魔法は祈りに変わり、星は希望を示す   作:春夏秋冬夏蜜柑

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9話:対脳無

「対平和の象徴改人"脳無"」

 

 

そう呼ばれた敵にボロボロにされた先生の姿から目が離せない。恐ろしい力を持つ敵だ。逃げないと…殺される。でも、このままでは先生が殺される。助けないと。

でも感情のままに動き出しては相手の思う壺だ。

すぅと息を吸って吐いた。頭の中のスイッチを切り替える。

 

先生の個性は"抹消"。相手の一部を見るだけで個性を消す。

戦いの中で必ず先生は相手の個性を消したはずだ。なのにあれだけボロボロになった。簡単に腕をへし折っているところを見る限り、個性に頼らずともかなりのパワーを持っている。

よって純粋な力勝負をすると負ける。

……どうする。

 

考えながら様子見していると何か話しているのが聞こえてきたが、内容までは分からない。聴力を強化するか…?

そう思った瞬間、先生は勢いよく頭を地面に叩きつけられた。

 

ヒュッと息を呑んだ。私の中で時が止まった。

 

その瞬間、地面が震える程の咆哮が聞こえた。――白だ。辛うじて繋がっている共鳴(リンク)から意図が伝わってくる。

――この隙をついて相澤を助けろ。

 

 

「なんだ?この鳴き声。鬱陶しいな。脳無、殺せ」

 

 

その声に導かれるように脳無は先生から手を離し、その場から離れようとした。――ありがとう、白!

作ってもらった隙を見逃さないように…そして白たちの所へ行かせないために、ありったけの魔力を込めて魔法陣を展開させた。

 

 

「永き眠りから目覚め給え、無慈悲で名もなき茨の女王よ――アイヴィーラッシュ!」

 

 

魔力で生成された茨が脳無を襲う。息をつく間もなく繰り出す攻撃によって一瞬だけ敵の動きが止まった。

今から無茶をするけど保ってよね…私の体!

 

魔法陣を再度展開させ、高らかに叫ぶ。

 

 

「猛き水の奔流をここに――ダイダルウェイブ!」

 

 

発生した大きな波が脳無を飲み込み、流した。

 

それを確認して先生に駆け寄った。その最中にけほっと吐血した。

魔力が十分に練れない、満ちていない中で行使する魔法は確実に私の体を蝕んでいた。でもそれでもいい。今は私の身より先生の身の方が大事だ。

 

軋む体を引きずりながら、先生の隣で膝をついた。そしてそのままざっと現状を確認する。

 

え……なに、これ。肘がバキバキに折られてるだけじゃない…"崩れている"?こんなの見たことない。

――脳無と呼ばれた敵の個性か?いや、それともあちらで様子見をしている手を纏った男か…?

 

 

「……よ、ろず」

 

 

か細い声が聞こえた。先生の声だ。私のことを入学前と同じように呼ぶということは、意識が混濁してる…?

そう思いつつも先生の声を聞き逃さないように耳を澄ました。

 

 

「生、徒たちを…つれ、て…逃げ、ろ…。ぉ…まえ、なら…できる、だろ…」

 

 

その言葉に息が詰まった。

此処で逃げるということは先生を置いて行くこと。…私に、貴方を見殺しにさせるの?

 

怒り・悲しさ・無力感。

それらを必死に抑えた中で思った。

――自分を犠牲にしても他を守るのが、ヒーローか。

 

ふつふつと怒りが込み上げて来る。なんだ、それは。自分を犠牲にして他者を守って、はい、守れました。とでも言うつもり?そんなの…あんまりじゃないか。

…そんな思いで死んだ時の感覚は、私には分かる。自己満足と…少しの未練。少しの未練は永遠に残る。現に私も夢に見ることがある。そしてそれは現実世界で頭を過ぎる事もある。

 

そんな思いをこの人にさせるのか?それは、嫌だ。

私は手を握り締めた。

 

 

「……逃げることは正直難しいです。出入り口に敵がいるのを先程見ましたので。何より――私は貴方を見殺しにはできない」

「お、まえ……!」

「大丈夫。今、白が飯田君と助けを呼びに行きました。直に助けが来ます。それまでの時間稼ぎは……私がします。してみせます」

「やめ……ろ…!おれを、置いて…いくだけで、いいんだぞ…!」

「嫌です。諦めてください。…それに、敵はそう簡単に逃してくれないですよ」

 

 

そう言い切って立ち上がり敵たちを見据える。

いつの間にか女性は手を纏った男性、そして脳無と合流していた。先生に大口を叩いたが、時間稼ぎにしてもどれぐらいできるか…。

でも、決めたことだからやり遂げる。私と同じ思いを抱えて死ぬことはさせない。

 

手に持っている長柄武器をくるりと回転させ、構えた。

 

 

「お前がイレイザーヘッドの代わりに遊んでくれるのか?」

「嗚呼!素敵ね!私のヒーロー!」

「やれ、脳無」

 

 

脳無がその言葉を合図にこちらに突撃してくる。早い。だけど…早いだけだ。

そう言い聞かせ、手に持っている武器で脳無の勢いを受け流し、進行方向に飛ばした。相手が宙を舞っている間に練れるだけの魔力を練る。一々魔力を練るのは、こういう場面だと焦れったい…!

