ウチの姉ちゃんと幼馴染、何とは言わんがデカい   作:himahy

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なぎちゃにたんじょうびおめでとう会をするきゃなた

 

7月4日のトリニティは、朝からどこか浮ついた空気をまとっていた。生徒たちはいつも通り優雅に廊下を歩き、庭園では紅茶の香りが風に混じっていたが、カナタだけは明らかに挙動がおかしかった。なぜなら今日は、ティーパーティーのホストであり、カナタにとって幼い頃から憧れ続けてきた存在である桐藤ナギサの誕生日だった。

 

「……よし」

 

カナタは寮の机に両手をつき、目の前に並べた紙を睨みつけていた。そこには『ナギサさん誕生日完全攻略作戦』という、冷静に考えると本人に見られた瞬間に社会的に終わる題名が大きく書かれていた。内容は贈り物、紅茶、ケーキ、誕生日会の招待、当日の会話、万が一ミカが暴走した場合の避難経路まで細かく記されている。

 

「俺は今日、何でもする」

 

カナタは静かに呟いた。普段なら自分のような男がナギサの誕生日を祝うなど恐れ多いと五分くらい床に埋まりたくなるところだが、今日だけは引くわけにはいかなかった。ナギサはいつも自分を支えてくれて、迷った時に手を引いてくれて、時には厳しく叱ってくれる人なのだから、誕生日くらい全力で笑ってほしいと思っていた。

 

「まずはミカ姉ちゃんに連絡……いや、ここが一番の地雷だな」

 

カナタはスマホを手に取り、モモトークの画面を開く。ミカはナギサの幼馴染であり、当然誕生日会に呼ぶべき相手だったが、同時にカナタの実姉であり、カナタがナギサのために動いていると知った瞬間に嫉妬と寂しさと面白がりを全部混ぜた顔で乱入してくる危険人物でもあった。とはいえ呼ばなければ後で確実に「お姉ちゃんだけ仲間外れにした」と泣きながら抱きついてくるため、結局呼ぶ以外の選択肢はなかった。

 

『姉ちゃん、今日ナギサさんの誕生日会をしようと思うんだけど来る?』

 

返信は一秒で来た。

 

『行く!!!!!!カナタが誘ってくれた!!!!!!』

 

『ナギサさんの誕生日会だからな』

 

『分かってるよ!でもカナタが私を誘ってくれたのが嬉しい!』

 

『主役はナギサさんだからな』

 

『分かってるってば!でもカナタと誕生日会準備するの楽しみ!』

 

『主役は』

 

『ナギちゃん!!!!』

 

カナタはスマホを伏せ、深く息を吐いた。何とか認識は合っているようだが、ミカの文面から既に尻尾が千切れる勢いで振られている幻覚が見えた。カナタは次にセイアへ連絡を入れるため、できるだけ丁寧な文章を打ち込んだ。

 

『セイアさん、本日ナギサさんの誕生日会を行いたいのですが、ご都合はいかがでしょうか』

 

セイアからの返信は、ミカと違って少し間を置いてから届いた。文面は短く、しかしどこか面白がっている気配が漂っていた。カナタはその一文を見た瞬間、何となく今日一日が平穏に終わらないことを理解した。

 

『もちろん参加するつもりだよ。だが、今回の主役はナギサであって、そのナギサをエスコートするのは君でもある。そこを忘れてはいけないよ』

 

「……エスコート、か。」

 

カナタは小さく呻いた。セイアが来てくれるなら、ナギサもきっと喜ぶはずだ。カナタは最後に誕生日会の場所として、ティーパーティーの一角にある小さなサロンを借りられるよう必要なものを揃えるために寮を飛び出した。

 

午後のトリニティの購買部は、普段よりも少し混雑していた。カナタは紅茶の茶葉、リボン、花束、上品な包装紙、そしてナギサが好みそうな焼き菓子を次々に籠へ入れていった。途中で値段を見た瞬間に魂が一度抜けかけたが、ナギサの笑顔を想像したカナタは財布の中身と自分の昼食費に別れを告げた。

