盲目少女が縄文から呪術の開祖になる話   作:ぷに凝

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「──!!」

 

吠える獣を、ロデオのように乗りこなしながら私はあることを試していた。

それはこの獣を初めて見た時から感じていた、違和感に近いもの。

 

果たしてこの獣の肉体は、呪力で出来ているのか?

 

呪力で出来ているのなら、当然、私の拳が全く効かないということは起きない。呪いと同じように、内に籠められた呪力を吹き飛ばせば肉体は欠損する。

逆に、肉や骨で出来ているならもっと生物らしい反応を見せてもいいはずだ。具体的には血が出たりとか、内臓を損傷したりだとか。でも、そうですらないのなら。

 

この獣の体は、きっと見せかけだ。

 

大きく膨らんだ風船のようなもので、どれだけ殴ったところで表面が揺れるだけ。風船の中にあるものにまで衝撃は伝わらない。

叩いても叩いても意味がない空気を相手に無駄に体力を消耗しても仕方ない。風船に対して有効なのは、穴を開けて空気を抜くことだけだ。

 

それなら、どうすれば穴を空けられるのか? 見せかけの体を貫いて、風船を割ることができるのか。

 

重要なのは、やはりイメージだ。

 

戦いを追うごとに、どんどん獣っぽさが増していったコイツの動きは、さらに激しさを増していくばかり。そろそろ私ですら追いつけないくらいの尋常じゃない速さ。

 

どうしてコイツはこんなにも速いのか? 強いのか? 獣らしくなっていくのか?

 

それをしていたのは、他でもない私だったんだ。

 

私が強くイメージした獣の偶像を、コイツは忠実になぞっているだけなんだ。だから強さも速さも際限がない。私がもっと強くなるぞと思えば思うほどにそうなるのだ。

思えば、最初の咆哮を聞いた私はその時点で自分で相手の姿を獣だと思い込んでいたのだ。見せかけの風船に空気を入れていたのは私だった。

 

相手は最初から、巨大な呪いの獣なんかじゃない。

 

でも一度染み付いたイメージはなかなか取れないし、忘れようと思えば思うほどに強烈にその存在を意識して獣の輪郭ははっきりしていく。

 

だから、私は獣を飼い慣らす。

 

飼い犬にリードをつけて散歩をするのと何も変わらない。コイツは巨大な獣なんかじゃなく、愛くるしい愛玩動物だ。

 

「グ……グル……ゥン……」

 

呪糸によるリードをつけて、暴れ回る獣がどんどんと萎んで小さくなっていく。私が小さく見えるくらい巨大なサイズだったのが、ライオンくらいになって、大型犬くらいになって。

 

「クゥン」

 

ミニチュアダックスフンドみたいになった。

 

よしよし。

 

「ゥルルル」

 

未だ私に対しての敵対心を見せる獣だが、さっきまでの威容はすっかりなくなってしまった。今はただの威嚇をするだけの小型犬である。

しかし、ずっとこのままとは限らない。また何かの拍子に巨大な獣の姿を取り戻して、私に対して牙を剥くかもしれない。

 

この獣が見せかけだけならば、針を通して空気を抜かなければ。

 

「キャウッ!」

 

私は獣の首筋に、骨針を刺して内部へと侵入させる。

 

そして針と糸伝いに、獣の中の呪力構造を解析していく。尚、体内を針で弄られる獣は痛がるどころか、なぜか舌を出してごろんと仰向けに寝転がった。気が散るのでやめてください。

 

ふむ、なるほどね。大体わかった。

 

こいつは、他者に実態のある幻覚を見せる呪いだ。私の魔力に反応して模倣し、私がイメージする敵の姿をそのまま私の魔力で形作る。全く同じ性質、波長の魔力同士だから、攻撃は一切効かないというわけだ。

 

ずいぶん厄介な特性を持った呪いのようだけど、それさえわかれば対処は簡単。

私は呪いの体内に、針と糸で“術式”を施した。いや、それは謂わば封印と呼ぶべきものだ。呪力を遮断する命力の性質を利用して、内部の模倣器官をシャットダウンさせる。

 

「キャウッ!」

 

ビクン、と獣が震えて私の魔力の波長を模倣しようとする。

 

「……ク、クゥーン」

 

