「なにも難しい話ではない」
翁がゆっくりと、私と一定の距離を保ちながら周囲を歩き出す。
「儂の“数”の力と貴様の“暴力”。合わされば、そうそう敵になる者などいまい? これはお互いに利がある話だ」
数の力ねぇ。
まぁ、確かに動かせる人間は多いみたいだけど。一体どれほどの……。
「──ざっと四百二十。それが現状、満足に使える兵の数だ」
……思ったより多いな!? そんなにこの村の人口って多かったっけ?
「あぁ、勿論この村の人間だけではない。周辺の村、集落。そうとすら呼べない個人の集会。儂が一声かければ動く手足はむしろ村の外に多い。戦えぬ者も数えれば千は下らんだろうな」
……おいおい、マジかよこのジジイ。
何? この縄文時代に統一国家でも作る気か? 時代の最先端を行きすぎだろ。
「聞いた話では、貴様は呪力を用いた面妖な武具を作る術を持っておるのだろう? くくく、あのマヒトがこんな形で役に立つとは思わなんだが、この数に強力な武器も合わせれば、無敵の軍勢を作ることも可能だろう」
四百を超える、呪具と呪装具で武装した兵隊か。
ほとんどの人間が石の武器と皮を身につけてるこの時代に、そんなもんが存在したら……一体誰がそれを止められるんだろうね。
「だが、この話を蹴れば。いま儂が話した戦力がそのまま貴様の敵となる」
かつ、と足を止めた翁が背後で嘯く。
「それでも、もしかすると貴様にとっては大して問題にならんのかもしれんな? 圧倒的な個の力が時に数を凌駕することも、稀だが、あることだ。だが貴様の周囲の人間にとってはどうだ?」
……何百、あるいは何千もの人間を敵に回して、追われ続ける日々か。
きっと、とても苦しい生活をみんなに強いることになるだろう。
「儂と敵対することの意味がわからぬほど馬鹿な女ではないと、儂は貴様を評価している。そこらに転がっているようなモノ同然の女ではなく、本物の強者であるとな。初めてのことだぞ? 儂が女に協力を持ちかけるなど」
背後から、翁の気配が近づいてくる。
「──貴様は儂と同じ、支配者となる器を持つ人間。共に手を取り、力が支配する世界を築くとしよう」
そして、肩にポンと掌が置かれた。
老人とは思えない、強くがっしりとした力を持つ手だった。
力が支配する世界、か。
うん。
こいつの言いたいことはわかった。
くるりと振り向く。
「ん?」
一理ありますね!!
「ぼッ!!!???」
めりめりめり、と鼻柱が砕ける音がして。
──拳骨を喰らった山の翁が吹っ飛んだ。
「ゔぉわああああ!!」
凄まじい勢いで吹き飛んだ山の翁が、そのまま背後にあった家に頭から突っ込んで、足だけが生えた面白い生き物に変貌する。
「なっ……何やってんだお前ェ!!」
その様を見て、私の背後で様子を見守っていたランと呼ばれていた少年が絶叫する。
え、あ。ゴメン。
なんか、殴れそうだったから……?
「いや! だとしてもそんな空気じゃなかったですよね!?」
なーにを言うとるのかね。あんな殴りやすい位置に顔面置かれちゃったら、君ねぇ。
殴らない方がむしろ失礼ってもんでしょうが。
常識で考えなよ。
「なんで僕がおかしいことにされてるんだ……?」
「きさっ、まっ……!? ごふっ、何を考えて……!!」
そんなやり取りをしているうちに、なんとか復帰したらしい山の翁が鼻からだらだらと血を流しながら立ち上がった。
「こんなことして、タダで済むと思って……!!」
いや、アンタをどうやって無力化しようか、それだけをずーっと考えてたんだよ。戦闘が長引いたら玉美さんが危ないし。
だから、注意を引きつけておきたかったわけ。
「何を……なっ!?」
「動かないでください」
訝し気に目を細めた山の翁の首元に、鋭く研がれた骨製のナイフがあてがわれる。
「き、貴様ぁ!! ぐっ!」
すかさず糸を伸ばし、山の翁の手と足を拘束する。
ナイス玉美さん。最高のタイミングだよ。
「……月巫女様のおかげです。また助けられてしまいました」
そう言って、玉美さんが複雑そうに微笑む。
……こんな虫も殺しそうにない顔をしながら、しっかりとジジイの首元に当ててるナイフの力は全く緩めないってのが彼女のチャームポイントだ。マジで怖い。良かった、玉美さんが味方で。
「……何故だ」
ん?
