「止まれ」
前方から制止の声が私にかかる。それよりも先に魔力を感じ取っていた私は、声よりも前に立ち止まって相手を仰ぎ見た。
「何者ですか、お前は」
問われた私は、顎に手を当てて思案した。
私が何者か……って、地味に答えにくい質問だな。“月巫女”って言ったらこの村の人たちには通じんのか?
高勾村じゃ私は熊巫女だの怪力女だの散々な評価らしいし。
うん、だからここはシンプルに答えよう。
多分、敵だよ。君にとってはね。
「!? 頭に直接声が……!」
おっ、構えた。
「怪物め! この先には進ませない!」
魔力は……意識して使っている様子はないかな。でも研ぎ澄まされた戦意が、自然と魔力を練り上げて身体性能を向上させている。僅かだけど。
なかなかのやり手と見た。本当ならちゃんと手合わせしたいところだけど……。
「──なっ!?」
相手が私に向かって一歩を踏み出す、その一瞬で私は3歩の距離を詰めて懐に入った。
こっちも急いでるんだ。やり合うのはまた今度にしよう。
「このっ、ごっ!?」
突然間合の内側に入った私に驚き、拳を打ち込もうとする少年……少年であってるよね? 声的に。
ともかく少年の顎をかち上げ、伸びた腕を掴んで引き倒す。
「かっ……!?」
脳を揺らされ、体勢を崩した少年の腹に掌底を叩き込むと、肺から息を吐き出した少年はどさりとその場に倒れた。
「──」
少年が動かなくなったのを確認すると、私はその体を跨いで歩いて行く。
さて、玉美さんは多分この先の広場に野晒しでいるらしい。時代柄、牢屋なんて立派なものもないだろうし、日が暮れる前にさっさと連れて帰ってあげよう。
「──ま、て」
足を止める。
……マジ?
驚きと共に振り返ると、無力化したはずの少年がそこに立っていた。
「スザン様の……期待、に……応えるんだ……」
少年はうわごとのように呟きながら、弱々しく、しかし確かなファイティングポーズを取った。その事実に私は目を見開き、振り返って改めて少年と相対せざるを得なかった。
……確かに、殺すほどの威力じゃなかった。
だけど、意識を保ってられるほどやさしくしたつもりもない。目を覚ました後もしばらく足元がふらつくくらいのダメージは与えたはずだ。
比較に使って申し訳ないが、うちの村のカケ辺りは確実にそうなってるはず。
それがまさか、その場で立ち上がってくるなんて。
正直驚いた。
強いね、君。その年ですごいタフネスだ。
「馬鹿に、するな。お前も同じくらいの……しかも、女のくせに……」
まぁそれはそうだけど。
私って色々特殊だからさ。
「関係ない……俺は……負けられないんだ……!」
よた、よたと今にも倒れそうな足取りで近づいてくる未だ名前もわからぬ少年。
……うーん、どうしようかな。
ぶっちゃけ無視してもいいんだけど……。
「何をしている」
私が頭を掻きながら、少年への対処に頭を悩ませていた、その矢先。
私の背後からしわがれた声が耳に届いた。
「! スザン様……!?」
「ラン。その体たらくはなんだ。女に負けるような軟弱な男に育てた覚えはないぞ」
「も、申し訳ありません!」
「常々言っておろう。女はただの装飾と思え。モノに負ける男に、価値はない」
「は、はい……」
首を後ろに回して視線を向けると、そこに立っていたのは洗練された魔力の流れを纏う細身の老人だった。
「さて、女。この騒ぎ、一体何のつもりだ」
ふぅん、これがアマネちゃん達が言ってた“山の翁”って男ね。
オキニの女の子達とよろしくやってるはずっていう話だったけど、もう用事は終わったのかな。結構持たない方だったり?
