ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい 作:himahy
最終投稿、3ヶ月……3ヶ月前………エ?
あの恐ろしく具体的な未来予測をセイアから聞かされた日の夜、カナタは寮のベッドに横たわりながら、ミカとナギサの今後について真剣に考えていた。
二人が自分を大切にしてくれていることは疑っていないし、その愛情に救われてきたことも否定するつもりはないのだが、補佐を誰にするか決めただけで空間が歪み、ティーカップが寿命を迎えかける現状は、家族愛や幼馴染への親愛という言葉だけで片付けるには少々火力が高すぎる。
中途半端にセイアへ近づいて嫉妬させるからこそ、二人はまだ自分を取り戻せると考えて追いかけてくるのであり、いっそのこと完全に奪われた姿を見せれば、現実を受け入れて諦め今後は節度を守ってくれるのではないか。
そんな、深夜特有の判断能力が溶けた人間しか思いつかない結論へ到達したカナタは、翌朝、目覚めた後もその案をなぜか名案だと思い続けた。
「セイアお姉様、俺を完全に奪ったことにしてください」
朝の執務室で資料を読んでいたセイアは、頁をめくる指を止めると、まるで聞いた言葉を頭の中でもう一度組み立て直すように、ゆっくりとカナタへ顔を向けた。カナタは机の向かい側に姿勢よく座り、自分でも何を提案しているのか理解していると言わんばかりの真剣な表情を浮かべていた。
その内容は要するに、ミカとナギサの前でセイアに完全に心変わりした演技を行い、姉二人の独占欲を根元から折るというものだった。
半端な演技では見破られるため、所属、呼び方、日常の優先順位、相談相手、休憩時間の過ごし方まで、すべてセイアへ移したように見せる必要があり、ミカとナギサには一切の事前説明を行わない。セイアは数秒間カナタの顔を見つめた後、手で口元を隠しながら、珍しく肩を震わせて笑い始めた。
「カナタ、君は時折、私の想像を軽々と飛び越える発言をするね。」
「笑い事じゃありませんよ、俺は真剣です」
「真剣だからこそ面白いのさ。しかし確認しておくが、君の目的は二人を壊すことではなく、今後の暴走を抑えることなのだろう?」
「もちろんです。少しショックを受けてもらって、俺が誰かの所有物じゃないって分かってもらいます」
口に出して説明すればするほど危険な計画に聞こえてきたものの、ここで引き下がれば、またミカとナギサの間で補佐争奪戦が始まり、最終的にカナタが書類ごと二つへ引き裂かれる未来しか見えなかった。
セイアは机の上へ頬杖をつき、カナタの精神状態や計画の成功率を測るように、神秘的な瞳を僅かに細める。予知能力を失っている現在のセイアにも、これを実行した先で穏便な結末を迎える映像だけは、どうしても思い浮かばなかった。
それでも、ミカとナギサが日頃から自分の前でカナタの話ばかりしていることへの小さな仕返しと、カナタがどこまで大切な人を壊すであろう演技を貫けるのかという好奇心が勝ち、セイアは静かに頷いた。
「分かった。君の提案を受け入れよう」
「本当ですか?」
「あぁ。ただし、一度始めた以上、二人が疑う余地を失うまで途中で崩してはいけないよ」
「……なんか急に怖くなってきたんですけど」
作戦の実行日は三日後に決まり、セイアはミカとナギサへ、ティーパーティの補佐制度について重要な報告があるという連絡を送った。カナタにはサンクトゥム派のマークが入った小さなワッペンが用意され、いつもの制服の胸元にはそれを目立つように取り付け、腕にはセイアから借りた淡い色のリボンまで結ばれることになった。
さらにテラスの座席も変更され、これまで客人として少し離れた場所へ座っていたカナタの椅子は、セイアの椅子と触れそうなほど近くへ置かれ、ミカとナギサの席は対面側へ移された。
準備を進めるセイアの手際があまりにも良すぎたため、カナタは途中から、自分が計画を提案したのではなく、最初からセイアの罠へ自分で歩いてきたのではないかと疑い始めた。
