「ねぇお母さん、どうして絵本の中の英雄さまはつらくても笑っていられるの?」
「...それはね、つらい事の先には必ず良いことがあるってわかっているからよ。」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「わかるわ。だって、私の近くにも、小さな英雄がいつも居てくれるもの。」
「え?」
「マリー。貴方ほど強くて優しい子、そういないわ。自慢の一人娘よ。」
「だから今は大変でも、必ず幸せが訪れるわ。」
「ほんとに!?」
「ええ。私が約束する。」
「それじゃぁ、私ももっと頑張って、英雄さまになる!そしたら、お母さんの病気だって、すぐに治っちゃうよ!」
「ふふっ....ええ。それじゃあその日まで楽しみにしているわね。」
「うん!!」
「――でも、そんなことはあり得ない。」
暗い部屋。
机に置かれた涙の跡がついた紙切れと、その前で立ち尽くす少女。
『この実験への応募は私が志願したことなの。あなたを一人にしてしまう事が怖くて仕方がない。けれど、これであなたはお金の心配もなくなる。これが私にできる唯一のことなの。だから――ごめんなさい。』
その紙切れには最愛の母の字で懺悔の言葉が綴られていた。
その少女がゆっくりとこちらを振り向き、先程とは打って変わって感情の抜け落ちた暗い瞳で私の背後を指さしながら告げる。
「ほら――」
「―――また
「ッ!?、―――」
目を開く。
(私は、一体……)
だんだんと意識がはっきりして、先ほどまでの記憶が蘇ってくる。
(そうだ、死んでいるはずの幻狼がいきなり膨らんで、、、)
私は急いで上体を起こし、周囲を見渡す。
そこには信じられない光景が広がっていた。
幻狼の死体が転がっていたところから一直線に山が別たれている。
(これは、一体何、、、が。)
ドチャ。
私に覆いかぶさっていた物体が左に倒れた鈍い音が耳に入り、左に顔を向ける。
「...やっほー。目が覚めた?」
「――ッ!!」
そこには少年がいた。
さっきほどまでの怪我ですら軽傷と思える程の裂傷。
片腕を失っている状態でこんな怪我、いくら人智を超えた教会の治癒魔法でも復元が難しい...いや、そもそも教会につく前に死―――
それに気づいた瞬間、私の額からこぼれる汗と一緒に血の気が一気に引いていく。
「うまいこと上に逸らしたつもりだったんだが、、、」
「ま、でも、……今回ばかりは、もう、駄目…かもな。」
「…ッ!?」
「諦めないで!こんな傷、私ならッ……」
私は急いで神聖魔法を発動させようと彼の方向へ魔法陣を展開させる。
「ヒール!」
私の手にリング状の光の輪が展開される。しかし、
「……え、なんでっ!?」
光輪から放たれた光が彼の身体をすり抜ける。
そしてもう治せる所が無いと告げるかのように、私の意思に反して魔法陣が崩れていく。
おかしい。そんなはずは無い。
「…ッ……ヒール!、ヒール!!」
しかし何度私が光の輪をかざそうと、彼の傷から赤黒い血は出続ける。
このままでは駄目だ。
「な、なら……これで!!」
応急処置の魔法が込められた魔導書を手に取り、魔法を発動させようとする。
――だがそのとき彼の身体から青い炎が上がった。
「―――ッ!!」
その炎は、彼の胸元の最も大きな傷口へと一か所収束していく。魔法なのかすらわからない。だが、それをみた瞬間、全身の筋肉が強張り、呼吸が速くなる。頭ではわからなくても、身体が今すぐ彼から離れろと訴えてくる。
「こ…れ、何、の……」
震える体を無理やり動かし彼の炎を消そうと必死に魔法を発動させる。しかし、炎はみるみる彼の中に納まっていく。彼には魔力がない。このままでは――
「い……や、…やだ。」
私のためにこの人が死んでしまう。
「ぅ゙う、ぁ゙あぁ゙ぁ゙!!」
私が残された力の全てで無理やり光輪を展開する。
「………ぁ。」
しかし、その光輪も未だ彼から立ち昇る蒼黒い焰にいとも容易く飲み込まれると同時に私の意識は闇に呑まれた。
「――、ん...?」
