盲目少女が縄文から呪術の開祖になる話   作:ぷに凝

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ボッ、という空気が爆ぜる音がして私は弾丸のように踏み込んだ。

 

『猿らしい単調さだ!!』

 

真っ直ぐ向かっての右ストレート。それは餓骸からすればさっき見た光景の焼き直しと写っただろう。

カウンターで再び足を振り上げる……と見せかけて本命は上体を捻っての右拳の裏拳だ。

 

だからそれすらも防御して、顔の頭蓋を狙う──。

 

『だから単調だと云うのだ』

 

フェイントの、フェイント。

 

それによって、力を失ったと思われた左足の振り上げが加速して私の脇腹を襲った。

 

私の体がくの字に折れ、地面に浮き上がる。

 

『クク、その軽い体が──ん?』

 

ズザザ……と地面に線が引かれ、踏ん張った足が地面にとどまった。地面から離れ、浮いた足はすぐさま地面に接地した。

 

『……貴様、なんだその重さは』

 

餓骸は蹴り上げられた私の体が吹き飛ばされると予想していたのだろう。私みたいな小さい体で、魔力で強化された蹴りを入れられれば確かにそうなる。餓骸は魔力の扱いに長けているようだったから。

 

だけど、それはこちらも同じだ。

 

『ぐっ……!?』

 

足に魔力を集中させて、大地の魔力と同化させれば。私の体はまるで地に引っ張られるように、重く固い鉛のようになる。

右腕の脇にがっちりと抱えた餓骸の左足を、魔力で強化した腕で力いっぱい振り回し──。

 

『がはっ!?』

 

地面に叩きつけた。

 

追撃の手は緩めない。背中を強かに打ち付け肺の息を吐いた餓骸の腹に、思い切り踵を振り下ろし──。

 

『──くっ!』

 

腹に突き刺さる……直前で、餓骸が地面から飛び退き私の踵は地面を穿った。

ドッ、という重々しい衝撃音と共に辺りに泥や砂、石が混じった飛沫が飛ぶ。

 

『貴様、正気か?』

 

飛び退き、こちらを警戒した様子で構える餓骸が、鋭い声で私を非難した。

 

正気か。とは随分な言い草だと思う。私は正気だし、冷静だ。骨美さんの体で好き勝手やってる餓骸に対して腹が立ってはいるけど。

 

『今の一撃、避けねば腹に穴が空いていた。この女を殺す気か?』

 

何を言うのかと思えば。私はハッと鼻で笑った。

殺すわけがないだろう。腹に穴が空いたなら、それは反転魔力で治す。だけどその前に体の中にある異物を排除しなければならないんだ。例え乱暴な手段になったとしても……。

 

出て行ってもらうまで、私は手を抜く気はない。

 

『やはり正気ではないな』

 

ふるふると首を振る餓骸。

 

心外にも程がある。人の体乗っ取って喜んでるような変態に言われたくないな。

後になって骨美さんに嫌われたり、避けられたりすることになったとしてもなんでもないことだ。そんなのは私が我慢すればいいだけの話。

 

だけど今ここでコイツを倒せずに負けたり、あるいは逃げられたりしたら取り返しがつかない。コイツをなんとかできるのは、多分ここにいる私だけ。

 

なら、私は私の役目を全うしようってだけの話だ。

 

『役目か。ならば問おう。一体貴様に、誰がそんな役目を課した?』

 

餓骸が、私と一定の距離を保ちながらそう訊いてくる。

 

『貴様には力があるだろう。他者を労る必要すらなく、暴力で全てを解決できる能があるだろう。誰が貴様に役目を課せる?』

 

まーたこの問答かよ。前世含めて何回も見たことあるぞこの手の質問。

 

私は竜王の誘いに乗ったらどうなるか知ってるんだよ。

 

『貴様は“こちら側”だ。呪いを理解し、呪いを使う側。使われるだけの猿どもとは違うだろう。何を躊躇っている?』

 

……その割にはさっき「雌猿」とか呼んでましたよね。

 

『考え直したのだ。貴様は、我と手を組むだけの価値ある女だとな』

 

一度言ったことを私がちょっと予想より強かったからって前言撤回かよ。ダッセェなぁ。

 

こんな奴に体を使われてる骨美さんが気の毒で仕方ないよ。

 

『だがこの女は、ハナから貴様を利用するつもりだったようだぞ?』

 

ニヤリと笑って、餓骸が足を止めた。

 

私もまた、動きを止める。

 

