お祭りに必要なものと言えば何か?
屋台! 花火! 神社! 着物! 水風船! 金魚掬い! りんご飴! わたあめ! 焼きそば! お好み焼き! イカ焼き! ベビーカステラ!
後半ほぼ食べ物だな……。
そう、食べ物はとても重要だ。お祭りをするならこれがなくちゃ始まらない。
術式を込めた装具……“呪装具”は、狩猟中の事故を減らして狩りを効率化させた。おかげで狩猟組の成果も倍増して、祭りを開くならちょうどいいタイミングだ。
呪具は月読村に革命と言っていい生活の利便性を齎した。
お陰で村はお祭り騒ぎ。もはや、わざわざ祭りを開くまでもなくすでにそんな感じの雰囲気だが、それでも一区切りとしてわかりやすいイベントはやはり必要。
私の提案は長老と玉美さんに快く受け入れられ……特に玉美さんの喜びようには驚いた。そもそも、玉美さんは私を村に迎え入れた時にお祭りを開けなかったことをずっと気にしていたらしい。
当時は月読村も呪い騒動の直前で色々と余裕がなく、私も村の運営の立て直しにかなり奔走した記憶がある。なんとか状況が落ち着いた矢先に高勾村のゴタゴタが起きて、それが解決した後にはマヒトが村にやってきた。
……こう聞くと、短い期間に流石に色々起きすぎだな。そりゃ息つく暇もないわけだ。
そんなわけで、私が提案した通称「
こんだけ祝い事が重なれば食事も豪華になる。すでに村総出で出し物の準備にかかっているようだ。
大きな土鍋で肉や果実の煮込みが振る舞われるのは勿論、普段は食べられることがない内臓や脳、血、骨髄といった希少部位、乾燥肉や燻製といった保存食も一部放出。少量ながら果実酒も飲める。
ちなみに、普段は村で出る食事に口を出すことは滅多にない私だが、ここまでの大盤振る舞いをするなら私も少し手を加えたいことがある、ということで下準備には私も関わっている。
味見の段階では上手くいきそうな気配だったので、このまま当日も成功すれば私としては嬉しい限り。
それだけじゃなく、「月祭」の噂は村を訪れた商人達の口伝によって周辺にも伝えられているようで何人か外の村の人間もやってくる可能性があるらしい。
……実の所、祭りへの参加というのは半分口実で実際には嘘のような逸話が語られる「月巫女」が噂通りの存在なのかを確かめたい、という意図があるのだと商人は言う。
高勾村は周辺地域に大きな影響を及ぼしている巨大勢力だった。それを、たった一人の女が下してみせたことのインパクトは大きいらしい。自分たちを脅かす存在ではないのかと警戒と興味を抱いているのだという。
私は、そういうパワーバランスだとか力の均衡だとかの概念に興味はない。私の願いはこの村の平穏と少しばかりの生活の改善。そして趣味と言える魔力の鍛錬が出来ればそれでいい。
勢力拡大だとか侵略だとかは、興味のある人間が勝手にやっていればいい。私は降りかかる火の粉は払うがそれ以上のことはしない。
故に……。
「ずぐぉえおろえおおぉぉ」
困るんだよねぇ、君たちみたいなのはさ。
村の外れの暗い林の中、私は数匹で群れる呪いと対峙した。
いずれも強さは大したことないが、厄介なのは彼らが囲んでいる一人の女性だ。
彼女は頭から血を流しており、出血量的にも今すぐ止血しなければ命に関わるだろう。
それをわかっているのかいないのか、呪いたちは女性達の周りをグルグルと周りながら私を警戒するのみでその場から動こうとしない。そして可能であればすぐに女性を殺せる位置に陣取っている。
人質だ。
呪いは負の感情の化身。だから人間の嫌がることはよくわかっている。どういう生き物なのかも。