 

敵は着地をして再びこちらに向かってきた。今度は私からも敵に向かっていく。

 

 

「森羅さん!危険だ!!」

 

 

緑谷君の悲鳴に似た声が聞こえる。大丈夫、なんの策もなく行くわけがない。勝算がほんの少しだけある賭けをするだけだ。

 

目に魔力を回し、左手の長柄武器で手を弾く。そして魔力を集中させた右手で脳無のお腹を触った。

ふっと息を吐いて思い切り押した。

 

 

「大婆様直伝――水止(みずどめ)」

 

 

脳無は膝から崩れ落ちた。

 

水止という技は相手の体のエネルギーを一瞬だけ止めるもの。体のエネルギーは生命活動にとても欠かせない要素で、それを一瞬でも止められると…人は一時的に気を失う。どんな個性持ちでも生きてる限り防ぎようはない。

 

この"水止"は魔法でもなんでもないただの"技"。

水脈視という水の流れを視るように命の流れを視る大婆様が編み出した技で、私はそれを大婆様と同じ精度で繰り出せるよう叩き込まれた。勿論これをするにはエネルギーという名の水の流れ、命の流れを視ないといけない。

 

大婆様は個性で命の流れを視て、私は魔力を集中させた目で視る。

私の場合は魔力によって視えるようにする関係上、単純な視力強化ではないせいで目に強い負荷をかける。具体的な副作用は、目から血が流れる事と一時的な視力低下。

 

視界が霞む。

頬を伝って温かいものが流れた。――血だ。

 

この技を使えれば表立って個性が使えなくても、触ることさえすれば相手が気絶してる間に逃げれるだろうという大婆様の心遣いで叩き込まれた。勿論、技自体の危険性と私の体への負荷から多用は禁じられた。

でも今は危機的状況だったから使うことを選んだ。

 

…これの気絶時間はおよそ1分。

その間に相澤先生を安全な場所へ運ばないと。

 

目から流れる血を拭いつつ緑谷君の声が聞こえた方を振り向いた。うっすら見える中で梅雨ちゃんと峰田くんがいるのが分かった。

 

 

「今の内に相澤先生を安全な場所へ運ぶよ!」

「う、うん!

……!森羅さん!後ろ!!」

 

 

その言葉と同時に魔力で強化した脚力で後ろの脳無を超えるようにジャンプした。瞬間、私が立っていた場所は脳無により粉々になっていた。

緑谷君が声をかけてくれなかったら、死んでた…?

ぞわっと悪寒がした。

 

にしても……まだ1分は経ってない。なのになんで動ける?!

 

少し離れた所へ着地をして様子を伺う。

脳無はロボットのような動きをしながら私を振り向いた。

 

……もしかして、無理矢理動いている?

理論上は不可能じゃないが、そんなことしたら確実に命を縮める。何より、生存本能でそんな事できないようにリミッターがかかるはずだ。

 

――もしかして、この敵はそれが働いてない…?

そんな事、あり得るのか…!?

 

気が動転した。

 

 

「何をしたか分からないが…脳無には無駄だぞ」

「でも流石ね、私のヒーロー!」

「お前うるさいぞ」

「いいじゃない!やっと私の運命に出会えたんだから!

脳無、その子は生け捕りにするのよ?壊したら駄目よ」

 

 

その言葉と共に脳無が再度向かってくる。

気が動転してると、魔力を練るという私にとって呼吸をするぐらい自然にできる行為が途端に難易度が上がる。

 

 

「くっ……!」

 

 

身体強化をしてない中で受ける一撃一撃は重い。受け流そうにも一度動転した気は中々戻らない中で、それは至難の業だ。何より目が霞んでるせいで敵の動きも把握し辛い。今はなんとかなってるが、さっきより余裕がない。

 

ああもう!くそっ……!

 

ギリッと歯を食いしばりながらなんとか攻撃についていく。でもこのままでは負ける。どうする…何か、何か状況を変える一手は…!

