「月巫女殿! ご無事でしたか!」
おーマヒト。無事だったか。いや良かった良かった。
私はてっきり今回の襲撃、君を狙ったものだとばかり思っていたからね。連れ去られるのを覚悟してたよ。大事なさそうで何より。
「長老様が住居の地下に匿ってくださいまして……ずっと息を潜めておりました」
マジか。最高かよあの爺さん。MVPってレベルじゃねーぞ。
マヒトまで連れてかれてたら私が今から実行しようとしてることは不可能になってたからね。その分、玉美さんたちを救出できる確率も下がる。
そういう意味では長老は私たちみんなの命を救ったんだ。いぶし銀の活躍。おみそれしました。
「申し訳ない。まさか玉美殿たちが連れ去られることになろうとは。自分の責任です」
? なんでマヒトの責任って話になるんだ。
「いえ、“術式”を生み出した時から、もしかしたら高勾村の人間たちは今更私を連れ戻そうとするのではないか、と考えてはいたのです。勿論、月巫女様の特別な眼があってようやく成立する術式ですが……彼らは兎に角、女性が力を持っているという価値観に馴染みませんので」
それはマジでそう。
私はブンブンと首を振って頷いた。
「ですので、術式という月巫女様の発明を知った彼らがそれを無理やり手に入れようとして、再びこの村に侵攻をかけてくる可能性は考えていたのです。それでも、まだ先のことと思っていたし、そもそも、彼らが術式の存在と価値について知るのも時間がかかると踏んでいました。まだ術式を刻んだ呪具と呪装具は月読村の中でだけ普及している品ですから」
そうだね。
術式の存在が外に知れれば、この時代の常識を大きく変えることになるのは予想がついていた。実際、月読村の生活は一変したわけだし。
あの強欲な高勾村が、自分たちが追放したマヒトがこの村で新たな価値ある物を生み出したとすれば何を考えるか……容易に想像がつくし、きっと今回の再度の襲撃もこんな感じのお題目なんだろう。
“術式”とこれを刻んだ呪具は、元は高勾村の所有物である。月読村はこれを不当に強奪したのであって、彼らに正当な所有権はない。
故に、これは奪われた物を取り返す正当な戦いなのだ……と。
「……目に浮かぶようです」
マヒトは苦々しい顔で、深くため息を吐いた。
ちなみに、これは私が勝手に言ってることじゃない。月読村を襲撃している男たちを掃討していく中で、私にぶん殴られる彼らが声高に叫んでいた内容でもある。
──この卑怯な盗人め! 我らから奪った物を返せ! 差し出さぬなら貴様らから同じように奪うのみ!
彼らは本気で、私たちが村からマヒトを攫って術式を奪い、そして利益を独占していると信じ込んでいる。
卑怯で下劣な月読村はこれくらいの目に遭って当然だと、その正義を振り翳して村の弱者を甚振る。
実際には彼らが勝手に手放した物を、私が価値を見出して実用化したのが術式だ。けど、彼らにとってそんなことはどうでもいいし、知りたくもないのだろう。
都合のいいストーリーを信じ込めれば、それでいい。
それを吹き込んだのが今回の一件の黒幕であり、何らかの思惑で玉美さんを攫った元凶。
……マヒト。高勾村にいた君に聞くけど、そういう人物に心当たりはある?
「……私の知る限り、それほどの智謀を張り巡らせることができたのは」
「──先代スザン。今は“山の翁”と呼ばれておる老木じゃ」
静かな室内に、凛とした静かな声が響いた。
「ア、アマネ殿!?」
「久しいのう、マヒト。其方が生きてここに身を寄せていることを知った時は、なんという巡り合わせかと思うたわ」
「それは私の方こそ。まさか月巫女殿と一緒におられたとは」
「一緒におったわけではない。ただ角を折られただけのことよ」
室内に入ってきたのは、幼児体型で古風な喋り方をするプリティーガールアマネちゃん……って、まさかここに来るとは。私は視線を向けると、流石に気まずいのか若干視線を逸らされた。
というか、二人は知り合いなの? なんか元から知ってる風じゃん。
「それはですね……」
「待て。妾の方から話す。それが筋というものじゃ」
アマネちゃんは私の対面に座ると、ゆっくりと話し始めた。
「──すでに気づいておるじゃろうが、妾は高勾村から月読村に派遣された間者じゃ。月巫女。其方の正体とこの村が抱えている秘密を暴くために正体を隠して村に忍び込んだ。其方がスザンを追い返してすぐのことじゃな」
……じゃあ、もしかして術式や呪具のことを漏らしたのも?