そのため彼らは弱くても馬鹿ではない。人質が私に有効であると考えれば容赦なくその手段を使うのだ。
餓骸もそうだったしね。呪いってのはつくづく困ると人質を取りたがるらしい。
それならば。
私は腰に刺していた骨針を抜き取り、人差し指と中指で挟んで構えた。
そして、手首をスナップさせて針を投げ、指先から伸びた魔力の糸を引いて呪いの周囲を大きく一周させた。
「ぶじゅるぉっ!」
「ぼじゅっ」
「だざでぇっ」
キュ、と引き絞った糸が呪いの体を一遍に拘束し、さらにギチギチと強く縛って肉に食い込み……そして、切断。
バラバラになった呪いは空中で塵となって消え、辺りに静寂が訪れた。
骨針の軌道は自由自在。今回は切断したが、拘束程度の力加減に調整して対象を捕縛することもできる。
宙を飛翔する一本の針と繋がった細い魔力の糸を視認するのは困難で、相手が存在に気づいた時には時すでに遅しだ。
見た目丸腰の私が持つ武器としては、この骨針はリーチや利便性の意味でも非常に有用。全くいいものを作ってもらったものだ、とマヒトには感謝してもしきれない。
玉美さんを餓骸に人質に取られた時からずっと考えてたんだ。相手を傷つけず捕縛する方法を。それが叶った形でもあり、私として非常に満足だ。
さて……そして、このお嬢さんは一体何者か。
色々と魔力の籠った装飾をつけているようで、何やら一介の村人という雰囲気ではなさそうだけども。
とりあえず、頭の出血は命力で治癒。私も手慣れたもので、他人に施す治癒も最初に玉美さんにやった頃と比べて上手くなったもんだ。
「……むっ」
そうして、徐々に意識が覚醒する女性の顔を覗き込み、私は言った。
おはようございます、と。
「うひょわぁ!? な、なんじゃあ貴様は!?」
なんじゃとは酷い言いようだ。襲われていたところを助けてあげたというのに。
「こ、声が直接……!? まさか呪術か!?」
呪術ではないけど、私はここの近くの村で呪術師をしている者だ。怪しい者ではないよ。
「……目隠しをして、口を開かず喋る者が怪しくないと申すか」
……それはそう。
ただ、私だって好きで目隠ししたり喋らなかったりしてるわけじゃない。そうならざるを得なかったってだけだ。だから怪しくないは嘘でも、危険人物ではない……ないよね? なんか不安になってきた。
よく考えたら素手で熊倒す人間って普通に危険人物じゃないか?
「素手で、熊を?」
私の独り言に女性が反応して、深く考え込む。
「──其方、もしや噂に聞く“熊の巫女”かえ?」
……その噂話は知ってるけどさぁ。
私自身は見ての通り熊なんかとは程遠いでしょ? 別に必要以上に褒められたいわけじゃないけど、私だって一応女だ。熊みたいな体と言われるのは流石に抵抗あるわけで。
簡単に言えば、そう呼ぶのやめてください。
「……ふむ、それは失礼したな。正しくは“月巫女”と呼ばれていると、そう聞き及んでおる」
そうそう。まぁそっちも恥ずかしいけど、もう馴染んでるしね。是非そう呼んでください。
「妾の方こそ命を救っていただいた恩人に大変な失礼をしたようで申し訳ない。少々穢れどもにやられて混乱しておっただけじゃ。許せよ」
うひょわぁ!? って言ってましたもんね。
「そ、それは忘れて!! ……コホン、忘れよ。でないと妾が外を歩けなくなるでな」
了解いたしました、マム。
……それで、妾ちゃんは一体ここで何を?
「──アマネ」
……あまね?
「それが妾の名じゃ、月巫女よ。其方に会うため、遠路はるばるこの地へやってきた。会えて嬉しく思うぞ」
彼女は……アマネと名乗った少女はそう言って、柔らかにお辞儀をした。