【アラニフ】リナリアの花畑で   作:夜鳴蝦蟇

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プライベート・ラジオ

 ニフティを抱きしめて眠った日から2日が経った。実を言うと何も進展していない。あの日は、朝になって自分のしたことが「やりすぎ」だと感じて結局何もせずニフティを解放してあげた。彼女はというと目を覚ますともうそこにはおらず、少しの温もりだけがベッドに残っていた。

 別に、ニフティに恋人がいようと肉体関係のある悪魔が数人いようと大したことではない。ただ、ほんの少しだけ、彼女のあの歌を他の誰かに聞かれるのが嫌だった。それだけのことだった。思えば、なぜあの歌に執着するのかも分からない。時間を置いてみればひどく子供じみたつまらない嫉妬に思えてくる。

「いつまでこんなこと考えてるんでしょうか?もう忘れましょう!」

 アラスターはそう言いながら自室を後にした。

 廊下を歩いているとニフティの歌声が聞こえる。つい、耳を澄まして聞いてしまった。しかしそれが「マフィンマン」を歌っているのだと分かってアラスターは内心胸をなでおろした。

「・・・いけませんね。ちょっと外の空気でも吸いましょう。」

 足元の黒い影にトプンと沈み、アラスターはホテルの外に出た。それと同時に、ニフティもちょうど外に出ようとホテルの出口から出てきたところだった。

「あ。」

 ニフティはアラスターを見てから、あからさまに目を泳がせた。

「お出かけですか?ニフティ。」

 ニフティは後ずさりしながら首を縦に振った。

「う、うん。じゃあね!」

 そして光の速さでどこかへと消え去った。

「・・・・。」

 アラスターは何も言わず静かに影の中に落ちた。この胸のつっかかりを解消しない限り、まるで地面にへばりついたガムのような不快な感情は消えてくれないだろう。

 

 ニフティは南の街外れまで来たところで速度を緩めた。辺りをキョロキョロと見回したのち、森の方へと足を進めた。ここに秘密の恋人がいるのだろうか?後を追ってきたアラスターは物陰から様子を眺める。

 ニフティが森に入ろうとした瞬間、森の影から3人の屈強な男の悪魔が現れた。これが会いに来た悪魔なのか?とアラスターは少しだけ近寄った。

「お嬢ちゃん、こんな場所でどうしたの?」

「迷子かな?」

 ニヤニヤと薄ら笑いを向けて悪魔たちがニフティを囲う。

「悪い子!きゃははは!」

「あぁ、そうだよ。俺たちは悪い悪魔だ。」

 一人の羊頭の悪魔がニフティを持ち上げた。

「ここじゃなんだから、もっといい場所に行こう。」

「行く!!・・・・あ、でも今日はダメなんだった!」

 ニフティが離れようとすると、牛頭の悪魔がニフティの腕を掴んだ。

「そう言うなよ。いいだろ少しぐらい。」

「今日はダメなの!」

 ジタバタするニフティを鳥頭の悪魔が押さえつける。

「大人しく付いてこいクソ女!!!!」

 鳥頭が刃物を大きく振りかざした。

 その瞬間―—、黒い影が伸びて男たちを一斉に薙ぎ払った。3人は何が起きたかも分らぬままその場に倒れて驚いている。触手の一本は落ちそうになったニフティをふわりと抱きかかえそのままアラスターの姿が浮き上がった。

「困りますね。うちの従業員にちょっかい出されては。」

「なにしやが!・・・る・・・?・・・ラ、ラジオデーモンだ!!!!!!」

 アラスターの姿を見るやいなや男達は一目散に逃げだした。しかし、逃げるにはあまりにも遅すぎた。アラスターの触手は逃げようとする悪魔達の背中を次々と刺していった。数メートル先で男たちの叫び声が響き、森の鳥たちが一斉に飛び立った。

