ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい 作:himahy
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ティーパーティのテラスに漂っていた、あの心臓を素手で掴まれるような圧迫感から解放され、俺とセイアさんは静かに廊下を歩いていた。
背後からは、言葉にならない『この世の終わり』を告げるような、低く重い地鳴りのような気配が追いかけてきていたが……今は考えないことにした。
「……ふぅ、生きた心地がしませんでしたよ、セイアさん、いえ、セイアお姉様」
わざとらしく、しかし精一杯の親愛を込めてそう呼ぶと、隣を歩くセイアさんの耳がピクリと跳ねた。
彼女は手元の資料に目を落としたままだが、その口角がわずかに、本当にわずかに上がっているのを俺は見逃さなかった。
「…そうだね……だけど、あの2人があそこまで綺麗に硬直する様は、今までで見たことがないよ。カナタ、君は実にいい仕事をした」
「仕事って……俺は必死だったんですよ。あのままじゃ、ミカ姉ちゃんには物理的に、ナギサさんには精神的に、文字通り『解体』されるところでしたから」
「全くだ、あのように愛が重すぎる身内を持つと、苦労が絶えないね。だが安心したまえ、私の『補佐』である以上、君の身の安全は私が保証しよう」
「……ありがとう、ございます。」
そう口にしたセイアさんは、片方の手で俺の頭を軽く撫でた。ミカ姉ちゃんの激しい物とは違う、ふんわりとした羽毛が触れるような、淡くてどこか落ち着く手つき。
俺は思わず、安堵から小さく吐息を漏らした。
それから数日。俺の『セイアお姉様の補佐』としての生活が本格的に始まった。主な業務は彼女が読み解く膨大な資料の整理、そして彼女の体調管理を兼ねた身の回りの世話だ。
「カナタ、この資料をあの校舎へ届けてくれないか?あぁ、それと……帰りにあそこの角にある店で、新作のアールグレイを買ってきてほしい。」
「君が淹れるお茶は、ナギサのそれとはまた違った『安らぎ』があるからね」
「はい、承知しました。お任せください、お姉様」
その影の正体が見えなくとも、俺は直感的に予感してしまい、少しだけピタリと動きを止めてしまった。
「おや、二人とも。私の補佐に何か用かな?」
そこへ悠然と姿を現したセイアさんは、ごく自然な動作で俺の腕をとり、自分の隣へと引き寄せた。俺の肩に自分の頭を預けるような、これ以上ないほど『親密』な距離感で。
「セイアちゃん……ちょっと、そこどいてよ。カナタは、カナタは私の弟なんだよ?そう言うことして良いのはお姉ちゃんだけなんだから。」
ミカ姉ちゃんがボソッと呟く、その瞳には黒い何かが溜まっているが、それは悲しみというよりは奪われた獲物を取り返したい捕食者の執念に近い。
「ミカさん?いつまで自分だけの世界に囚われているのですか?……彼は今、私の『右腕』公私ともに私を支える、かけがえのないパートナーなのです」
「ふふっ。公私ともに、か……確かにね。昨夜もカナタには遅くまで私の部屋で、資料の読み聞かせを手伝ってもらった……彼はとても聞き上手でね、ついつい私も甘えてしまったよ、そうだろう?カナタ。」
「え、ええ……まぁ、そうですね。」
ここで否定しまったら、きっと俺はセイアさんから絞められる。冷や汗を流しながら肯定するとミカ姉ちゃんの背後の翼が大きく開いた。
初めて見た、ミカ姉ちゃんの翼が音を立てて開くのは、基本後ろの羽は感情が高ぶった時やら落ち込んだ時やらに反応する物……この場合は、おそらく。
「昨夜……?セイアちゃんの部屋で……二人きりで……?」
「カナタさん……貴方という人は……!」
「ミカ、ナギサ。あまりカナタを困らせないであげてくれないか?彼は今、私のためと言ってくれているんだ……そう、私『だけ』のためにね。」
セイアさんは俺の腕をギュッと抱きしめた。薄い服越しに伝わる彼女の体温。そして、勝利を確信したような不敵な微笑み……何故だろうか、ここに居るのはまずい気がした。
「あ、あはは……じゃあ、失礼しますね、ミカ様、ナギサ様」
俺は逃げるようにセイアさんに引かれ、執務室の中へと消えた……閉まるドアの隙間から見えたのは、膝から崩れ落ちるミカ姉ちゃんと、持っていたティーカップを握りつぶしたナギサさんの姿だった。
あれ?ナギサさんって、ティーカップを握り潰せるほどの力があったっけな……とは思ったものの、今はセイアさんに腕を引かれるがまま歩き続けた。
「……ふぅ。これでしばらくは、あの子たちも大人しくなるだろう」
「セイア様、今の絶対逆効果ですよ! 二人の目が完全に……!」
「それはあまり気にしないほうがいいさ。それよりカナタ……君、先ほど私のことを『セイア様』と呼んだね?」
「え?ああ、つい……」
