「
「そちらこそ、アマネ様。てっきり月巫女に始末されたと思っていた」
「そうなりかけたがの。此奴が甘ちゃんであったゆえ生き残ったわ」
ぬっ、と当たり前のように家の中に入ってくるスザン。私は状況が上手く飲み込めずただ困惑する他なかった。
「……」
そんな私の視線に気付いたのか、スザンは私と目が合った(?)瞬間、うっと苦々しく気まずそうな顔をする。
そのまましばし、私とスザンの間に重苦しい沈黙が流れた。
「月巫女よ、何故こやつがここにいるのか。其方は疑問に思っておるのだろう?」
アマネちゃんの言葉に私は頷いた。
スザンは高勾村の呪術師として私と戦った人間だ。まぁ、実際の戦いの内容は戦いと呼べるものですらなかったが。
正直、私は今回の襲撃を仕組んだのはスザンなのだと思っていた。前回やられたことの意趣返し、あるいは腹いせのために復讐を企んでいるのだと。
だけど、黒幕候補筆頭だった男は何故か私の目の前にいて平気な顔で村の中に踏み込んでいる。これを疑問に思わない方が無理だろう。
ってか、ここにいる人間マヒト以外はみんな敵じゃねーか。なんで当たり前みたいに全員ここにいるんだよ。
「坊は其方に負けてから色々と……本当に色々とあってのう。その全てを語ろうと思えば時間が足りぬ。ただ一言で坊の状況を説明するのなら」
アマネちゃんはため息を一つ吐きながら、重々しく沈黙するスザンを見やった。そんなアマネちゃんの視線を黙って受け入れるスザン。
「其奴は破門されたのじゃ。今はもう、高勾村の呪術師でもなんでもない、ただの男じゃよ」
破門、と私は呟いた。
「あり得ない!」
私の心中の驚きよりもわかりやすく、鋭く反応したのがマヒトだ。普段は静かな彼が立ち上がって、アマネちゃんに抗議の声を上げていた。
「月巫女殿! 騙されてはなりません。その男は村で一番の権力者だった翁の実子です。あの身内贔屓の男が自分の子供を追い出すなんて真似をするはずがない!」
「その翁に逆らった結果が今の坊じゃ。彼奴は必要とあらば息子であろうと切り捨てる狡猾な男だった、というのが実態じゃ」
「お、俺は切り捨てられたわけじゃない……」
「まだ現実を受け入れておらぬのか? 坊。いつまでもそんな甘ったれでおるから、婚約者と信じて疑わなかった女に足蹴にされるのではないかえ?」
「ぐっ……」
マヒトの啖呵を契機に、それぞれが思い思いに話し出す。
な、なんだこのアウェー感は。きっと三人にとってはわかる話をしているんだろうけど、高勾村のことを全く知らない私からしたら意味のわからない会話が繰り広げられている。
敵だと思っていたスザンもアマネちゃんも、実際にはそうではなく複雑な立場にあるのか? マヒトの話では彼を村から追い出したのはスザンだったはずだ。それも自分の敗北を隠すための生贄として。
それなのに、そのスザンは村を追い出されたのだと言う。その事情の詳細をアマネちゃんは知っていて、マヒトは知らない?
だ、ダメだ。全く状況がわからん。
「──月巫女よ、今は話が見えず当惑するばかりであろう」
そんな私の心情を総括してか、アマネちゃんが私にまっすぐ視線を向けてきた。
「しかし、妾にはわかる。今、ここに妾たち三人が揃ったこと。そしてその場に其方が居合わせておることは天の巡り合わせと言うほかない。この状況でなければ、妾たちはいがみ合うほかない関係じゃ」
「恐れながらアマネ殿。私はこの状況でもスザン殿を信用するわけには参りません。月巫女殿も同じお考えのはずです。彼女はスザン殿に無礼極まりない態度を取られたのです。今すぐ彼をこの場から追い出すべきです!」
「あれは……親父が……いや……」
「決めるのは其方じゃ。月巫女よ」
そして、なんにも状況はわからないのに何故かこの場の決定権を持っているのは私らしい。
「妾の見立てでは、其方の愛弟子を村より救うには坊の協力が不可欠。そのために坊もこの場に来たと見える。妾たちの目標は図らずしも一致しておるのじゃ」
「愛弟子……? まさか、この村から誰か攫われたのか?」
「月巫女殿が目をかけていらっしゃったお弟子殿が攫われたのです。恐らくは、貴方のお父上に」
「……なんということだ」
アマネちゃんの話は、やっぱり腑に落ちないことばかりだ。
スザンもアマネちゃんも、私の敵で私が倒してきた人間たちだ。そんな簡単に信用できるわけ……。
……。
まぁいっか!
