ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい   作:himahy

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むずい……むずいよカナタ、頼むから曇らないでくれ。


ずるい

意識がどこまでも深く、醜く、そして最も恐ろしい何かへと堕ちていく。

 

結局俺は何もできなかった。ミカ姉ちゃんを説得することも、心の底まで追い詰められたナギサさんを少しでも支えることも。

 

 

『カナタさんには、補習授業部の補佐になってほしいのです。』

 

……いいや、違う。『できなかった』じゃなくて『何もしなかった』と言う方がしっくりと来る

 

二人を大切に想っていたはずなのに、俺は何も動かなかった。トリニティの不穏な空気を調べ尽くしていれば、最悪の事態を止められた可能性だってあったはずだ。

 

『こほん……とにかく、その間のカナタさんの出席日数に関してはご心配に及びません。補佐として頂けるならば、それを出席日数として数えます。』

 

ずっと前から感じていた嫌な予感から目を逸らし、俺はただ一直線に逃げていた。

 

それでミカ姉ちゃんが誰かの命を奪っていたら?もしそのせいで、ナギサさんが取り返しのつかない窮地に立たされていたら……そのきっかけとなる引き金を引いたのは、他の誰でもない俺自身だ。

 

『お願いしますね、カナタさん』

 

人間の弱さというのは、時として『罪』と呼ぶべきほどに重い。鏡を見るたびに映る自分は、見苦しく、無様で、吐き気がするほど情けない。

 

 

ナギサさんはその罪に向き合って尚、1人で裏切り者の事実に争い続けた……結果、小さい頃から一緒に居た俺さえも信じられずに切り捨てられてしまった。

 

俺はその弱さから逃げ続けて、背負うべき責任という名の『罪』を放り出してきた。その結果が大切な人たちが溢している悲しみに気付けずに、こんな事になってしまった。

 

俺の手元に残ったのは、数え切れないほどの罪状だけだ。みんなを助けられなかった罪。ミカ姉ちゃんとナギサさんの孤独に寄り添おうとしなかった罪…本当に山ほどある。

 

この罪は他の誰でもない『聖園カナタ』がその身で償わなきゃいけない、償う方法はなんだっていい。体が引き千切られたって良い。心臓を銃弾で貫かれたって構わない……それで、誰か一人でも救えるのなら。

 

 

どれほどの時間が経過したのだろうか。

意識の底から一気に浮上する感覚は、夢の中に沈んでいた自分という存在を嫌々でも引き上げられて。胸には苦しさが残っていた。

 

 

 

「……っ、は……!」

 

すぐさま脳裏に焼き付いたのは、夜風に当たりながら見下ろしてくるミカ姉ちゃんの無機質な笑顔、抗いようのない力の差……そして、自らの罪を自覚する瞬間。

 

ベットから跳ね起きようとした瞬間、脇腹からとてつもない程の激痛が走った、俺は短い悲鳴を上げて再びシーツに沈んだ。全部ミカ姉ちゃんのせいだ

 

「……気が付きましたか、カナタさん」

 

「……!?」

 

耳元から小さく声がした、俺が大好きで聴き慣れた声。今1番に聴きたくない人物の声。

 

視線を向ければ、そこには豪華な椅子に腰かけ、ティーカップを手に持ったまま、憂いのある表情でこちらを見つめる少女がいた。

 

「ナギサ……さん……?」

 

「………」

 

そこは救護騎士団の部室の一室だった。窓の外はすでに夜の静寂に包まれている。

 

ナギサさんは無事だったのか。ミカ姉ちゃんの言っていた『檻の中』という言葉が脳裏をよぎるが、目の前の彼女はいつもの完璧な身なりを崩していない。

 

それに伴って、補習授業部のみんなも無事にミカ姉ちゃんを突破できたんだろう。合格できたかは別だけど。

 

そして、ナギサさんが安全だった安堵よりも先に、あの日から秘めていたドス黒い感情が胸の奥からせり上がってきた。溢れ出てきた言葉を抑え切れそうにない

 

「……なんで、あんたがここにいるんだよ」

 

「っ……」

 

「ナギサさんが……あんたがエデン条約なんて持ち出すから、ミカ姉ちゃんは……! 補習授業部のみんなを、アズサを……生贄にしようとしたんだぞ!?

