ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい   作:himahy

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牢獄の中のお姫様

救護騎士団の病室に差し込む朝日は、残酷なほどに白く、清々しかった。

 

ベッドのシーツの純白度さえ、今の俺にとっては目の背けたい物の一つだ。それどころか、この世にある全ての光から眼を逸らしたくなる。

 

あれから数日が経った。ナギサさんを、あの慈愛に満ちた『姉』のような人を言葉で切り刻み、無理矢理にもこの部室を追い出してから。

 

胸の奥に渦巻いていたドス黒い感情は、吐き出した瞬間の勢いを失い、今はただ冷え切った泥のように心の底に沈殿している。

 

そのせいか、あの日からナギサさんはここに来ていない。当然だ、あんな酷い事をしてしまったんだから。誰でも普通はこんなクズ野郎の所に来ようとは思わない。

 

 

「……おはようございます、カナタさん」

 

セリさんが静かにドアを開けて入ってくる。彼女の眼差しには、常に変わらない献身と、隠しきれないほどの深い懸念が混ざっていた。

 

「おはよう、セリナさん。……今日も、いい天気だね」

 

俺は顔を上げ、セリナさんに向けて『完璧な』微笑みを浮かべた。それはかつてトリニティが信じた、穏やかで人当たりのいい『聖園カナタ』の仮面だった。

 

「体調はどうですか?昨夜は……眠れましたか?」

 

「はい、おかげさまでぐっすりです。傷の痛みも引いてきたしもうすぐここを出られますかね。」

 

「…………」

 

 

もう、やだ

 

昨夜も、目を閉じれば脳裏にはナギサさんの震える背中と、ミカ姉ちゃんの無邪気な笑顔が交互に現れ、当然の如く眠れるはずなど無かった。

 

それでも、俺は口角を数ミリだけ上げ、セリナさんを安心させるための絶妙な表情を作る。

 

「……そうですか。それなら、良かったです」

 

セリナさんは何かを言いかけたけど、咄嗟にその言葉を飲み込んだ。もしその言葉を言ってしまえば、俺に何か異常をきたしてしまうと感じたのだろうか。

 

彼女のような『救護のプロ』が、この不自然なほどの穏やかさに気づかないはずがない。それ以上の踏み込みを許さない壁を、俺は笑顔という名のレンガで積み上げていた。

 

 

「…………」

 

セリナさんが部室を出ていけば、虚ろな目で窓の外を見つめた。そして大きなため息を吐いた。

 

コンコンと部室をノックする音がした、俺の返答を待つ前に扉が横に開き。出て来たのは『ミカ姉ちゃん』…ではなく、ミカ姉ちゃんと同じ髪色をした人物だ。

 

 

「おはようございます、カナタ君。体調の方はどうでしょうか?」

 

「……ハナコ、か…何の用だ?あまり人とは話したくないって言ってただろ。」

 

「それは承知の上ですが……そんなことより、私はカナタ君の事が心配になったんです。」

 

「……俺が?」

 

ハナコは不意に視線を落として、俺の寝転んでいるベットの下辺りをじーっと見つめた……何かに気付いたように声を出すと改めてこちらを見つめた。

 

 

「カナタ君……ナギサさんと、何かあったようですね。」

 

「……………」

 

「あれほど敬愛していたナギサさんを突き放すなんて……そんなの、以前のカナタ君なら絶対にしません。」

 

「……以前…以前、か。」

 

確かにハナコの言う通りだ、以前の俺ならばナギサさんを突き放すどころか。ナギサさんをアレほどにまで敬愛していたのだから……だけど、それは『以前』の話だ。

 

今の俺にそんなこと許されちゃいない、眼を瞑れば続々と読み上げられる罪状を償わなければいけないんだ。今の俺に、ナギサさんと仲良くする権利なんてない。

 

「相変わらずハナコは意味のわからない事を言うな……それで、結局何を言いたいんだ?」

 

「……………」

 

 

 

 

「───カナタ君が傷付く度に、その様子を痛ましく思う人間がいると言う事を自覚してください」

 

「……っ…」

 

「今のカナタ君の心が、崖っぷちにいると言う事は分かっています……もちろん私だけではありません、補習授業部のみんなや先生だって、その事を理解しています。」

 

ハナコの言葉を聞くと、心臓がキュッとして冷や汗が流れてくる。まるでハナコは俺の心の中を読んで、その上で的確な言葉を投げている様だ。

 

