結局、朝になって日が昇ると同時に、動ける村の若い男達数人で隣村まで最短距離を移動するという方向で話はまとまった。
骨美さんが一人で隣村まで向かう無茶をしたのは、呪いのせいで動けるのは彼女だけだったからだ。そうでない現状なら少人数の男勢で多少無茶な道のりでも強行突破すれば3日以内に村まで戻って来れる可能性は高いらしい。
……それでも間に合うかどうかと聞かれると、正直かなり厳しいと言わざるを得ない。
双子の体調は、一日でかなり悪化した。
一方が悪化すれば、それがもう片方に影響して体調を悪化させ、さらにその悪化の影響がもう片方に及び……という脅威の無限ループだ。
一度体調を悪化させたら改善することは極めて困難。それなのにほんの些細なきっかけで呪いは強まる。
思うに、恐らく双子の呪いがこれほど強力なのは他の村人の呪いを全員解いたからだ。
呪いは一人一人の村人にではなく、村全体という括りでかけられていたのだと思う。その分、呪いにかかる人間が多ければ多いほど呪いの効果自体は薄まったはずだ。
双子以外の全員分の強さの呪いが、この二人にかけられている。最初からこの強さの呪いをかけられていたならその日のうちに死んでしまっていたはずだ。
そう考えると、双子を最後まで残してしまったことは失敗だったかと思わなくもないけど……双子だったことで良かったこともある。それは生命力や体力も共有していることだ。
この呪いをかけられたのが一人だけだったら、私がどれだけ反転魔力で体力を維持したとしてもすぐに精魂尽き果てて死んでしまっていたかもしれない。だけど二人分の生命を共有していることで、この双子はお互いに力を分け与えながらお互いの命を繋いでいるのだ。
一人だけだったら、その一人を死なせていたかもしれない。
二人だから呪いを解くのが難しいけど、二人だからこそなんとか生き延びることができている。
だけど、それも限界が近づいている。
私の見立てでは、持ってあと一日か……二日か。
それ以上は無理だ。
だけど、私はそれを言えなかった。
やる気になっている村人たちに水を差したくなかったというのもそうだし、私自身それを認めたくなかったのだと思う。
それを認めてしまえば、私は二人が死ぬことを受け入れてしまったことになる。受け入れてしまえば、私が出力する魔力にも雑念が混じる。
負の感情を抑えなければ救えるものも救えない。
だから私は、自分に言い聞かせるように「大丈夫だ」と念じ続けて……もう、ほとんど空の状態の二人の魔力を維持し続けた。
そんな私を、静かに見る視線があったことには気づかなかった。
◆
夜になり、村長さんはじめ村人達は眠りについた。
最初のうちはずっと起きっぱなしの私を必死に休ませようとしていたが、あなたたちこそ明日に備えてゆっくり休んでほしいと伝えると、渋々と彼らは引き下がった。
魔力が満ちる夜は多少魔力操作も気が楽になるけど、代わりに寒さが二人の体力を奪う分大変さはプラマイ0くらいで多分ちょっとマイナス寄りだ。
季節が冬でなかったのがせめてもの救いだ。
私も少し気を休めよう……と体から力を抜いた。直後。
凄まじい魔力反応が村の外れから湧き上がった。
禍々しく、意思を持つようにうねり、今まで感じたことのない強大な魔力だ。
私は一瞬思考が止まり、次の瞬間すぐさま立ち上がった。
「……ム。ミコヨ、ドウシタ」
私はすぐさま、近くに寝ていた村長さんに呼びかけて起こした。
“ミコ”というのは私のことだ。多分“巫女”のことだと思うが、その名前の理由を問いただしている時間はが今はない。
緊急事態だ。しばらく二人を診ていて欲しい、と。
「──ワカッタ。マカセテオケ」
村長のカッコよすぎる返答に内心で喝采を送りながら、私は家を飛び出て魔力が立ち上る場所へと跳んだ。
