盲目少女が縄文から呪術の開祖になる話   作:ぷに凝

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「月巫女様」

 

午前。稽古の時間。

 

へばった三人に休憩の時間を取らせている頃を見計らってか、水袋を傾けて給水する私に声をかける者がいた。

 

「少し、お時間いただいてもよろしいでしょうか」

 

リンだ。

 

私は頷いて、「ここではちょっと」とカケを気にした様子で言うリンに促されるように、村の端っこの誰もいない場所に移動した。

 

「……月巫女様に、どうしてもお願いしたいことがあるのです」

 

二人きりになったリンは、しばし何を言えばいいのかと沈黙した後で、意をを決したように深く深く頭を下げて言った。

 

「カケの奴を、戦いから逃してやれませんか」

 

なんとなくその言葉が予想できていた私は驚くこともなく、どうして? と聞いた。

 

「あいつを……死なせたくないんです」

 

リンはそう答えた。

 

「戦いになれば、きっとあいつは真っ先に死にます。月巫女様の力になるために。でも……でも……」

 

リンの声に、嗚咽と鼻を啜る音が混じる。

 

「あいつは……大事な家族なんです……あたしに、とっては……っ!」

 

それを聞いた私は。

 

わかった。と言ってリンの肩に両手を置いた。

 

「……へ?」

 

顔を上げたリンの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 

「い、いいんですか……?」

 

疑心暗鬼、というより信じられないことを聞いたかのようなリンに、私は重ねて「カケを危険な目には遭わせない」と言った。

 

だってこれを言うのに、どれだけ彼女が勇気を振り絞ったのかがよくわかる。

だって私は、仮にもこの村で「月巫女」としてそれなりに尊敬されてる立場にあって、自分で言うのもなんだけどかなり人望があると思う。

 

そんな私に、真っ向からリンは言った。私のためにカケを……誰かを犠牲にするのはやめてくれと。

 

私は安心したんだ。本当に、心底安心した。

 

皆、まるで死んでも後悔はないみたいに振る舞うんだ。私のために戦って死ねるなら本望だと言う人すらいた。

戦いが起こるのは私が原因で、皆は巻き込まれただけなのに。

 

ずっと怖かったんだ、私は。戦いが終わった後……生き残ったみんなに「こんなことになるなんて」と言われるのが怖かった。

 

命は喪えば取り返しがつかない。どうやったって戦いに巻き込んで人を死なせた罪は償うことができない。例え、それが本人が望んだものだったとしても。

 

だから、私は本当に嬉しいんだ。

 

私じゃなくて、命を一番大事にしてくれる人がいて良かった。

 

「……月巫女様」

 

そう言った私の表情が、どんなだったかはわからない。

 

ただ、リンは私の顔を見て……とても悲しそうな表情をしていたのだった。

 

 

「……カケとザナとソウも、戦わないことになったのですね」

 

午後。

 

私は玉美さんに、午前中のリンの懇願により決まったことを告げた。

 

私以外の全ての村人は事が起きた時、“全員”で長老の家の貯蔵庫に避難し、戦いが終わるまで決して外には出ないこと。

長老の家の地下には、食糧や家財を貯めておくための貯蔵庫が存在する。普段ほとんど使われていないが、村人全員が入れるくらい広いし、造りもしっかりしている。この前ちゃんと点検も行った。

 

戦いの余波で潰れるような心配はない、しっかりとした避難所だ。

 

「三人は、酷く落ち込んでいた様子でした」

 

そうだね。と私は静かに返しながら、手に持った植物性の糸を通した“骨針”を、鹿皮に刺して縫い合わせた。

鹿の皮は薄いが丈夫で、針を通すには力を込める必要がある。骨針を通すたびに皮はわずかに引き締まった。

 

普段ならなんてことない作業も、“魔力なし”の私には重労働と言ってよく、5回も針を通したら一回は手を休めて弾む息を整えなければ針を持つ力すら維持できない。

 

