。
服を着ていなかったことに加え、これで2個目。人間離れした身体能力に関してはまだ言い訳が効くが、触れた人間の痛みをなくすなど悪魔と契約していないとありえない能力だ。
気軽に能力を使うべきではなかったな、と梅は後悔するが、時すでに遅し。ぜひ記憶喪失に免じて許してもらいたい。
「それは……重罪なのでしょうか。」
「ああ、気にしなくてもいいよ。別に言いふらしたりしないから。能力を悪用してるわけじゃないしね。」
右手を振りながら気にしなくてもいいと言う姫野に梅は感謝する。梅は相当運に恵まれているようだ。
「ところで梅ちゃんはさ、これからどうするの?」
「私は……デビルハンターになりたいです。」
「ほお、それまたどうして?」
その質問を受け、梅は佐川の遺体を見る。
「デビルハンターになれば、佐川さんや浜辺に倒れ伏している方のような悪魔の被害に遭う人を減らすことができるからです。私の身体能力もデビルハンターに向いているでしょう。」
これも嘘だ。梅の目的はチェンソーの悪魔に出会うことである。
「おお!いいね!私も梅ちゃんデビルハンターに向いてると思うよ!!」
姫野は拍手しながら元気よくそう応える。
「……軽いですね。」
「でも本心だよ?そして願わくば私のバディになってほしいなあ。」
「バディ?」
「デビルハンターは2人一組で活動することが多いんだよ。その相方のことをバディって言うの。」
「梅ちゃんはめちゃくちゃ強いから一緒にいれば私が死ななくて済むでしょ?」
そう言った姫野は笑いながら梅に向けて右手でピースサインをつくる。
「佐川くんで5人目だよ?バディ。みーんな死んじゃってさ。全員もれなく役立たずだったなあ。」
「そろそろ雑魚のバディには飽きたんだよ。私を悪魔から守ってくれるような……私より先に死なないような、そんな強いバディが欲しいの。」
姫野はそう言ってから、煙草を取り出し、口に咥える。そして火をつけ、海の方を向く。
「でも、梅ちゃんにはバディなんていらないかもなあ。滅茶苦茶強いから。」
「あーあ、私にはまた弱い弱いバディが押し付けられるのかなあ。しくしく。」
煙草を吸いながら、おちゃらけたような口調でそう言う姫野。
「………姫野さん。」
「なあに?」
「私にも煙草いただけませんか。」
「梅ちゃん煙草吸うの?」
「さあ、覚えていません。」
「梅ちゃん成人してる?」
「さあ、覚えていません。」
「……便利だね、記憶喪失ってのは。」
そう言った姫野は煙草を一本取りだし、梅に渡す。梅はそれを口に咥え、姫野が火をつけてくれた。
「ありがとうございます。それではいただきます。」
梅は感謝の言葉を述べ、煙草の煙を吸い込む。
(ああ、悪くないかもな)
吸い込んだ煙が梅の肺を傷つけているのを感じる。傷つけられた組織はすぐさま修復してしまうが、悪くない感覚だった。
梅は吸い込んだ煙を吐き出し、言葉を続ける。
「美味しいです。」
「ほお、てことは梅ちゃんは喫煙者だったのかな?もしかしたら同い年かもね。」
「そうかもしれません。」
「まあ、デビルハンターでもないのに悪魔と契約しちゃうような子だから未成年でもおかしくないかあ。」
「まだ私がデビルハンターではなかったと決まったわけではないですよ。」
「アハハ、そういやそうだった。」
その後、姫野から悪魔討伐完了の連絡を受けた警察が浜辺に到着するまで、2人は海を眺めながら煙草を吸い続けた。
………展開が遅すぎるかもしれません。