残っていた人たちの呪いを解くのは、より難しい作業だった。
村長家に集まったのは、呪いで動けなくなっていた者達の中でも比較的元気な、立って歩く程度の力は残っていた若者だった。しかし家の中で療養している人はそうはいかない。
呪いに深く侵されているほど魔力の流れは乱れ、乱れた魔力は身体に大きな負荷をかける。この状態で呪いを解除すると、乱れた魔力は呪いという枷を失うことでむしろより暴走して最悪の場合宿主を死に至らしめるのだ。
だから体の弱い者、病に犯されている病人などはまず反転魔力で体力を補い、ある程度の体力を取り戻した上で呪いを取り除かなければならない。
中には本人の魔力量がほぼ0に近く、呪いの魔力だけで生命を繋いでいるような極限状態の村人もおり、この場合呪いを取り除くことがむしろ寿命を縮めるので宿主を苦しめるとわかっていても一旦呪いを魔力で補強して、本人の魔力が回復するまでその状態を維持し続ける必要があった。治療は長期に及ぶだろう。
それでも一人一人、回復した村人達の手も借りながら不眠不休で呪いを解呪していったのだが……最後に残った二人を前に、私は“手詰まり”の状況に陥った。
その二人というのは、双子の姉弟だった。
「ミズ、ヒツヨウ?」
骨美さんが差し出してくれた水袋を受け取って、喉に流し込む。
呪いに向き合い続けるここ数日で、私はほんの少しだけ村人達の言葉がわかるようになった。それでも会話を成り立たせるほどではまだないけど、元々私は相手の魔力を見て感情などを読み取れる。
感情と言語を照らし合わせて、簡単な語彙を特定していったのだ。そしてこの世界ではそれほど難しい会話表現というのはあまり使われていない。
ただ、言葉を理解する必要なんて無いくらい、私の目の前のいる双子の呪いは一番複雑で厄介だった。
呪いというのは体を縛り付ける糸や鎖のようなもので、魔力と呪いが複雑に結びついてる“重点”がいくつか存在している。
だからその重点を解いていけば、魔力と呪いの絡まりが解消されて呪いを引き剥がすことができるわけだ。
そして、この姉弟は“二人分の呪い”が“二人分の魔力”を縛り付けていた。
どういうことかと言うと、この呪いは必ず一人につき一つの呪いで、解呪すればそれっきりもう呪われることはない。
だが、双子の呪いは二つ分の呪いが絡み合っているため、一方の呪いを解呪してももう一方の呪いが復元させてしまうのだ。
イメージとしては、「呪い」というバッドステータスを解除するために「解呪」をするのだが、その「解呪」で解けきれない呪いが存在しているため、何度「解呪」しようとしても呪いが解けないという感じ。
さらにその解呪自体も、二人分の呪いが混ざり合っているため非常に複雑かつ難解で、通常の解呪が絡まった縄跳びを解く作業だとすればこちらの難易度は知恵の輪レベルだ。
なぜそんなことになっているのかと言えば、それは二人が双子だからなのだろう。
わかったこととして、双子というのは魔力の性質、特徴などが極めて似ている。というかほぼ同じだ。
個々の魔力は一目見ればその違いがはっきりとわかるものなのだが、双子の場合は魔力的にはほぼ同一人物だと言ってしまっていいくらいその性質が似通っている。
それにより何が起きるかと言うと、一方の魔力的な変化がもう一方に強く影響するということが起きる。
仮に私が双子だと仮定したら、私が魔力で身体を強化すると双子の兄弟も同じように魔力で強化されるわけ。その強化幅や強化部位まで全て同じで。
魔力的に同一人物というのはそういうことだ。
だから一方に呪いがかけられればもう一方も同じ呪いにかかるし、魔力的に同一だから呪いも同一。二つ分の呪いを解除しなければ呪いが解かれたことにならないのだ。