私は数日前に玉美さんとやった午後の修行を最後に、修行の内容をこの“針修行”に変更した。

変更の理由は色々あるが……あの日、玉美さんが泣き出してしまったことが直接の理由と言ってしまって、間違いはない。

 

数日前、玉美さんは修行中に突然涙を流し、それに気づいた私がどうしたの?と聞くと、どんどんとダムが決壊するように玉美さんの目から涙が溢れ、彼女は号泣してしまったのだった。

 

わけがわからず狼狽する私に向けて、玉美さんはひたすらに「ごめんなさい」「役に立てなくてごめんなさい」「私が無能なせいで」と泣いて謝るばかりで、その日の修行は直ちに終了したのだ。

 

そして彼女に療養を取らせようとしたのだが、翌日になっても時間通りに……というより予定時間より1時間も早く私のところに来て「私を殺すつもりで指導して欲しい」と、深い隈を目に刻みながら頼み込んできたので「まずいな」と思い修行を断念することにした。

 

そして頑なに何があったか言おうとしない彼女を宥めてなんとか話を聞いてみると、私から流れ込む魔力の中に、修行中の私の感情が紛れ込んでいたのだと言う。

 

その中には進歩しない現状に対する焦りや、成果が出てこないことへの苛立ちがあって……いや、取り繕うのはよそう。私だって聖人でも神でもないんだから。

 

魔力の中に紛れた感情の中には、わかりやすい結果を出せていない玉美さんに対する失望や……稽古をつけても、私からすれば依然弱いままのカケへの呆れなどがあったのだ。

 

これについては、私も大いに反省しなければならない。

 

私の中にそういう感情が芽生えていたことを、私自身がよくわかっている。だけどそれを口や態度には出さなかったとはいえ、魔力に紛れて玉美さんに伝えてしまい、それが彼女の大きな負担になっていたのであれば……彼女の成長を阻害していたのは他でもない私だ。

 

なにが「月巫女」だ。聞いて呆れる。

 

「違うんです! 悪いのは……全部、私なんです……」

 

私が自分自身を責めているのを感じ取ったらしい玉美さんは、そう言って私を責めようとはしなかった。

 

……リンも玉美さんも、私を尊重してくれているのは伝わる。

 

だけど、きっと村の中で私の存在は大きくなり過ぎてしまったのだ。それに今は高勾村との抗争がいつ始まってもおかしくないという状況。

思えば、ここ1ヶ月くらいみんなと笑顔で話し合う機会も減ってしまっていたように思う。

 

他でもない、私自身の緊張や焦りが伝わってしまったから。

 

……私の強さは、村のみんなが知っている。

 

呪いも獣も襲撃者も、私は拳一つで撃ち倒してこの村を守ってきた。みんな私の強さを頼りにしてくれているし、その期待に応えられるよう私も振る舞ってきた。

 

私はこの村で「最強の守護者」なのだ。

 

そんな私が不安になっていたら、そりゃ村全体が不安になっても仕方ないよな。

 

私が本当にしなきゃいけないことは、戦力を増やすことでも敵の脅威を予測することでもなく、いつも通りの様子でみんなと接することだったのに。

 

反省だ。本当に。

 

だから私はその反省の証明として、この針修行の時間は決して魔力を使わないという“縛り”を自身に課した。

魔力のない私は、本当に弱い。自分の足で立つことも出来ず、針を持つ手もぷるぷると震えている。それ以前に魔力を使わないということは、私は完全に視界を閉じることを意味するのだ。

 

本当の意味での暗闇。この世界に来た時の原初の光景。

 

存在を主張しているのは、手に持つ鋭い針と、ごわごわした布と、糸の感覚だけ。それが何よりもリアルに私の感覚に結びついて、強いイメージを形成する。

 

魔力を扱わない上で、細い針をわずかな手の感覚のみで感じる。

 

何もできない私は玉美さんに教わりながら、何度も何度も手元が狂って針を肌に刺して傷だらけにしながら、それでも日が暮れるまで裁縫を続けた。

 

息も絶え絶えになりながら、何度も何度も。

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