きっと、言わないだけでハナコには俺の心の状態をある程度把握しているんだろう。どこまで追い詰められているのか、どれほど傷付いているのかを……

 

「……と言うことは、補習授業部や先生って結構怒ってる?」

 

「それはどうでしょうか……怒っている事としたら『ミカさんとの戦闘を無謀だと分かっていながらも挑戦した』と……そのくらいでしょうかね?」

 

「……………」

 

やっぱり気付かれていた、ミカ姉ちゃんに勝てないと思っていても俺が挑んだって事を……いや、この様子だとハナコがみんなに伝えたんだな。

 

前々から『浦和ハナコ』が恐ろしい人間だと噂で聞いてはいたけど、まさかここまで情報網が広いだなんて恐ろしくなってくる。

 

……それぐらいの才能を持っていれば、それ程の頭脳を持っていたら。俺はあの家でも孤立せずにミカ姉ちゃんと同じくらいの境遇を受けられたのかな。

 

「結局何が言いたいんだ?分かっている通り、俺のトリニティの象徴とも言える桐藤ナギサを否定した人間だぞ?そんな奴に、言うことなんて何もないだろ。」

 

「果たして本当に、カナタ君はナギサさんを否定したくて否定したんですか?」

 

「……本当に、何が言いたいんだ。」

 

妙にハナコの言葉が引っ掛かった、『ナギサさんを否定したくて否定したのか?』と言う質問……そのはずだ。俺はナギサさんを根っこから否定したんだ。

 

あの人は俺を助けようとしてくれたのかもしれない、でも俺はそれを自分で否定した、望んで桐藤ナギサという人間を否定したんだ。

 

「……………」

 

「俺は…あの人の伸ばしてくれた手を振り払った、あの人が俺に寄り添おうとしてくれたと言うのに。」

 

「分かってるよ、俺がこんなのになった理由は、ほとんどがミカ姉ちゃんとナギサさんにあるってさ。」

 

そう言って胸を強く抑えると、カナタはハナコの顔をまじまじと見つめた。先程言った事の答え合わせをしたいようだ。

 

 

「答え合わせだ、俺は自らがナギサさんを『否定した』、あの人がこれ以上関わって来ない様に。」

 

「………本当に、それで良いんですか?」

 

「良いよ、もうあの人に言いたいことは全部言ってしまったし……それよりハナコ、試験の方は?」

 

話題を逸らそうと試験の話を持ち出した、ハナコがここにいるのは試験が落ちて退学にならずに、合格したからであると言うのに。

 

ハナコ自身もそれは理解している様だった。

 

「私がここにいる理由を、カナタ君がわからないはずありません……それほどまでに、ナギサさんを否定したかったんですね。」

 

「さっきから何なんだ、ハナコにとって俺とナギサさんの関係なんてどうでも良いはずだ。」

 

「確かに、私にとってカナタ君とナギサさんの関係など。どうでも良いのかもしれません……ですが。」

 

 

「カナタ君がこれ以上壊れていく様を、私達が黙って見守れるわけないじゃないですか。」

 

「……っ…」

 

「補習授業部は試験に合格して解散しました……ですが、解散したからと言って、それまでの日常で得た『絆』は、一切と言っていいほど無くなっておりません。」

 

手土産とした物を机に置くと、ハナコはゆっくりと振り向いてこちらを見つめた。

 

「ですから、今度の補習授業部での集まり……カナタ君も来てくださいね?うふふっ♡」

 

「………」

 

「では、私はこれで……。」

 

そのまま出て行こうとしたハナコの手を、ベットから無理やり身を投げ出して掴んだ。まさか俺に手を掴まれると思わなかったのか、ハナコは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「…ミカ姉ちゃんは……ミカ姉ちゃんは、どうなった…!」

 

「……っ……」

 

「頼む、教えてくれ……!」

 

きっと補習授業部はミカ姉ちゃんに勝った、だからそのミカ姉ちゃんは今頃『本当の裏切り者』としてトリニティに名前が広まっているはず。

 

もしそうなのだったら、何か過激な虐めや悪質な行為があってもおかしくない……。

 

 

「……ミカさんは。」

 

 

 

 

「学園の牢獄に、幽閉されました」

 

「……っ!!」

 

思わず後ろにたじろいで、ハッハッと息を荒くする。冷や汗が額から滝の様に出て来た、牢獄に幽閉されるだなんてそんなことがあり得るのか。

 

