負傷した男たちは村の中で最も広い長老さんの家に並べられた。だが、治療はしない。長老さんと玉美さんにも“するべきじゃない”と言われた。むしろ、私が慈悲を見せて彼らを治そうとしないか二人は心配していたらしい。
二人とも私を買い被りすぎだ。私はそんなに優しくも慈悲深くもない。好きな人は助けたいだけで、それ以外の人間は割とどうでも良いって思考だよ私は。
言うまでもなく初手脅しと暴言と侮辱をしてきたこいつらは“どうでもいい”人間たちだ。
だけどその辺に放って置けない事情もあり、それが彼らが持ってきた“言伝”の内容。
それは、私と高勾村のスザンという男の“結婚”を前提とした意味不明の内容だった。
「……」
その内容を知った直後から、玉美さんの雰囲気がおかしい。というか、多分ガチギレしている。この人がこんなに怒ってるとこ初めて見た。ちなみにめちゃくちゃ怖いです。
だけど怒ってるのは私も同じだ。当然ながらスザンなんて男知らないし、会ったこともない。そんな男との結婚なんてゴメンだ。一方的なやり方も気に入らない。
……っていうか、こんな少女漫画みたいな展開本当に起きるんだ。と私は軽く感動してる。そのうち本物の悪役令嬢にも会えるのかもしれない。その時を楽しみに待ちたいが、今は目の前のことだ。
今思えば、呪い騒動の時に隣村の呪術師を読んで呪いを解く手伝いをしてもらう。なんて話が持ち上がった時もあったが、この言伝の内容を見るに呼びに行かなかったのはむしろ正解だったね。
そんな借りを作ったら、対価に何を要求されるか分かったもんじゃない。
だからこんな話は鼻で笑って全く取り合わないでいても良いんだけど……私の心の隅に引っかかる一つの“可能性”があった。
「む、どうした巫女よ」
私は気絶せずに生き残った男を詰問している二人に、話をさせてほしいと言って下がらせた。
私が前に来ると、男はわかりやすいくらいに怯え始めたが、暴力で解決しない時に暴力を振るう趣味はない。逆に言えばそれが最適解の時は歯を食いしばってもらう他ないが。
私は男に質問をする。
あなたたちの“高勾村”から、最近脱走者が出たのではないか、と。
男は答えなかった。だが、明らかに動揺して目を逸らした。それは言葉に出すよりも雄弁に答えを示していた。
質問はもう一つ。高勾村のスザンという男は、村の洞窟に幽閉していたとある少女が脱走したのを知って……それを取り戻したがっているんじゃないか、と。
「……知らない」
「つ、月巫女様……?」
私に同時に投げかけられた二つの声。前者は警戒と動揺。後者は衝撃と疑問の感情が多く含まれている。高勾村の男、玉美さんの順番だ。
男の返答は、やはり答えないことで雄弁に回答を示していた。本当に知らなければ、もっと困惑の感情が大きく出るはずだ。
それがなくて代わりに警戒をするなら、この質問をされる可能性を男は考えていたんだ。
つまり答えを知っていて、口止めされている。
そして玉美さんの疑問……「なぜあなたがそんなことを知っているのですか?」という疑問に対して、私は明確かつ簡潔に答えた。
私は以前、きっと高勾村の近くにある洞窟に囚われていたのだと。
「……え?」
玉美さんが目を丸くして私を見つめ、続けて私は言った。
婚約や結婚というのはきっと建前で……高勾村のスザンは、逃げ出した私を再び捕えるために使者を送ってきたのだ、と。
理由は明白。
そのスザンという男こそが、私をあの洞窟に捕らえていた張本人だからだ。
◆
私が最初に目覚めた時、そこは真っ暗な洞窟の中だった。
目も見えず、足も動かない状況で私は魔力だけを頼りに洞窟から抜け出して、紆余曲折があってこうして月読村に身を寄せている。
……あの洞窟の中で、当時は気づかなかったけど私を拘束していた拘束具には魔力が込められていた。
多少力を入れても外れなかったあれは鉄並みの硬度だったけど、この時代に鉄器が使われていたってのはあんまり聞いたことないし、私も見たことがない。石や骨で作られていたなら、もっと脆かったはずだ。
だから、あれはきっと魔力を込められた木製の枷だったんだ。ちょうど男たちが持っていた武器と同じように。
だからって男たちが従っていたスザンって男と私を閉じ込めたのが同一人物だって確定したわけじゃないけど、無関係って線は薄いはず。
村から出てすぐ、私を襲った3人の男たちが持っていたのは石器だった。魔力を感じなかったから、きっとそうだ。
だからあの男たちはきっとスザンの部下じゃなくて、私が脱走したって情報が、今の今まで隠されていたとしたらどうだろう?