すると、セイアさんは少しだけ頬を赤らめ、俺の胸元を軽く小突いた。
「……そこは、お姉様と呼ぶところだろう。私を……独り占めしていいのは、今この瞬間だけなのだから」
「……っ!」
俺は身に沁みて感じた、目の前にいるのは。いつもの神秘的な予知者ではなく、ただの寂しがり屋な少女のようなセイアさんだということに。
ミカ姉ちゃんたちのブラコンっぷりも怖いが、この『静かに、着実に外堀を埋めてくる』セイアさんの手口が一番恐ろしいのではないか。
「ふふっ、安心したまえ。これも事前演習みたいなものさ……それに、あの2人には私もうんざりしていた。だからこそ、彼女ら2人に見せつけてやるんだ。君が横取りをされたと、もう姉の元に居るべき存在なのではないと。」
「それって、どういう……」
「簡単なことだよ、カナタ、今から私の考えを伝える。その作戦がどれほど常軌を逸したものでも、やらなければ一生あの2人に見つめられることとなる……やってくれるね?」
「は、はい……。」
俺は手伝いとはいえ、このティーパーティに加入したことを死ぬほど後悔し、そして───ほんの少しだけ、悪くないと思ってしまった自分を呪うのだった。
ティーパーティの執務室の重厚な扉が、無慈悲な音を立てて閉まった。
その直前にカナタが向けた視線は、もはや姉を頼る弟ではなく、分かちがたい絆で結ばれた『愛』を慈しむような、あまりにも甘く完成された親愛の形をしていた。
「……うそ……うそでしょ、カナタ……?」
ミカはその場に崩れ落ち、震える指先で冷たいタイルの床をなぞった。彼女の頭の中では、先ほどカナタが口にした「姉様」という響きが嫌になるほど脳裏に焼き付いた。
自分だけが呼ばれるはずだった、自分だけが独占していいはずだったその響きが、あろうことか親友であるセイアに向けられた。
それも『義務感』ではなく、自らの意志で選び取ったような、不器用な笑みも含めて。
ミカの背後の翼がボロボロと羽をこぼしながら力なく垂れ下がる、彼女にとってカナタは、この濁った世界で唯一自分を『聖園ミカ』という一人の女の子として繋ぎ止めてくれていた。
しかし、そのカナタが自分の目の前で、自分を拒絶するようにして別の誰かの手に渡ってしまった。
「ナギちゃん……カナタが、行っちゃった……私の、私のカナタが……セイアちゃんの所に……」
隣に立つナギサに助けを求めようと顔を上げたミカは、思わず言葉を失った。
何か思っているであろう幼馴染の手元では、お気に入りだった『アンティーク』のティーカップが、鈍い音を立てて粉々に砕け散っていた。
破片が指先に食い込み、わずかに赤い筋が流れている、彼女は痛みを感じる様子すらない。
その瞳からは、いつも堪えていた理知的な光が完全に消失し、ただただ底の知れない虚無と執着だけが渦巻いている……まるで、動かない人形の様だった。
「……私たちの教育が、足りなかったようですね」
ナギサの声は、もはや人の発する温度を持っていなかった。
「……私がこれまで、どれほどの慈しみを持って彼を、弟のように……いえ、それ以上に大切に育んできたと思っているのですか?それを、あのような……あのような『横から掠め取る』ような真似を……」
ナギサの脳裏には、セイアの腕に絡め取られ、されるがままに執務室へと消えていったカナタの背中が焼き付いて焼き付いて仕方がなかった。
セイアが最後に浮かべた、勝ち誇ったような、そして『彼はもう私のものだ』と告げるような冷徹な微笑、それは、長年共に歩んできた親友による残酷な裏切りだった。
「ミカさん……私たちは、間違えていたのかもしれません」
ナギサがゆっくりとミカを見下ろす。その瞳には、かつての敵意ではなく、同じ地獄に突き落とされた者同士の歪んだ愛の共鳴を見つけられた。
「優しく見守るだけでは、小鳥はすぐに別の巣へ飛び立ってしまいます……逃げられないように、羽を折り、籠に入れ、鍵をかけ、私たちが与える水と餌だけを待つように仕込むべきだったのです」
「……うん、そうだよナギちゃん。カナタは、自分がどれだけ悪いことをしたか分かってないんだよ。」
「セイアちゃんなんかのところに行っちゃうなんて……お姉ちゃん、悲しいな……だから、徹底的に分からせなきゃ。もう二度と、私の手を離そうなんて思わないくらいに」
二人の少女の間に、もはやティーパーティの誇りなどは存在しなかった。そこにあるのは。唯一の光を奪われたことによる壊滅的な喪失感と奪い返すための狂気だった。
閉ざされた扉の向こう側で、セイアに身を委ね、少しずつその色に染まっていくカナタの気配を感じながら、ミカとナギサは、かつてないほどに深く暗い雰囲気になった。
今日も今日とてトリニティの月は、まるでこれから始まる歪な愛の形を嘲笑うかのように、青白く静かにテラスを照らしていた。
『残念だが、カナタは私の物になった。もう君たち2人がどうこうできる次元ではないのだよ。』