「カナタ君は、もうすぐで傷が治ると聞きました……ミカさんに会いにいくのは自由ですが、今のミカさんは……カナタ君に。」

 

「………ハナコ」

 

「とにかく、ミカさんに会うのなら気を付けてください…カナタ君に、危害を及ぼすかもしれません……それでは。」

 

 

「…………」

 

 

 


 

 

 

ハナコが言った通りに、俺は順調にリハビリも進めてベット生活から出れる日が来た。その時にセリナさんから「無理はしないでくださいね」と釘を刺された。

 

生活を脱却して真っ先に向かうのは補習授業部の所でもなく、ナギサさんの所でもなく……トリニティの地下に繋がる階段を下ったところにある場所だ。

 

コツコツと足を進めると、薄暗い廊下の中にティーパーティの服装を着た人物が前を塞いだ。

 

「申し訳ございませんが、ここから先は関係者以外立ち入り禁止です。」

 

「あの部屋の中に居る聖園ミカの弟です、ミカ姉ちゃんに話したいことがあるので、通らせていただけませんか?」

 

「………ミカ様の」

 

ミカ姉ちゃんの居る部屋の警備に回っている人には、『弟』と言う特権を利用して通してもらった。こう言う時は本当に便利な物だなとひしひしと感じた。

 

一歩、また一歩と部屋に足を進めていく。

 

「うわ、あれ……裏切り者の弟じゃ?」

 

「本当だ……裏切り者の弟が、こんなところまで何をしに来たんだろう…」

 

「もしかして実の姉の事いじめに来たんじゃない?裏切り者だから〜」

 

 

「あ、それウケる〜〜。なんならそうなったら私らも混ざる?裏切り者には制裁を、でしょ?」

 

「…………」

 

 

クズが

 

コソコソと人が聞こえるくらいのトーンで話しやがって、裏切り者の弟だからなんだ?それがお前らの笑い話に関係あるのか?

 

ティーパーティの中には、あんな風にクソみたいな人物がいる。裏切り者とは関係ない俺にまで風評被害をもたらす屑ども、考えなしに俺に絡んでくるゴミ、言わば『腐ったのバーゲンセール』だ

 

仮にここで問題を起こしてしまったら、それこそトリニティ全体からヘイトを向けられることになってしまう……今は、意地でも抑えなければならない。

 

 

「あ!来た来た!やっほ〜カナタ⭐︎」

 

「…………」

 

「え、無視?……ちょっとー、お姉ちゃんのこと無視しないでくれる?」

 

こちらに気付いたミカ姉ちゃんは、まるで何事もなかったかの如く『いつもの様子』で手を振って来た。だけど、俺は『いつもの様子』で手を振り返すことができなかった。

 

「なんでそんなにも平気そうなんだ……自分がしたことを分かって強がってるのか?」

 

「……何?実の姉が檻に入れられたって言うのに、最初に掛ける言葉が心配でもなくそれ?嫌味でも言いにきたの?」

 

「そりゃあ、事実だからな。」

 

ミカ姉ちゃんから視線を逸らして周囲を見渡した。以前の部屋に置かれていた化粧品やら可愛い柄のグッズやらは。すっかりと無くなっていた。

 

「理由は……聞いても無駄か、悪いけど、今の俺は何を話せばいいのかなんて分からない。」

 

「何を話せばいいのか分かんないの?じゃあ、何で私の所にきたの?…あ、お姉ちゃんが恋しくなったとか?⭐︎」

 

「……………」

 

「……何?その眼。」

 

ミカ姉ちゃんの言葉を耳にして、無意識に力が入った『ぷちゅっ』と小さな音が聞こえると、俺の手からはいつの間にか血が流れていた。

 

ふとした瞬間に、俺とミカ姉ちゃんの間には沈黙が流れた。ミカ姉ちゃんは手から出る血を眺めるだけで、一切話しかけようとしない。

 

 

 

 

「……なんで」

 

その沈黙を破るかの如く、更に手を握ってミカ姉ちゃんの目をまっすぐに見つめた。

 

「なんで、何にも相談してくれなかったんだよ。なんで辛いって、悲しいって、助けてって言わなかったんだよ。」

 

「……意外だな、カナタがそんなこと言うなんて」

 

「答えてくれよ、ミカ姉ちゃん……そんなに俺が頼りなかったのか?」

 