しかし、その機能が封印されたことに気付いたのか、気まずそうに目を逸らした。

 

と同時に、獣の中の玉美さんの魔力反応も消えた。

 

……玉美さんの魔力を模して、内部に彼女がいるように見せかけていたのか。

 

クソ、まんまとやられた。

 

周囲を見渡すと、先の大暴れのせいで周囲一体は私の魔力で満ちていて玉美さんの魔力の残穢が消えてしまっていた。

……いや、もし玉美さんの残穢が残っていたとしても、それはこの呪獣が模倣して残しただけのものかもしれない。だとしたら残穢を辿って玉美さんの元に行くというのがそもそも不可能。

 

つまり、完全に手がかりを失ってしまった。

 

「ヘッヘッ」

 

呪獣の首筋を掴み、無力化したその体を持ち上げる。

 

つぶらでうるうると震える視線が私の肌に突き刺さるが、さっきまで思い切り私を殺そうとしてたくせに、今更そんな態度を見せれば許されるとでも思っているのだろうか。

 

……かと言って、コイツを祓ったところで自体が好転するわけでもないしなぁ。

 

仕方ない。

 

一度、村に戻ろう。

 

 

「月巫女様! あぁ、良かった……! 玉美様と、リンさんは……?」

 

月読村に帰ってきた私を迎えたのはナミギさんと双子達だった。私が帰ってくるまで村の前に座っていたらしい。

ナミちゃんの予知夢は幸いにも正夢になることはなかったが、二人の救出は失敗した。すでに時間が経ちすぎて、二人は高勾村まで連れて行かれてしまっただろう。

 

私はふるふると首を振って、その旨を伝えた。

 

「……そんな、玉美様が」

「お母さん……」

 

ナミギさんが私の報告を聞いて、胸に手を当てて苦しそうな表情をした。

……ナミギさんは玉美さんと仲が良かったからね。私以外だったら、玉美さんがこの村で一番話していたのは彼女だったはずだ。

 

「……大丈夫よ、ナミ。ナギ」

 

だけど彼女は強かった。

 

暗い顔をしたのは一瞬で、子供達の顔を見るとすぐに笑顔を取り戻し、気丈に振る舞った。

だけど私にはわかる。彼女が内心、不安や恐怖でいっぱいなことを。

 

高勾村の10人の粗暴さは、彼女自身深く体験したばかりだ。あんな連中に玉美さんの身柄が押さえられているということが、きっと良くない想像をさせるのだろう。

 

実際、私も同じ危機感を持っている。

 

時間が経てば経つほど玉美さんも、リンちゃんも危険だ。

 

「月巫女様! リンは……リンは戻りましたか……!?」

 

そして、その場に遅れて駆け付けたのは村の中に置いてきた高勾村の襲撃者たちの監視をしていたカケだった。

私の姿を見るなり、駆け寄ってきてリンの安否を問うてくる。そんなカケに私は首を横に振るしかなかった。

 

「そ、そんな」

 

カケが目を見開き、歯を食いしばって顔を俯かせる。

 

……彼女たちは、この月読村でも信頼されていた二人だった。そんな二人が居なくなって……いや、攫われたという事実は大きな不安となって村を支配していた。

 

「巫女よ、戻ったか。まずは、君が無事で良かった」

 

そんな暗い空気の中を、長老が杖をついて歩いてくる。

 

──聞くところによれば、村が襲われた時、玉美さんは一人で高勾村の全員を相手に戦おうとしたのだという。

だけど、そんなことをすれば彼女は殺されてしまう。と制止したのは長老だったらしい。

 

素晴らしい判断だ。敵の戦力は想定以上。玉美さん一人ではまず対処不可能だった。私の帰りを待ってくれたおかげで、まだ彼女の命は繋げている可能性が高い。

 

みんなは突然の事態に最善を尽くしてくれた。

 

だから私は、そんな皆に報いる働きを見せないと。

 

長老、ちょっとマヒトを呼んでくれない?

 

「彼か。あぁ、構わないが……何故だ?」

 

その“何故だ?”の言葉には、「そんなことをしている暇があるのか?」という裏の意味が込められていたのだろう。

 

だけど、必要なことだ。

 

二人を助け出すには、彼の助けがいるんだ。

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