 

「カナタ!」

 

呼ばれて振り返ると、そこには両手いっぱいに飾りつけ用品を抱えたミカがいた。ミカはカナタの顔を見るなり嬉しそうに駆け寄り、勢いのまま抱きつこうとしたが、荷物が邪魔で途中で止まった。カナタはその隙に半歩下がり、姉の突撃を回避した。

 

「姉ちゃん、買いすぎじゃない?」

 

「え?そうかな?」

 

「風船、紙飾り、花、クラッカー、謎のキラキラ棒……何する気?」

 

「ナギちゃんのお誕生日会を、人生で最高の物にするの!」

 

「ティーパーティーのサロンを祭り会場にするな」

 

ミカは少し不満そうに頬を膨らませた。だがカナタが飾りつけは上品にしたいと言うと、ナギサのためならとすぐに頷いた。ブラコンである前に幼馴染としてナギサを大切に思っていることは間違いなく、その素直さだけはカナタも心から信頼していた。

 

「それで、カナタはナギちゃんに何するの?」

 

「何でもする」

 

「何でも?」

 

「今日だけはナギサさんのお願いなら、紅茶を淹れるでも、荷物持ちでも、勉強の手伝いでも、ティーパーティーの雑用でも何でも」

 

「……お姉ちゃんのお願いは?」

 

「今日の主役はナギサさんだよ。」

 

「むぅ」

 

ミカは分かりやすく寂しそうな顔をした。カナタはその表情に少しだけ罪悪感を覚えたが、ここで甘やかすと誕生日会の主役が一瞬で入れ替わることを知っていた。だから代わりに、余ったリボンを一つミカへ渡した。

 

「姉ちゃんは飾りつけ手伝って。姉ちゃんがいないと、多分華やかさが足りないから」

 

「……ほんと?」

 

「ほんと」

 

「そっか……えへへ!じゃあお姉ちゃん、カナタとナギちゃんのために頑張っちゃうよ!」

 

ミカは一瞬で機嫌を直した。カナタは扱いが分かりやすくて助かると思ったが、同時にこの姉を可愛いと思ってしまう自分が少しだけ悔しかった。二人は荷物を抱え、ティーパーティーのサロンへ向かった。

 

サロンに到着すると、既にセイアが窓際の椅子へ座っていた。小柄な身体に似合わず存在感は妙に大きく、何もしていないのに全てを見透かしているような雰囲気があった。カナタが深々と頭を下げると、セイアは楽しげに目を細めた。

 

「やあ、随分と大荷物だね」

 

「すみません、準備に時間がかかりまして」

 

「構わないよ。むしろ君が必死に走り回っている姿を想像して、退屈せずに待てた」

 

「想像で人を疲れさせないでくれませんかね……。」

 

「わ!カナタ、セイアちゃんにツッコミできるようになってる!」

 

「感動するところがおかしいんだけど。」

 

セイアは小さく笑い、飾りつけの配置について助言を始めた。ミカは感覚で華やかにしようとし、カナタは上品さを保とうとし、セイアはその両方を眺めながら絶妙に面白い方向へ誘導していた。結果として、サロンは派手すぎず地味すぎず、ナギサが好みそうな落ち着いた雰囲気へ整えられていった。

 

カナタは中央のテーブルに白いクロスを敷き、花束を置き、用意した焼き菓子と紅茶の茶葉を並べた。ナギサがいつも使っている茶器に似たデザインのカップも用意していたが、割るのが怖すぎて持つ手がずっと震えていた。セイアはその様子を見て、君が茶器を持つたびにサスペンスの気配がするねと呟いた。

 

「怖いこと言わないでください」

 

「事実を述べただけだよ」

 

「俺の手元に緊張感が生まれるんですけど」

 