「は……え?……あ、……は?」
「……ねぇセイアちゃん、今の、冗談だよね?あはは、面白い冗談だね、ちょっとびっくりしちゃった。」
「ね?冗談だよね?」
ミカ姉ちゃんの笑顔は、まるでひび割れたガラスの様だった。背後の翼は不自然な角度で逆立ち周囲の空間が彼女の『神秘』によって物理的に歪んでいる。
「いいえ、ミカさん。これは冗談で済まされる範疇を超えています。セイアさん……貴方という人は、予知の光を失ってから、随分と『強欲』になられたようですね」
ナギサの手元では、お気に入りだったティーカップが嫌な音を立てていた。彼女の瞳からはハイライトが完全に消失し、冷徹な
その二人の、魂を削り取るような視線を真っ向から受けながら、セイアさんはどこか惚気とした表情で、俺の腕に自身の細い指を絡めた。
「ふむ……強欲、か。心外だね、ナギサ。私はただ君たちが『弟』という言葉の檻に彼を閉じ込め、自分達のものにしようとしているのを正しく導こうとしているだけだよ。」
「……カナタ、君もそう思うだろう?」
「セ、セイアお姉様……あの、二人の顔が、その……」
セイアは流れるような動作でカナタの背後に回り込むと、彼の首筋にそっと顔を寄せ、ミカとナギサにはっきりと見える位置で、その白い肌に自身の唇を押し当てた。
「っ……あ……!?」
ドキッとした、内心すっげぇドキッとした、普段お淑やかな雰囲気を出してるセイアさんに、こんなことをされている。友達の距離感と思った彼女から……。
「あ……あああ…………」
ミカ姉ちゃんの口から、言葉にならない声が漏れた。彼女の脳内では、自分だけが独占していたはずの『聖園カナタ』という人間が、親友の手によって塗り替えられていく光景がスローモーションで再生されていた。
「……見てごらん、ミカ、ナギサ。カナタの体温が上がっていっている、これこそが、君たちがいつも一方的に押し付けていた
「しかしそんなものは、今の彼には必要ないのさ、彼が求めているのは、もっと直接的な魂を焦がすような……こういう『体温』なのだよ」
セイアさんは挑発的に微笑むと、俺の制服のネクタイを指先で緩め、そのまま胸元に手を滑り込ませた……。
「なっ……セ、セイアさん!!貴方は一体何を……!」
その光景を見ていられなかったナギサさんが立ち上がる。しかし、その脚はガクガクと震え、彼女の脳は目の前で繰り広げられる
「……ナギサ、君は彼にこれ以上のことをしたことがないのかい?ああ、そうだったね。君はいつも『礼節』という名の壁を作って、彼に触れることすら躊躇っていた……でも、私はそんな君とは違う」
「……はい?」
「!?……」
セイアさんは俺の耳たぶを、ハムリと優しく噛んだ、おめもわず口から漏れたのは、姉2人が聞いたこともないような甘ったるい声だった。
「ちょ……せ、セイアさ…」
「なに、作戦通りだろう?……それとも、きちんと私の言葉を聞いていなかったのかな?」
「聞いてましたけど、流石にこれは……んひゃっ!」
セイアさんの耳攻撃は、言葉を重ねるたびにエスカレートしていった。目の前で絶望な表情を浮かべる2人には申し訳なかったものの、今は作戦通りにやるしか無かった。
「……セイアちゃん、もういいよ。もういいからさ、そこを退いてくれないかな。」
ミカ姉ちゃんの声には、感情の沸騰点はとうに通り過ぎ、残されたのは
彼女の背後の翼が重苦しく、鋭利な威圧感を持って横に広がった。一歩、また一歩と詰め寄るその足取りに合わせて、俺の恐怖心が増していく。
「……えぇ……そう、ですね。」
ナギサさんもまた、壊れた人形の様な笑みを浮かべて静かに歩みを進めてきた。その掌からは、先程のカップの破片で切った一筋の鮮血が滴っていた。
「おや、二人とも。それほどまでに彼に執着しているとはね。しかし、私と彼の間に流れた濃密な時間を今更なかったことにはできないよ……そうだろう?カナタ?」
「…………………せ、セイア……さん。」
セイアさんは、その、作戦通りにやってくれているのは助かるんだけど……少しぐらいあの姉2人を抑えることはできなかったのかな、それももうちょっと穏便に。
……おれ、ここで死ぬのかな。
「と言う展開になることが予想されるよ、それでもいいならこの作戦を実行しようと思っているのだが……。」
「いや無理無理無理無理無理!!!!」
重すぎる、セイアさんが予想する展開とはいえオチも感情も何から何まで全てが重すぎる!!ヤバいだろ、なんで俺なんかのためにそんなになるんだよ。
「いや、マジで待ってくださいって。なんでそんな話になるんですか、あとセイアさんも重すぎますって。」
「ふふっ、何。今の私はお姉様なのだから、ミカとナギサを見習わなければならないんだ。」
「何がお姉様ですか……。」
ティーパーティの中で1番にわんぱくなのはミカ姉ちゃんかと思ったけれど、この人もまぁまぁわんぱくなのかもしれない。