当日、ミカとナギサがテラスへ足を踏み入れた時、最初に目へ入ったのは、セイアの隣で静かに紅茶を淹れているカナタの姿だった。普段なら二人が現れた瞬間、ミカへ軽く手を振り、ナギサへ丁寧に挨拶をするはずのカナタは、僅かに視線を向けただけで、先にセイアのカップへ紅茶を注ぎ、温度が適切かどうかを確かめている。
胸元に輝くサンクトゥム派のワッペンと、腕へ巻かれた見覚えのないリボンに気づいたミカの笑顔が固まり、ナギサは目を細めながら、状況を分析するように席と二人の距離を交互に確認した。
カナタの心臓は既に全力疾走を始めていたが、ここでいつもの顔を見せれば計画が崩れるため、教わった通りにセイアの椅子を引き、彼女が座るまで傍らで待った。
「待っていたよ、2人とも。今日はカナタについて報告がある」
「……カナタについて?」
「私たちにも知らされていない報告ですか?」
セイアは二人へ座るよう促したが、ミカは入口付近から動かず、ナギサも椅子の背へ手を添えただけで腰を下ろそうとはしなかった。そんな二人の視線を浴びながら、カナタはセイアの隣へ着席し、膝の上で握った手が震えないよう必死に力を込める。
今すぐにでも、これは演技だと叫びながらミカの後ろへ隠れたかったが、自分から提案しておいて開始三十秒で裏切れば、セイアからも姉二人からも信用を失う。
セイアはそんなカナタの内心を完全に理解しているらしく、安心させるふりをしながら彼の手へ自分の手を重ね、二人からよく見える位置へ置いた。
「カナタは本日をもって、私の専属補佐となることを正式に希望した」
「……正式に?」
「これまでのような一時的な手伝いではないのですか?」
「そうだ。執務中だけではなく、食事、休憩、移動、体調管理を含め、今後は原則として私を最優先してもらう」
ミカの翼から力が抜け、ナギサが椅子の背を握る指へ僅かに力を込めたことを、カナタは正面から見てしまった。まだ始まったばかりだと自分へ言い聞かせ、カナタはセイアの手を振りほどかず、逆に了承を示すよう小さく握り返す。
完全な逆N◯Rという言葉を提案書へ書いた時には、どこか冗談めいた響きだと思っていたのだが、姉二人の前で実際に行うと、自分がこれまで築いてきた関係を一本ずつ切断しているような罪悪感が胸へ突き刺さった。
それでも、これを乗り越えれば二人は落ち着くという根拠のない希望だけを頼りに、カナタは用意していた言葉を口にした。
「俺が自分で決めました。これからはセイアお姉様のそば
にいます」
「「…………」」
ミカは笑顔の形を残したまま瞬きすらせず、ナギサも何かを言おうと唇を開いたものの、声が出ないまま閉じた。たった一文で二人の脳内にあるカナタの人物像が音を立てて崩れ、自分たちが最も大切にしてきた弟が、最も警戒していなかった親友を自ら選んだという情報だけが、理解できない物として残った。
カナタは姉二人が怒鳴るか、強引に自分を連れていこうとする展開を予想していたのだが、実際に訪れたのは、声を荒らげるよりも遥かに恐ろしい静寂だった。
ミカはカナタの胸元にあるワッペンを見つめ、ナギサは腕のリボンへ視線を固定したまま、二人とも自分の中で何かが壊れたことさえ理解できていないように立ち尽くしていた。
「カナタ……それ、セイアちゃんに言わされてるんだよね?」
「いいえ。これは俺の意思です」
「カナタさん、何かご不満があったのでしたら、私たちに直接お話しくだされば──」
「二人には、これ以上頼らないと決めました」
自分の口から放たれた言葉が刃物になり、ミカとナギサへ突き刺さる光景を想像してしまい、カナタの胃が強く縮んだ。ミカは一歩だけ前へ出たが、カナタが反射的にセイア側へ身体を寄せる演技をするとその足を床へ縫い付けられたように止める。
ナギサは冷静さを保とうと背筋を伸ばしたものの、呼吸の間隔は明らかに乱れ、いつもなら完璧に整えられている言葉すら見つけられない。
セイアは計画通りに進んでいることを確かめると、カナタの肩へ自分の頭を軽く預け、さらに二人の理解を破壊するための一言を静かに付け加えた。
「昨夜、カナタから相談を受けたのだよ。二人の弟であり続けることに疲れた、とね」
それは作戦会議の際に用意していなかった台詞であり、カナタは思わずセイアへ視線を向けたが、彼女は何も問題はないという顔で微笑んでいた。ミカの表情から最後まで残っていた笑みが消え、ナギサは目を伏せると、自分がこれまでカナタへ向けてきた言葉や態度を、一つずつ脳内で確認し始める。