「左様。村の内部情報や、“月祭”についても妾が高勾村に伝令を送った。そして、その情報を元に山の翁は玉美を連れ去る計画を立てた。それが偽らざる真実じゃ」
「……」
「つまり妾は、月読村にとってまごう事なき怨敵。全ての元凶と言い換えてもいい存在というワケじゃな」
クックッ、とアマネちゃんは自嘲気味に嗤った。
マヒトが私の顔色を窺うように、緊張した気配を滲ませる。
「この身は好きにせよ。すでに妾は負けたのじゃ。この命は未だ燃え尽きていないだけの残火に過ぎぬ」
私は、正面に座るアマネちゃんに……懇願と後悔の感情が濁流のように押し寄せてくる彼女に対して一言、言った。
話はそれで終わり? と。
「──ッ!」
じゃ、次にどうやって玉美さんを助け出すかだけど……と話を切り替えようとした私に、正面からアマネちゃんは掴みかかってきた。
「何故じゃ! 何故妾を殺さぬ!? 貴様、それでもこの村を預かる身か!? 妾を殺さぬのなら、何度でも貴様を狙ってやるぞ! 寝首を掻き、その命を奪うまで昼夜問わず襲ってやろう! 情けをかければ絆されると考えておるなら、あまりにも浅い見通しじゃ……!」
真正面。すぐ近くにあるアマネちゃんがどんな表情をしているのか私にはわからない。
だけど声には怒りと涙が滲んでいることがわかった。どうして私が彼女を殺そうとしないのか、と怒りの声を上げていることはわかる。
だから私は答えた。
君が私のことを殺そうとしていないからだ、と。
「な、あぁっ……!?」
そんな私の言葉に、アマネちゃんは信じられないことを聞いたような声を上げた。
「貴様、頭がおかしいのか……? それとも、奇跡的な馬鹿なのか……?」
失敬な。
私は至って普通の、どこにでもいる平凡な呪術師だよ。
「其方のような平凡な呪術師がいてたまるか」
「あ、それは私も思います」
オイオイ、思わぬ加勢だぞ。
……別に、アマネちゃんが死にたいなら無理に止めはしない。それも君の選択だろうから。だけど私が君に与えるべき制裁はすでに与えた後だから、これ以上私がアマネちゃんを攻撃する理由はない。
危険な“猿の手”は回収したしね。これがなければ、彼女ができる悪さというのも限られる。
あ、そうだ。マヒト。この呪物が猿の手。貸してあげるから解析手伝ってよ。マヒトがいたら色々わかりそうなんだよね。
「猿の手……? えぇ、まぁ。自分にできる事であれば」
「……妾の目の前で公然と又貸しが行われているのじゃが」
又貸しなんてとんでもない。猿の手はすでに私のものだ。
アマネちゃんの命まで取る気はないけど、こればっかりは返してやらないんだからね。
「……もう要らぬ。妾もそれに縛り付けられるのは、疲れた」
アマネちゃんはそう言って、膝を抱え込んでうずくまってしまった。
……暴れ出しそうな様子もないので、彼女はこのままにしておこう。しばらくすれば落ち着くだろうし。
というか、よくここまでこんな短時間で来れたな。あの後一体何があったのか……。
「──彼女を連れてきたのは俺だ」
そんな私の疑問に応えるように、また新たな影が室内に足を踏み入れた。
唐突に部屋に入ってきた声に、マヒトとアマネちゃんは驚いたように顔を上げた。何故なら彼の声を、この場にいる全員が聞いたことがあったからだ。
「まさか……
「久しぶりだな。アマネ様。……マヒト」
その男はアマネちゃん、マヒトと視線を巡らせて……最後に私の方をちらと見た。
……オイオイ。確かに今は外に戦える人がいないけど、警備は一体何をしてるんだ?
「親父の件で話がある」
なんで、スザンがここにいるんだよ……。