盲目少女が縄文から呪術の開祖になる話   作:ぷに凝

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わたしのツキミコさま

温かな優しい光を放つ、あなたを見た時。

 

本物の神さまだと思ったと言っても、あなたは信じないと思います。

 

だけどやっぱり、私は思うんです。

 

あなたこそが私にとっての神さまだったって。

 

 

私は兄が嫌いだった。

 

兄は祈祷や霊媒の才に秀でており、また風の流れを読んで天候を予測することなどもできた、優れた呪術師であった。

村のみなが兄のことを褒め称えて尊敬し、幼い私もまた、無邪気に兄のことを慕っていた。兄のような呪術師になることが夢であった。

 

そんな兄に失望したのは、彼が自身の強い立場を利用して甘い汁を吸っている事実を知った時だった。

それは村の外から回ってきて時折手に入る黒曜石や琥珀、トチなどの食物、精巧に作られた土偶や石棒など。それらは本来村のものになるはずだが、村が品物を受け取る上で兄の祈祷や霊媒を対価としていることを理由に兄が独占しているのだ。

 

それだけでなく、兄が独占しているのは物だけでなく人もだ。村の外からやってきた若い女は、みな兄が「神に選ばれた妻」だとして家に連れ込む。そして散々楽しんだ後、新しい女がやってきたら元いた女は捨てるのだ。

 

穢らわしい。なんて不道徳な兄なのだろう。

 

私は兄を心の底から軽蔑し、呪術師となるための修練もサボるようになった。そんな私を兄は叱ったが、私の目から見れば兄の方こそ誰かに叱られ、罰を受けるべき人間だ。

 

それなのに村の人間は、みな兄の味方をした。

 

兄は確かに自身の立場を利用して良い思いをしていたが、同時にしっかりと自分の役目を果たした上で村人と交流して、信頼を勝ち取ってもいたのだ。だから村の人たちは兄の行動に呆れながらも許した。

 

私は幼い頃から自分が住んでいる村の考え方や風土が、途端に気味の悪いものに感じられた。同時に憧れたはずの呪術師という存在を唾棄するようになったのだ。

 

兄を庇う村の人間も、兄に捨てられたのに彼を愛していると言う女たちも、祈祷も、霊媒も、占いも、全てが嫌いだった。

だから私は、外からやってきた交易品である黒い頭蓋を手にした時、それが呪物であると知って呪いを込めた。

 

呪術師を信奉する兄とこの村に、どうか大きな不幸が降りかからんことを。

 

それは儀式も祭具も何も用いない、単なる祈り以上の意味はないお粗末な呪いだった。普通なら、こんな軽い祈りは毛ほどの影響もなく、単なる村娘の一人遊びとして終わっただけの愚行だ。

 

実際、私もその程度の軽い気持ちで呪いを込めた。そもそも手に持つそれが本物の呪物であるなどかけらも信じていなかったのだ。単なる憂さ晴らし。それ以上の意味は何もなかった。

 

──だが翌日、兄は自宅で干からびるように死んだ。

 

何十日も、飲まず食わずで外を彷徨った末に苦しんだかのような遺体だった。

 

その事実に驚愕し、戦慄し、絶望する暇もなく村中を呪いが襲った。みな突然気力を失い、肌が青白くなって倒れた。

 

村人の中に宿る禍々しい力は、あの頭蓋骨から感じた僅かな気配と同質のものだ。

それは、呪術師としての才があった自分が引き起こした呪いであることを示唆していた。

 

私は発狂しながら頭蓋を叩き割ろうとしたが、かすかな傷も入らず、村から遠く離れた場所に捨てても呪いは消えず、私はただただ涙を流しながら、兄から手慰み程度に教わった薬草治療を交えたまじないを、うろ覚えのままこなすしかなかった。

 

こんな時、兄がいれば。

 

手の施しようもなく弱っていく村の人々を前にしながら、私は頭の中であれほど嫌っていた兄にどれほど自分と村が助けられていたのかを思い知った。

 