……冗談はさておき。
「貴様が例の、“熊の巫女”だな?」
不本意ながらこくんと頷き、私は山の翁と向き合った。
それにしても、なるほど。
確かに“あっちの”スザンに比べると遥かに魔力操作の扱いに長けてる。多分、今の玉美さんやアマネちゃんよりも巧い。これが年の功ってやつなのかな。
だけど、言ってしまえばそれだけだ。私に言わせればまだまだ精度が甘いし、ロスも多い。彼なりに魔力操作を習熟して、一つの形にしてはいるようだけど……。
「──自分には勝てない。とでも言いたげだな?」
ニヤリと笑った山の翁に、言おうとしたことを先に言われて私は閉口する。
「嗚呼、確かに。認めようとも。こうして己の目で見てハッキリとわかった。儂は貴様には勝てんのだろう。オガンの奴もまぁ、厳しいだろうな」
くつくつと笑いながら、山の翁は歩を進めてきた。
「しかし、熊巫女よ。力とは何も暴力だけを指す言葉ではない。それはあくまで個の力。一人で生きていくのであれば、確かにそれだけあれば充分だが、こと集団の世界では間に合わん。世界を制するために最も大きな力とは、何かわかるか?」
問いかけてくる山の翁に、私は少し考えて……“核兵器とか?”と答えた。
「……そのカクヘイキとやらが何かは知らんが、おそらく違う。最も強大な力とは、“数”だ」
翁がそう言い、両手を広げた。
「味方の数、兵の数、部下の数……この世では数を制した者が世界を制す。そして、数を揃えるために必要なのが力である。そう、力は目的ではなく、あくまで数を手に入れるための手段だ」
言いながら、翁の声にも熱がこもってくる。
ただの老人の声なのに、思わず聞かずにはいられないような、不思議と引き寄せられるような声だった。
「熊巫女よ。儂を今ここで殺しても、あるいはこの村を滅ぼしても……その次はどうする? まさか、平和な日々を暮らせるとでも思ってはいまいな? 儂を倒したその先に待つのは、さらなる戦いだ」
……さらなる戦い。
「左様。高勾がこうしてここに在ることで、周辺の分不相応な野望を抱く者達は結果的に抑え込まれていた。儂らが力を失えば、その後釜に座ろうとする者は必ず出てくる。そうなれば、最もわかりやすい力の示し方は……」
ゆるり、と枯れ枝のような老人の指先が私に向けられた。
「貴様を殺すことだ。“月巫女”」
山の翁が立ち止まる。
「今はまだ、そこまで考えが及んでいる者も少ない。しかし人が増え、欲が芽生えれば必ず戦いは起きる……頂点に立つ者を決めるための戦いがな」
翁が嗤い、それが確定事項であるかのように話す。
……私も歴史に詳しいわけじゃないけど。
大昔、この日本列島に複数の小さな国というものができ始めた頃、日本という土地を巡って大きな戦いが起きたという話は聞いたことがある。
それがいつ起きるのか、私にはわからない。
うろ覚えの日本史の内容とテレビの雑学、ネット上の真偽不明のゴシップは何の役にも立ちはしない。
少なくとも、月読村という小さな集団を守ることにすら、これっぽっちも使えなかった。
この時代で暮らした今までの経験から、そう学んでいる。
頼りにできるのは、私自身の腕っぷしだけだ。
「貴様の弱点はすでに知られている。その脇の甘さもな。少し頭が回る人間であれば、貴様を策略にかけ殺すことなど容易にできるだろう。腕力に意味はない。現に……貴様はこうして、儂に“手が出せん”」
……チッ。
さっきから、魔力探知で捉えている玉美さんの気配のすぐ横に、剣呑な気配を漂わせている人の気配がある。
十中八九、
何度目だよ、この展開。
「そう、貴様の弱点は周囲の人間だ。そしてそれらを切り捨てられぬ貴様自身の甘さだ。だからこうして、何度も同じ手に苦しめられる……ふむ、目は見えていないが、遠くの状況を知る術を持っているのだな? それが知れて良かった」
……私がコイツに手を出せないとバレたことで、玉美さんの状況を把握していることも知られた。
くっそ、そのためにわざわざ離れた所に出てきたのか……?
「そう警戒するな、月巫女よ。儂はなにも、貴様を殺したくてこんなことをしているのではない」
しわがれた老人の声が、徐々に近づいてくる。
近づいてくるたびに、私の頭に嫌な予感がよぎる。
翁の言葉を聞きたくないような、聞き逃してはいけないような……。
「──手を組まんか? 誇り高き、強き巫女よ」
……ああ。
やっぱり、嫌な予感ってのは当たるもんだ。