「違うよ、カナタは頼り甲斐のある弟だって思ってるし。昔は『病気』だったのに、今はすっごく頑張ってるすごい子だって思ってる。」

 

「っ………」

 

ミカ姉ちゃんの声のトーンは、次第に小さくなっていった。この瞬間だけが、ミカ姉ちゃんにとって『本当の気持ち』を伝えられる時なんだろう。

 

「それにさ、私は別に強がってなんかないよ?ただ幼馴染と弟を心底悲しませた最低な姉……本当に、ただそれだけ。」

 

「……そんなの、分かんねえよ」

 

「あははっ⭐︎さっきも思ったけど、何も分からないくせに私に話しかけに来たの?……カナタってやっぱり変わってるよね。」

 

 

「もう、何をしたらいいのかも分からないし……ミカ姉ちゃんに、どんな言葉をかけた方がいいのかも分からない……」

 

徐々に声が沈んでいく俺に、ミカ姉ちゃんは腑に落ちないと言った様子で口を開いた。

 

「……あのさ、ずっと思ってんだけど……何で分かんないの?今、カナタの目の前に居るのはカナタを貶めようとした悪者なんだよ?なんかあるでしょ?罵倒とか暴言とかさ。」

 

「…………」

 

「へぇ、何にも考えてなかったんだ?……最初はあんなにも強く言っていたのに、いざとなれば何も言い返せないんだね。」

 

 

「……それは……」

 

ミカ姉ちゃんはまるで俺の心を煽る様にそう言った……きっと彼女は望んでいるんだろう、俺がミカ姉ちゃんに『恨み声』を出すことに。

 

その言葉さえ出してもらえば、ミカ姉ちゃんは誰からも拒絶された心を完全に壊すことができる。幼馴染を殺そうとした自分を、弟を傷付けた自分を、徹底的に虐めることができる。

 

「何で、俺はここに来たんだろうな……成り行きか、それとも何か言いたいことがあったのか。」

 

「……結局、何が言いたいのか分かんないな。もうちょっとハッキリ言ったらどうなの?」

 

「そう、だな……じゃあ、ハッキリと言わせてもらう」

 

 

 

 

 

 

「ミカ姉ちゃん、俺はアンタが嫌いだ。」

 

「…………」

 

言われた通りにハッキリと、一言一言あやすこと無く伝えた。

 

その言葉を聞いたミカ姉ちゃんは目を大きく見開いた。だけど、すぐさま受け入れるかの様に天を仰いだ。

 

「……そっかぁ…嫌い、か…お姉ちゃんの事が、カナタは嫌いなんだ…うん……」

 

「……それと、もう一つ」

 

 

「……?何?……まだ言いたいことがあるの?」

 

俺にはもう一つだけ、ミカ姉ちゃんに伝えておきたいことがあった……その言葉が心に響くかは分からないけど、俺は言わなければいけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミカ姉ちゃん、俺はアンタを助けたいって思ってる」

 

「……え?」

 

「この言葉は嘘じゃないし、口先だけの言葉でもない……俺の『本当の気持ち』だ。」

 

「……っ……は、え…な、なんで……っ……」

 

「意味分からなさそうだな、俺も意味がわからない。」

 

ふらりとミカ姉ちゃんに背を向けると、別れの挨拶もせずに扉に向かった。ミカ姉ちゃんが後ろで何かを言っていた様な気にするが俺の耳には何も入ってこなかった。

 

 

寮に向かっている最中、何度もミカ姉ちゃんとの会話を思い浮かべ。何度もあの時の自分を恨んだ。

 

本当に、どうして俺はあんなことを言ったんだろうか。ナギサさんには完全に否定する事を述べていたはずなのに、こうもおかしな事を言ってしまったんだろうか。

 

「………罪を償うって決めたんだから、もう全部どうでもいいはずだろ…」

 

そう小さく呟いた途端、ふと脳裏にハナコの言葉が蘇って来た。

 

『果たして本当に、カナタ君はナギサさんを否定したくて否定したんですか?』

 

俺は本当にあの時、ナギサさんを否定したくて否定したのか?それとも、本当の気持ちに嘘を付いているのか?……何も、何も分からない。

 

「誰か教えてくれよ……。」

 

小さく嘆いたその声は風にかき消された。憂鬱な気分を胸に抱えて、おぼつかない足取りで寮の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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