「なら落ち着きたまえ。今日の君は主役ではなく、主役を支える者だ」

 

「……分かってます」

 

カナタは一度深呼吸した。そう、今日の主役はナギサであり、自分が格好よく見えるかどうかはどうでもいいことだった。むしろカナタが多少失敗しても、ナギサが笑ってくれるならそれでよかった。

 

「でも、カナタが頑張ってる姿をナギちゃんが見たら、きっと喜ぶと思うよ」

 

「……姉ちゃん」

 

「私だって、カナタが私のために何かしてくれたらすっごく嬉しいもん。」

 

「姉ちゃんの場合、俺が水を一杯渡しても泣きそうになるだろ」

 

「なる!」

 

「なるな」

 

ミカは自信満々に頷いた。カナタは呆れたが、その言葉で少し肩の力が抜けた。ナギサもきっと完璧な誕生日会より、祝おうとした気持ちを受け取ってくれる人だと思えた。

 

やがて約束の時間が近づき、カナタはナギサを呼びに行く役を引き受けた。ミカは隠れて驚かせようと提案したが、セイアがナギサに対して過度なサプライズは逆効果だと冷静に止めた。カナタも全面的に同意し、普通に招く形でサロンを出た。

 

ナギサはティーパーティーの執務室で書類に目を通していた。誕生日であっても仕事を休むわけではなく、普段通りの落ち着いた姿で机に向かっていた。カナタは扉の前で一度姿勢を正し、なぜか面接のような緊張感でノックした。

 

「どうぞ」

 

「失礼します、ナギサさん」

 

「カナタさん?」

 

ナギサは顔を上げると、少し驚いたように目を瞬かせた。カナタが改まった様子で立っていることに気づき、何か問題でも起きたのかと心配そうに表情を変えた。カナタは慌てて首を振り、できるだけ自然に見える笑顔を作った。

 

「その、少しお時間いただけますか」

 

「構いませんが……何かありましたか?」

 

「あります」

 

「まあ」

 

「今日は、ナギサさんの誕生日なので」

 

ナギサの表情が僅かに柔らかくなった。覚えていてくれたのですね、と言う声は静かだったが、そこには確かな喜びが混じっていた。カナタはその一言だけで準備してよかったと心の底から思った。

 

「俺はもちろん覚えています。だから、その……お祝いをさせてください」

 

「カナタさんが?」

 

「はい。今日は俺、ナギサさんのためなら何でもします」

 

「……え?何でも、ですか?」

 

「はい。紅茶でも、荷物持ちでも、仕事でも、勉強でも、できる範囲なら何でも」

 

ナギサは少しだけ目を丸くした。いつも礼儀正しく控えめなカナタが、そこまで真っ直ぐに言い切ることは珍しかった。けれど次には、ナギサは口元へ手を当て、楽しそうに小さく笑った。

 

「では、お願いしてもよろしいですか?」

 

「はい!」

 

「まずは、私の誕生日会へエスコートしてください。もちろん、してくださいますよね?」

 

「……それはもう準備済みです」

 

「ふふ、頼もしいですね。」

 

カナタはナギサをサロンへ案内した。扉を開けると、ミカが待ちきれずに飛び出しそうになり、セイアがその袖を掴んで止めていた。ナギサが中へ入った瞬間、ミカはようやく解放され、満面の笑みで声を上げた。

 

「ナギちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

「おめでとう、ナギサ」

 

「ナギサさん、お誕生日おめでとうございます」

 

ナギサは飾りつけられたサロンを見渡し、少しの間言葉を失っていた。派手すぎない花飾り、丁寧に並べられた菓子、温められた茶器、そして自分のために集まった三人の姿がそこにあった。やがてナギサは胸に手を当て、心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

「えへへ、カナタが頑張ったんだよ!」

 

「姉ちゃん、全部言うな」

 

「事実じゃん!」

 

「主役に裏方の苦労を説明するな」

 