「やれやれ。こんな雑魚に会うためにこんな辺鄙なところまで来たんですかアナタは?」

 濡れ雑巾のように項垂れた女性に声をかけるが返事がない。

「ニフティ?」

 抱きかかえて持ち上げると、大きな目には涙が溜まって今にも溢れ出しそうになっていた。

「なんで、いるの?」

 嗚咽をこらえながら、彼女はかすれた声でそう言った。

「ずっと、追ってたの?」

 彼女は続けた。

「来てほしくなかった!」

 ニフティはスルリとアラスターの手をすり抜けて地面に着地すると、まっすぐホテルの方向へ走り去ってしまった。

「え?本当にあの雑魚達に会いに来たわけじゃないですよね?」

 残されたアラスターは杖を握りしめたまま頭を掻いて途方に暮れた。

 

 

 

 ホテルに戻るといつもの面々が一斉にこちらを向いて睨んでいる。

「なんですか?悪者を見るみたいに。」

「ニフティを虐めたでしょ。このクソ野郎!あんたはニフティにだけは優しいと思ってたのに。」

 ヴァギーが人差し指でアラスターの顔を指す。

「あーあ、ニフティ泣かせたー。可哀想ー!」

 エンジェルがカウンターからヤジを飛ばす。

「私が泣かせたんじゃありません。」

 アラスターはたじろんで弁明したが冷たい視線は変わらずだった。

「謝罪の手紙を書くのを手伝うわ!アラスター!」

 目を輝かせたチャーリーを見て、アラスターはバツが悪そうに影の中に消えた。

「やっぱあいつが原因だったな。」

 ハスクがそういうと、全員が頷いた。

 

 

 

 何が悪かったのだろうか。お相手を刺し殺してしまったことだろうか?しかしどう見ても知り合いには見えなかった。じゃあなんだ?

 自室の椅子に深く座り天井を眺めた。と言ってもそこに天井はなく薄暗い地獄の空が広がっている。最悪な気分だ。部屋のなかをぐるぐると何度も往復してアラスターは息を吸った。ひとまず謝らない事には埒があかないと思ったのだ。

 アラスターは部屋を出てホテル内を探した。しかしニフティの姿は一向に見つからない。ロビーにも各階の廊下にも部屋にもいない。ホテル中を回ったがどこにもいなかった。またトイレに詰まってるのかもしれない。あるいは鍋の中で煮えているのかも・・・。そう思い再度徹底して探したが見つからない。一体どこに行ってしまったのだろうか。もしかしたら、またあの森に向かったのだろうか?

「キャハハハハ!!それでね、悪い子がいたの!」

 聞き覚えのある甲高い声がホテルのバーカウンターから聞こえた。

 即座に振り向くと、ハスクの頭に乗ったニフティが先ほどと打って変わって満面の笑みで話している。

「おい、人の頭の上ではしゃぐな。」

「これ、一個あげる!」

 鬱陶しがるハスクを無視してニフティは薄紫の小さな花を手渡した。

「おお、咲いてたのか。」

 ハスクが花を受け取ると同時に、少し角を伸ばしたラジオデーモンが正面に立った。

「ア、アラスター。」

 ハスクがそっと花を背中に回して隠したのを彼は見逃さなかった。胸の奥でなにかがプツリと切れるような音がした。

「ちょっと来なさいニフティ。」

「・・・いいよ。」

「おい、アラスター、ちょっと待て。お前も最近変だぞ。」

「黙りなさい。これは私たちの話ですから。」

 ハスクが何か言おうとしたがアラスターにはもはや聞こえなかった。ニフティの首根っこを掴むとそのまま陰に落ちて消えてしまった。

 

 ニフティを連れて自室に戻ると、彼は掴んだニフティをベッドに押し倒した。

「あなたは悪い男なら誰でもいいんですか?」

「悪い男好き!」

「・・・そうですか。そうですね。悪い事をしましょう。」

 もはや歯止めがきかない。自分が何をしてるのかも分からなかった。気が付くと、目の前の女性を押し倒してその口に自分の舌を押し込んでいた。硬直した体と暖かく湿った感覚は少しだけ殺したばかりの生肉のようにも感じる。緊張して舌先が乾いてゆく。