 

 

「死柄木 弔」

「黒霧、13号はやったのか」

 

 

必死に脳無の攻撃に食らいつく中でそんな会話が聞こえた。

 

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……1名と1匹に逃げられました」

「……は?」

 

 

……良かった。飯田君と白は上手く出ることができたのか。これで後は時間稼ぎに集中すればいい事が分かった…!ありがとう、白、飯田君!

 

ふっと息を吐いて頭の中のスイッチが切り替わった。

…よし、冷静になれた。

さてここからどう出ようか――。

 

 

「はーーー…はあーーーー。

黒霧おまえ…お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ。さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。

ゲームオーバーだ。あーあ…"今回は"ゲームオーバーだ。

帰ろっか」

「あらぁ、ゲームオーバー?なら仕方ないわねぇ。帰りましょうか」

 

 

ゲーム…オーバー……?何を、言ってる?

ここで帰ったら雄英の危機意識が上がるだけ、今より侵入難易度は跳ね上がる。しかもゲームオーバーなんて、これをゲームのように思ってるの?

なんだ、この男は。この男たちは!

 

言いようのない不気味さに心の奥がざわつく。

 

 

「けどもその前に。平和の象徴としての矜持を、少しでも。

 

――へし折って帰ろう」

 

 

梅雨ちゃんに死柄木弔と呼ばれた男の手が迫ったのがうっすら見えた。

あれは、マズい。本能的に分かった。

 

全てがスローモーションに見える。

その中で私は、1つの魔法を行使した。

 

 

「……本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド。そして金の卵」

 

 

咄嗟に梅雨ちゃんの目の前にアイギスを展開させたのと、相澤先生が抹消の個性を使ったおかげで梅雨ちゃんは無事だった。…良かった。

 

 

瞬間、腹部を猛烈な痛みが走り口から血が迸った。体は宙を舞い、壁へと叩きつけられた。脳無の攻撃を受けた事がすぐに分かった。

ごぼっと血が口から溢れ出る。

遠くでは先生が闇によって地面に叩きつけられていた。……先生、ごめんなさい。

 

……ああ、何本か骨を折ったな。それに内臓に大きなダメージもある。…痛い、なぁ。苦しいなぁ。

それでも、意地はある。クラスメイトは、子どもたちは…必ず守る。

 

閉じかけた瞼をこじ開けると、そこには緑谷君の攻撃を受け止めて尚ピンピンしている脳無の姿があった。

緑谷君のパワーを持ってしても無傷って…どういう事?そういう個性を持ってる…?

脳無は緑谷君の手を握った。粉々に、するつもり?

視界の端では梅雨ちゃん、峰田君に死柄木弔の手が迫っている。だめだ、だめだ…そんなの、受け入れられない。

 

梅雨ちゃんだけを庇うように展開しているアイギスの効果範囲を広げ峰田くんも守るようにし、震える手で武器を脳無に向ける。

 

 

「ひか、りよ…」

 

 

どうか、間に合え。

朦朧とする意識の中、震える声で魔法を唱えようとした。

 

――その時、何かが大きな音を立てた。そして…。

 

 

「もう大丈夫。私が来た――!」

 

 

オールマイト先生の、声が聞こえた。

閉じかけた瞼を抉じ開けて前を見ると、オールマイト先生と緑谷君達がいつの間にか私のすぐ近くに来ていた。相澤先生も、いる。

オールマイト先生が私を覗き込む。

 

 

「森羅少女、意識はあるか?!」

「…大、丈夫です。あり、ます」

 

 

息も絶え絶えに返事をする。

正直キツイ以外の感想はないけれど、それでも意識は手放さない。私の、意地だ。

 

 

「皆入り口へ。森羅少女と相澤くんを頼んだ!」

 

 

先生、相澤先生。私のせいで、私のせいでこんなにボロボロにしてしまった。言われた通り皆をつれて逃げた方が良かったのかな。ごめんね、ごめんね。

でも――私は時間稼ぎをしたことに、悔いはない。ごめんなさい、聞き分けの悪い生徒で。

アイギスを形成する魔力が霧散した事を感じた。

 

梅雨ちゃんに支えてもらいながら歩くが、意識が朦朧とする。もう少ししたら気を失うかもしれない。

 

遠くで聞こえる戦闘音。オールマイト先生だけじゃなく、他の子も戦ってるような声も聞こえた。

 

時間の感覚が分からない。どれぐらい経った?