目を覚ますと、私は教会の一室のベットの上で横になっていた。
私はすぐに立ち上がり、助けてくれた彼の事を聞いたが、隣に座っていた私の今の親代わりでもある教会の老シスターから事の顛末を聞かされた所で、私を身を挺して守ってくれた彼のことを思い出した。
「…!?そうだ、彼!?彼は!?青い炎が――」
「青い...炎?発見された時彼には傷一つなかったと聞いているのだけれど...」
「え....」
「貴方が魔力切れするほどの回復魔法を使ったのですから、きっと極度のストレスでそう錯覚したんでしょう。」
「それに、もしその炎があなたの言う呪いの類だとしたら、貴方も彼もただではすみませんでしたよ。」
「それは、そうですが...―――!」
「それよりも――」
老シスターに抱きしめられる。
「本当に…無事で良かった……!!」
老シスターの瞳から零れ落ちた涙が私のほほに落ちる。
「シスター…ごめん、ごめんなさい…!」
その涙を見て私の瞳からも緊張の糸が切れたかのように大粒の涙がこぼれる。
差し出されたのは、今朝の新聞だった。
そこに書かれていた文言に私は目を見張る。
「幻狼..討伐の功績を...私に.....?」
「ええ。後出しになってしまって申し訳ないわね。」
「私は何も出来ていません!全部、全部彼が!!」
「その彼本人から幻狼討伐の功績は貴方へ譲ってくれと言われているの。」
「!?......そんな...」
「...功績が認められないと貴方のお母さんが本土の教会に入る認可がおりないのでしょう?」
「!!」
実際私は自身を被検体として隣国の研究機関に差し出した母を取り戻すために教会内での立場が必要だった。しかし、これは――
「私と共に戦った彼の功績なのに...!」
「私も彼とあなたの二人で式典への出席を進めたのよ。でも、」
「『俺はそんな柄じゃないですし、オオカミ一匹でそんなに変わるんならぜひそうしてほしい。』...と。」
「.....」
「私も、思う所はたくさんあるけれど、ここは彼の好意に甘える他ないと思うわ。」
「来週には正式な式典が開催される予定よ。それまでにどうするかは貴方が決めなさい。でも、今回のことは以前の北部遠征で幻狼の討伐に失敗した私たち大人の責任よ。あなたがどんな決断をしようとあなたの選択を尊重するわ。」
「...はい......。」
結局、私は式典に出席し、その後幻狼討伐の功績が称えられ、ルージュレッドの聖女として正式に『聖女会』への参加が認められた。
そのお陰で、母の病気も本土の教会で治療が受けられ、数年後には後遺症もなくある程度回復し、今も教会で穏やかに暮らせている。
――しかし、ずっと心残りだった。
私は結局、何もしていない。
何も出来なかった。
聖女になって数年後、私は条件付きで自由に行動することをみとめられ、当時幻狼に遭遇した近くの村々を彼に昔助けてもらった冒険者のマリーとして聞き込みを続けた。
そして、彼の黒髪黒目という外見が珍しいからか彼を知っている村人が想定より早く見つかり、食いっぱぐれているだろうから彼を連れ帰ってくれと言われ、彼が向かったという冒険者ギルドに向かった。半ば半信半疑だったが、本当にくいっぱぐれている様子の彼を見つけた。
「本当に食いっぱぐれてるんだ...」
「え、誰!?」
「ごめんなさい。つい嬉しくなって...」
「なんでッ゙!?俺何かしちゃった!?」
「あ、ごめんなさいっ、そうじゃなくてっ!」
見つけた。まさか本当に食いっぱぐれているとは思わず声にだしてしまったが、やっと彼を見つけられた。
私は嬉しくなって、ここまでの事を彼に話した。
聖女としての身分は隠して、過去に助けてもらった事、そして、私が何かお礼をしたいと言ったが、彼はなかなか首を縦には振らなかった。
しかし、一通りの押し問答の末、私が彼の宿代を建て替える、ということで一旦同意した。
そして、その宿に向かう途中、ふと気になってどうして冒険者ギルドの認可が下りなかったのか事情を尋ねた。
なんでも、
ーん? 彼は何を言っているのだろうか?