村の近くの雑木林。その奥に僅かに開けた小高い丘がある。魔力反応はそこに在り、強大なものと……とても覚えのある魔力が二つ。
嫌な予感が脳を駆け巡って、林を越えた先の光景を見たくないと一瞬考えた。
それでも私は10秒もせずその場に駆けつけて、それを見た。
『──貴様ら猿は、かくも愚かなものよな』
そこに立っていたのは……一人の女性だった。
見覚えのある背丈で、親しんだ魔力。だけどその上から圧倒的な質量で塗りつぶすような黒い魔力と、禍々しい気配が包み込んでいた。
『毛が身体を覆っていた頃から何も変わっておらぬ。弱く、浅はかで、脆い。大人しく木に登って果実を齧っていればそれで済んだものを』
女性の……骨美さんの頭を覆う、強力な魔力を放つ邪悪な頭蓋。
それが彼女の体を操り、口を凶悪に歪ませた。
『我は
◆
“呪い”だと、そう相手が名乗った瞬間私は地面を蹴った。
狙いは骨美さんが被る頭蓋だ。
『──フン』
その跳躍を、奴は……餓骸はわかっていたかのように首を捻って避けた。
それは私がこの体になってから初めて、放った攻撃が空を切った瞬間だった。
下から伸びてくる膝蹴りに、私はもう一度地面を蹴って大きく飛び退く。
『速いなぁ? 雌猿。小さい体でよく跳ねる。我でなければあの一撃で沈んでいただろうになぁ?』
私は息を整え、ケタケタと笑う餓骸を見据えた。
……正直に言って、かなりヤバい。
この餓骸と名乗った魔物……“呪い”か? 呪いは、あの骨壺の中に入ってた頭蓋で間違いないだろう。すなわち、村に蔓延していた呪いの元凶だ。
それがどんな理由で意思を持って暴れ出してるのかわからないが、理由なんか今はどうでもいい。溢れる魔力量と肌にぴりぴりと感じるプレッシャーから、こいつは相当強いんだろうってことはわかる。でも、それすら本当の問題ではない。
問題は……。
『ほれ雌猿。ここを狙え? 首を折れば一撃だぞ? 貴様の馬鹿力なら出来るだろう。何を躊躇っている?』
こいつ、骨美さんを人質に取ってやがる。
トントンと指で首を指差す餓骸に、私は動かない。
動けない。
『ククク……だから貴様らは愚かだと言っているのだ。外敵を殺すために、同胞一人の犠牲すら……!』
目の前に、爆発的な勢いで繰り出された餓骸の拳が迫る。膨大な魔力を伴っていたそれの進路上に私は腕を交わして防御した。
『許容できんとはなぁ!!』
腕に鈍い痛みが走る。いつも鈍感な反応しか返さない私の体が、痛みを感じている。
『愉快愉快。この上なく愉快だぞ。貴様、体の方はすでに死んでいるも同然だろう? 骸を動かして生者の真似事をしているに過ぎん状態と見た。そういう在り方は嫌いではないぞ。どうすれば貴様は死ぬ? 首を飛ばせばいいか? 頭を潰せばいいか? 飢えぬなら別のやり方で何度でも殺してやろう』
意識が研ぎ澄まされ、感覚が鋭敏になっていく。
……私が、すでに死んでるって?
あぁ、そうだろうね。私はきっとあの洞窟の中に閉じ込められて、誰にも知られずに死ぬ定めだったんだ。
誰からも忘れられて、上昇した海面が私の骸を海の中に攫うまで、私はあそこから出ることはできない運命だった。
それがなんの間違いか、自分の足で立って動き始めたから私はここにいる。
お前が呪いなら、きっと私だって呪いだろう。生にしがみつく呪いだろう。
体内を巡る魔力を、加速させる。
加速して、加速して、加速させる。
限界を越えても、さらにその先まで加速させて。
体が赤熱し始めた。
『──ほう』
餓骸の気配が変化し、場に張り詰めた緊張感が走る。
餓骸、お前は自分を呪いだと名乗ったな。
なら私の呪いとお前の呪い。どちらが強いかはっきりさせよう。
『面白い』
餓骸が構え、静寂が場を支配する。
……さぁ。
思う存分、呪い合おう。