「カナタさんが準備を?」

 

「いえ、ミカやセイアさんにも手伝ってもらいました」

 

「君はもっと誇っていいと思うがね」

 

セイアの一言に、カナタは少し気まずそうに視線を逸らした。ナギサはそんなカナタを見て、また柔らかく笑った。自分のために照れながらも必死に動いてくれたことが、何よりの贈り物のように感じられた。

 

誕生日会は穏やかに始まった。ミカは何度もナギサへおめでとうと伝え、セイアは落ち着いた声で祝辞を述べ、カナタは慣れない手つきで紅茶を淹れた。最初の一杯は少し濃くなってしまったが、ナギサはそれを大切そうに受け取り、一口飲んで美味しいと言った。

 

「本当ですか?」

 

「ええ、とても」

 

「無理していませんか?」

 

「していませんよ」

 

「俺、茶葉の量間違えた気がするんですけど」

 

「少し濃いですが、今日の気持ちがよく出ています」

 

「……ナギサさん、褒めてます?」

 

「もちろんです」

 

カナタは何とも言えない顔をした。ミカは隣でカナタが淹れた紅茶を飲みたいと騒ぎ、セイアは私は二杯目で構わないよと優雅に待っていた。ナギサはその様子を眺めながら、誕生日を祝われることがこんなに温かいものだったのかと静かに感じていた。

 

しばらくして、ナギサへの贈り物を渡す時間になった。ミカは自分で選んだ髪飾りを渡し、幼馴染らしい明るい言葉でナギサを抱きしめた。セイアは美しい栞を贈り、読書の時間が少しでも穏やかであるようにと告げた。

 

「それで、カナタさんは?」

 

ナギサに見つめられ、カナタは背筋を伸ばした。カナタが用意したのは、高価な品ではなく、小さな紅茶のブレンド缶と手書きの券だった。包装紙を開いたナギサは、そこに書かれた文字を見て首を傾げた。

 

「これは……一日中何でもする券……?」

 

「はい……あ、いやその、全然変な意味ではないです。」

 

「それは分かっています。」

 

「ナギサさんが疲れた時とか、困った時とか、誰かに頼りたい時に使ってください」

 

カナタは内心では真剣だった。冗談のような券ではあったが、そこには普段なかなか頼ろうとしないナギサへ、自分を頼ってほしいという思いが込められていた。ナギサは券を指先で撫で、少しだけ目を伏せた。

 

「では、今使ってもよろしいでしょうか?」

 

「え、今ですか?」

 

「はい」

 

「そ、そうですか……なら、何でもどうぞ」

 

ナギサは静かに立ち上がった。カナタは荷物持ちか、追加の紅茶か、書類の手伝いを想像して身構えた。けれどナギサの願いは、そのどれとも違っていた。

 

「今日だけは、私の隣にいてください」

 

「……隣に?」

 

「はい。難しいお願いでしょうか?」

 

「いえ、全然」

 

「では、お願いします」

 

カナタは少し照れながらナギサの隣へ座った。ミカはすぐに反応し、本物の姉の隣にも来るべきだと主張した。セイアはその様子を眺めながら、実に分かりやすい争奪戦だねと楽しそうに呟いた。

 

「カナタ、私の隣にも来て!」

 

「ちょいミカ姉ちゃん、今日はナギサさんの誕生日だぞ。」

 

「分かってるけど!」

 

「ミカさん、本日は少しだけ、カナタさんのことをお借りしますね。」

 

「む、むむ…!ナギちゃんが言うと断れない……!」

 

「断る気だったのですか?」

 

「ちょっとだけ!」

 

ナギサは小さく笑った。ミカがブラコンなのはいつものことだが、今日だけはその嫉妬すら誕生日会の賑やかさに変わっていた。カナタは左右から妙な圧を感じながらも、ナギサの隣に座っているだけで胸が温かくなっていた。

 