私を冬の寒さから守る毛皮で覆ってくれたのも、綺麗な宝石を見せて喜ばせてくれたのも、幼い頃、家にいる優しいお姉さんたちが私の世話を焼いてくれたのも、全て兄のおかげだったのだ。

 

その事実に気づいた時には、もう私の手ではどう足掻いても事態の収拾を図ることはできなくなっていた。

 

打つ手が無くなった私は、最後の手段として別の村の呪術師を頼ることにした。

 

隣の村には、兄と同じくらい優秀だと評される呪術師がいると聞いたことがある。会ったことはないが、なんとかして協力を取り付けて呪いを解いてもらうように頼み込むのだ。

 

そのためなら、私の何を差し出しても構わない。

 

身支度を整え、いざ隣村へ向かう……矢先に、野外で物怪に襲われて私は瀕死の重傷を負った。

 

呪いの元凶たる呪物を抱えたまま、しかし、私はここで自分の役目を何も果たすことができず事切れるのだと理解した。

 

優秀な兄に比べ、私は何もすることができない役立たずだった。

 

村に災禍を招き、その後始末すら出来ず誰にも知られず一人で死んでいく。そんな最期を迎える下らない女だった。

 

私は、本当に嫌いなのは兄でも村でもなく自分自身だったという本心にようやく気づいて、永遠の眠りに落ちた。

 

……だが私は再び目覚め、全身が雪のように白い、あまりにも美しい少女に命を救われた。

 

その少女は、兄や私のような呪術師としての才能を持つ人間なら一目でわかるほど異様な神格をその身に宿しており、手のひらに宿る温かな光で瞬く間に私の傷を癒してしまったのだ。それだけでなく、彼女の光を浴びていると疲れ切った体が天に昇るような夢心地に包まれ、私は神の迎えが来たのかと本気で勘違いした。

 

しかし、少女は人間であった。目が見えず、喋ることができず、触れれば折れてしまいそうなほどに細い肢体なのに、とても頑強な肉体を持った人間だった。

 

……いや、正直。私は今でも彼女は山の神が人の形を象っているか、大地や湖の精霊の化身だと思っている。

人間として扱われないことを彼女はとても不満がるが、とても私たちと同じ世界に住む方だとは思えないのだ。

 

それほどまでに少女は現実離れしていたし、物怪や獣を物ともしないほど強かったし、扱う力は神の御業としか思えないほど高度なものだったし、なにより言葉に表しようがないほど美しかった。

 

その透き通るように白い肌が土埃に塗れるのがとても申し訳なく感じて、貴重な毛皮の衣服を着せずにはいられなかったほどだ。

 

ともかく少女は私の中に燻る呪いごと、私の傷や不調までも完全に癒してしまった。村を出る前より余程元気になっている始末である。

 

この少女なら間違いなく呪いを祓える……という確信と共に、私の心に黒い企みが浮かんだ。

この少女を村に呪術師として招き、村の守護者になってもらえば生涯安泰なのではないか、と。

 

それは好意で私に施しを授けてくれた少女に対して裏切りと言ってもいい打算だったが、このときの私はとにかく村の存続のことで頭がいっぱいだった。

 

いなくなった兄の代わりに村を守らなければ。そのためにはどんな汚泥だって被ってみせる。

私はそんな思いで、少女の機嫌を取って不興を買わないようにしながら少女を村へと招き入れた。

 

そして自分が浅はかだったと再び思い知らされたのは、わざわざ自分が根回しせずとも自発的に村の呪いを解くことに全力を賭してくれたこの少女ですら、村唯一の双子である“ナギ”と“ナミ”の呪いを解くことが困難であると知った時だ。

 

あの時。

 

少女と出会ったあの時。

 

少女に村の方角だけを教え、私は当初の目的を達成するため隣村に向かっていれば、今頃隣村の呪術師はここに着いていたかもしれない。二人を救えたかもしれない。

 