「つ、月巫女殿!?」
私が頷いて、協力を了承するとアマネちゃんがニヤリと笑い、スザンが目を見開き、マヒトが驚愕の声を上げた。
「考え直すべきです! 彼らは貴方の命を狙った者たちなのですよ!? 信用に値するとは思えません!」
「控えよ、マヒト。月巫女が決めたことじゃ。妾はその方の英断を支持する。この担気、なるほどのう。英雄と呼ばれるだけのことはある大人物のようじゃ」
マヒトが制止してくるが、私は二人と協力するメリットは大きいと考えた。
だって、今私が考えている作戦的にも高勾村の内部情報はあればあるだけいい。そして話を聞く限り、二人はその手の内情にかなり詳しい人たちであるようだし。
「……本当にいいのか」
私は頭上から聞いてくるスザンの複雑そうな声に再び頷いた。
まぁ、心情的には信用できないってのは同感。だから別に頭から信じるわけじゃない。だけどどうやらここにいる全員、高勾村に痛い思いをさせられた被害者の会でもあるようだし?
信用はせずとも、お互い利用し合うくらいの関係ならwin-winで話がまとまるんじゃないかなって。
「それで良い。妾もあの爺には一杯喰わせてやらねば気が済まん。願ってもない話じゃ」
「……親父に媚を売ってなんとか生きながらえていた女が、随分な口を叩くようになりましたね」
「ふっ。其方こそそちらが素というわけじゃな? それくらい生意気な方が好ましいぞ? 月巫女に対してもそれくらい素直であればいいものを」
「言っていろ」
おお。
なんかすっごいギスギスしてるぞ、この二人。顔の前で火花が散っている光景が目に浮かぶようだ。こりゃ相当色々あったっぽいな。
……ともかく役者も揃って、これでようやく話の本題に入れるね。
思わぬ助っ人も来てくれたみたいだし、色々と面白そうなことになってきた。
今ここにいるのは、それぞれの思惑で復讐と反撃を狙う二人(一応、三人)の実力者たちと、一人の技術者。
とても奇妙な巡り合わせで、私たちはこの場に集った。
じゃ、早速話し合おうか。
「のじゃ」
「ああ」
「……わかりました」
私たちの復讐について。
◆
「随分、人が減ったな」
その部屋は、獣皮や骨器の装飾が多分に施された権力者にための部屋だった。
部屋の隅には裸同然の女たちが足を揃えて立っており、静かに部屋の主の言葉を遮らないように静寂を保っている。
女とは装飾である、と主は言って聞かない。だから女はこの部屋で喋る権利を持たない。
ただの装飾が喋るというほどおかしなことはないのだから。
「息子さんもいなくなっちゃいましたしね〜。ま、減った人間はまた増やせばいいんじゃないですか? ちょうど新しい女も増えたことですし」
「戯け。貴様は何もわかっておらぬ」
主は、その熊のように大柄な体躯とそれに見合った鋭い視線をギロリと動かして自分の前に立つ細身の男を見やった。
「身籠っている間は次の子供を産ませられんだろう。たかが二人増えた程度で、何が変わるというのか」
「あっはぁ、そりゃそうだ」
「もっと多くの女を攫ってくることを貴様には期待したのだがな」
「すみません。思っていたより捕らえた女たちが抵抗したもので。大人しくさせるのに時間を食ってしまいました」
細身の男は肩をすくめ、恭しく頭を下げた。
「──良いか、女は装飾だ」
主はそれが当然のように、世界のルールであるように断じて言った。
「装飾は身につけねば
細身の男は「また始まった」とやれやれと肩をすくめた。
主のことを敬愛しているし、信頼してもいるが……長話は玉に瑕だ。
「男の手を煩わせる塵は、掃いて捨てる他ないだろう?」
主は……“山の翁”と呼ばれるその呪術師は、髭に塗れた顔で断言したのだった。