会が進むにつれて、カナタは本当に何でもした。ナギサのカップが空になれば紅茶を注ぎ、菓子を取りやすい位置へ並べ替え、ミカが飾りを落とせば拾い、セイアがわざと難しい話を振れば必死に答えた。あまりに動き回るため、ついにナギサが袖を引いて座らせるほどだった。

 

「カナタさん、少し休んでください」

 

「でも、俺は何でもすると言いましたし」

 

「休むこともお願いです」

 

「……それはずるくないですか?」

 

「あら、お願いを聞いてくれはしないのですか?誕生日の主役のお願いですよ。」

 

「……はい」

 

カナタは大人しく座った。ナギサは満足そうに頷き、カナタの前へ焼き菓子を一つ置き、開封した。今日は世話をする予定だったのに、まるで世話をする側が逆になったようで、カナタは少し恥ずかしくなった。

 

「それでは、カナタさん。」

 

「……え?いや、それナギサさんの分じゃ」

 

 

 

 

「あ〜ん?」

 

 

 

「……いただきます」

 

カナタが菓子を食べると、ナギサは嬉しそうに微笑んだ。ミカはその光景を見て、私もカナタに食べさせたいと言い出した。カナタは一瞬で危機を察知し、今日の主役はナギサさんだからと全力で話題を戻した。

 

「カナタ、あーん!」

 

「するかぁ!」

 

「え、な、なんで?!」

 

「今日はナギサさんの誕生日だから。」

 

夕方になり、窓の外が茜色に染まり始める頃、誕生日会はゆっくり終わりへ向かっていた。ミカはまだまだ続けたいと駄々をこねたが、ティーパーティーの仕事も残っているため、セイアがやんわりと現実へ戻した。ナギサは最後まで名残惜しそうに、机の上に置かれた花束と贈り物を見つめていた。

 

「今日は、本当にありがとうございました」

 

「ナギちゃんが喜んでくれてよかった!」

 

「私も良い時間を過ごせたよ」

 

「俺も、祝わせてもらえてよかったです」

 

ナギサはカナタの方へ向き直った。普段なら感謝を言葉にするだけで終えるところだったが、今日は少しだけ違うことをしたくなった。ナギサは手元の『何でもする券』を大切そうにしまいながら、静かに微笑んだ。

 

「カナタさん」

 

「はい」

 

「この券は、大切に使わせていただきます」

 

「はい」

 

「ですが、券がなくても……困った時は頼ってもよろしいですか?」

 

カナタは一瞬だけ驚いた。ナギサが自分から頼りたいと言ってくれたことが、どれほど嬉しいかを言葉にするのは難しかった。カナタは姿勢を正し、少し照れながらも真っ直ぐ答えた。

 

「もちろんです」

 

「本当に?」

 

「はい。ナギサさんのためなら、俺は何でもします」

 

「……では、無理だけはしないでくださいね?」

 

「それもお願いですか?」

 

「はい」

 

「……はい、分かりました」

 

ナギサは安心したように笑った。カナタはその笑顔を見た瞬間、今日一日の疲れも財布の痛みも全部どうでもよくなった。これが誕生日を祝うということなのかと、少しだけ分かった気がした。

 

帰り際、ミカは当然のようにカナタへ抱きついた。ナギサの誕生日会であることは理解していても、カナタが一日中ナギサのために動いていたことがやはり少し寂しかったらしい。カナタは苦しいと文句を言いながらも、姉を無理に引き剥がしはしなかった。

 

「カナタ、私の誕生日も何でもしてね」

 

「覚えてたらな」

 

「覚えててよ!」

 

「冗談だよ」

 

「絶対だからね!」

 

セイアはそんな二人を見ながら、ナギサへ視線を向けた。ナギサは微笑みながらも、カナタがミカに抱きつかれている姿を少しだけ複雑そうに見ていた。セイアはその変化を見逃さず、ただ面白そうに目を細めた。