呪いが解けた若い男たちが今から隣村に向かうというが、無理だ。間に合わない。双子は私の目から見ても死にかけていたし、少女が微かに見せた悲痛な表情もそれを肯定していた。

 

私はまた、判断を間違えてしまった。

 

自分勝手な思惑で、浅はかな黒い欲望に身を任せた結果、誰かを犠牲にする道を選んでしまったのだ。

 

私は心底、自分という存在が嫌になった。もはや私にはこの村で生きていく価値も資格もない。

 

出来ることはただ一つ。

 

この身を犠牲にして、呪いを祓うしか。

 

そうして呪物を背負って、村の外れで祓おうとして。

 

それすら失敗して、私は呪いに操られて少女を襲った。

 

殺して欲しかった。

 

私は彼女に、殺して欲しかったのだ。でも、そんな自分勝手な願いすら彼女にはお見通しだったから。私は生きて贖罪する道を選ぶことになった。

 

──さんざん情けなく泣き腫らした後、少女を伴って村に帰ろうとしたら、突然、少女が倒れた。

 

私は、せっかく引っ込んだ涙を再び大粒流しながら村に戻り、薬草、祈祷、占いなど自身の呪術師としてのあらゆる手を尽くして少女を救おうとした。

 

結果、ただの風邪のような症状だとわかり、安堵はした……腰が抜けるほど安堵したが、少女は目覚めず三日三晩に渡って私は付きっきりで彼女の看病をした。

 

そうして驚く。これほどまでに細く小さい体で、この村を襲う恐ろしい呪いとあれほどまでの死闘を演じたのかと。

 

どうやら呪いとの戦いの一部始終を、騒ぎを聞いて目覚めた村人が見ていたらしく、彼は少女が月夜に舞うように闘っていたその御姿を称して「月巫女(つきみこ)様」と呼ぶようになり、やがて皆が真似し始めた。

 

多分、当の月巫女様はそうして崇められることを苦手としているが、仕方ない。それほどまでに彼女は人からの畏敬を集めてしまうのだから。

 

私は月巫女様の看病をしながら、この人を生涯お支えしようと誓った。それが惨めたらしく生き延びた自分の使命であるのだと。

 

驚いたことに、月巫女様が眠っている間に彼女の背丈や肢体がどんどんと成長し、少女の体は女性としての成熟を迎えた大人の体となった。

 

月巫女様は驚くことばかり起こす方なので、あり得ないとは思わないが、やはり彼女は単なる人の身ではないという確信を深めることになった。

 

起きた時、元々羽織っていた毛皮の衣服ではきっと窮屈になってしまうと感じた私は彼女が着るための衣服を私が着ていたものを流用して急いで用立てた。

 

なんの才もない私だが、裁縫だけは趣味の範囲を越えたちょっとしたものだった。

 

1週間後。

 

月巫女様が目覚め、自身の体に起きた変化に驚愕していた。彼女にも予想外のことだったらしい。

 

そんな彼女に、私は用意していた衣服を袖を通させて家の外に出た。

 

村中から喝采と、祝いの声が湧き上がる。

 

驚く月巫女様に、私は彼女が寝ている間に皆で決めたことを伝えた。

 

この村は「月巫女」であるあなたにあやかって、こう呼ばれることになったと。

 

月読村(ツクヨムラ)」。

 

月巫女様は目を見開き驚いて、恥ずかしそうに頬をかきながら……「まるで神様みたいな扱い方はやめてほしい」と笑って言った。

 

神様のように扱うのはやめてほしい、ですか。

 

──月巫女様、私はですね。

 

温かな優しい光を放つあなたを見た時、本物の神さまだと思ったと言っても、あなたは信じないと思います。

 

だけどやっぱり、私は思うんです。

 

あなたこそが、私にとっての……いいえ。

 

私たちにとっての神さまだったって。

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