ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい   作:himahy

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ナンって美味しいよね、多分もうそろR1◯作ります


地に堕ちた羽

 

アリウス自治区のさらに奥深く、崩れた聖堂群の中心に建つバシリカは、夜になっても不気味な赤光を放っていた。割れたステンドグラスの向こうから月明かりが差し込んでいるというのに、内部へ足を踏み入れた瞬間、それすら赤黒い靄へ染められてしまう。祭壇の前にはベアトリーチェが一人で立っており、その足元には儀式用と思われる紙束や奇妙な装置が乱雑に散らばっていた。そして、その少し後ろには、虚ろな目をした聖園カナタが何も言わず立っていた。

 

「カナタ。こちらへ来なさい」

 

「…………はい、お姉様」

 

ベアトリーチェが振り返ると、口元にはいつものように不自然な笑みが浮かんでいた。しかし、その指先は一定の間隔で何度も祭壇を叩いており、何かに苛立っていることだけは容易に分かった。カナタが少し歩く速度を緩めただけで、彼女の眉がぴくりと跳ね上がる。そして次の瞬間、祭壇へ叩きつけるような乾いた音がバシリカに響いた。

 

「…………」

 

「何をのんびり歩いているのですか!私が来いと言ったら、すぐに来なさい、一度言われなければ理解できないのですか?!」

 

「……申し訳、ありません」

 

先ほどまで浮かんでいた笑顔は跡形もなく消えていた。ベアトリーチェは数秒前とは別人のように声を荒らげ、肩を大きく上下させながらカナタを睨みつけている。だがカナタは驚きも恐怖も表には出さず、ただ自分が悪かったのだと考えるように視線を落とした。お姉様を怒らせてはいけない、その考えだけが思考の中央へ残っていた。

 

「……まあ、いいでしょう。今回は許します」

 

「…………」

 

「ですが、次はありませんよ?私を失望させないでください、カナタ」

 

「……はい、お姉様」

 

ベアトリーチェは再び笑みを浮かべると、祭壇の陰から小さな金属製の物体を取り出した。それは掌へ収まるほどの大きさで、表面には用途を示す文字も装飾もなく、一見すればただの機械部品にしか見えない。だがカナタはそれを目にした瞬間、理由の分からない嫌な感覚を胸の奥に覚えた。それでも差し出された手から受け取ることを拒むという考えは、最初から存在していなかった。

 

「貴方には、これを預けておきましょう」

 

「……これは」

 

「私が所属している組織の発明品です、きっと貴方を手助けしてくれることでしょう。」

 

カナタは手の中の装置を見下ろしたまま動かなかった。使い方も、どれほどの範囲へ影響を及ぼすものなのかも知らされていない。普通ならば疑問を持つべき場面なのだろうが、今のカナタにとって重要なのはそこではなかった。お姉様が持てと言った、ただそれだけで十分だった。

 

「そうです。それでいいのです。貴方は余計なことを考える必要などありません。私が命令し、貴方が実行する、それだけで十分なのです」

 

「…………」

 

ベアトリーチェは祭壇の奥から古びた地図を引っ張り出し、カナタの前へ広げた。地図にはアリウス自治区の古い通路や廃墟が細かく書き込まれており、その一角に赤い印が付けられている。彼女はその場所を爪先で何度も叩き、やがて苛立ったように指先で紙を強く押し込んだ。古びた地図はその圧力に耐えきれず、小さく裂けた。

 

「ここです」

 

「…………」

 

「裏切り者の四人が、この付近を移動しています。そして憶測ですが。シャーレの先生も、近いうちに彼女たちへ接触するでしょう」

 

「……シャーレの、先生」

 

カナタの口からその単語が出た瞬間、ベアトリーチェの表情が変わった。先ほどまでの笑みが引きつり、赤い瞳が鋭く細められる。カナタが僅かに反応したことすら、彼女には自分への反抗の兆候に見えたらしい。そして手にしていた地図を突然握り潰し、床へ叩きつけた。

 

「先生、先生、先生!貴方はあの大人を特別扱いするつもりですか!?私よりも、あの者への考えを優先するのですか!?」

 

「違い、ます……」

 

「ならば黙って命令を聞きなさい!」

 

怒鳴り声がバシリカ全体へ反響した。カナタは視線を下げ、拳を軽く握りしめる。先生という言葉を聞いた時、胸の奥で何かが動いた気がしたが、それが何だったのかを考える前にベアトリーチェの声が上書きした。考えてはいけない、お姉様を怒らせてはいけない、その二つだけが何度も頭の中を回った。

 

「アリウススクワッドを排除しなさい」

 

「…………」

 

「ただし、一人だけ例外があります。藤色の髪をした少女。秤アツコだけは傷つけず、必ずここへ連れて来るのです」

 

「……はい」

 