 思えば、目的のために女を抱いたことは何度かある。しかしそのどれとも今日とは違った。今までは相手がどうして欲しいのかいつも明白だった。大抵いつもそう動けばよかった。

 だが、今夜はどうだろうか?目の前の相手は目を大きく見開いて、ただ一点こちらを見て体を強張らせている。何をすればいいのか分からなかった。まるで童貞だ。絡んだ舌がみるみる乾いていく。粘度の高い唾液が糊のようにへばりつく。

「悪い男は、私一人で十分でしょう。」

 ようやく口を離して、そう言った。玩具を無くして親に怒られる子供のような声だった。背中から伸びた影がニフティのメイドドレスに伸びてスカートをめくる。

「・・・ボス。」

 ニフティが口を開いた。そして両手を伸ばしアラスターの背中に腕を回した。

「一緒に来て欲しいところがあるの。」

 今?と思いつつ、アラスターは触手を止めた。シュルシュルと影が戻ってゆく。

「どうしても今日じゃないとダメなの。」

「・・・行きましょうか。」

 ニフティの顔が見れなかった。ガッカリした顔をしてるんじゃないかと思うと指先が少しだけ震えた。アラスターはニフティの顔を見ないよう、視線を下に落としながら、乱れたニフティのドレスを綺麗に直してあげた。

 立ち上がって自分の襟も正すと、いつものようにニフティを頭の上にのせてあげた。

「それで、どこへ行きたいんですか?レディー。」

「南の森!」

 二人は陰にトプンと落ちたのち、南の森の入口へ向かった。

 

 

 月明かりだけが灯す地獄の森は3メートル先も見えないほど暗かった。しかし暗闇などこの悪魔達には関係のない事だった。

「この道をまっすぐ進むの。」

 頭の上でニフティが指をさす。

「この私をタクシーのように使うのはあなたぐらいですよ、マイディア。」

 半分呆れたようにアラスターは応えた。

 暗い道を進むとしばらくして遠くで明かりが見える。森を抜けた先に開けた場所があるようだ。次第にその明かりが大きくなってゆく。月明かりが地面を照らしているのが分かる。

「ここよ。」

 ニフティがピョンとアラスターの頭から地面へ飛び降りて、森の先へと走っていった。

「ほぅ。」

 アラスターが追いかけてゆくと、そこは一面薄紫に染まったリナリアの花畑だった。

「これは・・・・。すごいですね。」

「そうでしょ!アラスター!!!」

 花畑の真ん中で、ニフティが微笑んでこちらを向いた。いつもの笑顔とは少し違った、あたたかな笑顔だった。

「今日が何の日か分かる?」

 アラスターは少し考えたがてんで分からず首を傾げた。

「何の日ですか?」

「もう!なんで忘れちゃうの!!!」

 ニフティが駆け寄ってきて、ピョンッと飛び跳ねるとアラスターの胸に抱きついた。

「私たちの契約記念日でしょ!!!」

「・・・そうでしたか。」

 面食らったアラスターは顔を上げて辺りを見回した。一帯すべての花が美しく咲いている。

「・・・ずっと、このために準備してたんですね。」

 きっと、花がちゃんと記念日に咲いているか、数日前から確認していたのだろう。ハスクへは花畑を教えてもらったお礼、といったところだろうか。

「綺麗だね!アラスター!」

「ええ、とっても綺麗です。」

 あなたが、と、言おうとしてアラスターは言葉を飲み込んだ。

「あの歌を歌ってくれませんか?」

「あの歌?」

「子守歌みたいな。」

「あぁ、あれね!いいよ!」

 花畑に寝そべって、ラジオデーモンはメイドの小さな足に頭を乗せて目を閉じた。

 どこか遠くの国の、奇妙な歌が聞こえる。きっとこの歌はラジオ放送にうってつけだろう。しかし、これはまだとっておきにしておこう。誰にも聞かせない、自分だけのプライベート放送だった。

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