わたしの知っている限りで一番強いのは彼だ。
だから聞いたのだ。
「魔法が、使えないの?」
そうしたら、当り前のように彼は言う。
「ああ、俺生まれつき呪われててさ、だから魔力が無くて基礎魔法すら使えないって言ったら、『そんな死ぬまで秒読みみたいなやつにあげられる資格はないッテわけ。』っていわれてなぁ。ぐぬぬ、あのナスビっ娘め...。」
は?
「その上さ、この街の冒険者ギルドの資格も今年から魔法の実技試験に通んなきゃ駄目になったらしくてな。」
ありえない。
「村のみんなに盛大に送られた手前、帰りづらかったんだ。それに、呆気なく門前払いされたもんだから、諦めるに諦められなくてな。」
そんなはず無い。
「でも、そうか。村のみんなもそう言ってるんなら、俺も帰って農家にでもなるかなぁ。」
「…ああ、それと、夜に君みたいな子が一人で出歩くのは危ない。宿代を工面してもらった身でこんなことを言うのは、少し的外れかもしれないが、変な輩がわく前に家に帰った方がいい。」
絶対に…
「――……。」
「?、お~い」
「絶対に貴方の呪いを解いて見せる!!」
私は彼のてを強く握り締め、そう宣言する。
「は!?え、ちょ、ちょっと急にどうしたんだ!?ーって力強っ!?」
「だから私とパーティを組んで!!」
「いや、だから、俺は魔法が使えないから――」
「私、Aランク冒険者だからっ!!2人までとなら免許の無い人とでもパーティ組めるから!!それに、私今フリーだから!!」
「!!」
彼の動きが止まる。
「――雑用なら他にもいるぞ?」
「あなただから良いのっ!」
「そ、そうか。」
「貴方、名前は?」
「あ、そうか。まだ名乗って居なかったな。イズルだ。」
「イズル…いい名前だね!」
「君は?」
「私は、――、私はマリー・ヴェルニーユ、マリーってよんで!」
「これからよろしくたのむ。マリー。」
「さっそくですまんがマリー。」
「なぁにイズル?」
「手の力を抜いてくれ...もげそうだ。」
「――!?ご、ごめん!?」
この日から、私は先輩冒険者マリーとして、彼の夢を応援すると決めた。
―――しかし。
「『鬼火!』」
彼が手のひらに灯した
あの日彼が私を庇った彼から立ち上ったあの炎。
呪いの可視化。本来見えないはずのものが見える。それが意味すのは、あの炎が私達にとって脅威であるという事。
そして、――その呪いが『芯』まで到達してしまっているという事。
『芯』まで到達した呪いはじわじわと身を蝕み始め、やがて...
こうならない為に毎日彼の部屋に忍び込んで光魔法を浴びせ続けていたのに。
どうして、私は。いつも、こんなにも近くの人一人救えないのだろう。
きっと彼が私たちから離れていくのもそのせい。
さっきだってみんなで口裏合わせて偶然を装ってみたけれど、実は昨日の夜、宿で目が覚めてから今の今までずっと私達は彼の部屋の前に居続けていた。
彼を一人になんてさせない。必ずあなたの呪いを解く方法を見つける。
私は、今度こそ、ちゃんと貴方に報いたい。その為に――
「って事は、あの魔法は、発動するたびに何か代償を払ってる訳じゃないんだ?」
「ああ、だから俺の呪いの影響については気にしなくて良い。」
「良かった〜」
「…でも、そんな研究するなら一回相談してほしかったかなぁ。」
「同感。」
「悪かったよ…」
「まぁまぁ、今日は一旦そのへんの話はおしまいにして、お昼ごはんでも行きませんか?」
「メリッタさん、さすがに今日も飲むつもりなら俺も庇いきれないですよ。昨日だって――」
「――昨日の事は忘れてください。」
―――今度は見逃さない。どんな些細な変化も。
「…………。」
「……マリー?どうかしたか?」
「ううん、なんでも無いよっ!」
「――って!?おい!?急に抱きついて、本当にどうしたんだ!?」
――――今度は迷わない。
「ずるい、私も。」
「どうしてそうなる!?」
「あらあら……ふふっ。」
「あの、メリッタさん!?笑ってないで助けてくれませんか!?」
今度は――絶対、ゼッタイ、ぜーーーったい。
「…………絶対、離さない。」