ベアトリーチェはカナタの目の前まで歩み寄ると、その顎へ指先を添えて無理やり顔を上げさせた。カナタの瞳は焦点が定まっておらず、命令以外のものを見ていないようだった。その状態を確かめたベアトリーチェは、ようやく満足そうに笑った。まるで自分の作り上げた道具が正しく動いていることを確認する研究者のようだった。

 

「残りの三人は、貴方の判断に任せます」

 

「…………」

 

「貴方の実力を見るには、ちょうど良いでしょう。それすらできないようなら、私の弟を名乗る資格がない事を自覚なさい。」

 

「……必ず、遂行します」

 

その答えを聞いた途端、ベアトリーチェは機嫌を直した。先ほどまで怒鳴り散らしていたことなど忘れたかのように、カナタの髪へ手を伸ばして数度撫でる。褒められた、それだけでカナタの胸の中に小さな安堵が生まれた。だからこそ、次の命令を失敗してはいけないという思いはさらに強くなった。

 

「良い子ですね、カナタ」

 

「…………」

 

「私の期待を裏切らないでください。貴方は私のためだけに動けばいいのです」

 

「……はい」

 

カナタは踵を返し、バシリカの巨大な扉へ向かった。背後からベアトリーチェの視線が突き刺さっていることを感じても、振り返ることはない。重い扉を押し開けると、外には月明かりに照らされたアリウスの廃墟が広がっていた。次の瞬間、白い翼が大きく開き、カナタの身体は夜空へ飛び出した。

 

早くしなければならない。遅れれば、お姉様が怒る。失敗すれば、お姉様を失望させてしまう。その三つだけが、夜風の中を進むカナタの思考を埋め尽くしていた。

 

一方、指定された廃墟区域では、アリウススクワッドが追手を振り切ろうとしていた。サオリは先頭で周囲を警戒し、ミサキとヒヨリは疲労の色を滲ませながら後へ続いている。アツコも決して万全ではなかったが、それでも仲間たちの様子を確認しながら一歩ずつ進んでいた。そしてその時、サオリが唐突に足を止めた。

 

「止まれ」

 

「リーダー……?」

 

「上だ!」

 

その声と同時に、四人は別方向へ飛び退いた。直後、月明かりを遮るように一つの影が落下し、地面へ強烈な衝撃が走る。乾いた地面が大きく揺れ、砂煙が視界を覆った。サオリはすぐさま銃を構え、煙の中心へ照準を合わせる。

 

「何者だ!」

 

「返事をしろ!」

 

砂煙の中から、一人の少年がゆっくりと姿を現した。白い翼、見覚えのある顔立ち、そして手に握られたSMGを見た瞬間、サオリの表情が強張る。本人とは直接深い関わりがなくとも、その人物を大切に思っている者たちとは何度も接点があった。だからこそ、今の彼が放つ異様な雰囲気を見間違えることはなかった。

 

「……聖園、カナタ?」

 

「…………」

 

「何故、お前がここにいる」

 

カナタは答えなかった。視線はサオリを見ているようで、その向こうの何かを見ている。サオリは僅かに息を呑み、引き金へ掛けた指へ力を込めた。その目が、かつて命令だけに従って生きていた自分自身とあまりにも似ていたからだ。

 

「……リーダー、多分だけど。まともに話し合える相手じゃないと思うよ。」

 

ミサキが低く呟いた。ヒヨリも普段の気弱な声すら出せず、ただ武器を握りしめている。アツコだけは少し離れた位置からカナタの顔を見つめ、その視線の奥にあるものを探ろうとしていた。だがカナタの瞳には、誰かの言葉を受け取れるような余白がほとんど残っていなかった。

 

「……アツコ」

 

「……何?」

 

カナタが初めて言葉を発した。短い一言だったが、それだけでサオリの身体が動く。彼女は即座にアツコの前へ回り込み、銃口をカナタへ向けた。カナタはその反応にも表情を変えなかった。

 

「目的は姫か……誰に命令をされた」

 

「…………」

 

「答えろ、聖園カナタ!」

 

次の瞬間、カナタの姿が消えた。サオリが反射的に横へ飛ぶと、直後に地面を踏み砕くような音が響く。振り抜かれた一撃を辛うじて避けたサオリは、そのまま距離を取って銃を構え直した。だがカナタは追撃せず、ただアツコへ向かう進路を塞ぐ彼女だけを見ていた。

 

「退け。お前に用はない。」

 

カナタは再び踏み込んだ。サオリも撃ち返しながら距離を取り、廃墟の壁を利用して進路をずらす。ミサキとヒヨリも援護へ入ったが、消耗した状態ではカナタの動きを止めきれない。数十秒もしないうちに、三人は明確な力量差を思い知らされた。

 

「………頑張ってる、このままいけば、きっと認めてくれる」

 

その呟きは本当に一瞬だけであり、本人すら放ったことに気づかなかったかもしれない。だがサオリは見逃さず、確信へ近づく。目の前の少年は自分の意思だけでここに来たのではないと。

 