 

「ナギサ」

 

「何でしょうか、セイアさん」

 

「よい誕生日になったようだね」

 

「……はい、とても」

 

「特に、彼の贈り物は効いたようだ」

 

「セイアさん」

 

「おや、まだ私は何も言っていないよ」

 

ナギサは少しだけ頬を染め、視線をカナタへ戻した。カナタはミカに振り回されながらも、最後にはナギサへ向かってもう一度おめでとうございますと頭を下げた。その不器用で真っ直ぐな姿が、ナギサにとって何よりも大切な誕生日の記憶になった。

 

「カナタさん」

 

「はい?」

 

「本日は、ありがとうございました」

 

「こちらこそ」

 

「来年も……祝ってくださいますか?」

 

カナタは少し驚いたあと、すぐに笑った。来年という言葉には、これからも続いていく時間への願いが込められているように感じられた。カナタはその願いを大切に受け取り、力強く頷いた。

 

「もちろんです」

 

「約束ですよ」

 

「はい、約束です」

 

ナギサは小さく小指を差し出した。カナタは少し戸惑いながらも、その指へ自分の小指を絡めた。ミカはその様子を見て、自分も約束すると騒ぎ出し、結局三人の小指が妙な形で絡まることになった。

 

「私も!」

 

「姉ちゃん、今はナギサさんとの約束を……。」

 

「私も来年祝うもん!」

 

「それはそうだけど」

 

「じゃあ一緒!」

 

「ふふ、賑やかな約束ですね」

 

セイアはその光景を静かに見守っていた。ティーパーティーのサロンには夕陽が差し込み、花束と茶器と笑い声を淡く照らしていた。ナギサの誕生日は、静かで上品なだけではなく、少し騒がしくて、少し照れくさくて、とても温かい一日になった。

 

その夜、カナタは寮に戻るなりベッドへ倒れ込んだ。緊張と準備とミカの相手で体力はほとんど残っていなかったが、胸の中には不思議な満足感があった。スマホを開くと、ナギサから短いメッセージが届いていた。

 

『今日は本当にありがとうございました。カナタさんのおかげで、忘れられない誕生日になりました』

 

カナタは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。嬉しさが胸いっぱいに広がり、返事を考えるだけで顔が熱くなる。何度も文面を書き直した末、カナタはようやく短い返信を送った。

 

『来年も祝わせてください』

 

すぐに既読がついた。少し間を置いて、ナギサから返事が届いた。そこには、カナタの心臓を確実に仕留めるだけの破壊力を持った一文が書かれていた。

 

『はい。楽しみにしていますね』

 

カナタはスマホを胸に抱えた。今日一日、何でもすると言ったのはカナタの方だった。けれど最後に一番大きなものをもらったのは、きっとカナタの方だった。

 

「……来年までに、もっとちゃんとできるようになろう」

 

カナタは天井を見つめながら呟いた。ナギサの誕生日を祝うためだけではなく、ナギサが困った時に本当に支えられるようになるために、もっと強く、もっと頼れる人間になりたいと思った。そんなことを考えていると、スマホがもう一度震えた。

 

『カナタ!私の誕生日も何でもしてね!約束だからね!お姉ちゃん忘れないからね!』

 

カナタは無言で画面を伏せた。胸の温かさと現実の騒がしさが同時に押し寄せ、思わず深い溜息が漏れた。ナギサの誕生日は最高の日になったが、どうやら姉のブラコン予約まで確定したらしい。

 

「……来年、俺の身体もつかな」

 

そう呟きながらも、カナタの顔は少しだけ笑っていた。ミカがいて、セイアがいて、ナギサが笑ってくれるなら、きっと来年も何とかなる気がした。だからカナタは疲れ切った身体を布団へ沈め、ナギサの笑顔を思い出しながら、穏やかに目を閉じた。




なぎちゃ誕生日おめでとぉぉぉ!!!
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