二人にとって最も恐ろしいのは、セイアに奪われたという事実より、自分たちの愛情がカナタを苦しめ、逃げる原因になったという可能性だった。
カナタはそこまで追い詰めるつもりではなかったため、今すぐ訂正しようと口を開きかけたが、机の下でセイアが彼の手を軽くつねり、最後まで演じろと無言で警告した。
ミカは椅子へ座ることもできず、翼を力なく垂らしたまま、カナタが自分から離れた理由を必死に探していた。ナギサはようやく席へ腰を下ろしたものの、目の前に置かれた空のティーカップへ紅茶を注ぐことさえ忘れ、両手を重ねたまま微動だにしない。
かつてカナタがセイアを姉様と呼んだだけならば、まだ反抗や当てつけだと思えたが、今回は身につけている物も、座る場所も、視線を向ける相手も、すべてがセイアを中心に組み直されている。
自分たちが知らない三日間の間に、カナタの生活そのものが塗り替えられたように見え、姉二人の思考は怒りへ向かうことすらできず、ひたすら同じ場所で空回りを続けた。
「……私のこと、もうお姉ちゃんって呼んでくれないの?」
ミカの声は、これまで聞いたことがないほど小さかった。普段のカナタなら、その一言だけで何もかも白状して駆け寄っていたが、今日は最後まで演じなければ意味がないと自分へ言い聞かせた。
セイアの提案により、ここからは完全に関係を切り替えたように見せるため、いつもの呼び方さえ封印することになっていた。カナタは喉へ詰まる痛みを無理やり飲み込み、自分の中で最も言いたくない呼び名を選んだ。
「今後はミカ様と呼びます」
「………ぁ…」
ミカの瞳から光が消えた。大声を上げることも、机を叩くこともなく、ただその場へ立ったまま、聞いた言葉が自分へ向けられたものだと理解するまで何度も瞬きを繰り返す。幼い頃から自分だけを頼ってくれた弟が、自分との最も基本的な繋がりである呼び方を捨てたという事実は、セイアと手を重ねている姿よりも深く、ミカの心へ決定的な亀裂を走らせた。
ナギサも次は自分の番だと悟ったらしく、顔を上げることができないまま、机の上で重ねた指を僅かに震わせた。
「ナギサ様にも、今までお世話になりました」
「……過去形、なのですね」
「はい」
ナギサはそれ以上何も尋ねなかった。自分がカナタにとって過去の人物になったという表現を、理性的に否定しようとすればするほど、胸の奥から込み上げる感情が言葉を奪い、いつもの気品ある微笑を作ることさえできない。
ミカと違って感情を表へ出さない分、ナギサの中では、幼い頃から積み上げてきた記憶が一枚ずつ裏返され、すべてが自分だけに都合の良い思い出だったのではないかという疑念へ変わっていった。
セイアは二人の脳が想定以上の速度で破壊されていく様子を眺め、流石に少しやりすぎたかもしれないと考えたが、隣のカナタへ視線を向けると、彼も既に泣きそうな顔で演技を続けていた。
このままでは暴走を抑えるどころか、二人を二度と立ち直れない場所まで追い込むと判断したカナタは、作戦の中止を伝える合図として、机の下でセイアの手を二度叩いた。
ところがセイアは合図に気づきながらも手を離さず、むしろカナタの指へ自分の指を絡め、最後の仕上げを行うように身体を寄せる。二人に中途半端な希望を残せば、これは単なる悪戯だと見抜かれるため、一度完全に喪失させた後で種明かしを行わなければ、計画の本当の効果は測れないというのがセイアの判断だった。
カナタは提案者である自分を心の底から殴りたくなりながら、姉二人の前でセイアの手を握ったまま、次の言葉を待った。
「カナタは今後、私の居住区に近い部屋へ移る予定だ。緊急時にはいつでも私のもとへ来られるようにね」
「部屋、まで……?」
「私たちの知らない場所へ、行かれるのですか?」
「彼が望んだことだよ。それに、二人から届く私的な連絡も、しばらくは私を通してもらう」
ミカとナギサは力を抜けたように椅子に座り、テーブルに置かれていた紅茶と目が合った。2人の目の奥に広がっている暗闇は、これからも晴れることはなかった──。