 

……そんな中でも。

 

 

「───Plus Ultra!!」

 

 

オールマイトのその声だけが、やけにハッキリと聞こえた。

 

蛙吹さんに支えられながら見上げたその先に映ったのは、オールマイトの一撃によって吹き飛ばされた脳無の姿。あんなに苦戦した敵は、オールマイトによって吹き飛ばされた。

トップヒーローの力は、こんなにも圧倒的なのか。

 

 

 

 

――でも、待て。まだ、敵はいる。

 

視線を動かすと、黒モヤと男がオールマイトに向かっていくのが微かに分かった。援護を、しなければ。

盾に力を込める。その刹那。

 

 

「オールマイトから、離れろ!」

 

 

緑谷君が目にも留まらぬ速さで男達に向かって行った。遠目にしか見えない上に霞んだ目では見えにくいが、足が折れているように見えた。

元々緑谷君の個性は体に負荷がかかり過ぎるもの。骨の1本や2本、あれぐらいの速度を出そうとすれば折れるだろう。…あの子、無茶をして…!

 

オールマイト先生への援護から緑谷君の援護へ頭を切り替える。

 

 

「───アイギス…!」

 

 

アイギスが緑谷君を守るように敵との間に出現した。

血が口から再び溢れ出る。詠唱もない、魔力も足りない。そんな中でアイギスを展開したせいで、体が悲鳴をあげている。

 

それでも、やらないと危険だ。魔力が足りないせいで守る力は先程より格段に落ちているアイギスでも、やらなければ緑谷君の命が危ない。――何があっても守ってみせる。

 

その刹那、敵の手が撃ち抜かれた。

 

 

「遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めて来た」

「──1-Aクラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

「万!!!!!」

 

 

声の聞こえた方へ視線をやると、そこには先生達を引き連れた飯田君と白の姿があった。

…嗚呼、間に合ったか。飯田君、そして白。ありがとう。白…約束守れなくてごめんね。

ホッとしたせいでアイギスが解除される。

 

 

「あら、プロヒーローがてんこ盛り。流石に分が悪いわね、弔。帰りましょ」

「残念無念ね」

「お前は何もしてないだろうが…!」

 

 

逃げるつもり…?!させるか!!

 

 

「そうだわ、最後にこれはしときたかったの!」

 

 

瞬きの間に、目の前に女性が現れた。

いつの、間に?

頭で考えるより先に梅雨ちゃんを押し退ける。

 

 

「ギリギリまで仲間の事を考えるなんて偉いわ、流石私の騎士、私のヒーロー!…愛しいわ」

 

 

女性の顔が近付いてくる。何を、するつもりだ。

でも、止めるための腕が…動かない。

 

 

「万から離れろ!!!!」

 

 

その言葉と共に女性がバッと後ろに飛びのいた。

代わりに目の前に来たのは純白の毛並みを持った…白だ。

白は毛を逆立て威嚇をしている。唸り声はいつもより迫力がある。

 

 

「あら…相棒ちゃんが来たのね。残念ねぇ」

「そうねぇ私」

 

 

くすくす女性が笑う。

 

 

「私たちも逃げましょうか」

「そうね、私。じゃあまた会いましょう!私のヒーロー!」

 

 

そう言って女性は闇に溶けて消えた。跡形もなく。

移動持ちの個性なのか、なんなのかは分からないが…私に対する執着心だけは伝わった。

 

静寂が場を支配する。

痛い程の沈黙の後、私はその場に崩れ落ちた。

 

 

「万!!!!」

 

 

白の声が遠くに聞こえる。近くにいる筈なのに。視界が霞む。…ああ、まずい。本格的に意識が…。

 

霞む視界の中、相澤先生の姿を見付けた。未だ意識が戻ってない様子で、周囲の人が必死に声をかけ、手当てをしている。

朦朧とする意識の中、匍匐前進をするように体を引きずりながら彼に近付く。

 

 

「万…?」

「せんせ…先生…」

 

 

うわ言のように呟きながら彼に手を伸ばす。私の、せいで。駄目だ、まだ死なないで。まだ、教えてもらいたいことが沢山あるんだ。いっぱい話もしたい。私のこと、今回で除籍にしたっていい。だからお願い、死なないで。

 

祈るように先生に触れる。まだ、温かい。けれど、余談を許さない状況なのは火を見るより明らか。……死なせない。死なせて、なるものか。

――私が、治す。

 

 

「───生命の母よ」

 

 

口が勝手に動く。

魔法陣が私を中心に広がる。

 

 

「───その腕にて、傷つきし者の傷を癒やし給え」

 

 

柔らかな光が先生を包む。

 

 

「───キュア」

 

 

光が先生に触れ、その身に溶ける。

 

薄れゆく意識の中、傷が癒えるのを見た。

それを最後に、とうとう私の意識は途絶えた。

 

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