これを解くには、それこそ二つの呪いを同時に解くくらいのことをやらなきゃいけないわけだけど、私の体は一つだ。
反転魔力、解呪、こちらの魔力出力調整……これ以上の並行作業をすると、その全ての作業の精度が大幅に下がる。今でさえ脳みそパンクしそうになってるのに。
せめてあと一人。私と同じくらいとまではいかなくても魔力を認識して呪いを解く手伝いをしてくれる人がいれば……。
「チョウシハ、ドウダ」
私が頭を抱えてうんうんと悩んでいると、家の中にしゃがれた男性の声が響いた。
村長さんだ。
村長さんは私の解呪作業が上手くいくように、人払いをしてくれたり最低限の患者の世話をしてくれたりとかなり助かっている。そのことについてお礼を言うと「キニスルナ」と朗らかに笑うナイスガイだ。ちょっと好きになりそう。
私は言葉を話せないが、感情や思考を魔力に乗せて相手に送ることができる。それにより、会話をする以上の的確に私の考えや感情を相手の伝えることができるようになった。
まぁ、言葉がなんとなくでもわかるようになったからこそだけどね。やっぱり言語って大事だ。
そんなわけで私は双子の解呪が上手くいっていないことと、もう一人私以外に呪いを解ける人間が必要になりそうなことを伝えた。
「ウム……」
村長さんはしばし考えた後、私に言った。
「トナリ、ムラ。シャーマン、イル。カレナラバ」
シャーマン。
つまり、“呪術師”。
その呪術師が本当に魔力を扱えるのかどうか、私にはわからない。実物を見ないことには。
というのも、実はこの村にも呪術師はいたらしいのだ。それもあの骨美さんの兄である。
村が呪いに侵された時、呪術師は呪いを解こうとした。だけど、それをしようとした矢先に真っ先に呪いに取り殺されて死んでしまったらしいのだ。
村長さんもかつては呪術師であったようなのだが、今は老いて力を失っているらしい。
残る希望は兄と同じ呪術師としての才を持つ妹の骨美さんだけ。けれど、彼女は呪いを抑え込むことはできても呪いを解くまで出来るような技術はなかった。
だから骨美さんは、呪いの元凶と思わしき呪物を持って村を出て、隣の村の呪術師の力を借りようとした。
そこで魔物に襲われて、私と出会ったってことらしい。
骨美さんを治療した私の姿を見て、骨美さんは私が呪術師であると直感したらしい。それで呪物を見せて、力を借りようとしたってわけだ。
まぁ、実際には私は呪術師でもなんでもなかったわけだけど。
でも。幸い私は呪いを解くことができたから隣村に行くより短い時間で戻ってきて、多くの人を救えたと彼女はとても喜んでいた。
それでも最後に残った強力な呪いを解くために、やはり隣の村まで行く必要が出てきたというわけだ。
確かにそれしか方法はなさそうだけど……でも一個だけ懸念点がある。
隣村の呪術師を連れてくるまで、双子の体が持つかわからないということだ。
「……」
村長さんは重々しく目を伏せた。彼もなんとなくわかっているようだ。
双子はもう三日間、何も食べていない。
食べないのではなく、食べられないのだ。それくらい体が弱っているし、仮に食べられたとしてもこの時代の病人に優しくない食べ物は衰弱した体にとってはむしろ毒と言っていい。
反転魔力も決して万能ではない。通常の魔力使用よりも多く魔力を消費してしまうという欠点がある。最低限の使用に抑えても、あと数日で双子の魔力は尽きる。
隣村までどの程度の距離があるかわからないが、日帰りできるほど甘い日程ではないだろう。向かう道中の私がいた場所からこの村に来るまでで丸一日かかったのだから。
往復で三日以上……もっとかもしれない。
そこまで双子の命が持つという保証は、私には出来なかった。
私はこの世界に来て初めて、命を左右する大きな選択を迫られていた。