私に負けて敗走したあの男たちが、責められるのを恐れて誰にもそのことを言えなかったのだとしたら?
そしてこの村で私は月巫女となって、何人かの村を訪れた商人たちとも接した。皆、私の真っ白な珍しい容姿に驚きながら言及していた。
その特徴的な見た目が商人伝いに高勾村に伝わって、スザンは私の脱走を知った。
だからこのタイミングで使者が、いや、刺客が来たのだとしたら。
きっとスザンはまた刺客を送ってくるんじゃないのか。
いや……もしかしたら今度はもっと直接的な方法で。
この村を侵略しに来るんじゃないか。
「……」
全部想像だ。もしかしたら私が考えるような悪いことなんて何も起きない可能性だってある。
だけど、今言った全てが事実の可能性もある。
「……高勾村は、この村と比べようもないほど大きな勢力だ」
語り終えた私に、黙って話を聞いていた長老が重々しく口を開く。
「住む人間の数は最低でも百を下回らん。周囲から人や物が集まり、豊かである反面……特に女子供の扱いに関して、いい噂を聞かん。それは若い男が発言権を持つ強い村という意味でもある」
はぁ〜、なるほど。
どおりでやけにいい動きするなと思ったんだ、あの男たち。魔力さえ扱えていればそこそこ苦戦したかもと思わせる程度には。
男尊女卑が根付いてる社会ってことね。強引なやり方をする理由も納得いくよ。最悪な納得だけど。
この村の男たちでも向こうの戦力に敵わないだろう。きっと唯一まともに戦えるのは私だけ。だけど向こうには数の力がある。
正面からぶつかれば、この村は潰されるな。
私一人で戦っても勝てるかもしれないけど、村の全員を守るのは難しい。犠牲者が出る可能性がかなり高い。
村から犠牲者を誰も出さないためには、向こうの要求を素直に聞くしかないわけか。
「……巫女よ」
わかってるって、長老。
心配しなくても、そんなデカい相手とやり合おうなんて思わない。
話を聞く限り、相手のスザンって男は私と同じ呪術師だ。相手の戦力がわからない以上、勝てる戦いかどうかもわからない。
私一人で高勾村に乗り込んで、話を……。
「いや、逆だ」
私の言葉を遮って長老が言う。
……逆?
「この村に多少の犠牲が出たとしても、村の者達の意見はすでに固まっているのだ」
……ちょっと待ってよ。
まさか。
「月巫女はもはや、この村になくてはならない存在……光なのだ。そのための戦いとあれば、命を捨てる覚悟があるらしい」
ちょっと、長老。
勝手なこと言わないでよ。
「使者よ、高勾村に帰ってスザンとやらにこう言うといい。月巫女は貴様のような下賎な男には勿体無い。来たければ来ればいい、と」
私は立ちあがろうとした。
──けど、その肩を玉美さんに掴まれる。
「月巫女様。私たちは全員、すでにあなたに命を救われた身です。今度は私たちがご恩をお返しする。ただそれだけのことなのです」
なんで玉美さんまで。
こういう時、玉美さんは止めなきゃいけない立場でしょーが。
「すみません、月巫女様。でももうすでに村の皆の意思は確認しているのです。高勾村から使者が訪れた、その時点で」
……嘘だろ?
みんな戦う気なのか?
死ぬかもしれないのに?
私が一人で高勾村に乗り込んで、全部解決して戻る! それでいいでしょ!?
「その結果、もし月巫女様が戻らなければ……私たちは一生悔やみ続けることになってしまいます」
それでも死ぬよりかはマシだろ。死っていう危険を背負うよりはずっと……。
「私たちは月巫女様にばかり、その危険を背負わせていましたから」
私は強いからいいんだよ。どうせ滅多なことじゃ死なない。
けど、君たちは死ぬだろう。
「かもしれませんね」
確実に誰かは死ぬ。どこか遠くへ逃げて隠れてくれていた方が、私はずっと安心できる。
それなのに戦うのか。
「あなたを一人に出来ないと、皆言うと思います」
……ようやく、私にも安住の地ができたのに。
その矢先に、みんなは私を置いていくつもりなのか。
「守るために戦うのです。この村と、あなたを」
……はっ。
それ、私の役目じゃん。なんで私が守られてるんだよ。
ほんと、情けないったらないな。
多少は私も、あの洞窟の中にいた頃よりは強くなったと思ってたのに。
私はまだ、弱いままだったんだなぁ。
悔しいな。
……悔しい。