『疑問に思わないか? なぜこの女は貴様にわざわざ封印されていた我の存在を教えた? なぜ村に貴様を連れてきた? ……なぜ、今こうして我に体を使われている?』

 

餓骸が、自身の胸に手を当てながら言う。

 

その言葉が、まるで蛇のように私の頭にするりと入り込んでくる。

 

『我は自力で動けぬ。ただ呪いを振り撒くのみだ。それ故に、何者も我を斃すことは叶わぬ。この頭蓋は強い呪いで守られ、貴様にさえも壊すことは出来なかっただろう』

 

歌うように喋りながら、餓骸はケタケタと不気味に笑った。

 

『ならば方法は一つ。力ある者が我を斃すように仕向けるのだ。ククク。例えば、そう……何者かに我を憑依させる、などをしてな』

 

餓骸は心底おかしいと言うように、体を折り曲げ、ゲラゲラと笑う。

 

『──この女は、自ら我に身体を差し出したのだ!! そして貴様に、自分ごと我を殺させようと仕向けた!! ククク……ハッハッハッハ!! なんと愚かな!!』

 

骨が掠れるような嘲笑が、辺りいっぱいに響いた。

 

『最初から貴様がこの女の呪いを解いてみせたその時から、ずっと! そうするつもりで貴様を導いた!! 最後に自分を殺させるつもりでなぁ……! 貴様はそうとも知らず、この女の掌の上で踊っていたわけだ。クククッ……!』

 

まるで踊るような嘲笑。一人なのに誰かとワルツを踊っているような舞踏。

 

餓骸は、自分が宿っている主の所業をそうして乏しめた。

 

『この女を助けようという貴様の思惑など、最初から的外れだったというわけだ。それだけではないぞ? そも、村に呪いが振り撒かれた元凶は、この女の……』

 

──うるせぇよ。

 

『……何?』

 

さっきからペラペラペラペラ。

 

耳障りな声を聞かせやがって。

 

話がなげーんだよ。結局テメェは何が言いたいんだ?

 

『貴様……』

 

──さっさと私に殺されたいなら、普通にそう言えばいい。

 

『──ッ!?』

 

一瞬で、私と餓骸の距離が詰まった。

 

至近距離で交わされる視線、餓骸の頭蓋の奥の瞳が驚愕に染まり、それは次に敵意へと変わり、撃ち出される拳という形で表出した。

 

『雌猿がッ……! ごぉっ!?』

 

拳を首を傾ける最小限の動きで避け、ガラ空きの顎を右肘でかち上げる。

大きくのけ反った餓骸の伸び切った腕を掴み、逃がさないように握りしめながら顔面……もとい顔に纏った骸骨をまっすぐ伸ばした拳で打つ。

 

が、手応えが軽い。鎧を殴っているかのように衝撃が殺されている。

 

……やっぱり、骸骨への攻撃は無効化されてしまうらしい。正確には魔力が吸収されて威力が死んでしまう。

 

『──舐めるなぁ!!』

 

怒号と共に、のけ反った分助走がついて威力の乗った頭突きが迫る。

 

掴んでいた腕を離し、突然支えを失ってつんのめる餓骸の首に手を回し、体重をかけて引き倒す。

 

『あ、がァ……!?』

 

頭から地面に突っ込んだ餓骸が白目を剥き、地面にぐったりと横たわる。

まだ意識がある。コイツをどうにかするには、まず気絶させて拘束するべきだ。

 

身動きが取れない状態なら、骨美さんから餓骸を引き剥がす方法だって見つかるかも──。

 

『……止まれ!』

 

意識を刈り取るため、地面にうずくまる餓骸に正拳突きを放とうとして、その鼻先で拳が止まる。

餓骸の声に従った……のではない。それだけのことなら無視して拳は届いていた。

 

私の攻撃を止めたのは……骨美さんの首筋に当てられた手刀だ。

 

他でもない餓骸が、自分の首に魔力を纏った手刀を当てていた。

 

『それ以上動いてみろ。この女を殺すぞ』

 

……人質か。

 

流石に驚いたわ。あんだけ偉そうにご高説垂れてたくせに、実際にやることは人質取って脅迫かいな。

 

『ククク……なんとでも言え。どうせ貴様は死ぬのだ。最後に立っていたものだけが勝者となる。死者が口を開くことはない』

 

腰抜かして、泥まみれになりながらまだ上から目線を崩さずに笑ってられるのは、ある種の才能だね。

 

……さて、どうしたもんかな。

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