「何故、貴様が自由に動けておる!!」
……あぁ。
簡単な話だよ。
玉美さんは最初から、拘束なんてされちゃいなかったからね。
「……は?」
君たち、マヒトが作った例の拘束呪具を使ったでしょ? 木製なのに鉄製並みの硬度のやつ。
あれ、便利だけどさ。呪具に刻まれてる刻印が機能しなくなったら、ただの木材でしかなくなるっていう弱点があるんだよね。
「なんだと!?」
「私は月巫女様に、呪具の“壊し方”を習っておりましたから」
そう。呪具は“壊せる”。
マヒトのおかげでどういう仕組みで動いてるのか、その内部構造が分かれば当然機能させなくする方法だって解明できる。ああいう単純な構造の呪具なら尚更だ。
玉美さんは呪具を壊して、いつでも動き出せる状態にあった。だけど、リンちゃんが近くにいた状態で、敵に囲まれたままだったから迂闊には動けなかっただけ。
私たちが注目を集めたおかげで、玉美さんとリンちゃんは監視の目を逃れることができた。それに気づかれてあんたに逃げられたら嫌だからタイミングだけは窺ってたけど。
その怪我じゃ、もうまともに動けないでしょ?
演説に夢中になってたからかは知らないけど、無防備に近づいてきてくれたから助かっちゃった。ラッキー。
「ば、馬鹿な。こんな所で」
山の翁が、信じられないような顔で俯く。
「月巫女! 貴様、儂の話を聞いておらんかったのか!? 儂を殺せば次に狙われるのは貴様だ! 貴様は人を導く立場にありながら仲間を自ら窮地に……」
聞いてたよ。
だから私はお前を殺さない。
「……は?」
いや、なに意味わからんみたいな顔してんの。当たり前じゃん。
そもそも私は玉美さんを取り返しにきただけだし。別に力とか数とか支配とか、そんなものにはハナから興味はない。
だけど……あんたはこれから、どうなるんだろうね?
「な、何……?」
死にはしなくても、私に負けたって事実は嫌でも周りに知られるでしょ? 息子の方のスザンもアマネちゃんも、もうあんたには味方しないみたいだし。
弱体化して、力が弱まったあんたは……周りの悪い奴らにとってどんな存在に見えるんだろうね。
「っ!!」
あんたを殺すのは私じゃなくて、あんたと同類の人間たちだった。
……そうならないように、精々頑張りな?
「あ、ああ……」
くた、と体から力が抜けた山の翁が項垂れる。
玉美さんに視線を飛ばすと、彼女は頷いて拘束を解いた。この場で暴れても私には勝てないし、もう何も出来ないだろう。
そもそも、そんなことをしている余裕はもうこのジジイにはない。
これからは余命幾ばくかの自分の命を守るだけで、精一杯になるんだから。
……さぁ行こう、玉美さん。リンちゃんも回収しないと。
「はい、月巫女様」
そして私は玉美さんを伴って、その場を後にしようとした。
「……さい」
その時、小さくしゃがれた声が私の耳に届いた。
「くだ、さぃ」
どうやら、山の翁が何事かを言っているようだった。
無視して歩き出す。
「お願いします! 助けてくださいッッ!!!」
……。
えぇ……。
「いや本当、調子乗ってました!! ごめんなさい!! 反省したので、助けてくださぁい!!」
その声は、老人にしてはあまりにも迫真で。生の力に溢れていて。
「マジでもう、侵略とか全部やめるんで!! 何でもするから助けてください!!!」
土下座する老人に、氷点下のような冷たい視線を向ける玉美さんの顔を見ながら、心の底から思った。
め、面倒くせぇ……。