 

信頼していた。実の『姉』と同じように、この人だけは俺を裏切らないと信じていた。それなのに彼女が始めた政治の駆け引きが、結果として本当の姉を狂気に変え、補習授業部の居場所を一時的に地獄に変えた。

 

「………」

 

 

「……ナギサさんの頭の中に、俺たちの居場所はあったのかよ!? アンタもミカ姉ちゃんも……結局、自分の守りたい物のために、俺を……『俺たち』を駒にしてただけじゃないか!」

 

 

「……っ!」

 

 

ナギサが思わず息を呑み、手元のティーカップがカチャリと音を立てて震えた。こんな弟の姿は今までに見たことがなかったから。

 

カナタの瞳には、かつての心安まる信頼の光はない。あるのは、他の人と同じ様に裏切られた絶望と、自分自身への無力感からくる拒絶だけだった。

 

「カナタさん……それはっ……っ!」

 

 

「触るな……ッ!!」

 

「!……」

 

 

心配した表情で伸ばしてきたナギサさんの手を、俺は全力で振り払った。

 

その拍子に腕の傷口が開き、襲いかかる激痛に顔を歪ませながら、俺はシーツを強く握りしめた。

 

 

 

 

「もう……誰も信じない。誰とも関わりたくない……ミカ姉ちゃんだって、アンタだって……結局は俺のことなんて見てなかったんだぁぁぁ!!!

 

 

 

「………っ……」

 

 

溢れ出した涙が自然と枕を濡らした、ずっと我慢していた気持ちが涙と共に溢れ出てきてしまったんだ。

 

 

何度も胸の奥底に秘めていた言葉を吐き出した、何度もナギサさんを責めた。その度にナギサは苦渋の表情を浮かべている。

 

震える指先が、空を掴んだまま行き場を失っている。いつもは優雅に紅茶を取るその手が、今だけは硬い壁に触れるかのように強張っていた。

 

 

「カナタさん……私は、ただ……」

 

 

「……『ただ』…?…ただ、何だよ!!俺を、補習授業部の補佐なんて名目で遠ざけて……!」

 

 

カナタの声は、喉の奥が焼けるような痛みを伴って絞り出されていた。

脇腹の激痛が拍動に合わせて脳を揺さぶるが、それ以上に胸の奥にある、ドロドロと溶け出した『信頼』と言う感情が苦しくて堪らない。

 

 

 

「これは……あんたが疑心暗鬼に陥って誰も信じなくなったからだろ!?……俺たちのことまで、駒か何かだと思ってたんだろ!」

 

「!?……違います……!私は、あなただけは、この騒動に巻き込みたくなくて……!」

 

「巻き込まれてるよ! ずっと前からさ!」

 

 

カナタはシーツを掴む手に力を込め、無理やり体を起こした。包帯の下で傷口が裂け、血の暖かい感覚が広がる。

 

その痛みだけが今は唯一、俺が『生き残ってしまっている罪人』であることを証明してくれる気がした。

 

 

「俺は……ミカ姉ちゃんが狂っていくのを、隣で見ていながら『気づかないフリ』をしてたんだ。あんたが一人で抱え込んでいるのを分かっていながら、楽な方へ逃げてたんだよ……!」

 

 

「救いようがないのは俺の方だ。……なのにあんたは今更、被害者みたいな顔をして俺を心配するのか?吐き気がするよ。自分に、アンタに……この学園の全部に!」

 

 

「カナタさん、どうか落ち着いてください……!…傷が開きます、今は安静に……」

 

 

 

「触るなって言ってるだろ!!」

 

 

再び慎重に伸ばされたナギサの手を、カナタはこれでもかと言う力で強く振り払った。

 

その勢いでサイドテーブルに置かれていたティーカップが床に落ち、パリンと音を立てて一部が割れた。

 

その際に飛び散った紅茶が、ナギサの純白のスカートを汚した。それと同時にカナタの発言でナギサの『弟を想う気持ち』にも色を付けてしまった。

 

ナギサは床に散った破片を見つめたまま、一言もカナタに発することができなかった。

 

彼女が守りたかったはずの弟の瞳には、もはや希望も、親愛も、幼い頃に交わした約束の欠片すら残っていない。

 

カナタはベットに顔を伏せ、涙声で吐き捨てた。

 

「……出ていけよ」

 

 

「…………カナ…タ……」

 

 

「独りにしてくれ……これ以上、もう……何も欲しくない…」

 

 

ナギサは既に、自分を見下ろすカナタに視線を一度も向けなかった。ただ割れたカップを回収して、自らのハンカチを使って溢れた紅茶を拭いた。

 

おぼつかない足取りで、ナギサは病室の扉に手を掛けた。そのか細い手はドアノブに握るだけと言うのに、強く震えていた。

 

「……すみません。」

 