「全てお姉様の為だ。全部全部この世界に受け入れてほしいから……そうだ。そこに自分自身の意志なんて存在しない。」

 

「お姉様……?」

 

サオリの眉が動いた。ミカの人柄を知っている以上は血縁関係のあるものをここまで動かすことはしないと理解していた。アツコも後ろで小さく息を呑む。ミサキとヒヨリは互いに顔を見合わせたが、その呼び名に心当たりがある者は誰もいない。カナタだけが、その言葉を何よりも当然のものとして口にしていた。

 

「……命令は、絶対だ。」

 

「誰がその命令を下した。」

 

「……答える必要は、ない」

 

カナタは再び銃を構えた。サオリも即座に姿勢を低くし、次の攻撃に備える。だがその間へ、突然アツコが歩み出た。手にしていた武器を地面へ置き、そのまま両手をゆっくりと上げる。

 

「アツコ!?」

 

「もういいよ、サオリ。彼女が求めているのは私……そうでしょう?」

 

アツコはカナタを真っ直ぐ見た。カナタはその言葉を否定しなかった。サオリはすぐに腕を伸ばして止めようとしたが、アツコは首を横に振る。彼女の表情は恐怖よりも、仲間を守るために何かを決めた者の静けさに近かった。

 

「私が行くから、他の三人は見逃してほしい。」

 

「……お姉様は」

 

その言葉に、カナタの動きが止まった。ほんの僅かだが、今まで同じ方向だけを向いていた瞳が揺れる。アツコはその変化を見て、もう一歩だけ前へ進んだ。サオリが呼び止めても、彼女は振り返らなかった。

 

「私は行くよ。」

 

「アツコ!」

 

「約束してくれる?みんなを自由にしてくれるって。」

 

アツコはサオリの静止を振り切り投降した。ここで戦い続ければ三人がさらに追い詰められることだけは分かっていた。大切な家族に傷ついてほしくない。自分が行くという選択をするしかなかった。

 

近くにいたアリウス兵の通信機からノイズ混じりの声が流れた。カナタは無意識にそちらへ顔を向け、アツコも音へ耳を澄ませる。通信の向こうから聞こえたのは、聞き間違えようのないベアトリーチェの声だった。

 

『ほぉ……分かりました。お約束いたしましょう。』

 

「その名にかけて、誓って。」

 

『名前……?それにどれほどの意味が?』

 

「必ず約束を守って、サオリ達に絶対に手を出さないでほしいから。」

 

『良いでしょう。全ての巡礼者である私「ベアトリーチェ」の何かけて、お約束いたしましょう……任務は完了しました。今すぐ彼女を連れて戻ってきなさい』

 

「………はい」

 

カナタが静かに頷く。アツコはその瞬間に、カナタが先ほど口にした「お姉様」が誰なのかを理解する。サオリたちも同じ結論へ辿り着き、顔色を変えた。カナタだけが子供のように肩を僅かに縮めていた。

 

『傷一つないよう、丁重に扱いなさい。儀式は明朝の日の出とともに始めます。』

 

「……元気でね、サオリ。みんな───さようなら。」

 

「姫………。」

 

そこでベアトリーチェは一度言葉を止めた。数秒の沈黙の後、苛立ちに満ちていた声が急に低くなり、不気味なほど穏やかなものへ変わる。その変化の方が、アツコには怒鳴り声より恐ろしく感じられた。そして彼女は、まるで出来の悪い道具を試すような口調で続けた。

 

『待ちなさいカナタ、貴方はスクワッドの始末が残っているでしょう?……彼女のことは他の駒に任せて、貴方はそこの三人を始末しなさい。』

 

「……はい。」

 

アツコの姿は部隊の兵と共に夜の廃墟の向こうへ少しずつ小さくなっていった。サオリは追い掛けることもできず、ただ拳を強く握ったままその背中を見つめている。ミサキとヒヨリも口を開けず、重たい沈黙だけが三人の間へ落ちた。

 

そしてサオリは、今までとは別の意味で自分の存在価値を失っていた。

 

コッキング音が夜の街に小さく響き、その銃口の先にいるのは始末するべき対象。カナタは何の情もなく、静かに引き金を引く準備をした。

 

「お前が……何故、ヤツに従っている。」

 

「……お姉様の命令は絶対だ。全てを捨てたお前達には何も分からない。」

 

「何故、ミカではなく……あの女を姉と呼ぶ。」

 

「………っ……」

 

また。

 

まただ。

 

どこか懐かしく、それでいてぼんやりと思い出せない。まるで頭がその言葉を拒絶しているのか、背筋が冷たくなり気持ち悪くなる……。

 

銃声が夜空に響き渡り、カナタは背を向けて歩き始めた。自分本位のテンポだが。何かに操られている感触がした。どこかで足を踏み外せば無理やり直す。問題がなければただ敷かれた場所を歩き続ける……どこにも自分の意志など必要無いはずなのに、余計な事を考えてしまった。

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