私には、親にも兄弟にも、幼馴染にも言っていない秘密の本心がある。
私は──月巫女様が嫌いだ。
◆
私はこのムラで生まれ育った。名はリンという。
私が生まれた時、鳴る玉が落ちて聞こえた音がその由来らしい。
実際、私は生まれつき手先が器用で土笛や骨笛、打楽器などの楽器を作るのが好きだったし得意だった。細かな装飾品を作るのも得意で、私の作ったアクセサリーはムラで評判が良かった。
そんな私の幼馴染は、カケという男の子だ。
カケは足が速い。ムラで一番速くて、朝に山に採取に出かけて、日が沈む前には一日分の仕事を終えて戻ってくるくらいに足が速い。
狩猟も役割を意識して問題なくこなせるし、力もあって、サボらない。だからムラの人からは可愛がられている。
そんな私とカケは、ちっちゃい頃からよく一緒にいて、一緒に遊んだり、仕事を手伝い合ったりしていた。私はカケのことが好きだったし、多分カケも私のことが好きだったと思う。
なんとなく、こいつと将来は結婚するんだろうなぁって思った。
それが一変したのが、ムラの名前がツクヨムラになって月巫女様がやってきた時。
私が初めて月巫女様を見たのは……呪いで意識が朦朧としてる中、家の中で私に手を当てて不思議な温かい光を放っている彼女を見た時だ。
綺麗な人だ、と素直に思った。ううん、人じゃなくて森の神さまが人の姿をしているんだと思った。こんなに真っ白な肌をしてる人は見たことなかったから。
彼女は村を襲った恐ろしい呪いを祓うため、ムラの呪術師だったヤクオさんの妹であるタマミさんが連れてきたらしい。
ヤクオさんのことは別に好きでも嫌いでもなかったけど、たまーに甘い声で話しかけてくるのが鬱陶しかった。それでも呪いで死んだ時は悲しかった。すぐに私も呪いにかかって、それどころではなくなったけど。
そんな呪いを、月巫女様は呪いの元凶である物怪ごと祓ってしまったのだという。
そんな彼女の功績を讃えてムラは彼女を新たなシャーマンとして迎えて、ムラの名前もツクヨムラと変わった。
そこまでは、いい。私も月巫女様に助けてもらったし、すごい人なのはわかる。私の作ったアクセサリーも褒めてくれたし、楽器も壊したりせず大事に扱ってくれる。
ヤクオより良い呪術師がムラに来て、アイツは空で泣いてるな──なんてムラの人たちが笑って言うのも納得できる。
でも、月巫女様がムラにやってきてから……カケの奴が、彼女にすっかり夢中になってしまったのだ。
今まで以上に狩猟採集に張り切るようになったし、朝一番で必ず月巫女様の所に行って一日の“予言”を彼女から貰っては嬉しそうにムラの外に向かう。実際は予言を建前に、月巫女様と少しでも話したいだけだ。
この前なんか月巫女様が朝のお清めをしてる所をザナとソウと二人で覗きに行ってタマミさんにこっぴどく叱られたみたいだ。いつもならむしろ二人を窘める立場なのに。
カケは月巫女様を守るために近くに行っただけ……と言い訳していたが、私にはわかる。カケは月巫女様の水浴びを覗きたいって欲を我慢できなかったんだ。だって月巫女様は守りなんて必要ないくらい強いんだから。
そうでなくても、カケは月巫女様が絡むと途端にバカなことをするようになった。
……その結果、ツクヨムラに隣村が襲撃をかけてくるという話になった時、カケは月巫女様のために死ぬ覚悟だと息巻くほどになっていた。
毎日毎日、一歩も動かず汗もかかない月巫女様に対して挑みかかっては、なんとか彼女に自分を“強い”と認めてもらいたいみたいで……その度に軽くあしらわれては酷く落ち込んでいた。
ある夜なんか、夜中に村のはずれで一人、泣きながら槍を振っていたくらいだ。カケはどんどん元気を失って、笑わなくなり、ご飯が喉を通らなくなるようになっていった。
……月巫女様に悪気なんて欠片もなくて、きっと悪いのはカケの奴なんだろうってことはわかる。