そう感情のこもった言葉を言い残し、ナギサは病室を後にした……ナギサが出て行った後も、部屋に残るのは溢れた紅茶の匂いだけだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ……っ」

 

過酷な呼吸を繰り返すたびに脇腹の傷が燃えるように熱いし痛くなる。だけど、今更肉体の痛みなんてどうでもよかった。

 

脳裏には、最後に見たナギサさんの絶望に満ちた表情がこびりついて離れない。

 

俺を、弟のように可愛がってくれた人。

俺が、実の姉と同じように慕っていた人。

 

その彼女を、俺は完膚なきまでに叩きのめしてしまった。彼女が必死に守ろうとしていた『聖園カナタ』という最後の安らぎを、俺自身が汚し、踏みにじって、粉々に粉砕した。

 

「……あは、はは……」

 

これでいい。俺のような『罪人』に、ナギサさんの優しさを受ける資格なんて最初からなかったんだ。

 

不意に視線を下に落とせば、ナギサさんが丁寧に拭き取れなかった紅茶の染みが残っている。

 

それは本当に醜く、歪み、今の俺の様に救いようのない色をしているに違いない。

 

『カナタさんには、補習授業部の補佐になってほしいのです。』

 

「……俺が、壊したんだ」

 

ミカ姉ちゃんを止めることもせず、ナギサさんの孤独に気づこうともせず、ただ『何も知らされていない被害者』の面をして逃げ続けた。

 

そして最後には、心身がボロボロになったナギサさんに全ての罪をなすりつけて突き放した……これ以上の罪がこの世にあるのだろか。

 

俺が拒絶したことで、ナギサさんの心は完全に折れたかもしれない、何もしていなかった俺のせいで。

 

俺が目を逸らし続けたことで、ミカ姉ちゃんの心は二度と戻らない場所へ堕ちたかもしれない。俺が気付かなかったせいで。

 

 

───全部、俺のせいで。

 

 

 

「ごめん、なさい……ミカ姉ちゃん……ナギサさん……」

 

謝罪の言葉を繰り返し口にする度に、自分が『あの時』の様に薄っぺらな存在に成り下がっていくのがわかる。

 

自分の希望も、救いも、存在さえも許しもない。ただ、俺が犯してきた『何もしなかった』という罪の重さだけが、俺の全身を縛り付けていた。

 

 


 

 

あの後、救護騎士団の部員の人が俺の様子を見に来た。ナギサさんとの件について幾つか質問されたが、俺は何も答えることなどできなかった。

 

加えて、ナギサさんと話してからは誰とも話したくなかったから、あれ以来誰とも話すのもやめておく。補習授業部や先生がお見舞いに来たけど、追い返す様に言っておいた。

 

 

「もう、何だか全部疲れちゃいまして……はは」

 

 

「…………」

 

 

「セリナさんは…どうですか、俺の調子とか見て…良さそうですかね……」

 

 

目の前にいるナースの名前は『鷲見セリナ』、よく心配そうな眼差しでこちらのことを見つめてくる。だけど何を考えているかわからない。

 

 

「カナタさん……近頃、きちんとした睡眠を取っていますか?」

 

「睡眠ですか……ははっ、実を言えばあんまり取れてなくて……でも大丈夫ですよ?昔っから慣れてるので。あははっ。」

 

「……………」

 

その言葉を聞いたとしても、何やらセリナさんは腑に落ちない様子だ。

 

窓の外からは今日も元気な声が聞こえてくる、恐らく生徒同士で仲の良い人達が絡み合ってるんだろう……あぁ、どうしてだろう、そんな人たちを見れば心の底から───

 

 

 

 

 

 

 

ずるい

 

 

 

 

「……誰のおかげで……誰のおかげで、今のお前達がいると思っているんだ……」

 

 

今のアイツらが居るのは全て、補習授業部や先生が裏切り者の為に動いたからだと言うのに。トリニティの人達はそんなことも知らずに生きている。

 

俺が死に物狂いで流した汗や血、涙は全て忘れ去られるのか?努力は忘れ去られて行くのか?

 

 

 

俺はナギサさんやミカ姉ちゃんをわざわざ突き放して1人になったのに、アイツらは友達の1人や2人突き放したって、別の人物がいるからどうでも良いんだ。

 

 

なのに、それを知ろうともせずに、何の感謝もせずに、なんの探りも入れようとせずに……アイツらだけが幸せになっていくのか?

 

 

 

ずるい

 

 

 

 

 

 

そんなの

 

 

 

 

 

 

 

 

ずるいよ

 

 

 

 

不公平、すぎるよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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