でも……私からカケを奪って、そしてカケは月巫女様のために頑張ってもどんどん自信を失うだけ。私もカケも不幸になっている。
だから、私は月巫女様を恨んでしまう。彼女が悪くないってわかっていても。
だからある日、私は意を決して月巫女様にカケに稽古をつけるのをやめて欲しいと頼み込んだ。それは、言ってしまえばカケに月巫女様を守らせないで欲しいって頼むようなもので……ムラのみんなに知られれば大目玉を喰らってしまうだろう。
でも……月巫女様は怒らなかった。それどころか。
安心した、と言って小さく微笑んでくれたのだ。
一体、何が安心なんだろう。月巫女様も不安で仕方ないはずなのに。カケだけじゃなくて、ムラ全員の命を背負っている月巫女様に対して私のお願い事は……あまりにも無責任なのに。
どうして私を責めないのか。どうして不安だと言ってくれないのか。どうして助けてと言ってくれないのか。
どうしてそんなに、誰の手も届かない場所で輝いたままで入れるなか。
私は思った。
この人が、もっと人間らしくあってくれたら……ほんの少しでも私を恨んでくれたら、もっと素直に嫌いになれたのに──って。
◆
結局、高勾村の件も全て月巫女様が一人でなんとかしてしまった。
私たちはまた、何もすることができず助けられるままだった。それをタマミさんも、カケも、酷く気にしていた。
月巫女様は結果的に犠牲者が出ずに済んで安心していたようだったけど、その反応こそが私たちがただ月巫女様に守られてるだけの足手纏いなのだと痛感させるものだった。
月巫女様は完璧なお人だ。
強く、気高く、美しく……それなのに気さくで、決して驕らず、いつも親身になって私たちのために動いてくれている。彼女は何度も否定するけど、やはりムラのみんなは彼女を天の遣いだと考えているらしい。
カケは自分がまだ修行不足だと落ち込み、月巫女様に近づくのを避けるようになった。言葉をかわすのも今の自分にはおこがましい、と思ったらしい。
代わりに私といる時間が増えて、私はカケのことを頻繁に慰めるようになった。
結果的にカケは私の元に帰ってきたとも言えるけど……やっぱりカケの中には、月巫女様の存在が大きく残っているようだ。
それは消えることなく、むしろどんどん大きくなっている。
きっと、カケが月巫女様を守るという自分の役割を全うできる日まで消えることはないんだろう。そういう奴だから。
それならいっそ……月巫女様が……。
この世から消えてしまえばいいのに。
……。
いけない、いけない。何もしないで待ってる時って暇なんだよね。そのせいで余計なこと考えちゃう。
「うぅ……月巫女様……」
……っていうか、私と一緒の時に月巫女様のことばっか考えてるカケのせいだ。これは絶対。
今までは二人でいる時は相手のこと以外考えなくて良かったのに、カケも私も月巫女様のことで頭がいっぱいになっちゃうとかバカみたいだ。
やっぱり、月巫女様は好きになれない。
綺麗な顔も、それを隠そうとするのも、気さくで気取らない性格も、真面目で仕事熱心なところも、あんなに細い体で山のような巨体の獣だって倒してしまうところも、笑うと可愛いところも、美味しいものが好きなところも、みんなのことをよく見ていて褒めてくれるところも、それだけすごいのに下らない悩みにも一緒に頭を悩ましてくれるところも。
全部、全部嫌いだ。
私の持ってたものを全部持っていってしまう月巫女様が、どうしようもなく。
嫌い──。
ドサッ
「え?」
不意に家の外で音がした。
「……カケ、私ちょっと外見てくるから」
「月巫女様ぁ……」
「いつまでひっついてんだアホ」
カケの額をぺしんと叩いて、私は衣服を纏って家の外に出た。
「へっ」
外に出た私が目にした光景は。
……家の前でうつ伏せに倒れてる月巫女様の姿だった。